第172話 身内の子供たち
メルキース男爵屋敷の客間で身内の顔合わせを行う。ただ既にお互い見知った者もいるため全員の名乗りはせずに初対面同士だけに止めた。
この後さらにディンケラ家が加わり、明日はミリアムの実家関連で7人、そしてエリサの実家も日程調節中とのこと。この数日で一気に身内が揃うね。
「続けて来るのは向こうでそういう話になったのか」
「明後日がクラウスの極偉勲章授与式で身内も城へ行くだろ。その時にゼイルディク伯爵家と顔を合わすいい機会だから間に合うならそれまでに来いってね」
「なるほど」
「ただ宿屋は急いで片付けたから何か抜けがあるだろ、その対応に誰か戻るかもしれない」
「その時はミリアム、お前が行け」
「まるで邪魔もの扱いだね、ゴードン」
「愛する妻をそんな風に思うか、一番宿を把握しているのはお前なだけだ」
「本来は当主がその役目だろ全くだらしないね」
2人のやり取りに皆フフッと笑う。
「ソフィーナ様、お伝えすることがあります」
「はい、何かしら?」
使用人がソフィーナへ耳打ちする。
「いいわ、ここへ持ってきて」
「畏まりました」
「どうした?」
「私の武器が完成したからコーネイン商会が持ってきてくれたのよ、ここで受け取ることにするわ」
「サラマンダーの弓か」
「え、サラマンダーってAランクだよね! 凄い!」
「こらカレル、失礼よ」
「ふふ、いいのよエリサ」
ほどなく客間へ荷物を抱えた商会員が入って来る。本店長のフリンツァーもいるな。
「どうぞお納めください」
「……まあ素晴らしいわ」
木箱を開けると細かい装飾が施された弓が姿を現す。
「カッコいい!」
「何と見事な」
気が付くと席を立った何人かがまじまじと見つめていた。ソフィーナは軽く構えて感触を確かめる。
「今日1日は魔力を大きく使うなよ」
「分かってるわ」
「使用者登録は済ませてあります。仕上がりで気づくことがありましたら遠慮なくお申し出ください。ではこちらへ受取のサインを」
ソフィーナがサインすると商会員たちは引き上げる。そう言えば商会解散の話はどうなったのか、今の様子だと本店も通常営業しているようだし。まあ昨日からの魔物対応でそれどころじゃなかったけどね。後でミランダに聞いてみよう。
「これ買ったらいくらなの」
「ベラはどう思う?」
「……3000万ってとこね」
へー、それが一般に流通する高級武器の相場か。
「試してみて」
「え、いいの? じゃあ」
イザベラは弓を受け取り構える。
……。
ブゥン
おお、魔力集束! やるじゃないか。そうかイザベラの剣も魔物合金だったね。
「ぷはーっ!」
「初めて握ったのに流石ベラね」
「……返すわ、ありがとう」
ソフィーナは受け取ると木箱に仕舞う。
「初めてAランクを握ったけどちょっと怖いわね、いくらでも魔力を持って行かれそうな気がする。これを使いこなすのは大変よ」
「少しずつ訓練するわ」
「まあトランサイトで十分だがな」
そう、サラマンダーの弓は趣味武器なんだ。
「じゃあどうして調達したんだい」
「アーレンツ勲章の副賞よ」
「そうだぞ母さん、俺がもらう極偉勲章の討伐対象であるサラマンダー戦にソフィも参加してて、その戦いが評価されて討伐地点の領主から貰ったんだよ」
「おやまあ大したもんだ」
本当は現金だったところをミランダが捻じ込んだのよね。
「アーレンツはメルキースの隣りで子爵はコルホルの現領主でもある。何かと世話になっているし、領地を引き継ぐ上でもやり取りは多くなるだろう。そういやメルたちも屋敷へ招待すると言っていたな」
「おー、そうだった、具体的な日はまだ聞いていないが」
「恐らく母さんたちも近いうちに招待されるぞ」
「そりゃまた気を使うね」
「向こうは親睦を深めようと歓迎してくれる、どうにか貴族文化にも慣れてくれ」
ちょっと前までは別世界だったから大変だね。
「まあ少しは分かって来たよ。最初にヴァステロース子爵の屋敷へ連れていかれた時はガチガチだったけどさ」
「あの時は生きた心地がしなかったわい、のうマティアス」
「まあね、宿に保安部隊が大勢きて何事かと思ったよ」
「それはビックリしたな、ちなみに兄さん、それはいつ頃だ?」
「確か……2週間前か、休みの前の日だから17日だね」
ほう17日か。ゼイルディク伯爵に生産を披露したのが14日だから僅か3日後にその動きとは。
「実家の特定まで早いね、さすがウィルム侯爵」
「村に入る時に身内の住所を教えてるからな、ほら、あの環境だろ、何かあった時に知らせがいくんだよ。その情報をゼイルディク伯爵が直ぐにウィルム侯爵へ伝えたのだろう。おー、ところでモロドフ叔父さんは何処へ行ったか知らないのか」
「あやつか、もう30年会っていないぞ、手紙も来ないし生きているかも分からん」
ゴードンの弟だよね。ウィルムには居ないみたいだしクラウスの叙爵を知るにもかなり遠くで暮らしていれば伝わるのはいつになるか。
「おい馬車が何台も来たぞ、ベラの実家が到着したんじゃないか」
「ほんとだ、あはっ、メル一緒に出迎えしましょ!」
ランメルトとイザベラは客間を飛び出した。
「ディンケラ家が来たら全員名乗るよ! 長くなるから1人分は少なくしておくれ」
ほどなくランメルトたちが戻りディンケラ家の座る場所をミリアムは指定する。
「到着早々で悪いけどまずは名乗りを頼むよ」
「いいだろう、ではワシから。クレメンテ・ディンケラ、55歳だ。カルカリア伯爵領カルカリア、ヘニングス男爵領ヘニングスのロアモスから参った。このほど娘イザベラの夫の妹が男爵夫人となる縁で貴族家に仕える権利をいただいた。将来屋敷に畑があるならば、その世話に携わるだろう。皆、よろしく頼む」
何だか農家とは思えない言葉遣いだな。騎士っぽさを感じる。
「私はマルセラ、52歳、クレメンテの妻さ。今日は孫たちに会えることが楽しみで仕方がない。早く近くで暮らせることを願うよ」
息子2人が独身だし、外孫のカトリーナたちとも今日が初対面なんだね。
「私はミゲル・ディンケラ、30歳、イザベラの兄だ。向こうではオステンデ商会の羊皮紙事業部に勤めていた。主に取引先と生産者を行き来の毎日だったけど、少しは帳簿管理もできるのでその方面でお役に立てたらと思う。どうぞよろしく」
へー、調整役みたいなものか。多くの関係者に接するから人当たりも良さそう。その分ストレスも抱えてそうだが。
そこからはディンケラ家3人と初対面人物の名乗りが続く。つまり客間にいるほとんどの人だ。流石に覚えきれないけど1回はやっておかないとね。
「さー、これで終わったよ。一度で覚えるのは無理だから何回でも名前を聞いておくれ」
「いや覚えましたよミリアムさん、あなたの得意料理もね」
「ほうそうかい、ええと」
「ミゲルです、羊皮紙商会の」
「ああそうだった」
取引先の顔と名前を覚える過程で身についた特技だね。
「私もよく利用してくれる客は覚えてたんだがね」
「そうやって自然に頭に入る方が忘れませんよ、変に詰め込まないことです」
「はっは、そうかもしれんね」
「ご歓談のところ失礼します。昼食の準備が整いましたので広間にご案内いたします」
ゴーーーーーン
使用人がそう告げると昼の鐘が鳴った。
「おーし、じゃあ行くか!」
クラウスを先頭にぞろぞろと廊下を歩く。広間に入るとそれぞれの席を案内された。大人用の高さの円卓が6つ、少し低い円卓が1つ、幼児用が1つか。
メルキース男爵のテーブルには、フリッツ、カスペル、ゴードン、クレメンテが座る。同年代の男性を集めたのね。ゴードンは客間ではあの調子だったけど流石に男爵を前に緊張気味か。
こっちは男爵夫人の他に、エミー、ミリアム、マルセラ、あと1人50代女性が座ってる。服装からしてここの使用人っぽいけど。エリオットのテーブルには、クラウス、ランメルト、マティアスの他に使用人らしき40代男性が加わっているな。
セドリックのテーブルには、ミゲル、ラウル、ウォレン、そして40代男性。ミランダのテーブルに、ソフィーナ、イザベラ、エリサ、40代女性。カミラのテーブルに、レナ、カチュア、アストリア、30代女性だ。
どうもここの使用人責任者らしき人物と食事を共にするようだ。
俺の座るテーブルは少し低い。他にはフローレンス、ライアン、ディック、カレルの男子が揃った。例によって幼児用テーブルにはカトリーナ、アルマ、ギルベルトが世話係と共につく。
席についた人から給仕が飲み物を注いでいく。全員に行き渡ったところで男爵が立ち上がり皆が注目した。
「ワシはアルフレッド・コーネイン・バン・メルキース、ここメルキースの領主だ。皆も知っての通り昨日は大規模な魔物襲来が発生した。Aランク17体、これはあの40年前の悲劇をも上回り、その数を聞けば誰しも町の壊滅を覚悟するだろう」
前はAランク8体って聞いたな。加えてそれ以下の多数の魔物か。
「しかしゼイルディク騎士団と冒険者は退くことはしない。我が息子とその妻、そしてコルホル村の精鋭は勇敢に立ち向かい、見事この戦いに勝利したのだ! メルキースの城壁を守り抜いた素晴らしき英雄たちを称えよ!」
パチパチパチ……。
「これほどの偉業はカイゼル王国の歴史に見当たらない。それを実現できたのは強大な魔物に立ち向かった英雄と、その手に握られたAランクをも切り裂く力、そうこの時代に存在しない幻の鉱物トランサイトがあったからだ!」
皆、感嘆の声を上げる。
「戦い方の根本さえ変えてしまう革新の素材トランサイト、その製法を発見したクラウス・ノルデンは国中から称えられ、莫大な財産を築くことも約束された。そなたたちは歴史に名を刻んだ大貴族に仕えるのだ、相応しい誇りと責任を持ってほしい、以上だ」
皆グラスを少し上げて一口飲む。
「改めて素晴らしいお方だな、リオン様の父上は」
「ありがとうフローレンス」
「私など遠い縁でもこの様な場に招いていただき大変感謝する」
「それはメルキース男爵へ伝えてください、俺も招かれた立場ですから」
「うむ、では早速、ライアンも行くぞ」
「はっ!」
2人は席を立つ。
「誇りと責任って言われてもよく分かんないや」
「ねぇカレル、この前菜とても美味しいよ!」
「兄ちゃんは料理にしか興味ないからな」
はは、マイペースなんだね。
「なあリオン、俺は貴族とかよく分からないから変な言動もあると思う、でも知らないから仕方ないんだよ、ちょっとずつ勉強するからさ」
「うん、それでいいと思うよ、俺も気にしない」
急だったからね、俺だって知らないことは多い。にしてもカレルはどことなくクラウスの面影があるな。ディックはエリサ似か。
「お帰り、フローレンス、ライアン」
「うむ、男爵も最前線で魔物と戦っておられたと。いやはやコーネイン家は素晴らしい騎士貴族であられる」
「本当に。ルアンナ様はとってもお優しいし」
「ライアンはルアンナ様が気になりますか」
「それはもう、お強くてお綺麗で……はっ、今のは聞かなかったことにしてくれ」
おや好意を抱いている様子。まだ出会ってそんなに日が経ってないのに余程ルアンナが好みなのだろう。身分的に将来は……ないことはないか。
「この場には両親のセドリック副部隊長とカミラ様もいる、挨拶しておくといいのでは」
「おお、そうだな! 行ってくる!」
「待てライアン、私も行く!」
再び2人は席を立つ。ふふ、あの2人気が合いそうだね。
「俺も行った方がいいか」
「さー、あの2人は士官学校生だからね」
「そうだな、俺は養成所だからまた違うか」
「カレルはマクレームの養成所に行くの?」
「おうそうだぞ、よく知ってるな。ここからそう遠くないみたいだし」
屋敷からは北東に10kmってところか。何かあっても馬車なら20~30分の距離だ。
「何でも訓練討伐で城壁の外に出られるみたいだな」
「Eランクだったよね、武器種は何?」
「剣だぞ」
「もしかしてウィルスンク合金かな」
「おおそうだ、よく知ってるな。ホントは適性ならクレザルスも使えるけど、まだ定着期間が2年残ってるから新調するのは養成所を出てからだな」
では剣技12か、14歳なら平均値辺りだろう。
「お帰り2人共」
「うむ、セドリック副部隊長は素晴らしい騎士であるな」
「フローレンス、カミラ様も凄いぞ」
「2人の武器は何?」
「私は槍だ、属性は火が得意だな」
「私は杖で氷魔法、弓も使える」
ほうほうフローレンスは衝撃と火属性、ライアンは射撃と水属性なのね。
「リオン様は剣でしたね」
「うん、得意な属性は無いけどね」
「それで特別契約者とは、剣技レベルがお高く魔力操作も秀でているのですね。失礼ですが共鳴はどの辺りまで到達できますか」
「……まあ、そこそこ」
ここはぼかしておくか。
「俺は15%だな、最近コツを掴んで集中が少し早くなった」
「それは上達する兆しですね」
「フローレンスはどのくらい?」
「私は先日18%まで上がりました」
「おお、やるね」
「ただまだ集中に時間が掛かります。その点ライアンはここ数日で20%まで伸ばすことが出来ました、私の方が1つ年が上なのに越されましたね」
「凄い、20%いったんだ!」
「ルアンナ様のご指導の賜物です」
ほう14歳~15歳だと15%~20%辺りが平均値なのか。確か12歳のアデルベルトとランヴァル、それから11歳のジェラールも20%と言っていた。やはり才能と環境に恵まれている子は3~4年進む感じなのね。
「ちなみにライアンは祝福を終えているのか」
「いいやまだだ」
「ほう、それで20%なら祝福後が楽しみだな」
「フローレンスは?」
「私もまだだ、なるべく訓練をしてから受けようと思ってね」
「何を重点的にやってるの?」
「剣だよ」
「あー、私もそうだぞ、やっぱり剣を使えた方がいいよな」
ふーん、この2人は祝福を受けられるくらい家庭が裕福なのか。まあ騎士一家だし。それでしっかり訓練してから受けるのね。
「やっぱり斬撃を伸ばして剣技を習得するため?」
「もちろんです」
「もし習得できなくても頑張れば将来可能性はあるけど、なるべく早く覚えて若いうちに伸ばす方が効率が良いのです」
「その通りだライアン、18歳辺りまでが一番伸びやすい時期だからな」
へー、スキルレベルの上がりやすい年頃があるんだ。じゃあ14歳で覚えて4年間しっかり伸ばすか、覚える確率が上がるよう祝福を遅らせるかなんだね。生涯に1回のチャンスしかないからよく考えないといけないな。
「やっぱり剣が人気だよな、俺は洗礼で剣技があってよかったよ」
「まあこればかりは仕方がない。槍もそう悪くは無いんだけどね」
「私は魔法で後ろからより前がいいからな」
性格との不一致はモヤモヤするよね。俺は何となく剣から使い始めたけど弓や魔法にも興味はある。実際、弓の訓練は始めているし。ただ最初は基本の剣って気はするな。
それにしてもみんな背が高いな、170cmは超えているぞ。130cmくらいの俺に合わせて少し低めのこのテーブルが窮屈そうで申し訳ない。
「みんな同年代の中で背は高い方?」
「いいや周りも同じくらいだ」
「私なぞクラスでも低めの方か」
「リオン様、心配には及びません、洗礼を過ぎれば成長が著しくなりますので。それを見越して剣を新調する際は少し長めにすると良いでしょう」
「あー、それ、俺失敗した。70cmなんだけど75か80でもよかったや」
「その分、振りが早くていいではないか」
「まあそうなんだけど」
成長期は扱う武器も3年後の体格を考慮する必要があるか。
「その点、杖はいいよな、簡単に長さ調節できるから」
確かに。弓もソフィーナが使ってるサイズを俺でも構えられたからね。まあ他の人の弓を見てるとソフィーナのは小さめっぽいけど。
「あー、兄ちゃん、武器とかの話で入り辛くてゴメンね」
「え? いや気にすることは無い、むしろ食事に集中できて満足だよ。みんなも凄いと思わないかこの料理を、調理法や味付けを想像するだけでとても楽しいぞ」
はは、ほんと好きなんだね。
「楽しく話せているようだな」
「はい!」
「商会長!」
「あ、そうだ、この肉の産地はどこですか」
「産地か、少し待て」
ミランダは別のテーブルに向かい少し言葉を交わして直ぐ戻って来る。
「メイルバルだ。この屋敷より南西へ10kmほど行ったところになる」
「比較的近いですね、飼料に混ぜる魔物素材は何をどのくらい使っていますか」
「すまんが即答は出来ん、お前はディックだったな、厨房長を呼んでやろう」
「いえ、そこまでしてもらうのは悪いです」
「いやあそこのテーブルにウチの厨房長が座っているから直ぐだ」
「え! どの人ですか! 俺が行きますよ!」
ディックは席を教えてもらうと、いそいそと俺たちのテーブルを離れる。
「やっぱり知らない人は使用人の責任者なんですね」
「うむ、執事、家政婦長、厩舎長、厨房長、水管長が同席している。屋敷の仕事を伝える上で適任だからな」
もう今から準備に入っているワケね。
「戻りました! いやー、流石ゼイルディクですね、魔物素材の分量があんなに多いなんて。サシが細かく締まりも絶妙、こんな肉初めて食べましたよ!」
「そ、そうか。食後には別の広間で懇親会もある、詳しく聞きたいならその場を利用するといい」
「はい!」
ディックが活き活きとしている。
「なんか違うのか兄ちゃん」
「カレルは分からないの、ヴァステロースの肉とは全然違うよ。いやまあ向こうは向こうでいいんだけど、これはまた違った方向性で完成度が高いんだ」
「へー」
「ほー」
「ふーん」
この温度差である。ただディックにとって屋敷で働く未来はいい環境になりそう。食材や調理器具が思いのままだからね。




