第148話 作戦会議
メルキース男爵家の屋敷で懇親会だ。俺は子供たちの席で明日の作戦会議をする。アデルベルトは最初会った時より幾分印象が柔らかく感じる。それも俺が貴族家になると分かったからだろう。それも同列、いや将来は上になる可能性が高い相手だからね。
ライニールは侯爵家の話題になると全く期待できないな。最初に俺へあんな態度を取っていたのも貴族家という後ろ盾があるから。つまり身分の差をよく分かってる。故に、侯爵家や伯爵家なんてどうすることも出来ないと諦めちゃってる。
クラウディアはよく分からんな。俺の将来の相手とミランダに言われて近づいている割に、侯爵家のエルナンドと仲良くなる気があるみたいだから。まあ俺がダメだった時の候補としては十分すぎるからね。ただ爵位が離れすぎてるから婚約は出来ないぞ。
ディアナは最もそういう場に慣れていないのに、多くの子供たちから絡まれる可能性が高いんだよな。いっそ俺が側について守るか。そうなると俺に近づく子供たちと相まってかなりの密集になる恐れがある。座る席とかどういう構成なんだろう。
「話は出来ているか」
「お母様! はい、とても有意義な時間を過ごせています」
「そうか、ただ少し早いがそろそろ時間だ。リオンとディアナは私と来てもらう」
「はい、ミランダ様」
ディアナに俺のトランサイト生産を伝えるんだね。明日侯爵との席でその話題が出るかもしれないから。もうディアナにはある程度教えておかないと、これからもこういった席は多いだろうし。
「アデル、ニール、クラウディア、また明日ね」
子供たちに挨拶をして部屋を出る。近くの客室に案内され中のソファに座った。あれ、誰もいないな。
「大人たちも連れてくるからそこで待て」
なるほど、先に俺たちだけ移動したのか。しばらく待つとエリオット、ミランダ、クラウス、ソフィーナが入って来る。彼らは低いテーブルを囲んでソファに腰を下ろした。
「音漏れ防止結界は施してある。さて、この場はディアナに伝えることがあるため用意した」
「え、私ですか。アーレンツ勲章授与式でもこの様な流れがあったと記憶してます」
「はは、察しがいいな。今回はもっと驚くぞ」
「……そうですか」
ディアナは意を決して聞く姿勢を取る。それから俺がトランサイト生産をする職人であること、本来は叙爵対象が俺で、15歳の誕生日までクラウスが爵位を預かること等が告げられた。ディアナはときどき目を見開きつつ真剣に聞いている。
「以上だ」
「……ご説明、ありがとうございます」
「ねーちゃん、黙っててごめん」
「ううん、いいのよ。実はちょっとね、もっと何かあるとは感じていたの。私が村へ帰った日、ミーナのおじいさんを連れてきてミランデルを一緒に見ていたじゃない。だからきっとリオンを中心に何か事が動いているんじゃないかって」
あ、トランサイトを居間で作った日か。
「次の日もミーナのおじいさんやレイラのおじいさんたちと居間で話してたでしょ。とっても大事なお話に見えたわ」
「はは、やっぱりそう思うよね。あの時は販売をお願いする商会を考えてたんだよ」
「ほう、それは私に会う前日か」
「そうです、商会長。ノルデン商会なんて案もあったんですけどね」
「フッ、立ち上げか、面白いがかなり苦労するぞ」
「今はお任せして正解だったと思います」
もちろんゼロから少しずつ準備していく過程もそれはそれでやりがいはある。1つでも前に進めば喜びもひとしおだ。まあそういう醍醐味はまた違った方向で味わうことも出来るさ。そう、今は財政面での心配が無いからね、失敗を恐れず何でも取り組める。
「さて、リオンの訓練討伐について話すことがある。ソフィーナとディアナはもういいぞ、部屋の前にいる使用人に客室へ案内してもらえ」
「分かったわ、明日は6時に玄関集合でいいのよね」
「そうだ」
「庭園楽しみー! じゃあ父さんリオンお休み、エリオット様、ミランダ様、失礼します」
「お休み、ねーちゃん」
ソフィーナとディアナは部屋を出る。
「また朝から庭園を見て回るのか」
「そうだぞ、私とクラウディアも共にな」
かなり広いから何回も回らないと全部見れないのだろう。いやディアナはアーレンツ子爵家の庭園は回ったがここは初めてだったな。あの花いっぱいのティールームは気に入るね。
「さて、ではリオン、例の件を話してくれるか」
「分かりました」
「なんだ?」
「クラウス、極めて重要な魔物に関する話だ」
「む、そうか」
そして俺は宇宙の声に聞いた魔物襲撃を伝えた。
「なんと! Sランクが来るのか」
「部隊長、あくまで可能性の話です」
「ほー、Sランクか、聞いたことはあるが本当にいるのかそんな魔物」
「文献に残る記録でも抽象的だからな。山ほどの大きさだの、一瞬で町が吹き飛んだだの。それでも伝え聞く過程で大袈裟になった感は否めないが」
「そんな化け物がいたら町1つで済まないぞ」
確かに。暴れ続けたら人類滅亡の危機だ。
「多くは謎に包まれているが関する具体例はある、今から約2500年前、クレスリンの城壁を突破し町を広範囲に壊滅した破滅の閃光。あれを放った主ならSランク相当だろう」
「だがミランダ、あれは直ぐに消えたぞ」
「そう伝わっているな。従って、あの魔物が消えずにそのまま進行したとすれば、どういう魔物か想像し易いのではないか」
「……うむ、極めて脅威だ」
俺が召喚魔法と考察した出来事だよね。
「まあSランクでは無くAランク十数体の可能性もあるが、いずれにしろ前回の様にはいかん。それでもSランク含めてトランサイト武器は通じるのだ、多くの騎士に持たせて迎え撃つしかない」
「ガルグイユは弓4本と剣2本だったな、ウィルム騎士団はジルニトラを倒すのに8本運用したと聞く。今回の規模なら50本は欲しいところだ」
「ただエリオット、数を用意できても使いこなせる騎士がそこまでいない。高い共鳴率と多くの魔力が必要だからな」
あのガルグイユに放った弓士を見ても、連続では3~4本が限界っぽいからね。剣士も全力で伸剣を振り切った後には肩で息をしていた。そうなれば十分な休憩を取らないと動けないし、そもそも負傷したらそこで戦力外だ。完璧な立ち回りが要求されるぞ。
「確かに防衛部隊だけでは難しいな。討伐部隊、いや他の地域からも応援を呼ぶか。そうだ、合同演習として既に活躍しているトランサイトの使い手を集めればいい。そやつらの成果で最前線にも余裕があるだろう、多少は持ち場を離れても影響は少ない」
「うむ、確認しているBランクもいくらか片付いたと聞くしな。その場ならトランサイトの使い手同士が情報交換もでき、より運用に高い効果が持てそうだ」
ほうほう、いいね。腕利きの騎士が集結するのか。トランサイトも既に配備している分が集まれば新たに沢山作る必要もない。
「もちろんその演習時に魔物の標的であるリオンも近くにいてもらうぞ」
「でもどのくらいの期間騎士たちを拘束できるんだ、襲撃前に解散しては意味がないぞ」
「……集める人数重視なら丸1日、分散するなら3日が限界だろう」
「ふむ、ミランダよ、確か10日が襲撃に空く期間だったな、それが今回も適用されるなら5日後の6月4日が濃厚ではある。その前後で日程を組み、早めに周知するか」
ガルグイユが5日前だったからそうなるね。
「リオンよ、その辺りはどう聞いたか」
「ええと、数日以内、としか」
「それでは幅があり過ぎるな」
「おい、そもそも強い武器と騎士が集まっている場所にわざわざ魔物を向かわせるか? もし操る力を直ぐ使わなくていいのなら日をずらすぞ」
クラウスの言う通りだ。サラマンダーやガルグイユの時も襲う地点を計算し、且つ陽動を絡めて俺の周りを手薄にした。いくら強力な魔物だからって沢山の騎士がいる場所に正面から突っ込んで来るとは思えない。
「それにこれまでの3回が10日か11日空いたのは、次もその流れに合わせて準備させる罠かもしれないぞ」
「もちろん想定して村には待機させている。今も屋敷近くにトランサイト持ちの騎士がいるし、明日も同行するぞ。ただ……今回はとても対応できる規模ではないのだ」
ああ、近くにいるのね。ローザやラウニィ、それにあの弓士たちかな。
「とにかく襲撃される日が分からんと多くの騎士は動かせないな」
宇宙の声にもっとちゃんと聞いておけばよかったな。あー、使徒になれば教えてくれるのかも、だから今は曖昧な表現なんだ。それでも教えてくれるのは助かるけど。
「それにこう言っちゃなんだが、相手は神だろ? 今こうやって対策を話し合っていることさえも筒抜けじゃないのか」
「うむ、クラウス、そう考えるのが妥当だな。とは言え、何も準備しないワケにもいかん、限られた情報と環境で最善を尽くすのだ」
「ところでミーナだが、ガルグイユの接近を事前に察知したのだな」
「はい、商会長」
「それはいつだったか」
えーっと、朝食後に告げてきたよな確か。
「当日朝の7時頃です」
「ふむ……ガルグイユが街道に現れたのは8時30分頃だった。1時間30分前か、それから他の地域の部隊を動かすのでは到底間に合わんな」
「もちろん聞いたのがその時なだけで、もっと前に察知していた可能性もあります」
「サラマンダーの時はどうだった?」
「……そうですね、特にそれらしい発言は無かったと」
あの日の村での行動はちゃんと覚えてないけど、もしミーナからいつもと違う言葉があれば印象に残っているはず。
「ただ察知はしていても告げていない可能性もあるからな。よし、その件を含めてミーナから直接聞き取りだ。明日、朝一で村に使いを出す、ミーナは直ぐに屋敷へ向かわせ、城へも同行させるぞ」
「おー、一緒に行くんですか」
「うむ、フリッツの孫なのだ、同行しても不思議ではない。そもそも彼女は最早要人である。今後は護衛も付けるぞ」
あらー、でもそうだよね。かなり大事な情報が分かるんだし。
「ではミーナの察知能力が、例えば1日前に有効なら騎士は何とかなるか」
「うーむ、難しいな。そもそもこれだけの大規模演習なら事前に騎士団本部へ提案し承認を受けねばならん。そして参加する側の都合も聞いて適切な日取りを周知、その過程が余程順調に進んだとしても最低2日は掛かるぞ」
「まあそうか」
「それにミーナの察知能力の精度がまだ不確実だ。急いで揃えて襲来が3日後の可能性もあるからな」
それはそれで早くに分かっていいが迎撃態勢は機能しない。んー、こりゃ予め備えてどうこうはかなり厳しそう。ミーナが察知してから直ぐに集まってくれるのが一番いいんだろうけどな。あー、だったら。
「あの、商会長、伯爵が命令すれば騎士は動きますよね」
「もちろんだ」
「おい、リオン、伯爵に神の封印を告げるのか」
「うーん、それで今回の危機に対応できるなら仕方ないかなって」
「……そうなったらどう出るか分からんぞ。今は西区に住むことを容認しているが、あの将来性を知ったら方針が変わる可能性が高い。今はアーレンツ子爵も協力的だが、ひとたび伯爵側に回れば大きく関与されるぞ」
やっぱりそういう懸念があるか。
「具体的にどうなるかは分からんが、コルホルの領主である子爵とゼイルディク領主である伯爵がその気になれば我々は従うしかない」
「あの、商会長! 職人を守るのでは無かったのですか?」
「……そうだったな。はは、貴族の悪い癖だ、どうしても爵位でものを見てしまう」
「俺はゼイルディクの宝なんでしょ、どうせ手荒な真似はできやしないよ。俺は村での今の生活がいいし、コーネイン商会の職人のままがいい。その環境を向こうの都合で変えさせはしない」
「リオン……」
「お前……」
うん、決めたんだ。俺は誰にも振り回されない。
「その、俺、正直言うと、たまたま近かったから商会長にトランサイトの話を持って行きました。でも、それで良かったと思ってます。みんな優しいし、俺の意思を尊重してくれる。えっと、先のことは分からないけど、今はメルキース男爵家とコーネイン商会に一番近くで居て欲しいんです。とても信頼できる方たちですから」
3人とも目を開き俺を見つめる。ちょっと言うのが恥ずかしかったぞ。
「フッ……嬉しい言葉だな」
「ミランダよ、私は今、恥じておる。リオンにここまで言わせたことにな」
「ああ、そうだな、誠に情けない貴族だ。こんな器の小ささではいつまで経っても男爵止まりだぞ」
「はっは、違いない」
そう言うとエリオットは立ち上がり、胸に手を置き俺を真っすぐ見つめる。慌てて俺も立ち上がり向き直った。
「このエリオット・コーネイン、何が起きてもリオンを守る。命を懸けてだ。そなたが思うことがあれば好きな様に動け。それをメルキース男爵家は全面的に支援いたす。口は挟まん」
「はい、分かりました」
そして力強く握手を交わす。痛いって。
「クラウス、私を手足と思って使うといい」
「おいおい、そんな扱い出来るかよ……まあ、頼りにしてるぜ」
2人はいい笑顔で握手を交わした。
「では明日、侯爵家との面会が終わった後に、伯爵へリオンが神に狙われていることを告げるぞ、いいな」
「はい! ん? あれ、どこまで言うんですか」
「それは神の封印だろう。でなければ神が魔物を仕向けて命を奪おうとする根拠を示せない」
「いや、向こうは何も知らないんですよ、だったらそれっぽく理由を作ればいいのです。ミーナの察知能力も含めてね」
「……ふむ、確かにそうだな」
目的は有事の際に迅速に騎士団を動かしてもらうことだ。その理由は嘘っぱちでも構わん。
「そうですね、例えば。サラマンダーやガルグイユが襲ってくる前にとても嫌な感じがした。魔物の襲来でその感じが接近を予見するものだと確信した。そして対峙した時に俺個人への強い殺意を感じた。あ、これは、狙ってきているなと直ぐ分かった。今までは何とか助かったが次は分からない。だからまた襲来を予感した時には伯爵にも協力して欲しい。こんな感じです」
「おお、いいじゃないか」
「確かに、それなら動く理由になる」
「もし空振りでも騎士を動かした責任は伯爵が持ちます。伯爵は俺を失うワケにいきませんから、その程度で済むなら安いものです。次にミーナから察知を聞いたら直ぐに俺が感じたと伯爵に伝えます。そして、とんでもない嫌な予感なので町が危機に陥るかもしれません、とでも言う」
全体的にアバウトで構わないのさ。
「実はちょっと気になっていたのですが、アーレンツ子爵と村の現地視察をした時に、商会長へ子爵がガルグイユの接近を予見していたのではと疑っていました。ですから、その根拠を示すのにも丁度いいのです。俺が何故そんな能力があるのか、何故強大な魔物が狙っているのか、そんなことは知りません。魔力操作が異常だからじゃないの? とでも言えばいい」
「はっは、そうだな、それでいい」
「うむ、見事だ」
「ほー、よく考えたらそれで通るな」
まあ実際、言ってみないと分からないけど多分大丈夫。
「なんなら次はシンクライトも必要なくらい大変なことになると告げ、何本か作って手元に置くのです。俺が全力共鳴で放つ飛剣なら、きっと飛んでるサラマンダーの首さえも落とせます。Aランクが多く来るかもしれないのです、先手を取って1体でも早く無力化する必要があります。その装備も力もあるのですから、使わない手はありません」
「正しくそうだな」
「うむ、お前の本気なら飛行時も十分狙えるぞ」
「あれだ、飛剣は無色透明なんだろ、誰も気づかないしな」
そう、俺がたた素振りをしただけに見えるはず。ただ本当に飛行中のサラマンダーを倒せるのかは不明だが。まあ当たれば落とすくらいはできるだろう。
「よし決まりだな、解散しよう」
話し込んで時間が遅くなったためか皆足早に部屋を出る。でも大事な内容だったからね。
俺とクラウスは客室に案内され風呂の準備をする。今回はエリオットも一緒に入らないようだ。寝間着に着替えソファでひと息つく。
「リオン、立派になったな」
「え、まあうん。将来は俺も貴族だからね」
「父さんはとても嬉しいし誇らしいぞ、でもあんまり無理はするな」
「分かってるよ」
「さあ、寝るか」
ベッドに入って照明を消しておやすみの挨拶を交わす。
色々考えて疲れたな。明日も疲れそうだけどね。




