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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
149/321

第149話 城への往路

 朝だ。昨日からメルキース男爵家に泊っているからふかふかのベッドで目を覚ます。寝室を出るとクラウスがソファに座っていた。挨拶を交わす。


「おい見ろよリオン、母さんたちだぞ」

「ほんとだ」


 ここは2階。大きな窓からは広い庭園が見渡せる。その中を上品な花の装飾を散りばめた馬車が通る。乗っているのはソフィーナ、ミランダ、クラウディア、そしてディアナだ。


「ねーちゃん楽しそうだね」

「そうだな」

「確か8月からシャルルロワ学園に行くんだよね、7月いっぱいは夏休みで、その間に色々と編入の準備をするって。村に帰って来るの?」

「分からん……ただディアナは今も俺たちと一緒に暮らしていない。そのまま向こうの寮に入ってもいいんじゃないか」


 なるほど、早くから環境に慣れておくのも大事だね。


「でも1人で大丈夫かな。今は友達も近くにいるけど」

「……そこはまた新しく友達を作ってもらうしかない。立場上、絡もうとする子供は多いから、その中で気の合う者を見つければいいさ。それにここやアーレンツ子爵家の見知った子供たちもいるだろ」

「そうだけど」


 アーレンツ子爵家からはビクトリア9歳、ライオネル8歳、メルキース男爵家からはテレサ13歳、エステル9歳がシャルルロワ学園に通っている。ただ10~12歳の中等部がいないんだよな。ディアナは10歳、学園が同じ敷地内とは言え会う機会はそう多くないだろう。


 ただ伯爵家にはレイリア10歳がいる。第1夫人長男のお嬢様だ。彼女と仲良くなれば、このゼイルディクに於いて最も頼れる存在となる。そうだな、どうせ今日は向こうから俺に近づいて来る。ならば近くで姉を守ってくれとお願いしてみよう。


 ただ貸しを作ってしまう気がするなぁ。いや、待てよ。むしろそう思ってくれた方が好都合か。俺の頼みならしっかり取り組んでくれるだろう。もしそれをネタに将来の話をされようがはぐらかせばいい。悪いが利用させてもらうぞ。


「そういや父さん、建設商会の人とお話しできた?」

「キッケルト建設商会だな。まあこの場では挨拶程度だ、具体的な話は後日になる。何でもこのメルキース男爵邸の建築を手がけたらしい」


 ふーん、なら実績は十分だね。


「屋敷は全面的に任せるが構わないか」

「うん、いいよ、父さんの好きにすれば」

「家具についてはウィルムの身内も作れるが、まだ動向がハッキリしていない。それに来て直ぐ環境が整うワケじゃないしな。最初はこっちの商会にお願いするよ」

「そうだね」


 確かマティアスの妻エリサの実家、エシルストゥーナ家具商会だったな。今日、追加情報があるだろうか。


 さて、朝食まで何をしよう。朝の訓練は、まあいいか、よそのお家だもんな。じゃあ共鳴訓練でもするか。それから俺はシンクルニウムの剣で訓練をした。次の魔物襲撃でシンクライトを使う可能性もあるからもっと慣れておかないとね。多分共鳴も同じ感じだ。


 広間に入って席に着く。男爵が挨拶をして朝食が始まった。俺のいるテーブルはクラウス、ソフィーナ、ディアナのノルデン一家だ。後は男爵夫妻と建設商会、エリオットとミランダと子供たち、そして家令たちのテーブル。昨日の夕食と同じだね。


 エリオットのテーブルにいるクラウディアとライニールが凄く楽しそう。恐らく普段は家族揃っての食事が中々できないんだろう。加えて今日は一緒にお出掛けだし良かったね。ただ目的地では相当ストレスが溜まりそうだけど。


 おや、家令テーブルに空きが多いな。


「父さん、先生が居ないね」

「そうだな、どこへ行ったか」

「朝一で村に帰ったそうよ、ミーナとエリーゼを連れて来るらしいわ。食事もここで済ますって」

「そうなんだ、母さん」


 ほー、ミーナの母親エリーゼも来るのか。まあフリッツも家令の立場があるからずっとミーナの側にいるわけにもいかない、かと言って護衛に任せて離れるのもミーナが可哀そうだし。


 しかしビックリするよな、早朝にフリッツが帰って来たと思ったら直ぐに男爵邸へ、そして城へ行くだもんな。ところでフリッツは伝令の馬に同乗したのか、いや、騎士だったんだから馬くらい乗れるか。


「お、来たぞ」


 クラウスの声に視線を向けるとフリッツたちが目に入った。ミーナはとても緊張した様子だったが、俺を見つけると凄く嬉しそうな顔に変わる。そして直ぐに口をきゅっと閉めてテーブルに着いた。はは、俺を呼ぼうとしたけど我慢したんだね。


 食事を終えるとノルデン家は使用人に案内され客間に入った。そこへエリオットがやって来る。


「ひと息ついたら着替えてくれ、家の者へ告げれば案内させる」

「おお、そうだったな」


 昨日、服を合わせたもんね。


「ところでクラウスとソフィーナ、2人もトランサイトを使ってはどうか」

「いいのか」

「これだけ出回っていれば構わない。そもそも製法発見者だ、使っていない方がおかしいぞ。防犯面も叙爵が知れた今なら問題ないだろう」

「確かにそうだな、では商会で用意してくれ」

「分かった。今日、城の帰りに本店に立ち寄るとしよう」


 ほー、遂にトランサイト武器を持つのか。


「サラマンダーはどうするの?」

「あれを使いこなすには相当の時間が掛かる。トランサイトなら共鳴30%でも十分強いからな、それなら余裕だ」


 なるほど繋ぎの武器か、なんとも贅沢な。


「でもね、リオン、正直言うと私たちではサラマンダー武器の本来の力を引き出すのは難しいわ」

「え、そうなの、母さん」

「なんたってAランク魔物素材なのよ、ちゃんと制御できるか分からないわ、魔力も多く必要でしょうし」

「俺はCランクのマンティスでも苦労したからな」


 じゃあ趣味武器みたいなもんか。これも贅沢だ。


「さて、着替えに行くぞ」


 使用人に案内されて別室で着替える。客間へ戻るとミーナたちがいた。


「リオン!」

「朝から忙しかったね」

「え、うん、でもリオンと一緒にいれて嬉しい! その服とってもかっこいいね!」

「ありがとう。ミーナも見ない服だね」

「これは大事な時にだけ着る服だよ」

「似合ってて可愛いよ」

「……えへへ」


 しばらくしてソフィーナとディアナが合流する。


「まあ、ソフィーナ! なんて綺麗なの」

「ありがとう、エリーゼ」

「凄ーい! ねぇディアナ、その髪型どうなってるの」

「近くで見ていいよ、ミーナ」


 女性陣がキャッキャしてるのを遠目に見守る。


「ミーナからは例の件を聞いたぞ」

「あ、そうなんですか、先生」

「ガルグイユは朝起きた時に、サラマンダーは昼前に感じたそうだ」

「では3~4時間ってところですね」

「そうなるな」


 むー、あんまり猶予はないぞ。まあ次は10倍だからもっと早くに察知する可能性もあるが。


「先生は城に行ったらどこでいるの?」

「リカルドと共にいる。お前たちとは別行動だろう」

「フリッツは城へ行くのは初めてか」

「いや、騎士になる時に一度だけ行ったことはある。とは言え、中には入らず外での式典だったがな。それも35年も前のことだ」

「なるほど、伯爵に忠誠を誓う儀式みたいなもんか」

「うむ、ただ先代の伯爵だ。今の伯爵がエナンデル子爵だった頃か」


 ふーん。確か今も第1夫人の長男がエナンデル子爵だよね。どうもそのポストは代々決まってるっぽいな。城のある地域だからか。


「皆、準備はいいか」

「はい」

「いつでもいいぞ」


 エリオットの声に客室を出て玄関へ。メルキース男爵家の馬車が沢山並んでいる。ソフィーナとディアナは別の馬車へ行くようだ。俺とクラウスは案内された馬車に乗り、そこへメルキース男爵とエリオットが乗り込んできた。そして直ぐに出発する。


「約1時間ほどで到着する、その間は作戦会議といこうか。恐らく侯爵はクラウスを中心に話をしてくるからな」

「そうなのか、エリオット」

「うむ、リオンはまだ8歳だ。洗礼を終えているとは言え、自らの判断で意思決定するには年齢が低すぎる。尤も、我々の認識では十分大人の思考だがな」


 ギクッ! いやでもこれまでの物言いを見ればそう思うよね。


「確かに先日の家令イグナシオからの問いも俺中心だった」

「侯爵側はリオンの能力にしか目がいっておらず、その独特の感性と聡明さには気づいていない。伯爵側も同じ認識だろう」

「まあ前回城へ行った時もそこまで話したワケじゃないしな」

「ただアーレンツ子爵はいくらか不思議に感じている。それを伯爵に報告したかは分からんがな」


 ふむ、まあ子爵は屋敷でも食事をしたりといくらか話す機会があったからね。


「しかしリオンの頭の良さが知れると何かマズいのか」

「貴族は優秀な人材を手元に置きたいのだ。ただでさえあの能力、加えて8歳とは思えない内面と知れば、今向こうが考えているよりも強い手段で取り込もうとしてくる。将来、敵にはならずとも、交渉相手として厄介な素質があるなら、早い内から手を打つのが上位貴族だ」

「ほう、では侯爵の前でリオンは話さない方がよさそうだな」

「うむ」


 へー、そういう側面からも考えているのか。確かに頭がいい奴は味方にいた方が安心だ。それも平民ではなく将来貴族になるんだからな。まあ俺は大人の記憶があるだけで頭の良さとは関係ないが。


「リオンよ、子供たちとのやり取りでも、あまりしっかりした印象を与えるなよ」

「分かりました」


 変に落ち着いて大人ぶれば、手強いと思われて捻った策を講じられるかもしれない。逆にチョロいと思われた方が、向こうの動きも想定しやすいと言ったところか。エリオットも昨夜は俺に好きにやれと言っていたが、一晩過ぎて考えが変わったらしい。いや男爵の助言かな。


 まあいたずらに不安要素を作る必要は無い。優秀さをアピールして褒められたって俺が気持ちいいだけだ。今回、こちらの目的を挙げるなら、向こうの思惑とその手段を引き出して把握することだからな。


「では父上」

「うむ。昨夜、エリオットやミランダから聞いた。伯爵へ提案する策はワシも賛成する。そして我々への厚い信頼表明も誠にありがたい。このアルフレッド・コーネイン、ノルデン家を全面的に支持し、共に歩むことを改めて約束しよう」

「ありがとうございます」

「ただな、リオン。上位貴族に屈しない心意気は頼もしいが、表立って対立すれば面倒なだけだ。それぞれの立場で何を求めているか、そこに我々がどう影響するか、貴族同士の関係も見越して最適な手を打つのだ」

「はい」


 流石は男爵、冷静だね。


「とは言え、そなたたちは貴族家についてまだ知識が浅い。侯爵の問いに困ることがあればワシが間に入ってやりたいが、席は外されるだろう」

「え、そうなんですか、正直、男爵に頼ろうと思ってたんですが」

「クラウスよ、我々の様な男爵家なぞ、侯爵から見れば話す価値のない相手だ。最初こそ同席すれど多くの時間は別室に移される、それは子爵、伯爵含めてな」


 うひ、そうなのか。


「……城はただ話の場を提供するに過ぎないと」

「その通りだ。従って侯爵についていくらか伝えておこう」

「お願いします」


 おお、これは大事だな。


「侯爵はウィルム侯爵でありながら実権はサンデベール地域全体に及ぶ。しかしサンデベール侯爵ではない、これには理由があるのだ」

「確かに不思議には思ってました」

「サンデベール地域にはレリスタットも含まれ、領主はレリスタット侯爵だ。つまり2つの侯爵家がある。爵位からすれば本来の権力は同等であるが、領地の経済規模が違い過ぎるため、実際はウィルム侯爵の力が上だ」


 レリスタットか。確か人口は210万、ウィルムとプルメルエントの境に位置して、大昔はサンデベールと呼ばれていた地域だ。そこも侯爵なんだね。


「それならサンデベール公爵とすれば現状に即した爵位となる。しかし公爵となれば王族。ウィルム侯爵家にカイゼル王家の繋がりは無いが、そこは直系の者が結婚すれば解決する。ただ王はこの地域に公爵を新たに設ける考えはないのだ」


 あら、そうなの。どうしてだろう。


「このカイゼル王国西部には2つの公爵家がある。旧王都のプルメルエント公爵と、国境を守るクレスリン公爵だ。そのうちクレスリンの町は今や王都をも凌ぐ影響力を有している。とは言え、国王の意思に反した勝手な行動を起こされては困る、特に国外に向けてな。それを監視するのがプルメルエント公爵なのだ」


 へー、そういう役目もあるのか。


「ただな、クレスリン公爵からすれば、王は国の遥か東に引っ込んであれやこれやと指示をするだけ。もちろん最前線で国境を任される対価は受けているが、結局は自分の意思で動けないため、ただの城壁管理人と感じているのだ」


 まあ気持ちは分からんでもない。ただ1つの国であって、そこのトップがそうしたなら仕方ないけどね。


「プルメルエント公爵からすればクレスリン公爵の不満を抑えてなだめ、その様子を国王へ報告する役目にもいい気はしていない。ましてやかつて王都だった地だ。この国において中心は未だプルメルエントだと考える領民も多い。もちろん表には出さないがな」


 建国の地も近くにあるからね。いやー、大き過ぎる国の割によく治めてるとは思ったけど、やっぱりそれぞれ思いがあるんだ。


「それでこのサンデベール地域だが、最も近い公爵家はプルメルエント。力関係ではもちろん向こうが上となり、言うなれば領地の一部に等しい。そしてサンデベールとプルメルエントを合わせれば人口も経済規模もクレスリンを超える。プルメルエント公爵が現在の立場でも役目を全うしているのは、そういった背景があってこそなのだ」


 なるほどね、クレスリン公爵対応へのストレスがあっても、実権のある地域は自分の方が上だから、ある意味それがガス抜きになっていると。あー、それでか。


「分かりました、サンデベール公爵を設けない理由が」

「うむ、疲れる相手が増えるだけだからな。王もプルメルエント公爵を気遣ってのことなのだ。しかしウィルム侯爵からすれば知ったことではない。ここまで町を発展させて未だに侯爵止まりなのは大いに不満だ」

「あー、そこでトランサイトですか、これは大きな後押しになりますね」

「だからこそ身内に引き込み優位性を確固たるものにする。その上で実績を積み重ねれば公爵の地位も近づくというもの。まあ爵位が侯爵のままでも影響力は絶大だ、公爵含めて王族とも対等か、それ以上に渡り合える」


 ふむ、相関図は何となくわかった。ただ結局は手元に置いて力を得たいだけか。


「それにしても男爵はよくご存知ですね」

「直接本人と話して確認したワケではない。全て貴族からの伝聞、噂話であるが、概ね合っているだろう。まあ今日の場で幾らかその思いは滲み出るはずだ。ただこちらから関連する発言は控えておけ」

「はい」

「分かりました」


 向こうの目的に即した発言をすれば、妙な駆け引きを産み出す元になる。そんなのは疲れるだけだ。


「確認だがクラウスはリオンの考えをしっかりと把握しているな」

「そうですね、大体は」

「父さんの思う通りに答えればいいよ」

「ああ、まあそうだな」


 貴族になるのはクラウスなんだ。任せるよ。


「ところで今の話だと、プルメルエント公爵も同じように距離を詰めてくるのではないでしょうか」

「……これが分からん。公爵にどの様に伝わっているか次第なのでな」

「俺が製法を発見し伯爵の工房が製造をしている。それだけならリオンに繋がりませんね」

「うむ、製法についても伯爵が把握しているならそちらへ聞きに行く。従ってノルデン家はただの辺境男爵、財力は大きいがそれだけの存在だ。まあそれについても今日、侯爵から説明があるだろう」

「侯爵には公爵への報告義務があるのですか」

「もちろんだ、それが貴族の上下関係。尤も、守っている貴族はどれほどいるか。我々含めてな、はっはっは」


 こりゃ伝わってないな。先程の関係性を考えれば伏せておく方が有利に働く。となれば俺が生産している事実はウィルム侯爵止まりか。


「さて、そろそろだな。お前たちはもう入城時の鑑定を受ける必要はない」

「ああ、そうでした」


 これは助かる、伯爵に知れたらどう動くか分からんからね。


 馬車は外堀の橋を渡り、そのまま城の正面まで進み止まった。俺たちが降りると、後ろの馬車からミランダ、クラウディア、ソフィーナ、ディアナも降りてくる。目の前には高くそびえるエーデルブルク城。いやしかし改めて巨大な建物だな。


「うわー……」


 口を開けてポカーンと見上げるディアナ。


「ねーちゃん、長時間の馬車移動お疲れ」

「え、あー、リオン、ううん、乗り心地良かったから大丈夫よ。それに沢山お話しできたからあっという間だったわ。それにしてもお城って凄いのね」

「中はもっと凄いよ」

「……そう、入るのがちょっと怖いわ」


 そりゃ世界が違うからね。でも慣れないと。


「やあそなたたち、よくぞいらした」

「バイエンス男爵! その節は大変お世話になりました」

「侯爵の到着まではまだ時間がある。アーレンツ子爵は先に入っているから共に話をしようではないか。もちろん伯爵、そしてエナンデル子爵もお待ちかねだ」


 見知った顔を見ると少し安心するね。


 俺たちはバイエンス男爵に続いて城へ入る。ホールを曲がると広い客間に案内された。その大きな窓からの景色には見覚えがある。あー、ここは初めて来たときに待機していた部屋だ。あの時はかなり緊張してたなー。


 ソファには多くの大人と子供が座っている。さあ、作戦会議だ。

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