第165話 決戦を告げる鐘
朝だ。昨日の夕方から大変な話になり、悶々として寝付けないとも思ったが意外と直ぐに眠れた。町に出たから疲れが溜まっていたのだろう、もちろん大きな心労もあった。
「おはよう」
「おはよう、リオン」
「ぐっすり眠れた?」
「うん」
クラウスとソフィーナはいつも通りだ。
「俺、8時にロンベルク商会だよね。父さんと母さんは北区進路へ入るの?」
「どうかな、ミランダもそれどころじゃないだろうし」
これまでメルキース男爵家に頼ってきたため、こういう時に自分たちの判断だけでは動き辛い。ふむ、依存し過ぎるな、か。エナンデル子爵の発言の意図は違うところだが、あまり偏った人間関係は見直すべきかもしれない。
もちろんミランダやエリオットには全幅の信頼を置いている。コーネイン商会を中心とした活動範囲も居心地がよく、できればこのままの環境を維持したいところだ。フローラたちとも仲良くなれたんだし。
ただ、世の中どうなるかは分からない。この世界は貴族が支配しているため、その力関係によってはガラッと状勢が変わるだろう。特に上位貴族の動きは影響力が大きい。今後は味方となってくれる強権者との繋がりも視野に入れるべきか。
「リオン、あまり心配するな」
「そうよ、きっと商会は大丈夫」
「だといいんだけど」
「あのね、お城でご夫人と色々と話したんだけど、この手の脅しは割とあることなの」
「え?」
「この町で商売をさせなくするとか、商会を潰すとか、まず大きく強く出て、そこから相手の出方を窺って落としどころを見つけるのよ」
へー、確かに取引の手法としてはあるな。
「だからコーネイン商会はきっと大丈夫。問題はどんな条件で決着するかね。そこはミリィの腕の見せ所よ」
「考えても見ろ、商会が解散なんて大事だ。そうなれば伯爵からどれほどの怒りを買ったのかと、商会を抱える貴族は総じて探りを入れるだろう。要らぬ詮索を招けば綻びが出る、それは伯爵にとって本意ではない」
「そっか!」
解散とするなら当然表向きは違った理由にする、しかし見る人が見れば偽りだと気づく。そうなれば真相を知ろうと動く人も出る。同時に伯爵は何か隠していると噂が流れる。だから解散など過度に注目を集める手法はリスクが大きいんだ。
「この話の続きは食事が終わってからだ、結界も無いしな。さあ訓練に行くか」
クラウスと外に出る。そうだね、ひとまず日課をこなそう。
訓練を終えて朝食へ。あ、クラリーサたちがいる。他の西区保安部隊もそのままだ、良かった。まあ変えるにしても翌日直ぐとはいかないか。
む、ボリスたちだ。本当に彼らの報告でシンクライトの使用が伝わってしまったのだろうか。そりゃ俺たちの護衛なのはありがたい、夜通し交代で気にかけてくれるなんて申し訳ないくらいだ。しかし同時に監視されていると思うと身構えてしまう。
俺たちの将来の護衛をメルキース保安部隊から選出する理由もそんなところか。もちろんゼイルディク騎士団のトップは伯爵だけど、基本的に配属先の領主に従っている様だからね。メルキース男爵配下の騎士の方がずっと信頼を置ける。
む、待てよ、コルホル村の領主はアーレンツ子爵だ。実際、北区と東区にはアーレンツ保安部隊から騎士も来てるし。となれば結局クラリーサたちも護衛住人と同じ立場か。んー、どうなんだろう。ミランダとの関係性を見るとそうは思えないんだよな。
直接本人に聞くと今後やりにくい。ミランダに聞いてみよう。
食事が終わる頃、フリッツが声を掛けてきた。
「この後、話がある」
「分かった」
商会の件だな。朝食を終えてフリッツと共に家に帰る。クラリーサはいつものように結界を施し出て行った。
「今朝、ワシが商会に行ってミランダから話を聞いた」
「そうか、じゃあ状況は分かっているな」
「うむ、リオンは予定通り8時にロンベルク商会へ行き仕事をしろ」
「はい」
「クラウスとソフィーナも昨日言った通り北区進路へ入る、同伴は防衛部隊から3名、先日メルキース保安部隊に配属されたカチュア・エシルストゥーナの兄家族だ」
おお、こっちに来るのね。しかし初対面でいきなり魔物討伐とは。
「家名はシベリウス、カチュアの兄アグロヴァル38歳、その妻ウェンデル36歳、そして娘のシャロン16歳だ」
「ほう、16歳とは士官学校を出て間もないな」
「腕前は分からんが気にかけておけ、恐らくCランク魔物は苦戦する」
「ああ、分かった」
「魔物素材をギルドへ渡す際には特別編成1班と言えばいい」
お、今回は防衛部隊じゃなくてその名前なのか。
「昼食はリオンも含めてエスメラルダでとる、その席でミランダや男爵から状況の進展があれば告げられるだろう。午後はメルキース男爵邸へ行きクラウスの実家を迎える予定だが、リオンも同行できるかは分からない」
「引き続きロンベルク商会で仕事かもしれんな」
「うむ、ひとまず今トランサイトについては大人しく向こうの指示に従う方がいい」
まあ仕方ないね。
「その上で大事なことがある、神の魔物についてだ」
「む、なんだ」
「伯爵にはリオンが接近を感じ取ると伝えているな。無論、実際はミーナだが。従ってリオンがロンベルク商会で向こうの護衛と共に仕事をしていては、その時が来ても連れ出すことが出来ないのだ」
「何でも理由を付ければいいだろう」
「今の我々の立場でそれが通るか」
「確かに。じゃあそのまま神の魔物の接近と告げればいい、リオンを狙っていることは伯爵も知っているからな」
そう、村にいてはここが壊滅する。あーでも。
「リオンが感じ取るはずなのに、外の情報で動くのか?」
「おー、それはおかしいな」
「仕事中のリオンに伝える方法があればいいのよね、護衛に悟られない様に」
「うむ、それでミランダと協議した結果、礼拝堂の鐘を鳴らすことにした」
「おい、いいのか」
「構わんそうだ」
確かにあれなら気づく。
「従って11時30分より前に鐘が聞こえたらその時だ、リオンは感じ取ったとして伯爵家令ディマスを呼べ、店の1階で待機している」
「ディマスさんが、分かりました」
「その後はディマスよりミランダへ通知がいく、そして伯爵命令発動だ」
「なるほど流れは分かった。森の俺たちには騎士が呼びに来るんだな」
「うむ」
はは、自作自演か。
「リオンがロンベルク商会で働く間はこの方法だ。商会以外でもリオンに我々が接触できない場合は同様とする」
「はい、分かりました」
「さて、そろそろ時間だな。防衛部隊の3名は8時に西区の搬入口裏へ来る、荷車を引いてな。リオンは今から西区保安部隊と共にロンベルク商会へ行け、ワシは終日ミーナの側にいる」
「リオン、1人で大丈夫かしら」
「何も取って食われるワケじゃない、丁重に扱ってくれるさ。そうだ、あまり連続して生産するなよ」
「うん、もちろん」
「では解散だ」
家を出てクラリーサとエマと合流する。
「じゃあ行くかい、行き先は聞いてるよ」
「お願いします」
搬入口を出るとカスペルとランドルフ、そして保安部隊のフェデリコが日向ぼっこしながら見張りをしている。いつもの風景だ。
「今日は1人かい」
「ランじいさん、父さんたちは討伐だよ、ほらあの騎士たちと北区進路に入るんだ」
「ほう、最近よく行くの」
中央区へ続く通路に騎士が3人荷車を引っ張って来るのが見えた。ほんとだ、1人若い女の子がいる、シャロンだっけ。へー、あんな年からもう騎士なんだ。すれ違いざまクラリーサたちと軽く挨拶をすると、俺を見て少し驚いた様子だ。ま、明らかな子供が剣を背負っているからね。
そう、今背負っているのはトランサイト合金。もちろん十分過ぎる武器なんだけど、シンクライトのあの性能を体感したらやはり手元に置きたい。でも今そんなことしたら間違いなくコーネイン商会が消えてなくなる。
ホントは貴族同士でやり合っている場合じゃないんだけどな。いつ神の魔物が来るかも分からないのに。ただそんな単純な世界じゃないし、その中で暮らしている以上仕方がない。
ロンベルク商会へ到着。隣りのコーネイン商会を通る時にチラッと中を見たけどいつも通り営業してるみたい。まだ処分は決まってないようだ。
「おはようございます、リオン様」
「おはよう、ええと、アーレンバリさん」
「なんと、私の名前を覚えていらっしゃるのですか」
「あの場にいましたよね、確か」
「はい! あの日はもう興奮して寝付けませんでしたよ! ああっと、これは失礼しました。お部屋へご案内いたします」
凄く嬉しそうな顔をする。はは、こっちも嬉しくなるね。
「私らは店内でいるよ」
「うん、分かった」
アーレンバリについて店の奥へ行く。8畳ほどの応接室らしきところへ案内された。そっか、コルホル村の騎士貴族経営の支店は4つ、エールリヒ、ユンカース、ロンベルク、コーネイン、その中で工房を持ってるのはコーネインだけだもんね。
部屋の中には護衛と思わしき騎士が3人待っていた。
「音漏れ防止結界はテーブルを中心に3m、3時間です。私は側におりますので込み入った話をするときは結界内へお呼びください」
「はい」
「それでは早速で申し訳ありませんが、トランサイト生産をお願いいたします」
「分かりました、では剣から行きます。箱から出してテーブルに置いてください」
「……はい、どうぞ」
1本か、多分ほんとは10本くらいあるんだろうけど、一気にやるとマズいよな。ここはゆっくり休憩をはさみつつやるか。
「では始めます」
キイイィィィン
「おお!」
「直ぐ共鳴したぞ」
「30%か、凄いなこの年齢で」
護衛がざわめく。
キュイイイィィィーーーン
「なんと!」
「70%、いや80%か!」
「どういうことだ」
ギュイイイィィィーーーン
「はっ!?」
「……信じられん」
「……初めて見たぞ、こんな光」
「ふー、終わりました」
アーレンバリは鑑定をする。
「トランサイト合金です! いやはや素晴らしい!」
「なんと、こんな製法なのか」
「誰にも出来ないはずだ」
「キミ、どうしてそんなことが出来る、しかもその年齢で」
「職人への詮索はご遠慮願います」
「おっと、これは失礼」
さて、5分くらい休むかな。
「座ります」
「しっかり休息してください」
「……とは言うが全く息を乱していないぞ」
「……とんでもない魔力操作だな」
うーん、ヒマだな。ただ休憩している手前、あんまりベラベラ話すワケにもいかんし。ま、黙って座っておくか。
それから剣4本の生産を終える。
ゴーーーーーン
鐘の音! これは!
「何だ、昼には随分と時間があるぞ」
「誰かのいたずらか、全く、礼拝堂の者はしっかり管理をしろ」
ミーナが神の魔物を感じ取ったんだ! よ、よーし!
「う、くっ……」
「どうなさいました、リオン様」
「うう……うわあああっ!」
「おい、治療士を呼べ!」
「ま、待ってください、呼ぶのは伯爵家令ディマス様をお願いします」
「ディマス殿?」
「店の1階にいます、早く!」
「はっ!」
護衛が1人駆け出す。あれ、護衛は知らないのか。本当に居るのかな。
「とても苦しそうです、やはり治療士を呼んだ方が」
「ひとまず横になってください」
こんなもんでいいか。
「ふー、落ち着きました、もう大丈夫です」
「そうですか、良かった」
「ですが念のため診てもらった方が」
「失礼する!」
扉が開きディマスが入って来る。お、ちゃんと居たんだ。
「お前たちは部屋の前で待て」
「はっ!」
護衛とアーレンバリは出て行く。
「どうしたリオン殿、もしや」
「はい、感じました、魔物の接近です」
「なんと!」
「とても強力な反応です」
「承知した、直ぐ防衛部隊に伝える、ここで待っていろ」
ディマスは部屋を出ると護衛が再び部屋に入る。しばらくして彼は戻って来た。
「店の前に防衛部隊の馬車が来る、リオン殿、参ろう」
「はい」
店内に下りるとビュルシンクが戸惑った表情で迎える。商会員や客も不思議そうに俺たちを見た。
「いかがなさいました、ディマス殿」
「これよりリオンは村を離れる、これは伯爵命令だ!」
「は、伯爵! 承知しました!」
玄関に向かう俺にクラリーサが声を掛けてきた。
「慌ただしいね、どうしたんだい」
「リーサ、エマ、えっと、行ってきます」
「保安部隊はここで待機しろ!」
「はっ!」
商会を出ると騎士団の馬車、そしてミランダが待っていた。
「行くぞ」
「はい、商会長!」
乗り込むと馬車は直ぐに出発。
「いよいよですね、あの、ミーナの様子はどうでした」
「突然うずくまり、頭を抱えて泣き出したらしい」
「ええ!? 大丈夫でしょうか」
「エリーゼたちがついている。それで発した言葉だが、沢山の怖い何か、殺しに来る、リオンが危ない、そういった内容だ。フリッツの呼びかけに怯えながら応えたとのこと」
「神の魔物で間違いないですね、しかしそんなハッキリと殺意を感じ取るなんて」
うう、ミーナ、怖い思いをさせてごめんよ。
「数を多く感じているならSランクは無いと見るが」
「そうですね、恐らくAランク十数体でしょう」
「方角や距離も聞いたが分からないそうだ」
「いやこれだけでも貴重な情報です、ミーナは頑張りました」
「うむ」
事前に分かるなんて本当に助かる。
ガタン、ドン
「うわっ!」
「かなり飛ばしているのでな、揺れるぞ」
周りの景色がどんどん流れていく、凄い、これが馬車馬の本気か。
「進路に入ったクラウスとソフィーナは騎士が呼びに行った、後から合流する」
「はい」
村の方向を見る。2人もトランサイトには慣れただろうか。
『殺す』
えっ
『……を殺す』
なんだ、何か聞こえる、う、うわあああっ!
「あぐ、くっ……」
「どうした!」
「来る、村に……サラマンダー」
「何だと!」
間違いない、この感じはサラマンダー、ヤツは村を焼く気だ!
「ハァハァ……西区を狙っている、し、知らせないと」
「もう直ぐ監視所に着く、伝令を走らせるからな」
「あっ!」
「どうした」
「今、感じ取りました、サラマンダーの狙いはミーナです」
「何!?」
そうか! 接近を察知する能力、それは神にとってジャマだ、だから排除する、おのれ!
「引き返しましょう!」
「……ダメだ」
「でも、ミーナが! 村が!」
「敵は1体ではない! お前が村にいればそれこそ壊滅する! 村の防衛部隊、そして住人を信じろ」
「……はい」
「ワイバーン2体を退けたのだ、勝てる」
フリッツ、ランメルト、イザベラ、みんな……頼む、村を守ってくれ。
「着いたぞ!」
馬車を降りて監視所へ入る。ミランダは伝令にサラマンダーの接近を伝えた。
「こっちだ」
監視所の城壁を抜けると何人かの騎士たちが慌ただしく動いている。ミランダはそれを全く気にかけず真っすぐ建物に向かう。そして食堂、武器庫を過ぎ、どんどん奥へ進んだ。速足の彼女を俺は離れないよう追いかける。一体、何処へ行くんだ。
階段を上がると長い通路が見え、いくつかの扉を過ぎたところで止まった。
「ここだ」
扉の鍵を開け一緒に入る。これは寝室? 彼女はベッドの下に手を伸ばした。
「さあ、お前の武器だ。材質はシンクルニウム合金、今ここでシンクライトへ変化させろ」
「えっ、そんなことしたら商会が」
「目の前の脅威に備えるのだ」
ミランダは覚悟を決めた表情。
「頼む、町を守ってくれ」
「……分かりました」
やるしかない。
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
『鑑定不能
製作:コーネイン商会 剣部門 アルフォンス・エーベルヴァイン』
「行くぞ」
「はい」
通路を走る。
そうか、さっきの部屋はミランダの寝室。この状況を想定して隠しておいたんだな。子供用の剣身50cm、握りも同じ、昨日持って行かれたミランデルと何も変わらない。
ありがとう、これで戦える。
「おお、リオン、ミランダ!」
「部隊長!」
「こっちの馬車だ!」
エリオットと共に荷台に乗り込むと直ぐに街道へ走り出した。
「対Aランク小隊とトランサイト班は既にベルソワ平原へ向かった。恐らく1時間ほどで北西部討伐部隊、2時間以内には北部と西部の防衛部隊が到着する、北部と西部の討伐部隊はどこまで森に入っていたかによるな」
「まあ3時間以内には全部隊揃うか」
「うむ」
凄い、作戦通りだ。セドリック、カミラ、ガウェイン、ベロニカ、みんな来てくれる!
「ところでリオン、お前は魔物の接近が分かるようになったのか」
「え、あ、そう言えば!」
「ほう、では今回の号令はリオン発か」
「いいえ、部隊長、ミーナです。俺が感じたのは監視所へ向かう途中、そう、サラマンダーの殺意が頭の中に入って来ました」
「なんと」
村の方を見て目を閉じる。う、くっ、感じる、恐ろしい殺気が真っすぐ向かってくるぞ。
「うわあああっ!」
「どうした!」
「ハァハァ……まだ、来ます。方向は、こっち……2体」
「何!?」
「うう……俺を殺すと、ハッキリ聞こえました。1体は……ガルグイユ、もう1体は……分かりませんが、ガルグイユよりもずっと強い力を感じます」
『殺す』
『オマエを殺す』
うう、くそ、何とおぞましい想念だ。そうか、ミーナはこれを一気に感じ取ったんだな。かなりキツイぞ。早く、一刻も早く倒して、楽にしてあげないと。
「ガルグイユより上、ニーズヘッグかリンドブルムか、或いは」
「ジルニトラだな」
「おい、リオン、汗が凄いぞ、大丈夫か」
「は、はい、少しは慣れました」
気をしっかり持て! 呑まれるな!
「そうか、神が魔物に多くの力を使うと、封印の力が弱まるのだったな」
「はい、だからスキルを解放するには好機でもあります」
「今の様子なら感知を解放したはずだ」
「え、そうですか」
おお、やった。
「ただ戦闘が始まったらあれこれ考える余裕は無かろう、ひとまず隠密だけに集中したらどうか」
「はい、やってみます」
「エリオット、戦いに集中しないと死ぬぞ」
「もちろんだ、リオンよ、あくまで十分余裕があったらだぞ」
「はい」
Aランクばかり相手に余裕ができるか分からないけど。
「それで距離は分かるか」
「えっと、探ってみます」
目を閉じて殺気を感じた方に集中する。うう、頭に殺すと響いて来る、やだなぁ。
……。
うーん、分からん。向こうから一方的に発してるんだもんな。しかも馬車で動いているから集中しきれない。
「ふー、ダメでした。馬車を降りてからまた試してみます」
「おお、そうしてくれ、もう直ぐ着く」
ほどなく馬車は停車。草原を見ると既に多くの騎士が揃っている。
「部隊長! 副部隊長!」
「うむ、これよりAランク魔物を想定した訓練を行う。トランサイト班は独自の陣形を取れ」
「はっ!」
おお、ナタリオ、軟派なイメージだったが、こういう時はキリッとしてるね。そりゃ当然だけど。
「では距離を試してみます」
「うむ」
まずはサラマンダーだ。村へ向いて意識を集中する。いや、もっと西か、こっちだな。
……。
殺す殺すうるせぇな。うーん、距離。どうやったら分かるのか。距離を測る道具、それもかなり長い距離だ、何km、何十km。
そうだ、レーザー距離計、対象にレーザーを発射して反射してくる時間から距離を割り出すんだっけか。しかし俺はレーザーを飛ばせない。
そもそも魔物の想念を感じ取っているこの原理は何だ。ヤツが電波を発信して俺が受信しているのか。いやまあスキルだから全然違う何かなんだろうけど。
うーん、分からんな。
「無理でした」
「そうか、リオンならと思ったが」
「後日訓練します」
「それがいい」
しかし遂に来たな、一体どれほどの魔物がやってくるのだろう。
コルホル街道には馬車が1台も走っていない。直ぐに規制をしたんだな。おや、あれは伝令の馬か、村の方角から走って来る。
「ミランダ副部隊長!」
「どうした」
「クラウス様とソフィーナ様は村に留まりサラマンダーを迎え撃つとのことです!」
「そうか、分かった」
おおっ! あの2人がいてくれれば安心だ、トランサイトの力を存分に発揮してくれ!




