第150話 ウィルム侯爵
エーデルブルク城の客間に入ると多くの貴族らしき人が待っていた。俺たちはバイエンス男爵に案内されたソファに座る。それを見て使用人が紅茶を運んできた。
「よくぞ、いらした」
伯爵が声を上げると近くに座っていた男性に目配りをする。
「ノルデン家の者たちよ、私はアンドレアス・ハーゼンバイン・カウン・エナンデル。ゼイルディク伯爵第1夫人の長男だ。先日城へ来た際には席を外しており失礼した。そなたらの功績は既にゼイルディクに大きな恩恵をもたらしている、誠に素晴らしいことだ」
40代後半か。落ち着いて知的な感じだな。この人がエナンデル子爵であり、建設ギルド長か。
「私はステファナ・ハーゼンバイン、アンドレアスの第1夫人です。どうぞよろしく」
40代半ばの気品ある女性。第1夫人と言ったな。なるほど、流石は将来の伯爵、既に複数の妻がいるのね。
「俺はグスタフ・ハーゼンバイン、エナンデル子爵長男だ。リオン殿、ディアナ嬢、今日は子供らも来ているから仲良くしてくれ」
20代後半か、シュッとしたイケメンだな。子爵の長男、と言うことは伯爵の孫か。
「私はルイーゼ・ハーゼンバイン、グスタフの第1夫人よ、ノルデン夫人とは年も近いから今日話せることを楽しみにしているわ、どうぞよろしく」
20代半ばかな、綺麗な女性だ。そしてまた第1夫人か。へー、直系の長男は若い頃から複数の妻を迎えているんだな。
「後は見知った者だな、ではそなたたちも名乗りを、座ったままで構わん」
バイエンス男爵がそう切り出してクラウスを見る。
「俺はクラウス・ノルデン。コルホル村西区より来ました。今日はお招きいただきありがとうございます。ゼイルディクの貴族として務めを果たせるよう、叙爵までしっかり準備し、その日を迎えたいと思います。どうぞご指導のほど、よろしくお願いします」
次はソフィーナだね。
「私はソフィーナ・ノルデン、クラウスの妻です。貴族夫人として恥ずかしくないよう、あらゆる方面を勉強しております。至らない点は何でもご指摘ください。また長女ディアナはシャルルロワ学園へ編入予定です。レイリア様と同じ10歳ですので、近くで導いて下さることを願っております」
あれ? 俺のことは? あー、まあ、学校に行かないからか。ディアナは1人で離れるからね。ソフィーナはディアナを見る。名乗りは年の順らしい。
「わ、私はディアナ・ノルデン、10歳、ラウリーン中等学校1年です。よ、よろしく、お願いします」
これはいかん、かなり緊張しているな。ならば。
「俺はリオン・ノルデン、8歳です。このほど、貴族の一員となれることを大変誇らしく、また大きな責任も感じております。しかしながら姉ディアナ含めてまだまだ子供、それも平民の出で加えて辺境の村育ちです。故に貴族社会どころか世間の常識すら勉強中の身であり、多くの失礼を致すことでしょう。どうか広い心で受け止めてください。今日はよろしくお願いします」
こんな感じかな。とにかくディアナの気を楽にしないと。
「……リオン殿、十分問題ないと見えるが」
「そうね、よくできた子ですこと」
「確かに、ロディオスと同じ年とは思えんな、ルイーゼよ」
「ほんとに、しっかりしてるわ」
しまった、でもまあいいか、エナンデル子爵夫妻と長男夫妻なら。ウィルム侯爵の前ではもっと子供っぽく振るまわないと。
「ディアナ嬢、リオン殿の言う通りだ。こちらは完璧な振る舞いを求めてはいない。大事なのは相手への敬意を忘れないことだ。どうぞ気を楽にしてくれ」
「は、はい! グスタフ様」
ディアナから自然な笑みがこぼれた。大丈夫そうだね。
「さて、皆でゆっくり話したいところだが、それは用事が済んでからにしよう。まずは侯爵をお出迎えする前にクラウス殿とリオン殿には個別に話しておくことがある。別室へ同行願いたい」
「分かりました」
エナンデル子爵はそう告げて席を立つ。俺とクラウスも立ち上がりついて行った。客間の向かいの部屋に入る。10畳ほどか、さっきの客間と比べると随分小さく感じるが、置いてある家具はとても豪華だ。
「音漏れ防止結界は施してある」
そう言いながらエナンデル子爵がソファに腰を下ろす。隣りには伯爵、向かいにクラウスと俺だ。
「到着早々、忙しなくてすまん」
「いいえ、伯爵、お考えがあってのことでしょう」
「うむ、まあ軽い打ち合わせだ」
やはり意識合わせということか。こちらもその方が助かる。
「まず、そなたたちは案じておるやもしれぬが、侯爵との席には常にワシと隣りのアンドレアスが共にいる」
「あ、そうなんですか! それは安心です」
「いくら大きな実績があれども高位貴族と平民が対等に話せはしない。不慣れなスキを突いて言いくるめようなぞ想像に容易いからな。ワシから同席することを条件と打診しておいたのだ」
「お気遣い、ありがとうございます」
おお、やるねぇ伯爵。いやでも当然の措置か。密室で変な約束されても困るからね。ただそこを条件として上位貴族に提示できるのは、日頃から冒険者の町としてウィルムへ貢献している所以か。或いは現状トランサイトの流通を握っているからか。
「この場での確認はまずシンクライトの件だ。あれはこの世に存在しない。よいな」
「はい」
「分かりました」
やはりな。その理由も聞きたいところだが今はいいか。
「次にトランサイト生産能力だ。1日頑張って30本としてくれ、武器種等の内訳は任せる」
「承知しました。では最も得意な剣で15分、他は20分に1本とします」
「うむ、それでいい。と言うのも最近の生産速度が異常過ぎて、あれを前提に要求されても色々と困るからな」
1日100本を超えたからね。少し調子に乗り過ぎたな。
「次に現在の環境についてだ。確認だが、そなたたちは村を離れる気はないのだろう」
「はい、全くありません」
「俺もリオンと共にいます」
「うむ、分かった。防犯面に於いてはメルキース男爵とアーレンツ子爵に任せていたが、丁度今日からワシが手配した護衛兼住人が何名か西区に入る。あれはかなりの腕前だ、安心して欲しい」
「ありがとうございます」
まあ、実際は監視も兼ねているだろうけど。身を守ってくれるならありがたいことだね。
「つまり現状に不満はないということだな」
「そうですね、村での生活は満足しています」
「ではその旨を侯爵に伝えるといい、聞かれたらで構わないがな」
ふむ、もっといい条件を提示してきてもブレるなということか。まあ元よりその考えだ。
「最後に将来について。つまりはリオンやディアナの婚約相手だ、まだ決まってないのだろう」
「はい。そして早々に決めるつもりはありません。その、これは伯爵家を含めてのことです」
「はっはっは、それで構わん。同じように侯爵にも伝えるといい」
「大変お世話になりながら、その方面でご期待に添えることが出来ず申し訳ありません」
「何も謝ることは無い、そなたが思う相手を選べばいいからな。ただこちらも何もしないワケではないぞ」
「……はい」
やれやれ、これ関係の話は気を使う。ただ案外伯爵も柔軟だな。まあそこまで急ぐことは無い、ゆっくりと囲っていく考えか。
「さて、聞きたいことはあるか」
「俺からはありません」
うーん、あ、そうだ。
「ウィルム侯爵はプルメルエント公爵にどこまで報告しているのでしょうか」
「対外的に広まっている情報と同じだ。つまりリオンの生産能力は隠されている。実際、早々に公爵から製法について問い合わせがあった。答えない理由は無いから伝えたぞ、トランサス製品に高い共鳴を施せばいいとな」
「そうですか」
ほほう、やはり隠していたか。まあ俺に繋がらないからその方がいいが。
「あ、それで聞きたいのですが、俺の他にトランサイトを製造できる、つまり100%以上の共鳴ができる人物はいるのでしょうか」
「ワシの知る限りではいない」
「訓練すれば可能ですか」
「……不可能だ」
「分かりました、ありがとうございます」
なんと! 伯爵ほどの見識があってその答えか。
む、今一瞬、伯爵がエナンデル子爵と目を合わせたような。なんだ、この言い知れぬ違和感は。……これは、隠している? 本当はいるのか、或いは実現に近づいているのか。んー、ホントのところどうなんだろう。
「では皆の元へ戻るとしよう」
俺たちは客間へ向かった。
まあもし100%超えを達成しても、変化共鳴を掴まなければトランサイト生産は出来ない。俺は異常な魔力操作だから直ぐ分かったけど、常人はあの感じを掴むだけでもかなり大変なはず。この情報は切り札として明かさない方がいいな。
客間のソファに座る。
「意識合わせはできたか、クラウス、リオン」
「はい、アーレンツ子爵」
「伯爵はそなたらを一番に考えてくださる。安心して委ねるといいぞ」
「分かりました」
この人もよく分からんなぁ。結局は伯爵の手先なのか、或いは独自の考えがあるのか。ミランダは武人だから信頼できると言っていたけど。まあコルホルの引継ぎでは全面的にお世話になるんだ、いい関係は続けたいね。
「さて、皆の者! ウィルム侯爵家の馬車列が近くまで来ている。出迎えに参るぞ」
エナンデル子爵が声を上げた。おお、遂に来たか。客間をぞろぞろと出て城の正面へ。伯爵夫妻の少し後ろに横一列となって並んだ。そして待つこと数分、何台かの馬車が過ぎた後に豪華な装飾が施された馬車が4台、俺たちの前に止まった。
向こうの使用人らしき人がそれぞれの馬車の前に行き扉を開け、次々と人が降りてきた。子供含めて全部で10人かな。その中で最も高齢、恐らく60代前半の男性が伯爵を見つけて近づいて行く。
「久しいな、ハーゼンバイン卿」
「閣下、心待ちにしておりました」
「リオン・ノルデンはどこか」
「直ぐ近くにおります」
伯爵は振り返ると小さく俺を呼んだ。それに応えて前に出る。間違いない、この人がウィルム侯爵だ。
「そなたか」
「こんにちは、リオン・ノルデンです」
「本当にまだ小さい子供だな。ワシはウィルム侯爵、皆には閣下と呼ばれておる」
「閣下!」
「うむ、素直な良い子だ」
「では城内へ参りましょう」
伯爵と侯爵を先頭にぞろぞろと城へ入っていく。ふふ、第一印象はまずまずだな。
ホールを過ぎると侯爵一行は別れて行く。ちょっと休憩するんだね、着いたばっかりだし。
「皆は再び客間へ向かってくれ」
そう告げたバイエンス男爵について移動する。伯爵夫妻とエナンデル子爵夫妻は侯爵のところに行ったみたいだね。ノルデン家の合流はまだいいらしい。
客間のソファに身を沈める。
「侯爵の準備が出来たら呼びに来るからな」
「はい」
そう告げてバイエンス男爵は出て行った。貴族なのに間に入って段取りとは大変だね。ただアーレンツ子爵家でもトリスタンが、メルキース男爵家でもエリオットがそんな役目してたな。
「部隊長、来客時は貴族の長男が案内するものなんですか」
「流石よく気づいたな、その通りだ。バイエンス男爵は伯爵第2夫人の長男だからな」
なるほど、侯爵に第1夫人の長男、俺たちに第2夫人の長男がついてるってワケか。今回みたいな複数の来客時には便利だね。伯爵家ともなるとそういうことが多いから複数妻がいるのかな。
「リオンはまだ子供だからやらなくていいぞ、使用人で構わない」
「そうなんですか」
「まあ私もほとんど監視所にいるからな、多くの場合は使用人に任せている。余程大事な客の時くらいだ。ところでロンベルクの案内役はいい男を揃えているぞ、なぁトリスタン」
「あれを選出したのは母上だ、長身が好みなんでな」
ほー、それ専用のイケメンを用意していると。まあある意味、屋敷の顔となる人物だからね。
「どうだ、侯爵の印象は」
「あ、商会長。はい、初対面は話しやすそうな気がしました」
「そうか、まあクラウスに任せればいい」
「おいおい、俺には荷が重すぎる。伯爵も同席するから割って入ってくれるさ」
「ほう、ならば心強いな」
ミランダもドレスか。その装いも相まってか騎士の緊張感があまり感じられない。元よりここは伯爵の城、防犯面は完璧だからね。それに一応は招かれた身であるし、今日はお客さん扱いだ。
ソフィーナはカサンドラとルイーゼ、そして意外にもエリーゼも加わって談笑しているな。ディアナはミーナと一緒か、近くにはクラウディアとセルベリア、そして多分あの子がレイリアだ。あー、いかにも伯爵家令嬢って感じ。む、目が合った。余裕気に微笑んだぞ。
あっちのテーブルはアデルベルトやライニールがいる。男子の席だな。
「俺もあそこに行った方がいいかな」
「いや、そろそろ呼ばれるだろう、ここで待てばいい」
「はい、商会長」
「それで恐らく侯爵の前で生産を披露するが」
「分かってますよ、ゆっくりですね」
「うむ」
家令イグナシオの前でやった程度に合わせておかないとね。
「待たせたな、クラウス殿、リオン殿、一緒に来てくれるか」
「あ、はい! バイエンス男爵」
「よし、行くか」
俺とクラウスは客間を出てホールへ。長い階段を上がって2階だか3階だか分からんが上の階へ。おー、この感じ、思い出した、行先は多分あそこだ。そして開かれた扉の向こうには50畳ほどの大きな広間、その中央には大きな円卓。そう、伯爵と初めて会った場所だね。
む、円卓には剣が置いてあるな。侯爵が持参したトランサス合金だろう。
バイエンス男爵に案内された席に俺とクラウスは座る。他には6名座っていた、皆、男性だ。おや、何だか違和感が。あー、近くに護衛がいないんだ。ちょっと離れたところに何人も立っているな。あれがそうか。
「では名乗るとしよう。ワシはコンスタンティン・ヴァンシュラン・マキス・ウィルム。トランサイト武器がウィルム騎士団にて大きな成果を上げたことは知っているだろう。Aランク最上位ジルニトラ、あの魔物が町に来ていればどれほどの被害が出たか。それを防げたことは極めて偉大な功績である。まずは礼を言うぞ、リオン・ノルデン」
「騎士が強いからです!」
「はっは、いかにもウィルム騎士団は精鋭揃いだ」
一番豪華な椅子に座った高齢の男性が声を上げる。ウィルム侯爵だね。サンデベールの実質トップだからどんな怖い人かと思ったけど、その権力の割には全然偉そうじゃないな。
「私はサルバドール・ヴァンシュラン・アル・ダンメルス。父上のおっしゃる通り、トランサイトはウィルムへ大きな利益をもたらす。ただやり方によっては、より大きな財力や権力が手に入るぞ。無論、ノルデン家にもな。我々は導く環境が整っている。安心して委ねよ」
40代半ばか。この人が侯爵第1夫人長男、目つきが鋭くて怖いな。それでダンメルス伯爵なのか。子供が伯爵って、流石、侯爵家だな。にしても何やら勝手に段取りを考えている様子。あー、この目は、強欲でギラギラしているぞ。ミランダみたいだな。
「私はフェリクス・ヴァンシュラン・カウン・ザイーストだ。リオン殿、聞けば8歳になったばかりと。私の次女オリビアも同じ8歳であることに運命を感じておる。今日も来ているゆえ是非とも仲良くしてくれ」
20代後半かな。侯爵の孫だね、そしてザイースト子爵か。はは、早速子供との絡みを期待している。あれでもこの場合、オリビアは子爵の娘になるから、相手が男爵家なら爵位の条件は満たすぞ。いや、親が健在ならその爵位が反映されるのかな。多分そうだ、じゃないとあの決まりが機能しない。
「では続いてクラウス、リオン」
「はい」
おや、伯爵は言わないのか。まあ双方に面識があるからね。エナンデル子爵とグスタフも先に聞いているし。
「俺はクラウス・ノルデン、リオンの父親です。ゼイルディク、アーレンツ子爵領コルホル、その西区より来ました。この程は閣下の迅速なご対応により、貴族への道が開かれたことを大変感謝いたします。また、ウィルム在住の身内へのご配慮もありがたく思います。そして本来ならばこちらから出向くところをご足労いただき、その心遣いには感服いたします。今日はよろしくお願いします」
全力で持ち上げたな。まあそりゃそうか。でも確かに身内関連の動きは早かったしな。さーて、じゃあ俺の番だ。
「リオン・ノルデン、8歳、コルホル村西区に住んでいます。どうしてか分からないけど急に日常が変わってびっくりしています。えっと、もっとゆっくりがいいです」
「はっは、そうだな、だが直に慣れるぞ」
戸惑っている子供アピール作戦だぜ。
「ではこの場について、進行は私に任せていただきたい」
「はい、ダンメルス伯爵」
む、あの強欲男か。
「まずはリオン殿へ渡すものがある」
そう告げると立ち上がり隅の方へ目をやる。その方向にいた使用人が何やら抱えて近づいてきた。そして円卓に置く。
「これは子供向けのゲームであり、とても領民の間で流行っている。ウチの商会が手掛けているもので、今回は特別仕様を用意した。持ち帰るといい」
「ありがとうございます!」
こ、これは、『冒険者の栄光』じゃないか。む、もう1つあるな、『騎士団の誇り』か。へー、また違った方向性なのかな、陣形があったりとか。しかし騎士なら指揮官に貴族が就いていることが多い。こんなゲームの駒にしてしまっていいのか。
ただ、物で釣る作戦とはやるな。子供ってこういう単純なプレゼントが嬉しいもんな。にしてもウチの商会と言ったな。これは俺に遊ばせて宣伝役として利用する魂胆か。流石、貴族、抜け目がない。
「ノルデン家が使う馬車に載せておけ」
「承知しました」
使用人はゲームを持って広間を出る。
「さて、早速で悪いが、トランサイト生産を披露していただこうか」
「あ、はい!」
よーし、やるか。




