第156話 大人の思考
メルキース男爵家の客間でクラウスたちが本店から戻るのを待つ。テーブルにはアデルベルト、ライニール、クラウディアが同席し、城での子供たちとの交流について話をする。どうも侯爵家とはあまり絡めなかったらしい。
「そうだ、ダンメルス伯爵からいただいたゲームがあるんだけど、やってみようよ」
俺は使用人に所在を訪ねると直ぐに持ってきてくれた。2種類あるけどこの場は騎士団の誇りにしてみるか。箱から出して展開する。
「ふーん、噂には聞いてたけど結構細かく作ってるんだな」
「あれ、ニールはやったことないの?」
「こういうのは暇つぶしだろ、そんな時間があったら剣を振る」
「そっか」
「私は書物でも読むな」
「クラウディアも初めて見るの?」
「そうね、遊んだことないわ」
庶民の間で人気と言っていたから貴族には普及してないのかな。もしくはコーネイン家の教育方針に関係するのか。ああでも伯爵の商会だからね、付き合いのある貴族に配っているだろう。たまたま縁が無かっただけか。
「リオンが遊びたいなら付き合うぞ」
「うむ、私も参戦しよう」
「もちろん私も混ざるわ」
「ありがとう、みんな。えーっと、じゃあ魔物役を決めないといけないんだけど……先生!」
「なんだ」
隣りのテーブルでリカルドと話をしていたフリッツを呼ぶ。
「ほう、ゲームか」
「魔物役をお願いします」
「……よかろう」
そしてフリッツは魔物を選ぶ。
「え、ワイバーンですか! ずるい」
「精鋭の騎士が4人いれば十分倒せる。おや、自信がないか」
「えっと」
「いいだろう、相手がBランクでも我々は退かない」
「兄様がいれば勝てるよ!」
「頑張るわ」
そしてフリッツはワイバーンの駒を盤面に置く。他の魔物よりデカい。そして体力も多い。
「私が指揮を執る!」
「はっ! アデル隊長」
フリッツはワイバーンの機動力をいかんなく発揮して動き回る。
「おのれ、直ぐ逃げて再生を繰り返すなど小賢しい」
「ダメだわ、弓の射程外ばかり行かれる」
「おや、リオンが孤立したな」
「うわわ、一気に来た、助けてみんな」
「グワアアオッ!」
「あぅ」
フリッツは意気揚々とサイコロを転がし俺を仕留める。そして嫌らしい動きを繰り返し、アデルベルト小隊はワイバーンの前に全滅した。
「力の差はあれど悔しいものだな」
「ええ、どうやって勝つのかしら」
「それにしてもこのワイバーンの駒は造形が素晴らしい」
「流石は兄様、見る所が違う」
確かに、牙や爪まで細かく再現されている。む、ところで材質は何だろう。
『ワイバーンの牙
製作:ヴァンシュラン玩具商会 盤面ゲーム部門』
「えっ!」
「どうした」
「あ、あの、これって素材は何かな」
「仕様書が同梱されているだろう……おお、その駒はワイバーンの牙を使っているぞ」
「へー!」
「それは凄い拘りだな!」
他の魔物の駒も全て、モデルになった魔物の素材が使われていた。なるほど特別仕様とはそういうことか。ところで玩具商会ってあるんだ。他にどんな商品があるかちょっと気になるな。
「早速広げているな」
「あ、商会長」
「お母様!」
ミランダたちが帰って来た。
「リオン、フリッツ、村へ向かう準備をしろ」
「はい」
騎士団の誇りを片付けると、使用人が馬車に載せておくと告げ持って行った。
「たまにはこういった遊びも息抜きとしていいな」
「その通りです、兄様」
剣の訓練や読書もいいけど、知らないものに触れることも大事だ。みんなもゲームだからって馬鹿にしないで真剣に取り組んでくれて嬉しかったよ。きっとどこかで話のネタくらいに役に立つはず。
しかしフリッツは全く手を緩めないで勝ちに来たな。そりゃ接待プレイされてもつまらないけどさ。あ、そうか、俺を執拗に狙ったのは大人の思考を警戒してだな。まずはやっかいになりそうな駒から潰す。戦略としては正しいな。
ライニールはアデルベルトの駒に常にくっついていた。俺の舎弟ではなかったのか。クラウディアは謎の単独行動。マイペースなんだな。こういうゲームは性格が表れるから面白い。
メルキース男爵邸宅の正面に出ると馬車が並んでいる。騎士団の馬車も2台あるな。
「そういや、商会長、ウィルムから来た親族の騎士は付いてこなかったんですか」
「城で着任式を終えてから部隊に直接行く」
伯爵に忠誠を誓う儀式だっけか。今日からゼイルディク騎士団だからね。
おや、お花の馬車が近づいて来る。乗っているのはディアナ、エリーゼ、ミーナだ。皆、大変満足そうな笑みを浮かべている。姿が見えないと思ったら庭園を回っていたのか。
「リオーン、お花、いーっぱい見れたよ!」
「良かったね、ミーナ!」
「お義父さん、夢の様な時間でした」
「それは何よりだ、エリーゼ」
お花組からディアナが抜けてフリッツ、ソフィーナと共に男爵家の馬車に乗り込む。
「私は後でクラウディアたちと一緒に寮へ戻るわ」
「そっか、今日はお疲れだったね」
「これも貴重な経験よ」
エルナンドにあんな態度されたのにディアナは前向きだな。
「さて行こうか」
「うん、父さん」
もう1台の馬車に乗り込む。同乗はエリオット、ミランダ、クラウスだ。メルキース男爵夫妻と子供たちの見送りを受けて屋敷を後にする。
「父さんのトランサイトはいつ出来るの?」
「明後日の昼までに完成する、母さんのも含めてな。屋敷で仕上げるんだったな、ミランダ」
「うむ。その日はブラード家と共にお前たちも屋敷へ来る。品は本店から運ばせるよう指示してあるぞ」
「あ、そっか、お隣りを招待してたね」
「他にも商品用を何本か持って来させる。合わせて頼むぞ、リオン」
「はい、分かりました」
屋敷の一室を工房とするのか。俺の仕事はトランサス合金さえあれば場所を選ばないからね。それにこっちで作れば村からの運搬を省略出来ていい。
あ、場所を選ばないと言えば。
「商会長、馬車の荷台に工房を備える話はどうなりましたか」
「順調に製作中だ。6月中旬に完成予定と聞いている」
「おー、それは楽しみです」
外から見えない作りにするから今日みたいな移動時にも気兼ねなく生産できるね。時間を有効に使うのだ。
しかし馬車の移動と言えば城で聞いた襲撃事件。その工房馬車の情報が漏れたら標的になる可能性は高いぞ。心配だなぁ。
「ところで商会長、襲撃事件はどう考えますか」
「あれか。元々現場となった地域は治安が良くないのだ。その理由として多くの遊興施設、ああ、リオンは分からないだろうが賭博場や売春街のことだ、それらが影響してか事件が絶えない」
「分かります。お金を賭けてゲームをする場所、それから主に女性が男性を相手に性的欲求を満たす仕事ですね」
「!?」
「凄いな、それもフリッツか」
「はい」
合っているようだ。この世界にもそういうのあるのね。おっと教えてもらったことを後でフリッツに言っておかないと。
「やれやれ、世の中の仕組みの1つとしては必要な知識だろうが、8歳の子供に教えるようなことか」
「まあ、クラウスよ、リオンなら正しく理解できる。そう考えたのだろう」
「だけどまだ子供だぞ」
むむ、クラウスは拒絶反応を示したな、絡んだのは迂闊だったか。
「父さん、早い内から知るのも危険性を学ぶ上で大切です。従って俺は将来、その様な行為に溺れることはありません」
「……そこまで分かっているならいいんだ」
「リオンの頭の良さは想像以上だったな」
「ホントに、大したものだよ」
ちょっとフォローしておこうか。
「あの、もし父さんが俺に教える頃合いを考えていたのならごめんなさい。ただ俺は普通の子供ではなく、将来貴族となる身なんだ。加えてみんなが言う高い理解力があるなら、積極的に様々なことを吸収するべきだし、俺もそれを望みます」
どうかな。
「いやちょっとリオンの口からそんな言葉が出たからビックリしただけだ、何も謝ることは無い。教わることに制限は設けないからどんどんやれ」
「うん、分かった」
まあ確かに俺も前世で我が子がそんなことを言い出したら驚くよ。
「あの、商会長、続きをお願いします」
「うむ、その賭博場の客や売春婦には借金を抱えた者が多く、それを犯罪組織に付け込まれ窃盗や詐欺などに手を染めることもある。もちろん保安部隊が厳しく取締っているが、黒幕は辿り着かない様に周到な策を講じており、壊滅は極めて難しいとのこと」
「そう、本当に悪い奴は裏でこそこそやるんだよな」
「恐らくだが、今回の主謀者はその組織ではないかと。トランサイトをどうするのかは知らんがな」
ふーん、犯罪組織か。まあ高性能で高価な品が運ばれていると知ったら、そういう奴らにとっちゃおいしい仕事だもんな。でも何か引っ掛かる。
「あの商会長、カロッサ商会は何処へ納品する予定だったのでしょう」
「さあな、何故そんな事を聞く」
「その様な懸念のある地域を敢えて通るには理由があるはずです」
「単純に最短距離の道中なだけだろう。もしくは客がブラガスにいたか」
なるほど目的地がブラガスか。そして納品前に襲撃と。
「どうしたリオン」
「父さん、もし、もしもだよ、客がブラガス在住で組織と通じていたら」
「おお、なるほど、それなら持ってくる日時は分かるな」
「共謀か。まあいずれにしろ想像の域を出ない、気になるなら納品先を伯爵に聞いてやろう」
あ、教えてくれるのか。
「それでコーネイン商会の工房馬車については安心しろ。外観は資材運搬用の荷台に偽装しているし、キッケルト建設商会の協力を得て同商会の名前も入る。警備も必ず騎士団の馬車を付け、もちろん通る道も選ぶ」
「それなら安心ですね」
「最初に使うのは恐らくカルニン村の視察だろう。その場合、城壁沿いの騎士団専用道を利用する。言うまでもなく城壁の警備は常に万全だ」
「おおっ」
そこまで考えてくれているなら大丈夫か。
「ところでリオン、フリッツからは他にどんなことを教えてもらった?」
「え、今急に言われても出て来ないよ、父さん」
「そうか、ならいいんだ」
むむ、やっぱり賭博と売春が頭に残ってたか。言わなきゃよかったな。
「なあ、リオン。お前は大人の言葉を話せてその意味も理解している。俺はずっとそう認識していたが実は違ったようだ。思考そのものが大人だったのだな」
「今更だぞ、クラウス。私は村の出張所で初対面した時から、自分の言葉で話していると直感した。職人となったあの場でも堂々としていたし、同席したお前も完全に任せていただろう」
「まあな」
「エリオットも同じだぞ」
「うむ、最早、子供として接しておらん」
うーむ、こうハッキリ言われると隠している意味がないな。
「リオン、お前の発言には、あの1カ月前の高熱の日から違和感を感じていたが、洗礼を経てより顕著になった。その身に何が起こったのかは分からない、そして聞かない。ただリオンがいつでも俺の大事な息子であることに変わりはないぞ」
めちゃくちゃ怪しいけど触れない宣言か。それでも我が子と言ってくれるのは嬉しいけどモヤモヤするぞ。これはもうフリッツに伝えたところまで言うか。ならエリオットとミランダ、それからソフィーナも加えよう。今後のためにはその方がいい。
「父さん、部隊長、商会長、村に帰ったら重要な話があります。俺の内面に関することです」
「む!」
「ほう」
「あと母さんも一緒にお願いします」
「うむ、分かった」
「リオン、その、話したくないなら構わないぞ」
「いいや、父さん。いつか話す日が来ると思ってた、それが今日なだけだよ」
「……そうか」
やはり子供を装うのは無理があった。もちろんもっと意識すれば隠し通せたかもしれない。ただ話す内容にいちいち気を使っては俺も疲れる。遅かれ早かれこの展開だったな。
「リオン、村に帰ってからの仕事は無しだ。夕方の鐘まで1時間ほどあるから商会長室でその話を頼めるか」
「はい」
夕食後だと夜になっちゃうからね。
ほどなく村へ到着。商会の前で馬車を降りた。もう1台からフリッツたちも降りてくる。
「やあ、お帰り」
「お帰りなさいませ」
「ただいま!」
クラリーサとエマが俺たちを見つけて店内から出てきた。
「2人はエリーゼとミーナに付いて先に西区へ行け」
「はっ!」
ミランダの指示にクラリーサとエマが応え4人は中通りに消えて行った。
「先生は?」
「ワシはリオンと共に行く」
あ、そっか、仕事含めて付き添うのね。でも工房には行かず商会長室で話なんだよな。まあフリッツも一緒でいいか。
「商会長、先生も同席でお願いします」
「うむ」
「なんだ」
「来れば分かる」
商会に入ると支店長のキューネルが迎えた。
「商会長、お帰りなさいませ、特に変わったことはありませんでした」
「そうか。今から商会長室を使う、紅茶を6つ頼む。ブレターニッツはいるか」
「はい、奥で書類整理しています」
「一緒に来させろ」
「分かりました」
俺たちは2階の商会長室へ。ほどなく紅茶とブレターニッツがやって来る。
「ふう、やっぱり村が落ち着くぜ」
「そうね」
「ところでリオン」
「はい、先生」
「ワシの呼び方をフリッツに変えろ、敬称も要らん」
「え、でも俺、子供だし、先生が嫌ならフリッツさんにするよ」
「ダメだ。家令は貴族家に仕えているのだぞ、ワシだけ特別扱いしては他の使用人に示しがつかん。子供と言えども主従関係には今から慣れておけ」
確かにそうか。しかしいきなりだな。
「分かった、フリッツ」
「そうだ、それでいい。丁寧な言葉遣いもいらんからな」
「それは流石に時間が掛かるかも」
要は2人の時みたいに接すればいいのだろう。
「それでミランダ、集まって何かあるのか」
「うむ、リオンから重要な話だ」
「ほう」
「あらそうなの」
さて、では始めるか。
「まず俺の中に100万の英雄を超える力が封印されていることは知っていますよね。あ、一部は解放しましたけど。それでその力はスキルや魔力操作だけではありません、記憶も含まれます」
「記憶?」
「ほほう」
「それは英雄の記憶なのか」
「分かりません、何故なら断片的だったりぼやけてたりするからです」
フリッツは何度か小さく頷く。俺が今から何を話すか分かったようだ。
「ただ意識せず出てくることもあります。今話しているこの言葉遣い、そして文字が読めること、書けること。これらは誰かに教わったのではなく、洗礼の前後あたりから自然と習得していたのです」
「洗礼の前後と言うと、あの熱が出た時からか」
「ええと、正確には発熱翌日の昼頃からです。母さんが魔物討伐の報告を終えて以降かな」
「そう、リオンが目覚めたらいつも通りに戻ってたの! あの時は本当に嬉しかったわ」
「その前は俺を誰かと勘違いしてたな」
「私も違う名前で呼ばれていたわ、ここの地名も知らないって、それにトイレの精霊石を外して何だか戸惑っていたわね」
「あの時のことは覚えてないけど変な言動だったみたいだね」
地球人モードはややこしくなるから知らないままにしよう。
「ふむ、或いはその時が英雄の記憶のみだったか。クラウスやソフィーナが知り合いに似ていたのかもしれんな」
「そんな大昔に俺みたいな顔がいたのか」
「分かったわ、その時代には精霊石の手洗い場が無かったのね」
おー、独自解釈でそれなりにまとまった。もうこれでいいや。
「それでか! リオンは見たことないのに釣りや井戸を知っていた。カスペルから教わったと言ってたから確認したのだが覚えがないと、まあ義父さんは忘れっぽいのもあるが。ただあれは元々知っていたんだな」
「え、えっと、そうです。嘘言ってごめんなさい」
「いやいや、いいんだ」
うわ、カスペルに確認してたのか。やっぱり咄嗟のごまかしはボロが出る。あー、今日打ち明けてよかったかも。これから先、そんな細かく気を使ってられないよ。何もかもフリッツを情報源にしてたら必ずズレが生じる。
「じゃあ帰りの馬車で言っていた賭博や売春もそっちの知識か」
「うん」
「まあ、そんなこと話してたの」
「とある領地の話になってね。でも母さん、俺はそれが何を意味するか知っている。ただ古い記憶だから、現代のそれとは多少違うと思うよ」
おお、地球との差異をうまくごまかせる方法を発見したぞ! なるほど、全て英雄の記憶にすればいいんだ。いやはや万能すぎる、流石は英雄だぜ。
「あれはフリッツから教わったと言っていたが違うんだな」
「ワシが8歳の子供に賭博と売春を教えるじじいに見えるか」
「いや、見えない。しかしなるほどな、子供らしからぬ知識はフリッツから聞いたことにしろと、おい、今日リオンが告げなかったら大変だったな」
「……実は競争入札をあの場で聞かれたらと冷や汗をかいていたぞ」
「おー、ナタリアだったか難しい話をしていたな」
「はっはっは! やはりな、どうも怪しいと思ったのだ」
やっぱり負担だったんだね。
「ごめんなさい、フリッツ」
「構わん、ワシが言い出したのだからな」
とは言え、甘えてしまったな。俺もちょっと調子に乗っていた節がある。暴走して収拾つかなくなる前で良かったや。
さて、後は本題の大人の思考だな。うまく説明できるだろうか。




