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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
179/321

第179話 伯爵の野望(地図画像あり)

 エーデルブルク城の一室で円卓を囲む。ゼイルディク伯爵、エナンデル子爵、家令ディマス、クラウス、ソフィーナ、ミランダ、そして俺の7人だ。人物鑑定を終えてその結果に伯爵は大興奮、子爵とディマスは驚きと困惑と呆れともとれる表情が混ざる。


 それにしてもミランダの示した条件は素晴らしい、鑑定により判明する能力へ伯爵家は一切の関与をしないだもんな。そのくせこっちが要求したら能力を伸ばす環境構築に協力すると。能力への関与という点では矛盾している気がするが主導する陣営が明確化されている点が重要だ。


 しかしこの一切関与しないと言うのは、つまり強権を行使して俺を配下に置かないことも含んでいるよな。念のため確認しておくか。


「伯爵、俺はこれまで通り村での生活を維持したいのですが」

「そなたが望むならそれでいい。コーネイン商会の処罰も撤回したのだ、村では引き続きトランサイト生産を頼むぞ」

「分かりました」

「……まあそう警戒するな、あの条件が無くともこちらの都合でそなたの環境を変えることはしない」


 ほっ、なら良かった。


「確かに強引な手法をとった領主もいたと聞く。優秀な者を意のままに操るため、時には家族を人質に取ったり、身に覚えのない借金を負わせ奴隷としたり、或いは監禁し精神的に追い込み洗脳したりな」

「怖いですね」

「その様な強権者の不当行為を防ぐために、飛び抜けた能力者は直ちに叙爵させ、その領地運営を支援する義務を課した。侯爵など上位貴族はその規則を守っているか監視している」


 そこには独占して力を偏らせない意図もあるんだよな。なるほどだからトランサイト製法はあっさりと侯爵たちに教えているんだ。水平展開して利益を共有するワケか。


 ではシンクライトの隠蔽は間違いなく規則違反だな。あれほどの性能だ、本来は速やかにその存在を知らせて、危険性も考慮した上で正しく管理するのが国の方針だろう。いち伯爵家が隠し持っていると分かれば、それは敵対とみなされる。


「まあその様な強行策を取らずともやりようはある」

「え、それは」

「現状でも伯爵家は売上の30%を徴取しており、騎士団などの大口販売はワシの裁量ひとつで決まる。もう十分だろう、はっはっは」


 違う。ミランダを切り離しにかかり、配下のロンベルク商会に俺を置こうとした。まあそれはこの場で言うことではないか。しかし展開によってはまた何を仕掛けてくるか分からないな。協力はありがたいが不自然な動きは警戒しないと。


「さて、そろそろリオンにはトランサイト生産をお願いしたい」

「分かりました」

「伯爵、その前にお聞きしたいことがあります」

「構わん申せ、コーネイン夫人」

「シンクライトを隠す理由です」


 おっ、そこ行くのね。


「すまんが教えることはできない」

「父上、もう我々は厚い信頼関係を築いております、リオン殿の能力を活かす上でも共有するべきではないでしょうか」

「ふむ……分かった、お前がそう言うなら構わん。ただしこれを知ったなら伯爵家の一員にも等しくなるぞ。その方針に異を唱えることは許さず共に同じ方向へ進んでもらう」


 うわ、そうなの。


「それでも知りたいか」

「中身が分からない以上、取引条件として不利です」

「こちらとて興味本位に付き合う必要はない、情報提供にはそれ相応の見返りを求めるのが筋だ。先程リオンの人物鑑定が正にそうであったろう」


 これは伯爵の言う通りだ。


「ウィルム侯爵に報告します」

「なに!?」

「おい!」


 うわ言っちゃったよ、この人。


「脅迫か、随分と偉くなったなミランダ・コーネイン」

「本来の義務を怠っているのは伯爵ではありませんか」

「この程度のこと何処の貴族もやっている。トランサイトの鍬や斧を無断で販売し小銭を稼ごうとする貴族も知っておるぞ」


 あー、ダメだ。


「伯爵、いいですか」

「申せ、クラウス」

「先のベルソワ防衛戦、あの魔物規模を事前に伝えていたなら伯爵はシンクライトの使用を許可しましたか」

「いや、許可はしない。訓練に参加する部隊を増やしトランサイトを追加配備することで対応した」

「それで防ぎきれず大きな被害が出ていたらシンクライトの制限を後悔すると思います」

「それを言ったらトランサイトのみで退けられる可能性もあった、仮定の話は無意味だぞ」


 なんだ、10倍の話をしてもシンクライトはダメだったのか。


「伯爵、部隊とトランサイトを追加した上にシンクライトも使用するのが最善と考えます」

「リオン、繰り返すがシンクライトは抜きだ」


 ええーい。


「俺が作り方を見つけて俺が作った武器、それが必要な場面が迫っているのに使えないなんておかしな話です。それに俺が死んだら伯爵のシンクライトを絡めた目論見も(つい)えます。最優先は俺が生き残ることであり武器の制限ではありません」


 皆、驚きの表情。


「俺はシンクライトが手にあったから戦えたのです、何とかなるかもしれない、いや何とかしないといけない、それが出来る力と武器がある。それでもギリギリでした、本当に紙一重の戦いでした。最前線で命を懸ける者の気持ちが城でおられる伯爵に分かりますか」


 もう全部言うぞ。


「もしトランサイトだけで凌いだとしても、それは本当の勝利ではありません、シンクライトがあれば死なずにすんだ騎士もいたのですから。用意できる最大限の戦力で、最小限に被害を抑える、それを導くのがゼイルディクの領主、伯爵の務めではありませんか」


 ……。しばし沈黙の時が流れる。


 勢いで突っ走ったがやっぱマズかったか、伯爵に説教してしまったからな、んー、どうしよう。


「フレデリック様、あなたの負けです」

「ああそうだな、ディマス、私の拘りがここまでリオンを追い込んでいたとは。そなたはゼイルディクの宝、その宝を危険に晒すなどあってはならぬこと。領主として恥ずかしい限りだ、本当にすまなかった」

「いえ、その……大変失礼な物言い、こちらこそ申し訳ありません」

「気にするな、そなたはそれだけの身分だ。クラウスよ、8歳にしてこの者は既に領主としての気概を備えているぞ」

「全くその通り、見習うべき立派な息子です」


 伯爵は晴れやかな表情。ほっ、ひとまず安心。


「よし、いいだろう、シンクライトを隠すその理由、教えようではないか。ディマス、例の地図を持ってこい、白地図もだ」

「はっ!」


 返事をしたディマスは足早に部屋を出て直ぐに帰って来た。


「これを見たまえ」


 伯爵は2枚の地図を円卓に広げる。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 1枚はシンプルな白地図、これは見たことある。


 もう1枚もサンデベールか、聞いたことない地名が多いぞ。いやダンメルスは侯爵第1夫人長男の領地だ、パンプローナはクラウスの実家がある地域だったな。しかし城壁内の地形が表されているのは興味深い、わりと山地があるのね。


「これは伯爵領の境界と騎士団の所属を表している。我がゼイルディクは伯爵直属、つまり自前の騎士団だ。一方、例えば南側に接するトレド伯爵領、ここの騎士団はウィルム、つまりウィルム侯爵直属の騎士団が派遣されている」


 へー、派遣か。


「騎士団を運用するには様々な項目に多額の金がかかる。その中でも装備や施設を負担しているのが直属の領主だ。給金は基本的に配属先の領主が負担する。まあこの辺りは地域によって違いがあるがな。それで白地図と見比べて気づくことはないか」


 気づくこと……あー、そういうことか。


「リオンは分かったな」

「はい、例えばウィルム騎士団の派遣先がそのままウィルム侯爵の領地となっています」

「その通りだ。他にもこの地図ではレリスタット騎士団、プルメルエント騎士団、サランシュ騎士団の派遣先が確認できるであろう」


 確かに治安維持と魔物対応を担う騎士団は領地運営の要、それを管理することは派遣先の領地を管理するに等しいと。


「城壁を有する伯爵領に直属騎士団が多いのは、森から精霊石や魔物素材などが多く手に入り、運用資金を自前で調達し易いからだ。それならトレド伯爵領やカディス伯爵領も城壁に面しているため同じ条件だが、騎士団の管理を任せればそれだけ大きな余裕が生まれる」


 確かに、給金だけでいいからね。


「ただ実際は侯爵へ払った税金で騎士団管理費が賄われているため間接的に負担していることになる。この辺りの金の流れはやや複雑な面があり詳細は省くが興味があるなら後日教えてやろう」

「そうですね、機会があれば」


 しかしウィルム騎士団は9つの伯爵領の面倒を見ているのか、かなりの予算規模だな。


「さて、城壁外の領地は何を基準に定めているか知っているか」

「拠点です」

「その通りだ、コーネイン夫人。つまり拠点のない森は誰の領地でもない。国王は遠くの山までカイゼル王国だと主張するが、実際は行くことも出来ないため何の恩恵も危害も無い。まあ将来の開拓予定地と言ったところか」


 強いて言えば魔物の領地だな。


「城壁を有する伯爵領が豊かな理由は先程申した通り。大体、城壁から20~30kmほどまでは到達しており、最前線の拠点もその辺りにある。ではその先、例えば40km先に拠点を作ったとして次はどちらへ向かう?」

「それは50km先でしょうか」

「前に進むだけではないぞ」


 む、もしかして。


「例えばカルカリア、北西部討伐部隊の拠点が北へ30km先にあったとしよう。そして隣接するゼイルディク騎士団の北東部討伐部隊の拠点、これが北へ40kmだったとする。東側が未開の森だな」


 あー、酷い。


「そこから東へ30km開拓し道中に拠点を築いたとする。カルカリアの城壁は東西30kmだ、この意味が分かるな」

「はい……カルカリア騎士団はもう奥地へ開拓できません。いやロムステル騎士団の動き次第では東側に余地がありますが」

「ロムステルもカルカリアとほぼ同じ戦力だ、そう開拓速度は変わらん。尤も、ワシがトランサイトを売ったから幾らかは早くなったがな」


 なるほど、そういうことか。


「ゼイルディク騎士団の最前線、とりわけ領地境界にあたる部隊へシンクライトを持たせて開拓速度を加速させるのですね」

「うむ。今考えておるのは先に申したカルカリア側だ。先行して開拓し東側にその手を広げる計画も実際に行う。それでカルカリアは精霊石や魔物素材の販売が将来は落ちるだろう、そうなると騎士団の維持にも支障が出かねないな」


 うわ、もしかして。


「その時、我がゼイルディクは圧倒的な経済力を有している。カルカリアの騎士団を買えるほどにな」

「騎士団を買うのですか!」

「無論、カルカリア伯爵もその意味は分かる。騎士団の管理を任せることはカルカリアがワシの領地となることと等しいとな」


 これはかなり遠回しな侵略かもしれん。


「それでゼイルディクとカルカリアが1つになれば人口、領地面積、経済規模でレリスタットと同等かそれ以上だ。ワシは伯爵では収まらんな」

「侯爵ですか」

「同じ様にロムステル、ブレクスタと騎士団を買って行けばサンデベール北側の森を支配できる。無論、開拓も奥地へと進み、城壁拡張の話も出るだろう。仮に20km北側に拡張し内側の領地を市街地とすれば、景気のいい我が領地に人は多く流れてくるだろう。特にウィルムは地理的に近いため移住し易いな」


 こ、これは。


「この流れが進めばサンデベールの領主に相応しい貴族は誰か、自ずと答えが出るであろう」

「これがシンクライトを隠す理由ですか」

「うむ、他より早く開拓するための圧倒的な力だ。無論、トランサイトでも十分だがそれでは他と同じだろう。もちろん我がゼイルディク騎士団はより多くのトランサイトを配備可能である、その上、シンクライトが加われば天下無敵、脅威的な速度で魔物を蹴散らすであろう」


 そうか、トランサイトが多いのは他から見ても分かること、何せ生産拠点だからね。異常に早い開拓も納得はいく。しかし実際はシンクライトも使っているワケか。


「伯爵、少し疑問なのですが、森の恩恵が減ったとしてもカルカリアが経済的に追い込まれるのでしょうか。主産業は畜産と羊皮紙です、需要も安定していますから騎士団の管理くらいは問題ないと思います」

「クラウス、いい考察だ。恐らく実際にはそこまで経済は悪化しない。目的は心理面の焦りだ、隣りのゼイルディクは短期間で飛躍的に潤い、カルカリアはやや収益を落とし横這い、将来を考えた時に騎士団を任せて浮いた分を畜産業に投資すればより豊かになることは明白だろう」


 あー、まあそうだけどね。


「頃合いを見て先程申したサンデベールの新たな勢力図を共有すれば、誰の配下になるのが正解か、賢い領主なら直ぐに答えは出る。何より我が妻アンジェリカは当代カルカリア伯爵の姉だ、アンドレアスは甥になる。既に家族なのだ、我々は」

「もしかして子爵の妻ステファナ様がロムステルから、そしてルイーゼ様がブレクスタからいらしたのも、この様な将来を見越してなのですか」

「いい読みだなノルデン夫人、その通りだ」


 なるほど、もう随分前から構想はあったのね。


「そこへ来て幻の鉱物トランサイトと究極の鉱物シンクライトだ、長年描いた未来が現実に近づくのだぞ、突き進む他ないであろう。そしてリオン、これはそなたの望みにも深く関係してくる。ダンメルス伯爵の言葉にあっただろう、村での生活を続けたいならウィルム侯爵家の一員になれと。それは愚かな選択となるぞ、何しろサンデベールの支配者はこのワシだからな」


 じゃあ伯爵家の一員となれと言うことか。結局同じじゃんか。


「さて、大体の内容は伝わったと思うが、皆、理解はできたか」

「はい、大変重要な情報を教えていただきありがとうございます。決して口外いたしません」

「ではリオン、生産を頼む」

「はい」

「クラウスたちも同伴するならついて行け、ワシは用事があるため退席する」

「本日はありがとうございました」

「こちらの方こそ無理も申した、また明日、授与式で会おうぞ」


 伯爵は去った。


「ではご案内いたします」


 ディマスの言葉に席を立つ、ミランダ、クラウス、ソフィーナ、そして子爵も続いて通路を歩く。ほどなく一室に入り、ソファへ皆腰を下ろす。


「ひと息つきましょう」


 子爵は使用人へ紅茶を手配した。


「父上もあれで随分とお考えを改め、今はもうノルデン家と共に進む決意だ」

「そうみたいですね、子爵のお力添えに感謝します」

「いや、母上だ。昼食の席ではかなり父上を叱っていたぞ」

「そうなんですか」

「伯爵家で最も力が強いのは母上である」


 うへー、そうなのか。あんまり見ないけど裏では実権を握っているんだね。大したもんだよ。そんでカルカリア伯爵の姉だったか。もう小さい頃から完璧な貴族教育だったのだろう。


 紅茶が届くと音漏れ防止結界も施していった。


「後10分ほどしたら職人を呼び、トランサス合金も運び込みます、もっと時間を開けましょうか」

「いいえ、ディマスさん、10分後で構いません」

「承知しました」

「それにしてもリオン殿、あの鑑定結果は驚愕したぞ」

「いや、まあ」

「私も言葉が出ませんでした、正しく将来は英雄です、いや現在もその資格十分ですな」


 英雄か。そりゃ100万だからね、能力だけなら神にも匹敵する。ただそれに相応しい人間になれるとは思えない。今日の場でもかなり疲れたもん、やっぱりまだまだ器じゃないや。


「しかしリオン殿、私との場でもそうだったが、父上に対しても全く動じず対等な物言いだった。感服したぞ」

「うむ、あそこまでハッキリとは私でも言えません」

「ちょっと調子に乗りました」

「いやいや、正論なら自信を持てばいい。ただコーネイン夫人のウィルム侯爵への報告はいただけなかったな」

「申し訳ありません」


 ほんとビックリしたよ。ただあれを言える心の強さもミランダらしいけどね。


「ただまあ、多少やり辛い相手がリオン殿の間にいる方が父上との関係はうまくいくとは思う。ああ、これは褒めているのだぞ、そなたの交渉はやはり上手かった」

「はい、ありがとうございます」


 ふふ、全然嬉しくなさそうなミランダ。


「さて、職人が来たな、16時に城を出るとして後1時間くらいか、またそのくらいに来る、生産はできる範囲で構わないぞ」

「分かりました」


 子爵とディマスは部屋を去った。


「リオン様、午前中は大変失礼しました。お好きな武器種から手に取って下さい」

「はい」


 じゃあひとまず弓をやるか。立ち上がりソファより離れて立つ。弓を指定すると職人が手渡してくれた。職人たちは少し離れて見ているな。まあ午前中は近くて凝視してたからな、今回はちょっとは遠慮しているのか。


 さて変化共鳴で一気に仕上げるぞ。


 ギュイイイィィィーーーン


「ふーっ、終わりました」


 コルヴィッツ工房長に弓を渡してソファに向かう。


「いい感じだ」

「あ、うん、父さん」


 いつの間にかクラウスが隣りにいた。


「結界は確認できた。母さんとミランダの声は聞こえなかったぞ」


 なんだ、それを確認してたのか。


「共鳴は今のでよかったですか」

「うむ、あれでいい。まあ気づかないだろう」

「そうですね、まず無理です」


 万一、強化とは違うと気づいても再現は不可能だ。何せ自分で100%を超えないと習得できない。俺でさえ分からなかったのだから。

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