第158話 異世界の夢
私は1つの結論に達した。やはりこの鉱物なら実現できる。問題は必要量をどうやって手に入れるかだ。
「本当にそんなことが出来るのか」
「理論上は可能です、ただ材料費が、その……」
「いいだろう、用意してやる」
「ありがとうございます!」
……。
遂に試作品が完成したぞ!
「いよいよですね」
「では始めるぞ」
そしてその大きな箱は一瞬にして手に乗るほどまで縮んだ。
「やった、成功だ」
「素晴らしい!」
これで魔物素材を一度に多く運べるぞ!
……。
「それでは約束が違います!」
「黙れ」
「ですが、伯爵、うっ」
「よく働いたな、静かに眠るといい」
何てことだ……悔しい。
……。
◇ ◇ ◇
朝だ。となりのソフィーナはいない。居間から人の声が微かに聞こえる、クラウスと話しているのだろう。
しかし不思議な夢だった。この世界で記憶が戻ってからも夢は見ていたが、ほとんどが前世のもの。いや、違う内容があっても覚えていないだけか。ただ今回は目が覚めても頭に残っている。これは間違いなく前世の、地球の記憶では無い。
何故そう言えるか、それはこの世界の出来事と自然に受け取れるからだ。そこには決して俺の空想ではない、妙なリアリティを感じた。そう、まるで実体験と思えるほどに。
内容としては何かの発明過程らしい。箱を小さくする場面でとても強い達成感を覚えた。そして大きな絶望。んー、何だろう。キーワードとしては伯爵、それから魔物素材、あとは鉱物?
もしや宇宙の声の言っていた大昔の記憶の片鱗であろうか。その解放とはこうやって夢に出てくることなのか。ただ何故今なのだろう。んー、怪しい場所に行ってはいないが。もしや意図せず解放のキッカケがあったのか。
分からん。ただ夢の内容だけに時間が経つと忘れる可能性がある。ひとまずメモしておこうか。
居間に行って挨拶を交わす。
「昨日護衛住人と打ち合わせた圃場の引継ぎに行ってくる」
「そうだったね、じゃあ母さん訓練見てくれるかな」
「いいわよ」
家を出ると通路の方に立っていたボリスとクラウスが合流し城壁出入り口へ向かう。
「他の人は寝てるのかな。でも夜中誰かが起きてないといけないって、睡眠時間の調節が大変そう」
「今日入居と合わせて5軒よ、その中でやりくりするなら大丈夫でしょう。それに雨が降ったら日中寝て調節できるわ、魔物も来ないし」
「そっか、じゃあ余裕あるね」
なるほど雨なら1日暇だしね。ただ昨日の話では13番4人のうちで誰かが起きていると聞いたぞ。まあ隣りの12番と合わせてならどちらかの家で1人いればいいか、直ぐ呼びに行けるし。そもそも夜警騎士がいるんだけどね。
自宅と城壁の間のスペースで身体強化の訓練を終わらせる。
「ふー」
「お疲れ様、もう大分慣れてきたわね」
「うん、次はちょっと本数増やしてみようかな」
朝の鐘が鳴る頃にクラウスが戻って来る。
「父さん、引継ぎはうまくいった?」
「ああ、問題ない。ところで12番か、そこの住人もこのあとウチへ挨拶に来るそうだ」
朝食を食べ終わる頃に1人近づいてきた。クラウスと少しやりとりをして食堂の壁付近へ行く。そこでは子供含めて何人か並んでいた。あの人たちがそうか。
食後にクラリーサと合流しウチへ向かう。皆、居間に座り音漏れ防止結界を施す。
「それでは名乗るとしよう。ワシはルーカス・ヴィクトル46歳、元保安部隊だ。我々の任務は昨晩ボリスたちから説明があったろうから省略させてもらう。以後よろしく頼む」
体が大きくて目も鋭い。厳つい印象だな。
「私はルーカスの妻マヌエラ、45歳です。保安部隊にいました。どうぞよろしく」
こちらは物腰柔らかそうな感じ。
「俺はローランド、25歳、ルーカスの長男だ。保安部隊と防衛部隊に所属していた。何かあったら全力でお守りする、是非、頼って欲しい」
父親に似てか体が大きくてがっちりしてるな、強そう。
「私はシルヴィア、24歳、ローランドの妻よ。防衛部隊と討伐部隊の経験があるわ。この特殊な環境での生活にとても興味があります、どうぞよろしく」
明るくハキハキとした印象だ。イザベラに雰囲気が近いかも。
「次はドーグよ」
「うん、えっと、長男ドーグ、6歳。騎士になりたいです!」
ローランドの膝上に乗っかった子供が名乗る。はは、もうその年で騎士を目指すのか。まあ祖父母と両親が騎士だったからねぇ。
「パトリックです! 5歳!」
マヌエラの膝に乗っかった男の子が声を上げる。
「次よ、ほら」
「リサ! 3歳!」
最後はシルヴィアに抱っこされた幼女だ。
「以上だ。今回、任務とは言え家族3世代が一緒に暮らせることを大変嬉しく思う。これもノルデンご一家のお陰、我々は命に代えてもお守りします」
そしてルーカスが締めた。おいおい、せっかく家族一緒なのに死んだらいかんだろう。他にも沢山いるんだから協力してくれよな。
「ではこちらだな。俺はクラウス・ノルデン35歳、隣りが妻のソフィーナ30歳、こっちが長男リオン8歳だ。守るならリオンを最優先としてくれ」
「はっ!」
4人は真剣な表情で一斉に声を上げた。
「それから同じ住人として西区のみんなと仲良くな、それが魔物対応の連携にも繋がるぞ。後は野菜だが、まあ普通にやってればちゃんと育つ。ただ収穫できるかは分からんがな。おお、そうだ、搬入口裏の花壇、あそこも割り当てがあったはずだ、合わせて管理を頼むぞ」
「はい、誠心誠意取り組みます」
お、そうか、あれも住人の仕事だよね。
「では失礼します」
ヴィクトル一家は立ち上がり玄関を出る。直ぐに子供たちの騒ぐ声が聞こえた。
「賑やかだねぇ」
「子供が3人だからな、ちゃんと名乗れて褒めてやってるのだろう」
「リーサは何人子供いるの?」
「ウチも3人さ、ええと長男26、次男25、長女23だね。一番上の子がしっかりしてたから育てやすかったよ、弟も兄を見習って言うこと聞いてくれたね。ただ一番下がかなりのおてんばでねぇ」
「えっと、それはララさんですか」
「そうそう、あれはウチの人が甘やかすから、ちょっとワガママに育ったね」
そう言えば大雨の中でも本店から無理やり帰ってたな、フローラの言うこと聞かずに。ちょっと我が強いところあるとは思った。
「あの子、何だか最近元気ない様子でね、あんた達、心当たりないかい」
「あ!」
「何か知ってるなら聞かせておくれ」
思わず声に出ちゃった。まあ教えてもいいか。そしてクラリーサに交際相手の本性を伝えた。もう西区に居ないことも。
「……ありがとう、教えてくれて」
「急なお別れになったから寂しいのね。でも今後のことを考えたら仕方ないわよ」
「そりゃそうさ、そんな男、絶対許せない。知ってたら一発ぶん殴ったね」
「おいおい」
「まあ当たったら傷害だから寸止めにするけどさ」
気持ちは分かるけどね。取締ってる保安部隊が手を上げちゃいかんだろう。あー、でも、ミランダがもみ消す可能性も、事情を知ってるだけに。
「あの子ももう23歳、あんまりのんびりしてると貰い手がねぇ」
「上の2人は結婚してるの?」
「まあね、孫もいるよ。だから余計に焦ってないんだろう」
「そのー、何だが、商会のブレターニッツはどうだ?」
「結界の出来る彼だね、真面目そうでいいとは思うよ。いや実はね、様子を見ているとウチの子に好意があるんじゃないかと」
「私もそう思うわ」
ただ何となくララの方が立場が強そうなんだよな。もし結ばれても尻に敷かれそう。
「ミランダも薦めていたぞ」
「そうかい、なら安心だね。ちょっと策を考えてみるか」
「俺たちにできることがあれば言ってくれ、親子共々世話になってるからな」
「それは嬉しいね、天下のトランサイト男爵が味方とは心強いよ」
圧倒的な財力があるからな。いやしかしホントそう、ノルデン家が後ろ盾ってかなりのアドバンテージだな。そりゃ訪ねてくる人も多い。
「おじゃまするよ」
「あ、せん……フリッツ!」
「おはよう、8時に商会だからまだ30分くらいあるぞ」
「家にいても暇だからな、ジャマなら外で待つ」
「私が出るよ、結界はしてるからね」
そう告げてクラリーサは出て行った。
「構わなかったか」
「ああ、流れで話してただけだからな」
「リオンは弓の訓練に行かないのか」
「えっと、どうしよう母さん」
「そうね、時間が中途半端だから今日はいいんじゃない」
「うん、分かった」
まあ家でゆっくりするか。
「おお、そうだ、ミランダから聞いたのだが、フリッツ、お前さん貴族家の血統だったのか」
「うむ」
「まあ!」
「そうか、母さんはまだ知らなかったな、エリーゼも貴族家の出だぞ。しかもゼイルディク伯爵家だ」
「何てこと!」
そしてクラウスはミランダに聞いたレーンデルス家のことを話した。アルベルトとフリッツが伯父と甥であること、そしてアルベルトの両親はこの世にいないことも。ただフリッツの妻が若くして他界していることだけは伏せた。
「家令の素性は把握する必要があるからな。ただ俺も聞かされた時はビックリだった」
「そうね、本当に驚いたわ。でも言われてみればエリーゼにどことなく気品があるのよ。小さい頃にしっかりとした貴族教育を受けたのね」
「フリッツもその教養はやはり子供の頃の賜物か」
「どうだか。ただクラウス、ワシの両親はもう居ない。確かに母親の実家は貴族家だが、カルカリアという距離もあって交流は少なく、母親の葬儀以降は全くやり取りは無い。故に、なんら平民と変わらんぞ」
ふーん、そうなの。まあ親が生きていれば伝手として頼ることも出来たかもしれないが。
「ただワシがノルデン家の家令であることを知ったらメースリック子爵が或いは何か言ってくるかもしれん。しかし無視でいいぞ」
「そうか」
「うむ。何故ならエリーゼの家系が上だからだ。その上領主で、特に最近は絡みが多い」
「ああ、そうだな。どっちにもいい顔は出来ん」
「向こうも伯爵の家系がいると分かれば察してくれる」
なるほど、確か騎士貴族だったね。城壁を抱える領地なら防衛部隊と討伐部隊があるだろう。もしかしたらトランサイトの配分についてゼイルディク伯爵への口利きを依頼してくるかもしれん。まあ縁があるなら、ちょっとくらい多めに回してもいいとは思うけどね。
あー、こういう時、やっぱり血の繋がりって影響あるなー。全くの他人と少しでも繋がりのある人なら、そりゃちょっとは優先してあげたい気持ちになる。高位貴族同士が繋がりを維持するのもそういうとこか。
「ゼイルディク伯爵夫人ってどこから来てるの?」
「第1夫人はカルカリア伯爵家からだ」
「あ! だったら言いやすいかも」
「いや既にカルカリアへは便宜を図っている、トランサイトを納めているだろう」
「そうだが、隣りならまず候補に上がって当然だろう」
「いや、本来は爵位の順番だ。近隣ならプルメルエント公爵領が1番、次いでウィルム侯爵領、まあ領地はサンデベールだが配備先は実質ウィルム騎士団となる。次いでレリスタット侯爵領だ」
ほう、でもその地域には既に納品しているのでは。
「そして次はサランシュ侯爵領の順番なのだが、それより先にカルカリア伯爵領、そしてロムステル伯爵領へ販売している」
「なるほど、エナンデル子爵夫人はロムステルから来ていたからな、そこで夫人の実家を優先したのか」
「加えてルイーゼ様はブレクスタ伯爵家の出だ。恐らく次の納品先はブレクスタ騎士団となる」
そうか、第1夫人直系の実家にまず優先するんだな。
「でもうまいことサンデベール北部の城壁付近へ配備できたね。伯爵第1夫人がカルカリア、その長男第1夫人がロムステル、更にその長男第1夫人がブレクスタ、丁度ゼイルディクから東へ並んでいるから。それにブレクスタの東側がサランシュ侯爵領だから、まあちょっと前後するけど近隣爵位順としては何とか納まりがつくし」
「その通りだ、リオン。ただその分サランシュには多めに回すことになるだろう」
遅れた埋め合わせにするのか。あちこち気づかいして大変だね、伯爵も。
「おっと、いい時間だな。行くか」
「そうだな」
家を出るとクラリーサとエマが待っていた。揃って中央区へ向かう。
「ねぇフリッツ、さっきの話だと次はアルメール侯爵領?」
「そこが微妙なところでな、先にクレスリン公爵領かもしれん。ただその場合、ロガート公爵領も距離的には変わらんから、アルメールより先の可能性がある」
「その次は?」
「アルカトラ侯爵領、モレド侯爵領、オングラン侯爵領ではないか」
「王都は?」
「……本来は最優先だが事情があるらしい」
「ふーん」
しかしフリッツも色々と知ってるね。昨日も家令同士で席を一緒にして情報交換をしたのだろう。あ、そう言えば、オービドス公爵領、国の最東端の地域。あそこも早くに欲しがるとダンメルス伯爵は言っていたな。捻じ込んでくるのか。
「ところでリオン、こういう話はあまり外でしない方がいい」
「あ、そうだね。誰が聞いてるか分からないから」
「私が聞いたところで何も影響ないさ、そんな大きな話」
「はは、リーサ、忘れてくれていいよ」
それでも中央区に続く通路には、ほとんど人は歩いてないけどね。俺も一応、周りは確認してしゃべってる。ただまあ結界も無いし、要らんことは言わない方がいいか。
コーネイン商会へ到着。
「おはようございます」
「おはよう、ララさん」
確かにちょっと元気ない気がする。ところでララは彼の本性を知っているのだろうか。ブレターニッツと距離を近づけるにしても、浄水士の彼への思いがあるうちは無理だろう。
工房へ入るとミランダが待っていた。既に音漏れ防止結界が施されているのを知るとクラリーサは工房を出て行く。俺たちはいつもの作業場所に腰を下ろした。
「ひとまず作りますね、まずは剣をテーブルに並べて下さい」
「分かった」
「おし、手伝うぞ」
「私も」
そして大人4人は手際よくトランサス合金を並べる。丁度10本か。
「いきます!」
ギュイイイィィィーーーン
ギュイイイィィィーーーン
……。
「ふー、終わりました。職人の方に確認をお願いします」
ミランダは作業場からエリカを呼び鑑定確認をする。終わった武器から再び木箱に納めていった。今日はフローラはいないのね。
「さて、今日の予定を伝えよう。まずリオンは午前中にトランサイト生産だ、尤も既に半分近く終わったが。その他にシンクライトを1本生産してもらう。もちろんリオンの所持するミランデルを変化させるのだ」
「はい、持ってきてます」
「そして午後から北区の進路へ入る。シンクライトの実戦訓練だ」
「え、使ってもいいんですか」
「そうしなければ感覚が掴めまい。魔素飛剣はかなり特殊な能力だからな」
「そうですね」
おー、これはちょっと楽しみだな。
「パーティメンバーは、クラウス、ソフィーナ、リオン、そして私とエリオットだ。エリオットのトランサイトは既に完成し所持している。今頃、監視所付近で訓練しているだろう」
「なるほどな、その実戦訓練も兼ねるのか」
「うむ。我々も感覚を維持して来るべき相手に備えないとな。ああ、そうだ、今朝のミーナの様子ではまだその予兆は感じていない。この件はエリーゼに異変を報告するよう伝えてある。先のリオンを襲った事件があるから、しばらくはそうしてもらうのだ」
当面は親の監視下だっけ、常に側にいる理由になるね。
「無論、西区保安部隊も近くにいる、その時が来れば直ぐにこちらへ伝える手筈だ。我々が森に入っていれば中央区の防衛部隊へ経由する流れとなっている」
「そうか、なら安心だな」
「ところで商会長、ララさんへは例の件を話したんですか」
「ああ、話した。酷く落ち込んでいたが、まあ仕方がない。時が経てば立ち直るだろう」
そっか、知ってるのか。しばらくはそっとしておいた方がいいかな。
「ねぇミリィ、商会内でララと仲がいいのはどなた?」
「そうだな、職人のプリシラは年も近いからよく話はしている」
「じゃあ何か理由を付けて2人にいい食事なんかを招待してみては? 気晴らしになると思うの」
「ふむ」
「もちろん費用はウチで持つわ、ねぇ父さん」
「ああ、そうだな、ついでにそのまま高級宿に泊まってもらえ。名目は……世話になってる客からの厚意だと伝えればいい」
おー、いいね。女子同士で楽しい時間を過ごせば区切りになるやもしれん。
「分かった、では2人には昼から本店に行ってもらおう。そのまま本店近くのエスメラルダで宿泊し、翌朝、朝食後にこちらへ戻る流れだ」
「おおいいな、ただ仕事の段取りは影響ないのか」
「それは調整出来るが2人の予定が分からん。都合が悪ければ日をずらすぞ」
「そうしてくれ」
うまいもん食ってふかふかのベッドで寝ればスッキリするさ。
「あの、食事とか最高級なヤツでお願いします。いくらかかっても構いません」
「分かった、ではまず2人の予定を確認するか。クラウスとソフィはそのまま私と2階へ来てくれ。フリッツはフローラが来たら上がってこい、準備室だ」
「うむ」
そしてミランダはプリシラと言葉を交わしクラウスとソフィーナと共に工房を出る。
「随分と肩入れするな」
「世話になっているからね」
押し付けがましいと思われても構わん。よく顔を合わす知り合いが元気ないのは、こちらも気になるからね。きっとこれが正しい金の使い方だ。




