第18話 鑑定結果
鑑定士シャルロッテは俺を真っすぐ見つめて十数秒後に口を開いた。
「お名前を確認します。家名含めてお答え下さい」
「リオン・ノルデンです」
「ありがとうございます。では読み上げます」
ゴクリ……。
「魔力量30、最大魔力量1」
横でソフィーナが書き残していく。魔力関係の値があるのね、それが先か。
「火属性レベル1、水属性レベル1、風属性レベル1、土属性レベル1」
生涯スキルの4属性だ。えーっと全部レベル1に聞こえたのだが。
「斬撃レベル1、衝撃レベル1、打撃レベル1、射撃レベル1、操具レベル1、測算レベル1」
洗礼スキルだな、必ず覚えるってやつ。よかった無事覚えられたみたい。ただこれも全てレベル1って聞こえたぞ。
「以上です」
専門スキルは? 無いの? しばし沈黙が流れる。
「あの……間違いないですか?」
「はい間違いありません」
「もう1回お願いできますか?」
「分かりました」
クラウスが疑わしいトーンで鑑定士に問う。ソフィーナの持つ羽根ペンは震えていた。鑑定士は同じことを繰り返すと2人は空中を見つめひとつひとつ頷く。
全部レベル1? もしかして最低レベルってこと? あ、分かった! レベル0.1が最低なんだ! 10倍かースゲェな、チートだぜ! それでクラウスもソフィーナも動揺してるんだな、あまりに優秀過ぎたから。いやー、まいったなー。ははは……。
「私の鑑定結果に納得がいかない場合は別の鑑定士を紹介します。ただ別料金で少しお時間が掛かります」
クラウスは少し下を向き考えているようだ。
「いえ、その必要はありません、ありがとうございました」
「分かりました。本日の人物鑑定はその行使含めて一切口外しません。部屋を出れば先ほどの男性がいますので案内に従ってください」
俺たちは席を立ち部屋を出た。
「こちらです」
アーロンと言ったな、男性の後をついて通路を進み突き当りの扉を開けると外だった。
「以上で洗礼の儀と鑑定確認は終了です」
そう告げてアーロンは扉を閉める。
……。
しばらく無言のまま立ち尽くす3人。ソフィーナの顔色が悪い。
「帰ろうか」
クラウスが告げると3人はのろのろと歩き出す。そのまま誰も言葉を発することなく家に到着した。居間のソファに座りクラウスが声を絞りだす。
「なんと言ったらいいか、まあ、こういうこともあるんだな」
「うぅ……」
神妙な面持ちのクラウス。ソフィーナはうつむき今にも泣きそうだ。
「えっとその、あんまりよくなかった感じかな」
「まあそうなる」
「レベル1って最低?」
「そうだ、洗礼前のレベルと一緒だ」
じゃあコップ1杯の水止まりか。そしてレベル1が最低だと。専門スキルが無いのはあるだろうとは思ったけど、全部レベル1で攻めてきたか。まあ覚えられただけいいけど。
「ごめんなさい、私がちゃんとお腹の中で育てていればこんなこと」
「おいおい、母さんは何も悪くないよ」
「そうだよ! 俺の運が無かっただけだよ!」
「だって、こんないい子なのに……グスッ」
ソフィーナは両手で顔を覆う。むー、やはり洗礼の儀とは重要な儀式のようだ。しかし結果は覆らない。どうしたもんか。
「リオン、まだ祝福があるから」
「……そうね」
「祝福?」
ソフィーナがちょっと笑顔になった。
「14歳の誕生日以降に受けられる儀式だ。そこでまたスキルを授かる可能性がある」
あ、なんだー、2回あるのかー。
「例えば剣士になりたいと生まれてから洗礼まで剣の鍛錬としたとする、でも剣士のスキルがつくとは限らないんだよ。つまり洗礼までの経験は覚えるスキルに影響しないんだ」
へー、完全に運なんだね。あと半分は遺伝だっけ。
「ただあくまでスキルの話な、剣の扱いや知識は自分のものだぞ」
まあ確かに。
「それで洗礼で他のスキルが手に入っても、まだ剣士がしたいとする。そこから剣の鍛錬を頑張れば14歳の祝福で斬撃レベルが上がり剣技を覚える確率も上がるんだ」
「そうなんだ!」
祝福はやったことがスキルに反映されるのね。
「ただ確率は上がっても覚えられるとは限らないし、洗礼から祝福までかなりの鍛錬を積まなくてはならない」
「へー」
「元々祝福の儀はな、例えば代々剣士の家柄だとか、どうしても目指したい仕事があるだとか、そういう都合によって後から付け足すようなもの。ほとんどの人は洗礼でもらったスキルの中から向ている仕事を目指すんだよ」
司祭が儀式で言ってたな、世界の一員として成すべき道しるべって。洗礼でその人の進むべき道を示すんだ、そのために神が授けた特別な力がスキル。それに逆らって別の道を目指すのはとても大変だよと。
まあまだ可能性を祝福で用意してくれてるだけマシか。俺の場合は無いから仕方なくになりそうだけど。
「どうするリオン? この際、成りたいものを目指してみるか」
「うーん、それがいいのかな」
「除草士に興味があったわね、死滅スキル、難しそうだけどやってみる?」
「どうしよう……ちょっと考えるよ」
かなりの鍛錬ってどんなものだろう、専門の学校があるのかな。
「まあ洗礼が終わったばかりだ、他の仕事に興味が湧くかもしれない」
「そうね、それにリオンは頭がいいから仕事も沢山あるわよ」
「うん、また教えてね」
「よしじゃあ母さんと俺は納屋に行くよ、出荷の準備をしないと」
「俺も手伝う!」
「そんなに収穫してないからすぐ終わるさ、リオンはいいよ」
そっか、洗礼があるから見越して少なめなんだな。
2人は出て行く。
うーむ、祝福か。ただ普通はやらないっぽいな。俺がひどい内容だったから仕方なくだよね。あの2人落ち込んでたな、全部レベル1とは余程のショックだろう。畜生、神め! そういうこと、ほんとやめろよな。
いやまてよ、単純に俺の運がないだけかも。どうなんだろう、他にこういう人いるのかな。いやー、さすがに全部レベル1はないよなー、最低だぜ?
はー、異世界転生魂のせいでクラウスとソフィーナには悪いことしたな。そうじゃなかったら、きっと何かスキルがあって、今頃どんなことするか話してただろう。
このままでは終われない。俺には前世の記憶があるんだ。そう、地球の知識が! こうなってしまった以上それを全力で使って色々成し遂げてやるぜ! もうファンタジー世界だとか、そんなの知るか! 産業革命だ、科学技術の力を見せてやる!
死滅があれば除草士も頑張ろうと思ってたんだぞ。無くてもスキルに合った仕事を目指せばいいと。それなりにこの世界に合わせて生きていくつもりだったんだ。それがなんだ、あの結果は。俺は怒った! 俺はまだしも両親にいらぬストレスを科した罪は重い。何が神だ、くそ。
しかしそのためには、あまりにこの世界のことを知らなさすぎる。
フリッツか! そうだな、彼なら信頼できる。俺の素性を明かしこの世界に足りないものを地球の知識でできることを提案してもらおう。巻き込むことになるがもうそんなことを言ってられない。神は本気で俺を追い込んできたからな。
ただそれに対して何かしてくるかな。俺の暴走を止めるべく、例えばそうだな、俺が神ならどうする? 魔物の大群を村へ仕向けて壊滅させる。それか天変地異で、そうだな嵐と大地震。尚且つ魔物に襲わせて人の形すら残さない。
うわ、マズイなそれは。できるかどうか知らないが相手は神だ。
ふぅ……どうすりゃいいんだよもう。味方が欲しい。俺一人じゃ何していいか分からない。宇宙の声、もう聞けないのだろうか。
……。
考えても仕方ないな。そう、祝福でまだチャンスはある。ならばもっとどんな仕事があるか調べてそれに合ったスキルを訓練するしかない。それならば神の怒りにも触れないだろう。
いや待てよ、祝福でもやらかしてくるか? 物凄い鍛錬を積み上げてそれで何も無し。あるな、絶対ある。洗礼でこの仕打ちだ。そもそも俺の存在を祝福なんてしてないぞ。なんだ、だったら要らぬ努力をする必要はない。
やっぱり地球の知識で、でもコソコソと、それが生きる道っぽいな。
クラウスとソフィーナに何て言おう。スキルが酷い上に努力もしない、これじゃあ将来心配されるな。やっぱり早めに自力で財を成す力を示さないと。8歳だろうが関係ない、中身はおっさんなんだ。
よし、じゃあフリッツだ! 前世の記憶云々は追々でいいか。正直どんな反応をされるか想像できないし。もしかしたら豹変するかも。そうなったら一番やっかいな相手だしな。
俺は筆記用具を持ち家を出た。
「フリッツ先生のところに行ってきます」
「そうか」
納屋のクラウスに告げてレーンデルス家へ向かった。いるのかどうかは分からないけど。
「こんにちは!」
誰もいない? いや階段を下りる音が聞こえる。
「リオン! 来てくれたんだ!」
ミーナだ。
「先生は留守かな」
「えーっと、多分あそこかな? 一緒に行こ!」
彼女は直ぐ近づき手を繋いだ。ミーナ、もう俺なんかに関わらない方がいい。なんたって最低レベルなんだぜ、お先真っ暗だ。もっといい男は世の中に沢山いるから。
「リオン、元気なーい?」
「え、いや、そうかな」
よく見てるな。そりゃ好意ある相手だ、表情とか気になるか。
「ミーナは元気だね!」
「うん!」
はは、いいな子供って。悩んでるのがアホらしくなる。
「私ね、リオンといると、えっと、嬉しいんだ!」
「俺もミーナといると元気でるよ」
「ほんと? えへへ」
ほんとだよ。
食堂裏の搬入口を抜けて城壁の外に出た。
「いた! おじーちゃん!」
「おおミーナか、それにリオンも」
そういや洗礼から帰る時にこの辺に人が座ってるの見たな。カスペルとピートのおじいさんも一緒だ。フリッツ含めたこの3人はここで駄弁るのが日課なのだろう。
「先生、突然で悪いんですけどまたお話聞かせてもらって構いませんか」
「構わんよ」
よかった。でもまあ断りづらいよな。
「じゃあワシは行くよ」
「ああ」
「行ってきな」
ミーナとフリッツと3人でレーンデルス家に向かう。
「エドは何処かな?」
「納屋でいるか」
お手伝いか。
「おお、いた、リオンが来たんだがお前も一緒に聞きなさい」
「はい、行きます!」
エドヴァルドはお手伝いを中断し家に入った。
「ごめんよエド、お手伝い邪魔して」
「いいよ、もう終わるところだったし、手を洗ってくるね」
「先生もすみません」
「事前に言ってくれれば探し回る手間が省ける」
その通りだ。たまたまみんな西区にいたからよかったけど。ちょっと感情高ぶって勢いで来てしまったからな。ミーナは俺が来たら喜ぶしエドヴァルドはあんなだから合わせてくれる。2人の人柄に甘えちゃったな、反省。
「どんなことを聞きたいか、前は精霊石、その前はスキルだったな」
うーん何を聞こう。ただ前世の記憶を生かすこの世界にないものって言えるワケない。
「ええと、モノの仕組みと言いますか、どうやって作られてるのか、どのくらい普及してるのか」
「……ほう、それはまた視点が独特だな、リオンらしい」
「すみません、分かりにくくて」
「それで具体的に何だ? ワシも知ってることは限られてる」
「ではまず羊皮紙についてお願いします」
「いいだろう」
ストーンペーパーが実現すればきっと成功する。だからまずこの世界における紙の価値を知るべきだ。
「ごめんよエド、変な内容で」
「いいよ、僕も興味があるから、ちょっと書くもの持ってくる」
「私も!」
2人は筆記用具を持って帰って来た。
「じゃ僕が書くから写していってね」
「うん、ありがと」
随分と字は書けるようになったが、まだ不安なところがあるからな。例えば……あれ? 何が分からなかったっけ? んー、まあいいや。
「まず羊皮紙の作り方だ、ただ覚えている範囲なのでそのつもりで聞いてくれ」
「はい」
そして羊皮紙の制作工程を聞いた。なるほど地球の中世のそれと同じような感じだな。乾燥に風の精霊石を使ったり、消石灰を土の精霊石から出したりと、その辺は異世界だけど。
ただやはり白亜の粉と呼ばれる炭酸カルシウムも精霊石から抽出してるようだ。これはストーンペーパーに一歩近づいたな。それよりチョークが余裕で作れるぞ、黒板はあるのだろうか。
「カルカリアで羊皮紙を扱う商会の友人から聞いたんでな、大体は合ってるだろう」
「工程はかなりの時間と手間なんですね、僕、これから羊皮紙はより大事に扱おうと思います」
「そうだ、作り手の苦労が分かればありがたさも分かる、これはいい題材だなリオン」
「そうでしたか」
ところでエドヴァルドのメモした内容を書き写してるのだが、それを見ないでもフリッツから聞いただけで文字が出てくるぞ。洗礼の儀で何か変化があったのだろうか。いずれにしても、この世界の言語の読み書きは習得できたらしい。今日は知らない体にするが。
「羊皮紙の流通についてだが、この村の雑貨屋で販売しているほどには一般的ではある。これは一大産地のカルカリアが近いことも影響している」
「先生、俺多分そこで買いました。2000ディルってどのくらいの価値でしょうか」
何が高いのか安いのか知りたい。高いのをターゲットにしたほうがいいからな。
「その羽根ペンも同じくらいの値段のはずだ。あとはそうだな、洗面台にある水の精霊石、肌着、それから食堂の食事3食分だな、それが2000ディルくらいだ」
食費は参考になるな。どうも1ディルは1円で考えてよさそうだ。
「先生、3食分とは1人分ですか」
「そうだ」
ならその基準でいいね。
「1日の食事が羊皮紙1枚分だなんて、僕、羊皮紙がだんだん高価に思えてきました」
「うむそうだろう、大事に使えよ」
「ミーナ、分かりにくいところがあったら聞くといいよ」
「うん、大丈夫」
なんとか付いて来れてるようだ。子供にはかなり難易度高い話題だが。
「私、お絵かきとかでいっぱい使っちゃったから今度からもっと大事にする」
「いやまあ、お絵かきはしたいだけするといいぞ」
ふっ、孫娘に甘いフリッツ。
しかし羊皮紙はやはり高価な部類のようだな。クラウスは10枚ぽんっと買ってたけど2万円と考えると奮発したな、羽根ペンとインクも買ってたし。まあ誕生日のお祝いだからそんなもんか。やはりストーンペーパーを軸に考えた方が近道の気がしてきた。ただ問題は石油か。
「さて他に聞きたい事はあるか」
「先生、油って何がありますか」
「油は植物油、魔獣油、鉱物油とあるな」
鉱物油、それだ!
「鉱物由来の油について教えてください」
「いいだろう」
これでもし石油なら完全勝利だ。
「土の精霊石から油も出せる。ただ食用に使えないためほとんど廃棄されている。一部が馬車の車輪や城壁の鉄の扉の戸車などの潤滑油に使われている」
「燃料にはならないのですか?」
「燃料? 確かに火をつければ燃えるが、その様な使い方はしないぞ」
「そうなんですか」
よしよし石油っぽいぞ! そしてほとんど廃棄ってこれはチャンスだ! それにしても燃料としては認識してないのか。多分、火の精霊石や魔石で解決するからだね。
「何か気になることがあるのか」
「いえ、他に用途があればいいのにと思って。割とあるんですか、その油が含有する精霊石は」
「たまにあるそうだ、使い道が少ないから多く含む精霊石は価値が低いらしい」
むむ! これは先にある程度在庫を確保しておかないと価値が分かったら高騰するぞ。
ゴーーーーーン!
昼の鐘だ。
「よし解散にするか」
「ありがとうございました!」
「リオンよ、昼からも話を聞くか」
「えーっと、そうですね」
どうしよう聞きたいところだが続けては悪いな。
「15時くらいから夕方の鐘が鳴る前までどうでしょうか」
「そうだな、そうするか。エドとミーナもいいな」
「はい」
「うん!」
終わりが決まっていればダラダラと長時間にはなるまい。でもいいのかな、俺の都合に合わせて3人を拘束させてしまってる。
「俺が聞きたいばかりにみんなを集めてしまって何か悪い気もします」
「ワシは構わん、リオンの視点は興味深いからな、こちらも勉強になる」
「僕も。実はちょっと楽しみなんだ、だから気を使うことはないよ」
「私はリオンが隣にいれば嬉しいよ!」
うう、なんていい人たちだ。お言葉に甘えさせてもらおう。
「そうだ、できれば何を聞きたいか事前に伝えておいてくれればありがたい。ワシも知らないことは多いからな」
「そうですね、でも先生に手間を掛けてしまうのでは」
「構わん、教えるからには正しい知識を用意したいだけだ」
うお、何という心強い言葉! やはり指導者だった拘りか。
「では鉄製品の作り方と魔石の動力としての性能はいけますか」
「これはまた専門的な分野だな、いいだろう」
「ありがとうございます」
「リオンは今日洗礼だったな、錬成士でも目指すのか」
「いえー、ははは」
目指せないからどうにかしたいんです。製紙機械を作れる可能性と、動かす方法を知りたいだけなんです。やってもらうのは他の人です。
「まあスキルのことは聞かん。ワシの話が役に立てばそれでいい」
人のスキルの話はしない風潮が逆にありがたい。何ができるかではなく何もできないからな。
「じゃ、また夕方ね!」
「うん」
家に帰り、両親と食堂へ向かう。




