第162話 ラウル(地図画像あり)
朝だ。居間に行って両親と挨拶を交わし、クラウスと朝の訓練を終える。
「回数を増やしても問題ないな」
「うん、これで余裕が出てきたらまた増やせばいいよね」
一気には上達しないけど少しずつでも確実に身についている。昨日の北区進路でも、前に入った時よりちょっとだけ動きが良かった。まあほとんど飛剣で戦ったから砲台みたいなもんだけど。
とは言え、飛剣を放つ時にはそれなりの反動がある。そう、シーラが言っていたように魔導士でも身体強化をして魔法を放つのだ。じゃないと後ろへ倒れてしまうからね。飛剣は時速300~450kmで飛んでいく、その発射地点に何もないワケがない。
ただちょっと独特なタイミングではある、振り切ったあとの硬直時だからね。もちろん剣を制御するために身体強化をして足腰も踏ん張っているから大丈夫だけど。今思えば真上に放った時に転んだのは発射時の圧力に押されたからか、体勢が崩れて受け止めきれなかったんだね。
ゴーーーーーン
朝食を終える頃に俺たちの席へランメルトがやってきた。
「クラウス、8時に商会だったな」
「そうだぞ、あ! すまん、ちょっと話があるんだがこの後構わないか、ベラも一緒に」
「あー、いいぜ、家に行けばいいんだな」
「いや待てよ、小さい子供もいるからな、その準備があるならどちらかでもいいが」
「それは父さんたちがいるから大丈夫だ、2人で行くよ」
ランメルトはその旨をブラード家の席に行き伝えてる。俺たちは先に帰り、クラリーサが居間に結界を施した。彼女が出て行くと入れ替わるように2人が訪ねてくる。
「おじゃましまーす!」
ランメルトとイザベラはソファに座る。
「なんだ、話って」
「昨日、村にジェイクが来た」
「おお! 懐かしいな」
「メルがカルカリアに来る前にパーティだった人ね」
「そうだ、ベラ。そのジェイクにはフレイと言う姉がいて、俺たち5人で活動してたんだよ」
なるほど、昨日のいきさつを伝えるのか。
「……以上だ。フレイの口座が確認でき次第、金は振り込む」
「ふむ、そんなことになってたのか」
「いいわね、メル兄さん」
「ああ、俺は構わない、お前たちに任せるよ」
「その後の様子も頃合いを見て確認してもらう、メルにも伝えるからな」
「それは手間を掛ける」
確かに、ちゃんと立ち直ってるか気にはなるね。
「それで聞きたいんだが、2人がカルカリアで活動してた頃、一緒だったパーティメンバーはどうしている」
「さーなぁ」
「私も分からないわ」
「そうか」
「6年前にベラと結婚して、ここへ向かう前夜に会ったのが最後だな」
「あの日はメルも夜遅くまで飲んでいたわね、あははー、みんな元気にしてるかなー」
「もし訪ねてきたらどんな用事か知らせてくれないか」
「それは構わないけどよ」
む、そうか、また騙して金を取ろうとするかもしれないからね。
「信頼できる仲間だったとは思うが念のためな」
「いや、当然のことだ、ベラもいいな」
「分かったわ」
ジェイクの件でちょっと人間不信になってしまったかクラウス。でも財力を手にすると仕方ない。これはエリオットの言う通り、疑ってかかるしかないね、例えよく知った仲でも。
「それで今日、男爵の屋敷に行くワケだが、恐らく昼までにベラの兄ラウルが屋敷に到着する」
「え、兄さんが!」
「すまん、昨日聞かされたんだが、伝えるのを忘れていた」
「いいのよ、へー、兄さんが、久しぶりね」
「上の兄さんか、俺は会ったことないな」
「え、妹が結婚するのに出て来なかったの?」
「ああ、結婚の宴に来るようにベラの実家から案内はしたが、遠方の仕事で何日も戻らないから出席できないってさ」
「ウチの両親やミゲル兄さんが認めたならそれでいいそうよ」
「ふーん」
そこ省略しちゃうのか。まあカスペルもクラウスの実家の人とは会ったことないみたいだし。俺の周りの人がそういう性格なのか、或いはこの世界では一般的なことなのか。
「おーい、お前ら、そろそろ準備せんか」
カスペルが玄関を開けて声を上げた。
「おっと、そうだな」
2人は家に帰り、俺たちも準備を始める。と言っても着替えるだけだ。
外に出るとブラード家も出てきたところのようだ。
「にーに!」
「今日はお出掛け楽しみだね、リーナ」
「うん!」
「とても似合ってるわよベラ」
「ふふ、ありがと」
隣りも余所行きの服だ。庶民のかなりいい服に見えるが、こういうのちゃんと持ってるんだね。カトリーナもかわいらしいフリルのドレスに身を包んでいる。
そして西区保安部隊のクラリーサとエマ、更にニコラスとアルバーニも加わり中央区へ向かう。男性2人はブラード家担当なんだね。そういやカスペルはニコラスに音漏れ防止結界を教わっていたな、進捗はどうなんだろう。
「じーちゃん、結界の訓練はどう?」
「もちろん、順調だ」
「おいおい、カスパー、今のままでは全然見込みが無いぞ」
「黙っておれニック、ワシの中では日々進んでおる」
「そうかい」
おやおや講師とは相違があるようだ。まあ祝福までは目に見えて何も変わらないからね。しかしカスパーにニックとは仲良くなったらしい。
「やあ、カスペル、今日は失礼のないようにな」
「ほっほ、ランドルフよ、ワシは次期男爵夫人の父親だぞ、威厳に満ちておるだろう」
日向ぼっこ中のランドルフはやれやれという仕草だ。
「母さんも気を楽にしてね、コーネイン家はとってもいい人たちだから」
「私は大人しくしとくよ、この人みたいにしゃべるとボロが出るからね」
「なんじゃとエミー……その通りだが」
エミーか。確かに俺の記憶の中では一番口が悪い。いやきっぷがいいといった方が当てはまるか。タイプ的にはクラリーサを豪快にした感じだ。まあこの村に来るにはそのくらいどっしりしてないといけないんだろう。昔は襲来する魔物が多かったそうだし。
しかしこの2人の子がソフィーナとは。彼女も中等学校の同級生に影響を受けなければ親に似た口調になっていたのだろうか。
商会に到着。通りにはもうメルキース男爵家の馬車が2台待機していた。
「来たな、私は騎士団の馬車に同乗する。お前たちは2台へ好きに分かれろ」
ミランダの指示に馬車に乗り込む。1台はノルデン家3人に加えてランメルト、後の6人がもう1台だ。ほどなくコルホル村を出発する。
「この服、滅多に着ないから窮屈だぜ」
「はは、同感だ。でもこれからは慣れておかないとな」
「メル兄さん、1着では何かあった時困るからもう2~3着用意したら?」
「おー、そうだな」
「メルキースにいいお店があるの、帰りに寄りましょう。ベラたちの服も見てあげるわ」
「じゃ頼んだソフィ」
もしかして俺たちの服を作った店かな。いかにも貴族御用達な雰囲気だったけど。まあこうやって恰好からでもそれっぽくしておけば、自然と振る舞いも変わって来るものさ。
メルキース男爵の屋敷に到着し、門を抜けて庭園を走る。
「おい、これ全部、敷地か」
「そうだ」
「はー、村の畑みたいな広さだな!」
屋敷の前では男爵夫妻が出迎えてくれた。
「よくぞいらした、ノルデン家、ブラード家よ。まずはひと息つくといい」
男爵にいつもの客間へ案内される。おや、今日はエリオットじゃないのか。
「リオンは別室で用事がある、一緒に来い」
「はい、商会長」
お仕事だね。ミランダについて廊下を歩く。
「部隊長は来なかったんですね」
「あれは村で待機だ。例の件で動きがあったら直ぐ対応するためにな」
「例の……あ、そうか!」
「その時はこちらへ伝令も来る。そしたら直ぐにベルソワへ行くぞ、いいな」
「はい」
神の魔物に備えてか。伯爵の命令書もエリオットが持っているんだね。
「では部隊長が父さんへの来客も対応してくれてるんですね」
「いや、今日はアーレンツ子爵が来ている」
「え、そうだったんだ」
「現領主だからな、あまりウチに任せっきりでは立場が無いのだろう」
「えっと……」
酷い言い様だな、せっかく代わりを務めてくれてるのに。いやでもそうか、俺たちがあんまりメルキース男爵家とべったりなのも気にかかるよね。たまには間に入って様子を窺わないと。もしかしたら伯爵からもそう言われているのか。
「さあ、ここだ、中で座ってくれ」
部屋に入ると木箱が積み上げられている、あの印はコーネイン商会だ。
「もう少しで本店から更に持ってくる、今日はそれで全部だ」
「そっちに父さんと母さんの分もあるんですね」
「うむ、メシュヴィッツとフローラも共に来る、リオンの側にいて生産が終わったら、その2本を除き本店へ運ばせる。音漏れ防止結界はこのテーブル周りに3時間で施しているからな」
「はい、あ、ララさんはこっちに宿泊したのですか」
「そうだ、プリシラと共にな」
おー、昨日の予定は大丈夫だったんだ。元気出てるといいね。
「私は出掛けるが昼過ぎには戻る、臨時の商会長会議があるのでな」
「あら、臨時ですか」
「ブラームス商会含む4商会が取り扱いに加わった件だ。多少意見は出るだろうがそう長引きはしまい。もちろん神の魔物が来たら途中でも抜けるがな、ああ、場所はフローテンだからそう遠くはないぞ、あそこに武器商会ギルドの本部があるのさ」
「へー、そうなんですか」
フローテン子爵領なら馬車で1時間ってところだろう。
コンコン。
「お、来たぞ」
ミランダが扉越しに声を掛けて開けると、ララとフローラが台車を押しながら入って来る。
「では、後を頼む」
「商会長、お気をつけて」
「さー、始めるかい、リオン」
「はい!」
俺はまず剣を机に並べてもらい一気に終わらせた。
「ふー」
「流石です、リオン様!」
「驚いてないで鑑定終わったら箱に入れるよ」
「はい」
フローラとララは手際良く作業を進める。ふふ、何だかんだこの2人もいいコンビになってきたかも。
「何だい」
「いえ、仲がいい様子でしたので」
「この子とは村と本店を何回か一緒に往復したからね、今日も行動を同じにするよ、ああ、もし嫌だったら変えてもらうように商会長にいいなよ」
「いえいえ! フローラさんのお話はとても面白いので一緒の時間はとても楽しく過ごせてます」
「そうかい」
まあフローラもカロッサ商会が長かったみたいだし、業界の話が好きだから商会員のララも興味があるところだろう。ちょっと黒い話もあるけど。
作業を再開し進めているとクラウスが部屋へ入って来た。
「あれ父さん、メルおっちゃんたちと一緒にいなくていいの?」
「カスペルとエミー、加えてメルもギルを抱っこして屋敷内を見物に行った。男爵が案内してるよ。それからベラとリーナ、アルマは、母さんと馬車に乗って庭園に繰り出したな」
「ふふ、母さんはもう案内できるくらい知ってるね」
「違いない」
イザベラとかなり盛り上がっている様子が目に浮かぶぞ。しかしカスペルたちは男爵が案内か、緊張するだろうな。
「ミランダから聞いたんだが俺の剣が出来ているそうだな」
「はい、クラウス様、こちらです」
そう言いながらララは木箱を開け、クラウスはゆっくりと手に取った。
「……いいな、これがミランデル、そしてトランサイト合金か」
「父さんなら直ぐ使いこなせるよ」
「ああ、トランサスも使ったことあるからな、鉱物共鳴もそれなりに出来る」
キイイィィーーン
「凄い、30%まで難なく上がったよ」
「はは、よく言うよ、リオン」
クラウスは鞘に納める。
「箱はいらんから」
「畏まりました。それで代金はキューネル支店長かフリッツ様に言えばよいのですね」
「それか母さんでもいいが、まあ準備室に請求書を置いておけばいい」
「畏まりました。それと、その、クラウス様、私とプリシラへのご配慮を大変感謝いたします」
「おー、泊まったか、いつも世話になってるからな」
「今後とも誠心誠意、務めを果たしてまいります」
「ああ、宜しく頼むよ。じゃあ俺は外でちょっとこれを試してくる」
「父さん、周りに気を付けてね!」
クラウスは出て行った。
「かなりそわそわしてたね」
「そりゃトランサイトだもん」
「それでいくらだい?」
「……130億って聞いたけど」
「おや、もっと高いと思ったよ。まああんまり露骨な底上げもね」
商会が頑張って高値をキープしてくれるさ。
「私、出来た分から先に運んでおきますね」
「ああ、じゃあ頼むよ」
ララは台車を押して部屋を出る。
「ちょっと頑固なとこもあるけど気が利くいい子だね」
「はい」
「ウチの孫と見合いでもさせようか」
「え!?」
「丁度年頃が同じ独り身がいるんでね。スヴァルツ商会で働いているんだが縁が無いんだよ」
「はぁ」
ほんと親は孫子の縁談話が好きだね。
「ただ前の彼氏がよっぽど好きだったらしくて、ちょっと時間が掛かるか」
「……俺に言われてもさっぱり分かりません」
「そうかい? あんたは周りの大人の話を全部理解していると思ったけどね」
「そんなことないですよ」
「まあ、いいさ、あんたも事情があるんだろう」
むむ、やっぱり長い時間一緒にいると気づくところもあるか。
「戻りました」
「あの、お二人とも本店に行く時は気を付けて下さいね」
「大丈夫だよ、ここからなら直ぐだし護衛も一緒にいる。何よりメルキースは治安がいいからね」
「リオン様、屋敷の近くに保安部隊の施設がありまして。もちろん本店も警備は万全です」
「そうでしたね」
そりゃ男爵屋敷周りだから一番安全か。でも用心に越したことは無い。
「リオン! ラウルが来たぞ」
「え、ほんと、父さん」
そう言いながらクラウスが部屋に入って来た、ソフィーナも続く。
「今は客間でメルたちと話をしている、お前の仕事が終わったら一緒に行こうか」
「うん、あともうちょっとだから」
ほー、御者のラウル、イザベラの兄だ。到着したんだね。
「私の弓はどれかしら」
「これだよ、ソフィーナ」
フローラは木箱を開けるとソフィーナは手に取った。
「……いいわね、素晴らしい仕上がりだわ」
キイイィィーーン
「まあ、ほんとにトランサスと同じなのね」
「40%くらいだね、母さん流石」
「ふふ、リオンにはほど遠いわ」
「庭園の隅に訓練場があるから昼食後に行ってみるか」
「そうね」
ソフィーナも嬉しそう。そりゃクシュラプラ合金と比べたら格段に強い武器だからね。
「箱はいらないから」
「畏まりました」
ギュイイイィィィーーーン
「ふー、終わったよ!」
「よし、じゃあ行くか」
「フローラさん、ララさん、運搬お願いします」
「任せておきな」
俺たちはイザベラたちがいる客間に入る。
「あら、来たわね! 兄さん、ノルデン家の人よ」
「初めまして! イザベラの兄、ラウル・ディンケラです。妹がいつもお世話になっています」
俺たちを見ると直ぐに立ち上がり姿勢を正して名乗りをする。背が高くて腕も太い。この人がラウルか。そのまま真顔で固まっているが緊張しているのかな。
「じゃあ俺たちは向こうに座るか、父さん」
「おお、そうだの、リーナ、アルマおいで」
ランメルトはギルベルトをイザベラから抱き上げて少し離れたテーブルに移動する。カスペル、エミー、カトリーナ、アルマも続いた。そっか、ちょっと込み入った話になるかもしれないから、カトリーナくらいだと他に話しちゃう恐れを考慮してか。
「まあ座ってくれ」
クラウスが立ったままのラウルに告げて向かいのソファに腰を下ろした。俺とソフィーナも続けて座る。
「俺はクラウス・ノルデン、隣りは妻のソフィーナ、ランメルトの妹だ。それでこっちが長男のリオン。2つ上に姉ディアナがいるが今は学校の寮住まいだ」
「そうですか……賢そうなお子様ですね」
「ちょっとクラウス、兄さんの話し方は普段通りで構わないでしょ」
「もちろんだ、ベラ、身内だからな」
「ですって! こんなの窮屈で仕方ないわ」
「ぷはー、ありがてぇ!」
はは、やっぱり無理してたのね。
「しかし貴族や金持ちとは接する機会が無くてな、失礼があったら遠慮なく言ってくれ」
「分かった。まあ俺たちに過度な気遣いはいらんが、世話になっている人たちには敬意を払ってくれ。特にメルキース男爵家と経営するコーネイン武器商会の関係者だ」
「おう、肝に命じるぜ、ただ慣れてないから変なこと言うかもしれん、そん時はビシッと注意してくれ」
「見かけたらな」
ふーん、ラウルって随分と砕けた印象だな。ランメルトに雰囲気が似ているが、もっとラフかな。
「しっかし、貴族家の邸宅なんて初めて入ったから緊張したぞ。こんな広い庭も見たことない」
「ウチの敷地はもっと広くする予定だ」
「おっと、屋敷を建てる話だったな。そうだ、最初に言っておくべきだったが、クラウスのお陰で人生が変わった。礼を言うよ」
「こちらこそ巻き込んですまない」
「いやいやいや、そんなこと思ってないって。そもそも貴族家に仕えるなんて中々出来やしない、まあ俺なんかが務まるか分からねぇけど、やれることは何でもするから」
「そう言ってくれると助かる」
いい人そうだね、良かった。ただクラウスもこのやり取りを見ると微妙な立場だね、自分が原因で振り回してしまっているから。でも貴族になるんだ、あまり腰が低いのも良くないだろう。もし呼び寄せた身内に付け込む様なヤツがいたら面倒だぞ。
この辺、クラウスが言い辛かったらミランダにでも頼むか。
「ところでオレフェスはカルカリアでも南の方なんだろう、こっちには縁がないな」
「まあな、ゼイルディクでも北西部まで来るのは初めてだ。仕事で行くのはほとんどウィルム、ロムステル、それにカルカリアだったからさ」
「ウィルムはどの辺を? ヴァステロースに行くことはあったか」
「ああ、行ったぞ、かなり遠いな、往復2泊の距離だ。確かクラウスは実家がそっちなんだろう」
「うむ、明日、その一家がこの屋敷へ来る。仲良くしてくれ」
ほう、往復2泊とは100kmくらいか、ここからなら200km近くあるぞ。しかしクラウスもそんな遠いところから来てたんだね。確か単身でボスフェルトの冒険者養成所に入ったんだ、当時13歳でよくそこまで決断出来たな。
「そっちの実家は数日中と聞いている」
「おお、それなんだが、昨日、途中に寄ったら6月4日に来ると言ってたぞ。明後日だな」
「私もさっき、兄さんに聞いたわ、何でもミゲル兄さんの職場の関係で一緒には来られなかったって」
「ああ、色々と引継ぎがあるらしいからな。まー、俺はその点、身軽なモンよ」
「身軽過ぎるけどね」
「……どういう意味だよ、ベラ」
「あははー、こっちにはいい人がいるかもよー」
独身に突っ込むイザベラ。それでディンケラ一家は明後日なのか。何だか立て続けにやってくるね。まあ決まったら後は手続きをするだけだろうし。
「それで兄さん、馬は大丈夫だった?」
「ん、あー、知らない道だから少し戸惑っていたが、到着したら落ち着いたようだ。もちろん体力や魔力はここまで来るのに問題ないぞ。出身はバストイアの牧場なんだが、あそこはいい馬が揃ってるからな。ゼイルディクの道も覚えるために隅々まで走ってもらうさ」
「今日は休ませてあげてよ」
「それはもちろん」
馬か。まあ知らない土地を走るのは不安もあるだろうな。仕事で色んな所に行けていいと思うのは人間の方だけかも。それで優秀な馬を育てる牧場があるのね。ミランダもメルキースのメイルバル地区に牧場があると言ってた。カルカリアはバストイアという所が名馬の産地なのか。
ん、バストイア……何だこの感じ。
「あ!」
俺は知っている! バストイアという地名を知っているぞ!
「どうしたリオン」
「え、いやー、バストイアってどんなところかと思ってさ」
「ほう、リオンは牧場に興味があるのか。バストイアはな、オレフェスの北側の地域だ、なーんにも無いぞ。いやまあ領主の屋敷もあるし、その周りに町はあるが本当に最低限の施設しかない。東側はロムステルと接しているんだが、みんな街道も通り抜けるだけだからな」
「大きな道が通っているなら宿場としても栄えそうですけど」
「カルカリア中心地からの距離が微妙なんだよ。食事なり休憩するならロムステル側が丁度いい時間になる、宿屋もそっちに集中してるな」
なるほどね、主要都市の間の地域か。
「お、そうだ」
そう言ってラウルは荷物から紙を1枚出す。
「これは……地図ですか!」
「カルカリアだ」
これはいい。主要な道路まで細かく描かれてるぞ。
「ほう、ベラの実家のあるヘニングスって城に近いじゃないか」
「そうよ、でも見ての通り市街地は一部だけ。実家のある地域は東の方で、ランツクルーナとの境辺りね」
「じゃあミゲルの職場は近かったんだな」
「あいつはこの辺の羊皮紙商会って言ってたな。このバストイアに抜ける大通り沿いだ」
へー、隣り町って感じか。
「ところでオレフェスの南東には山地があるが、この距離なら魔物も来るんじゃないか」
「間に大きい川があるから地上のは来ない。ただ飛行系は稀にだが町近くまで降りてきたな」
「じゃあ冒険者もそこそこいるのか」
「いや、少ない、大抵は騎士団が対応するからな。そもそもこの山周辺の魔物管理は基本的にウィルム側だ。ただ最近は防衛部隊の気が緩んでいるらしく、よく町中に魔物が入って来るみたいだぞ」
「おいおい」
「ただでさえ治安が怪しいのに魔物も気を付けなきゃいけない。ブラガスを抜ける時はいつも気を使ったよ」
ブラガス! 賭博と売春の町だ。
「最近も商会の馬車が襲われたと聞いた。何でも積み荷がかなりの高級品だったらしい。おっと、あまりいらんことは言わん方がいいか」
多分カロッサ商会の襲撃事件だ。
「防衛部隊がしっかりしてないのは困るな。領主は何も言わないのか」
「その領主が予算を削って人員不足なんだと。それで士気も上がらない」
「そんな理由で領民を危険にさらしてはいかんだろう、ウィルム侯爵が知ったら許さないんじゃないか」
「……いや、知ってても強く言えないみたいでさ。これは近くの住人に聞いた話だけどよ、あそこは居住税が安いから貧乏人がウィルム中から集まる。その中にはワケありの連中、まあ逃亡犯だとか、借金逃れだとかな、そいつらがウィルム中に散って問題を起こすよりも1個所で集まってくれた方がいいだろ」
貧困層の集まり、スラム街みたいなものか。そして追われてる人が身を隠す場所。尚且つ基幹産業は賭博と売春。おまけに防衛部隊が仕事せず魔物がウロウロ。いやー、中々に混沌とした地域だね。
「そもそも領主が組織ぐるみで、おっと、この話はそう吹聴するもんじゃねぇな、忘れてくれ」
「噂話だろ、真に受けないさ」
む、領主が裏で悪いことしてるのか。組織……もしや、カロッサ商会の襲撃も関与している? んー、流石にそれは無いか。まあ納品先をミランダが調べてくれるみたいだから、そこから何か繋がるかもね。ただ、あんまり首を突っ込まない方が良さそう。




