第168話 ベルソワの死闘
メルキース城壁、ベルソワ平原側の検問所近くに北西部防衛部隊は陣形を取る。そこで神が使わせた魔物の一部と交戦。7体のうち2体を仕留めるに至った。残りの5体は上空を旋回している。
「む、魔物が散ったぞ」
遠ざかるその巨体の行方を見定める。クエレブレが東へ、グリフォン2体は南北に、リンドブルムとガルグイユが西へ向かった。何か仕掛けてくる気か。
「残りの6体到着まで距離を取って完全再生を待つのだろうか」
「そっか、各部隊を襲って傷を負いましたからね」
なるほど、では俺が倒したジルニトラも、セドリックが首を落としたガルグイユも、本来の力を発揮できなかった可能性がある。もちろんトランサイト班含めての一斉攻撃は強力だが、あまりにあっけなく沈んだからな。
向こうが再生を待つ間にこちらも息を整え魔力を回復できる。そうやって交戦と休息を繰り返す流れなのか。ただ人間はポーションが必要なほど重傷を負えば戦線離脱、しかし魔物は再生すればまた戦える。長引けば不利だ。
「城壁から離れろー!」
「何!?」
「え?」
頭の上から声が響く、見張りが発したのか。
ドオオオオォン
ゴゴゴ…… ドスン ズドン
「うわあーっ!」
「退避―!」
何が起こった!?
ガアアアアアッ
あれはクエレブレ! 半分ほど崩れた城壁から白い巨体が上半身を覗かせる。何であんなところにいるんだ。
「東側、つまり城壁の裏手から突っ込んでヤツが破壊したのだ」
「何故そんなことを」
「分からん、くっ……うぐ」
「うわっ、くっ」
ビュオオオォーーッ
突然南側から突風が吹いて飛ばされそうになる。あれはグリフォン! いつの間に降りていたんだ。
「後ろにも来たぞ!」
「えっ」
ビュオオオォーーッ
「うわあああっ!」
「きゃああっ!」
今度は北側から突風が吹く。逆方向に踏ん張っていたため俺の体は簡単に宙に浮いた。周りの騎士たちも何人か吹き飛ぶ。風が来た方にはもう1体のグリフォンが地上に立ち大きな翼を広げていた。
ビュオオオォーーッ
くっ、今度は南側。いかん、これでは立つことが出来ない、ひとまず風が当たる面積を少なくするんだ。周りの騎士たちも同じ考えか皆伏せていた。
ガアアアッ ドズン!
クエレブレが崩れた城壁を越えて降りてきた。近くにいた騎士は直ぐ立ち上がったが、再び突風が襲ったため足を踏ん張る。
グチャ!
「ひいい!」
その騎士はクエレブレに踏みつぶされた。
ブンッ!
「ぐはっ!」
「うぼっ!」
クエレブレは勢いよく振り返り、同時に長い尻尾が地面すれすれを高速で通り抜ける。何人かの騎士が吹き飛んだ。
ビュオオオッーーッ
くっ、また突風。これでは身動きが取れないまま一方的にやられてしまうではないか。
ドオオオオォン
「うわっ!」
ドサッ
う……くっ。い、今のは爆発? もしやリンドブルムの火球か。俺はその着弾点近くにいて吹き飛ばされたようだ。放射線状に土や石が広がっているその中心を見ると直径3mほどのクレーターが出来ていた。
何と恐ろしい連携だ。武器を振るうどころか立っていることさえ難しい。あちこち注意を向ければ死角から攻撃もしてくる。はは、流石は神の魔物、何も考えずに突っ込んでは来ないか。
これはとにかく数を減らして連携を崩さないと、一番近いのはクエレブレか。よし、伏せたままシンクライトを共鳴させて立ち上がると同時に飛剣を放つ。的がデカいから必ず当たる。
スパアアアン
あれは、クラウス! クエレブレの尻尾を切り落としたぞ。
バアアアァン!
ガアアッ……。
次の瞬間、クエレブレの背中の一部が広範囲に吹き飛んで血肉が噴き出した。何が起こった。
バアアアァン!
まただ!
ズウウウン
そして巨体は倒れ込み動かなくなった。おお、仕留めた。近くには槍を杖代わりにして肩で大きく息をしているナタリオの姿が見える。そうか、あれがトランサイトの性能、きっと腹から背中まで伸槍が突き抜けたんだ、凄いな!
「皆、立て! 北側のグリフォンは仕留めた!」
そう叫びながらこちらへ走って来るのはミランダだ。あの人いつの間に。
「立てるか」
「あ、はい、部隊長」
「向こうのグリフォンはセドリックたちが対応に回ったようだ。倒せるかは分からんが突風はもう来ないぞ」
南側に目をやるとホバリングするグリフォンと睨みあっている騎士たちが見えた。あ、グリフォンが高度を上げる。
「体勢を立て直すぞ! まずは負傷者を!」
エリオットの声に騎士たちが散る。ただ立っているのは半分くらいだ。
「母さんは?」
「あそこだ、見たところ重傷ではないな」
「ほんとだ良かった、あっ! 部隊長、背中から血が!」
「先程の火球で傷を負った。既にポーションで塞がっている」
もしかして俺をかばってくれたのか。そうだよな、あんなに近くで爆風を受けてこんな掠り傷で済むはずがない。
「部隊長、ありがとうございます、お陰で軽傷で済みました」
「……抱えて走るつもりが間に合わなかった。気づいたら口を開けたリンドブルムが見えたのでな。はは、一方に注意を向け視野が狭くなるなど指揮官失格だ」
「そ、そんなこと! よく気づいてくれました」
「私はもう戦えない。しかしリオンの前に立つことはできる。必ず守るからな」
エリオット……俺を気にかけて本来の動きが出来なかったんだ。
「ミランダ! 来てくれ!」
「なんだ!」
「私のトランサイトを動ける騎士に預けろ」
「む! ……分かった」
エリオットの表情から事態を察したミランダは剣を受け取る。戦場において武器を手放すとは悔しいだろう。俺のせいで申し訳ない。
「あ、部隊長、俺のポーションを持っててください。傷が開いてしまうかも」
「いやお前が大事に持っておけ、ポーションは同じ傷には効かん」
「は、はい」
そうなのか。
「さあ、ひとまず危機は去ったがまだ戦いは終わっていない」
「そうですね、上空の3体に加えてまだ6体が姿を現していませんから。あ、確認します……東の4体、及び南の2体は反応が強くなっています」
「直ぐに来るな」
合流すれば9体か。それで先程の様な連携をされたら凌ぎきれないぞ。共鳴200%なら飛剣の射程は200m、かなり距離はあるが先手を打てる。何かされる前に落とすしかないな。
カカン、カカン、カカン……。
魔物の鐘! 残りの魔物が来たか!
「1、2……9体か、揃ったな」
「あれを全部倒せば終わりですね」
「まあな、さて何をしてくるか」
『殺す』
うぐ、また強い殺意。9体全てが俺へ向けて発しているぞ。
「うう……くっ」
「リオン、大丈夫か」
くっそ、気を強く持て、呑まれるな。
「ああ……うう」
なんと強い想念……頭の中が浸食されていくようだ。
「……はぁう」
「おい、しっかりしろ!」
いかん……意識が遠のく。
……。
「リオン!」
「あ、はい!」
「おお、目が開いた」
少し楽になったぞ。
「ヤツらの視界から逃れるだけでも殺気は違うだろう」
「はい、部隊長」
これは崩れた城壁の石、その陰に身を隠しているのだな。
「来るぞ! リンドブルム2体だ」
ミランダの声が響く。火球を連続で放つつもりか、そうはさせん!
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
やるぞ、口を開ける前に落としてやる!
『殺す』
うがっ、くっ……またかよ。
ドオオオォン ドオオオォン
「うわぁーっ!」
「ぎゃああっ!」
ドサッ
俺は再び火球の衝撃波によって吹っ飛ばされた。
『殺す』
うう……そうか、こうやって俺の手を封じてじわじわと追い詰める気だな。9体いればその役割も分担できる。ひとまず石の陰だ、視界から逃れないと頭がおかしくなる。
……。
あれ? ちょっと楽になった。そりゃ殺気もずっと送り続けられないか。
そうだ、エリオット!
あ、倒れて動かなくなっている。また俺をかばってくれたのか。
彼の元へ駆け寄る。
「リオンか……逃げろ」
「で、でも」
うつ伏せになったエリオットを中心に血だまりが広がる。きっと身体強化に魔力を使ったんだ、それでポーションで塞いだ傷口が開いてしまって。
「すまんな、動けんのだ……行け」
置いて行けるはずがないだろう、よし、今こそ!
「……む、これは」
「どうですか」
「もういい、止めろ!」
エリオットは立ち上がる。
「全く、貴重な魔力をこんなことに使いよって」
「すみません」
「……ありがとう、リオン」
「へへ」
エリオットは俺を抱えて駆け出す。
「ミランダ、状況は」
「セドリックがさきほどの火球で重傷を負い城壁へ下がった。他のトランサイト使用者はまだ戦える」
「そうか、セドリックが」
「ところでリオンは何処だ」
「は? 隣りに立っているだろう」
「商会長!」
「おお、そこか」
何言ってるんだミランダ。確かに子供だから背は低いけど。
グオオオオッ
「む、魔物が散ったぞ、また何か仕掛けてくるな」
「俺は射程に入った段階で飛剣を撃ちます」
「そうしてくれ、とにかく数を減らすのだ」
とは言え、さっき治癒スキルに魔力を使ったから200%はキツい。100%でいくか。
「リンドブルムが南北より向かってきます! カミラたちが北へ、私はここで南を撃ちます!」
「分かったベロニカ」
ベロニカの他に弓士が4人、魔導士2人が近くに来る。トランサイト武器では無いようだ。
「皆聞け! リンドブルムは火球を放ち距離を取るだろう! 同時に別の魔物が立て続けに襲って来る! だがこの戦いを切り抜ければ勝利は近いぞ! 今こそ騎士の誇りを示せ!」
「おおおっ!」
「やってやる!」
「負けないわ!」
「さあ来るぞ! 口を開けたらお互いに距離を取って警戒しろ!」
そうか、固まってたらまとめてやられる。
「リオンはここにいろ、ヤツの狙いはお前だからな。口を開けたら飛剣を食わせてやれ」
「はい、部隊長」
よし、来い!
キュイイイィィィーーーン
口を開けた! 中が少し光り出す、距離90m、いける!
「うらああぁーっ!」
ブンッ! スパアアァン!
ドオオオォン! ドズン!
「ハァハァ」
「見事だ!」
リンドブルムから放たれた火球。飛剣はその高速で迫る炎塊を切り裂き、発射の反動で少し上を向いた魔物の喉元に達する。幾らか切れ味を落とした飛剣ではあったが、その首を切断するほどの力は十分残していた。
よし、次だ!
ブオオォー!
うっ、く、またグリフォンか。
ズバン!
おお、風が止まった、ベロニカの弓だ。よーし!
キュイイイィィィーーーン
「とりゃああぁーっ!」
ブンッ! スパアアアァン!
くそっ、少しズレた、片翼か。
「任せろ!」
ミランダが物凄い速さで駆けていく。
スパアアアァン!
首をはねた! やったぜ!
よーし、次!
!? 危ない!
ザシュ! ドチュ!
「ぐああっ!」
「ぐほっ……」
騎士たちが血を吐いて次々と倒れていく。
「ベロニカ、これを飲め」
「……油断しました」
あれか、ジルニトラ! 後ろから魔法を放ちやがった!
グオオオオオッ ドーン!
「うっ、くそ!」
「退避だ!」
目の前に真っ黒な鱗の巨体、見上げると頭をこちらへ向けている。
なんだ、笑っているのか、勝負が決まったとでも。
間合いを詰めればこちらも外しはしない!
キュイイイィィィーーーン
「喰らえっ!」
ブオオオオオッ
「なっ! うぐっ」
……ドスン
これは熱風だ。サラマンダーのそれと似た灼熱の風に飛ばされ俺は地面に叩きつけられた。服が焼けて体中が痛い。くっそ、またこれを喰らうことになるとは。
右手の感触を確かめる。よし、武器は握ったままだ。
スパアアアァン
なんだ!?
グオオオオオッ ドーン
ミランダ! ジルニトラの片脚を切り離したぞ! 彼女は直ぐに倒れた巨体に向けて剣を振り上げる。よし、伸剣で首を落とせる!
ズボッ
「ぐっ」
ドサッ
え、今のは、魔法か。ミランダの体を氷の槍が貫いたのが見えた。
グオオオッ……
ジルニトラは首を上げ頭をこちらへ向ける。マズい。
「うわああっー!」
身体強化! 強化共鳴!
キュイイイィィィーーーン
「はああっ!」
ブンッ スパアアアアァン
ドスン
「やった」
俺はうつ伏せになったままシンクライトを振り抜いた。少し角度の付いた飛剣は、同じく倒れ込んでいるジルニトラの首を切り抜ける。完全に切り離すことはできなかったが、頭を支える力を奪うには十分だったようだ。
もう少し共鳴が低かったら飛剣の長さが足りなかった。咄嗟だがよく出来たもんだ。しかしもう魔力がほとんど残っていない。体中も痛くて動けない。
「う、くっ」
何とか仰向けになった。そこには青い空だけが広がる。そうだ、ポーションを飲もう。ええと、胸ポケット……あれ? ポケットが無い。そうか、燃えたのか。じゃあその辺に転がっているはず、何処だ。
頭を振るがそれらしき物は見当たらない。立っている人もいない。
ドーン グオオオオッ
ああ、サラマンダー。まだ魔物がいたのか。
『殺す』
やれやれ、しつこいなぁ。でも俺は動けない。残念ながらお前らの勝ちだ。
ヤツは俺に向かって口を開ける。
せっかく転生してここまで生きたのに終わりか。まあ、この世界にとっちゃそっちの方がいいんだろ。神の思う通りにすればいい。お邪魔虫は消えるよ。
はは、英雄の力……か。
スパアアアァン
え!?
ドズン
何だ、サラマンダーの首が落ちた。まだ戦える人がいたんだ!
でも近くに立っている人はいない。おや、遠くから誰か走って来る。
「リオン!」
この声、聞き覚えがある。
「間に合った、もう安心しろ」
バイエンス男爵……またあなたに助けられるとは。




