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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
序章
17/321

第17話 洗礼の儀

 朝だ。窓の外は暗い。2階に降りて挨拶を交わす。


「私たちは収穫へ行くわね。リオンはどうする?」

「ええと、行こう……かな」

「どうした? 気分が悪いか?」


 だってどうせ洗礼でスキル無しなんだもん。落ち込むさ。


「やっぱり家でいるよ、地図見てる」

「そう、まだ2階で寝てていいのよ」

「ううん大丈夫」

「じゃあ母さん行くか」

「……ええ」


 前世の記憶が戻った日の2人の動揺は凄かった、特にソフィーナ。もし本当にスキル無しだったら、どんな悲しい顔になるか。


 あーまーしゃーない、なったらなっただ! 前世の記憶でたくましく生きてやるぜ!


 そうだ、そうだよ! 前世の記憶なんて、それこそチートだ。宇宙の声も言っていた、この世界にないものを生み出しても構わないと。そうだぜ俺には地球の知識がある。確か名前や顔を消した代わりに地球の知らない知識を加えたって言ってたし。


 ふっ、この世界の神よ! もしスキル無しという暴挙に出るなら俺は徹底抗戦するぜ! 前世の記憶を駆使してあんなことやこんなことをやってやる! ああ、できるさ。ファンタジーな世界観をぶっ壊してやるぜ! 神に抗うぞ俺は! フハハハハハッ!!


 ハァ……。


 まあ、あんまり派手にやると何されるか分からないからな。コソコソと生きていくだけの稼ぎがあればいいか。しかしどうやって稼ぐか……。


 そうだ、何か発明の案を実現できる人に売るのがよさそう。生活様式を激変するんじゃなくて、ちょっと便利になるくらいでいい。特許とかあるのだろうか、何がいいかな。


 手元の地図を見る。


 そうだ、紙だ! 羊皮紙、1枚確か2000ディルだったよな。2000円かな? いや、ちょっと高すぎるか、でも200円でも十分高いよな。前世のA4コピー用紙500枚で700円くらいだっけ。1枚1.4円だぜ?


 流石にそこまで単価は落とせないにしても今の羊皮紙よりは安くできるはずだ。いやしかしまてよ。紙って原料パルプだよな、パルプは木、木は森、森は魔物。いかーーん! 大量生産無理だよ危険過ぎる。


 ぐぬぬ、いい案だと思ったんだがな、それに作るにしたって大きい工場が必要だし。そういった価値を理解して出資してくれる先見性のある投資家はいるのかな。いや機械だってどう作るかだよ、鉄を生み出す方法すら知らないのに。これはかなり知識が足りないな。


 それにもし実現したとしても羊皮紙産業はどうなる。羊皮紙の一大産地であるカルカリアには多くの失業者がでる。新しい産業が生まれる時は必然の流れだが、長年の研究で少しずつ転換していくならまだしも1人の発案でひっくり返されると影響力が大きすぎる。


 きっとカルカリアから恨まれるだろう、そんな人生嫌だ。いやまてよ、そうか、カルカリアに紙工場を作って羊皮紙生産者を優先で雇えばいい。これだ! ただそれも製紙機械が前提の話にはなるな。鉄などの金属はどうやって作るのだろう。


 そっか精霊石か! 土の精霊石だよ、水だって精霊石から出してたもん。きっと土の精霊石からは土が出るんだよ、そして鉄もでる。じゃないと鉄鉱石の採掘なんざ魔物の住処に突撃するようなもんだぜ。


 しかし紙原料の木材確保も同じ森だ。うーん、紙は諦めるか。


 ゴーーーーーン!


 朝の鐘だ。


 いずれにしても鉄などの金属が大量に手に入れば作れるものはいくらでもある。となると動力か。魔導具は魔石で動いてるって言ってたな。魔石は魔物から手に入るから枯渇する心配はないだろう。問題は1個でどのくらいの出力なのか。


 そうだ、精霊石を動力にすればいい! 火の精霊石があるんだから蒸気機関は作れそう。ただ長時間燃焼させる運用が可能かどうか。それが難しくても土の精霊石から石炭を出せればそれでもいいな。まあとにかく情報収集だ。


 両親が収穫から帰って来る。


「ただいま」

「父さん、鍬の先っぽって何でできてるの?」

「鉄だよ」


 やっぱそうだよね。


 むむ、城壁の扉って鉄じゃないか! しかもかなりの大きさ。あとは厨房の鍋や馬車の車輪、武器だってきっとそう。周りをよく見れば鉄ってありふれた素材だった。となると製法だな。


 食堂へ向かう。


「ねえ父さん、鉄ってどうやって作るの?」

「土の精霊石からだぞ」


 やっぱり!


「なんだお前、土属性スキルに興味があるのか」

「ええと、うん」

「俺は土スキルあるぞ」

「そうなんだ!」


 なんとクラウスは土の精霊石を使えるのか。


「肥料しか出せないぞ、それも大した量じゃない」

「でも助かってるのよ、肥料士に全部頼むよりはね」

「へー父さん凄い」


 肥料と言うと、窒素、リン酸、カリウムが三大要素だよな。精霊石からそれらを含んだ土を放出するのだろうか。


「ただ精霊石から鉄を出せても、それだけではダメだぞ」

「何か必要なの?」

「錬成スキルよ」


 うわ出た、錬成。これは一気にハードル上がった気がする。


「精霊石から鉄を出せても短時間で消えるんだ」

「あら、消えるの」

「錬成の確か定着ね、それをしないと消える時間を延ばせないの」

「リオン、城壁ってどうやって作るか知ってるか」

「ええと石を切り出してきて積み上げてるんでしょ、あ、思い出した!」


 去年の今頃、城壁が壊されたときに修理に沢山の人が来てた。その時に城壁の石を大きな石の人形が積み上げてたんだ。


「ゴーレム見たよ!」

「そうあれだ。そのゴーレムが積み上げた石はな、えーなんだったか」

「製石士がその場で作ったものなのよ」

「へーここで作ってたんだ」


 となると精霊石から出したのか。


「確か15年だったか」

「そうね15年よ」

「もしかして」

「15年経ったら西区の城壁は消える。だから一緒に消えるように修理した分は調整してるはずさ」


 やっぱりそうか。しかし15年も維持するのは凄い。ただそれには錬成スキルの派生スキルと思われる定着が必要なんだね。


「だから2年後に拡張するんだね」

「そう、それで今の城壁はその1年後に消えると。つまり一時期は城壁が2重になるぞ」


 なるほど外側に作れば撤去する手間も掛からないし放置で勝手に消える。考えてるね。


「まあ家の基礎の石とかトイレの壁、あと浴場やそこの厨房の石は天然の切り出した石だぞ」

「天然のもあるんだね」


 そこは使い分けてるのか。


 しかしそうだよな、でなきゃ短期間であんな城壁作れるはずがない。石を作る仕事、製石士か。これはファンタジーだ、間違いない。


 ところで石を運んでたゴーレムってどこから来たのだろう。


「ゴーレムって村の外から歩いてきたの?」

「あれは、ええと母さん」

「私もあまり知らないわ」

「ゴーレムの話かい?」


 近くの住人が話しかけてきた。


「うん、石を運ぶゴーレム、あれってどこから来たの?」

「ゴーレムは操石士がその場で作り出して動かしているんだ」

「へー、操石士」

「昔、俺の知り合いが目指しててさ、ちょっとなら知ってるぞ」


 ほう、これは聞いておこうかな。


「教えてください」

「いいぞ。まず操石士になるには土属性、錬成、使役が必要なんだ」

「うわ、3つも!」

「錬成は無くても出来るが作業時間が極端に短くなるらしい」

「へー」


 きっと作ったゴーレムを長時間維持しておくのに錬成の定着スキルが必要なんだな。


「長時間働ける操石士は稼げるぞ、特にここいらは城壁の建設が多いからな」

「ほんとだね」

「あとゴーレムの動力は魔石だってさ」

「魔石なんだ、ありがと教えてくれて」


 ゴーレム、前世でいう建設用重機だな。じゃあ操石士は重機製造とオペレーターになるのか。むちゃくちゃ凄いな、1人で重機作れる動かせるって、特に作れるってのが。操石士が現場にいればいいからゴーレムを運ぶ必要もない、土の精霊石と動力の魔石があればどこでも出せる。


 操石士それから製石士か。建築系の仕事は常に需要があるから安定してそうだな。


「そろそろ行くか」

「ええ」


 いよいよ洗礼の儀に出発か。一度家に帰り準備をして中央区へ向かった。


「どんなスキルを授かるのか楽しみだわ」

「母さん、遺伝とかあるの」

「あるわよ、でもそうね、半々くらいじゃないかしら」

「そうらしいな、つまり俺と母さんのスキルからどれかと、あと半分は何がつくか分からないってことだ」

「へー」


 剣か弓がつく可能性が高いってことかな、他に何持ってるかは知らないけど。あと属性は火か土か。剣と火ってかっこいいな魔法剣士っぽくて。弓でもいいけど。


 ただそれも神次第だ。もしスキルが無かったら……。


 そんなことを考えながら歩いていると中央区の城壁が見えてきた。これも精霊石から作ってるなんて凄いな。しかし何の石になるんだろう。白っぽいな、石灰岩か。


 ん? 石灰岩、あ! 思いついた!


 ストーンペーパーだよ。ふっふっふ。パルプが難しいなら石から紙を作ればいい。土の精霊石から石灰岩を出しまくって紙を大量生産、これだ!


 スト-ンペーパーの原材料は、石灰岩に含まれる炭酸カルシウムが80%、石油由来のポリエチレンが20%。問題はポリエチレンだな。石油が精霊石から出るのだろうか。鉱物資源の一種だから、いけそうな気がするが。


 いやまてよ、石油が出たらあらゆるものが作り放題じゃないか。しかもプラスチックは消えて自然にも優しい! おお、なんだ、簡単だった。石油で完全勝利ではないか。


 ははーやったぜ! 前世の記憶バンザイ! 地球ありがとう!!


「なんだリオン、ニヤニヤして……楽しみなんだな」

「うん、勝ったよ!」

「はっ?」


 さあ来い神よ。


 そして決戦の場、礼拝堂に辿り着いた。


「おお来たかノルデン家よ、今日は良い日にならんことを」

「司祭、よろしくお願いします」

「では祭壇へ進むがいい」


 入り口で出迎えた司祭は奥へ俺たちを案内した。この人、前世の記憶が戻った日に家に来たな。体を調べたのは一緒に来た女性だったけど。それじゃこの人は何ができるんだろう。洗礼の儀にも執り行うためのスキルがあるのかな。


 ああ、契約か、昨日ソフィーナが言ってた。契約ね、誰と契約するんだろう? 神か?


「2人はそこへ掛けてリオンは私について来なさい」

「はい」


 クラウスとソフィーナは最前列の長椅子に座った。沢山並んだ長椅子には他にも多くの人が座っている。お祈りかな。


「どうした、後ろが気になるか」

「けっこう人がいるんですね」

「皆お祈りだが、洗礼の儀がある時はより近くに神を感じ取れるため、いつもより人が多いのだよ」

「そうなんですか」


 神が下りてくるのか? いや世界中で洗礼やってたら忙しくてたまらない。使いか何かか。


 礼拝堂の奥にある階段を10段くらい上がり祭壇に来た。けっこう高いなここ。


「ではリオン、神の祭壇の前に立ちいつものお祈りの姿勢をしてくれ」

「はい、こうですか」

「そうだ、私は下で儀式を執り行う。終わったら伝えるので下りて来なさい」

「分かりました」


 俺は胸の前で手を組み、頭を少し下げて目を閉じた。


「ではこれより洗礼の儀式を行う!」


 下から司祭の声がする。なんか緊張するな。まあ人によってはこれで人生が決まるんだ。俺はそもそもスキルがつくかだけど。


「創造神クレアシオンよ! 祭壇の前で祈る子、リオン・ノルデンは、生まれし日より8年が過ぎ、今、神の洗礼の時を迎えた! この子が強く生きるため、そして、世界の一員として成すべき、その道しるべを、その真っ白な身に授けよ!」


 やっかい者でも何でもいい!

 どうなっても俺は諦めないぞ!

 この世界でたくましく生きてやる!


 さあ来い!


 パアアアァァーーン!


 うわ眩し!


 目を閉じても分かる、まぶたを貫く強い光が俺の体を包んだ。


 ……。


「無事終わった、下りてきなさい」


 俺はゆっくりと目を開け振り返った。


 パチパチパチ……。


 祈りの人たちが拍手を送る中ゆっくりと階段を下りる。


「奥の部屋で鑑定を執り行う。3人は扉の前の者について進むがよい」

「ありがとうございました」


 鑑定? そうか、まだどんなスキルが備わったか分からないんだ。別室でやるのね、そこは他の人に知られないための配慮かな。


 俺は2人について行く。特段変わった感じは無いな、ほんとにスキル無しかも。ははは。


 通路沿いにいくつかの扉が見える。これのどこかに入るんだな。


 !? 何だ、体がおかしい、ふらふらする。


「……っ!」

「リオン! どうしたの!?」

「おい大丈夫か!」


 振り返った2人が心配そうに声を上げ、すぐに体を支えてくれた。


「少し立ち眩みがしただけ。もう平気だよ」

「そうか」

「洗礼を受けた直後には、たまにそういった症状が出るんですよ。スキルが備わった証です」


 前を進んでいた男がそう告げた。


 今何と!? スキルが備わった証、よかった無しじゃなかった!


「こちらです、どうぞ中へ」


 部屋の中へ入る。案内の男は30代前半か、司祭みたいなローブではなく普段着のような出で立ちで、礼拝堂の職員というよりその辺の町の人みたいだ。別室に案内するだけのボランティアかな。


「お待ちしておりました。私は鑑定士のシャルロッテと申します。リオンくんは私の正面へ、ご両親はその隣へお掛けください」


 その40代ほどの女性は名乗りながら俺たちの座る椅子を案内した。鑑定士か、そのものズバリだな。鑑定士の前には机があり、こちら側に椅子が3脚並ぶ。俺は鑑定士の正面の椅子に、クラウスとソフィーナはその両隣りへ続けて座った。それを見て鑑定士も座る。


「では、アーロン。お願いします」

「はい」


 案内役の男性は返事をすると机の横に移動する。そして両手を広げて目を閉じ……約10秒そのまま動かない、何だこれは。


「音漏れ防止効果は30分ほど、範囲はこの机の中心から半径3mです」

「ありがとう」

「では失礼します」


 鑑定士が礼を言うと男は去った。音漏れ防止? そうか鑑定情報を誰かに聞かれないようにする措置なんだな。へー、今のアーロンという男性はその効果のある魔法か何かを施す役目だったのか。


 効果は半径3m、30分と言っていたな。部屋は10畳くらいか。窓はあるが今はカーテンが引かれて外は見えない。目の前の机は部屋の中心にあるから半径3mなら、俺と鑑定士、クラウスとソフィーナもすっぽり入るな。球状の効果範囲としてもだ。


「ご両親、こちらの紙と羽根はご自由にお使いください。紙はそのまま差し上げます」

「母さん頼む」

「分かったわ」


 ソフィーナは紙を1枚取り、羽根ペンをインクにつけた。ハガキほどの羊皮紙だが、あれでも500ディルくらいするだろう。そこはサービスなんだな。


「お待たせしました、それでは鑑定を行います」


 来た! 運命の瞬間だ!

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