第145話 伯爵の条件
コーネイン商会の工房でトランサイト生産を続ける。その合間にフローラ指導の元、錬成スキル習得を目指すことになった。まずは魔物素材を定着させる訓練から始めるため、俺はガルウルフの牙に両手をかざす。
「送る魔力はどんな感じですか」
「聞いた話では治癒スキルに近いらしい」
「へー」
「もちろんあんたは使えないから分からない。だからそうだね、サラマンダーにやられた時にエナンデルで治療してもらっただろう、あの時を思い出してみるといい」
フローラは俺が治癒を使えることは知らないのか、神の封印絡みのことだからかな。それで治癒ね、まずそのまま送ってみるか、温かく活力に満ちた魔力を。
……。
むー、何も反応が無い。流石に治癒そのものではダメか。
「私がやるから見てな」
そう言ってフローラは手をかざす。俺はその手のひらを集中して見た。
……。
「どうだい」
「分かりません。あの、俺の腕にやってもらえますか」
「いいよ」
フローラは言われた通りにする。あれれ、何も感じない。
「……分かりません」
「そりゃそうだ、あんたは魔物素材じゃないからね」
うーむ、治癒に似てるなら比較的簡単とも思ったがそうもいかないか。
「一応、理屈を説明しておこう」
「はい、お願いします」
「まず魔物素材とは魔物の骨の一部なんだ。その骨も血肉も、魔物が生きている間はその形状を維持するし、損傷すれば再生する。その源は魔物の魔力だ。魔物は空気中の魔素を吸い体内で魔力へと変換する、それが骨や血肉、総じて生命維持に必要な力なんだよ」
「ふーん」
よく知ってるなフローラは。こんなのフリッツが言いそうな内容だ。
「だが魔物の生命維持が途切れた時、その魔素から魔力への変換機能が失われ、魔力の供給も絶たれる。しかし魔物素材は魔素を吸収する性質が備わっており、空気中の魔素を自ら取り込むのさ」
「え、そうなんですか、まるで生きているようですね」
「まあね。そんなことが出来るのは元々体の外に出ている部位だからと言われている。それで取り込んだ魔素が一定量に達すると、魔物に生えていた時と同じ状態になる。それが硬化だ」
「あー、加工できないほどに固くなるってやつですね」
「そうだよ」
ふーん、元に戻ろうとするんだね。
「その期間が4~5日から10日と聞きましたが、その差はどうして生まれるのですか」
「大体は魔物素材の大きさだよ、大きい角なら長いし、小さな牙なら短い。つまりは取り込む魔素の量に比例してるってワケだ」
「なるほどー」
「それで硬化した後も形状を維持するため魔素を取り込み続けるんだが、ある時、気づくのさ、自分の主はもういないことにね」
「え」
「それが30日だよ」
うへー、意思があるみたいだな。何だか怖い。
「そうなると一気に崩れて空気中に飛散する、これが昇華だ。魔物を倒した時に血肉が消えるだろ、あれと同じことが起きるんだよ」
「自然に戻るんですね」
「そう唱える人もいる、それが何かのきっかけで再び魔物になるともね」
ほー、それが解明されれば魔物が湧き続ける原因が分かるかも。
「さて、スキルの定着なんだが、魔物素材にどういう作用を施すか想像できるかい」
「えっと……気づくんですよね、本体がいないことに。じゃあ、それを阻止するんですか」
「そんな感じだね、錯覚させると言うべきか」
「はー、なるほど」
「30日を過ぎても気づかせない、主とまだ繋がっていると思い込ませるんだ。それが定着の理屈さ」
「騙すんですね、悪いなー」
「はは、そうかもしれないね」
いやしかし面白い。魔物素材の性質を利用したスキルか。形状維持は勝手にやってくれるからね。
「それでも遂に気づくのが3年なんですね」
「そういうこと。何故だかどんなに錬成スキルが高くても、武器形状で定着させると3年より長くは出来ないのさ、鉱物素材含めてね」
「へー」
これは神の定めたルールっぽいな。
「さて、仕組みが分かったところで、またやってみるか」
「はい」
ガルウルフの牙に手をかざす。治癒っぽい魔力を送りつつ、錯覚させることを意識する。お前の主はまだ生きている。お前はガルウルフの顎にまだ繋がっている。何故そう言えるか、それは俺が主だからだ。俺はガルウルフ、さあ、お前の力で人間どもを噛み殺すぞ。
「ガオッ」
「え?」
「えっと、騙そうと思って」
「ははは、いいんじゃないかい。やり方はひとそれぞれだ。でもよそでやらない方がいいね」
「……はい」
魔物素材に向かって吠えてるとか恥ずかしい。
「でもフローラさんよく知ってますね」
「専門学校で習うのさ、私はもう何十年も前のことだけどね、多分今もその理論は変わってないはずだよ。まあ念のため確認してみるか」
そう告げて席を立つ。作業場のプリシラに話しかけているようだ。そうか彼女は20代前半っぽいから専門学校も数年前まで通っていただろう。しばらくしてフローラが戻って来る。
「間違いないね、あの子も同じ様に教えられたとさ。しかもリオンと同じように魔物になりきって訓練してたってね」
「え、そうなの、ほら、正しい訓練法じゃないですか」
「そのようだね、私もやってみるか」
「ええと……止めはしません」
「いやね、私が得意なのは鳥系なんだよ、次いで獣系、そしてトカゲ系だね。逆に言うと虫系が一番苦手なのさ」
へー、系統ごとに相性があるのか。
「ただ私は魔物をほとんど見たことが無い。エビルアントってどんなんだい」
「そうですね、キエェェー、って感じです」
「へぇ」
「あの、人前では控えた方がいいですよ」
「そうだね」
奇声をあげてる危ない人に見える。
「でもフローラさんは鉱物士の仕事ですよね」
「そうだけど、あんたを見てるとね、何だかまた作りたくなってきたんだよ。だから苦手分野を克服しようなんてさ」
「凄いです、向上心ありますね」
「はは、いい年してヤル気になるなんてさ」
そう言いながらポケットから何やら机に置く。黒光りする魔物素材だ。
「これはエビルアントの牙ですか」
「そうだよ、ところでこの魔物の見た目はどんなだい」
「アリです。あれを巨大化したまんまです」
「ほう」
「冒険者ギルドの掲示場所に簡単な絵が貼ってありますよ」
「そうかい、また見に行ってみよう」
そして俺たちは魔物素材を前に訓練を開始した。
「ガルルル」
「キエェェー」
音漏れ防止結界があるから職人たちには気づかれない。この環境いいな。
「おまえたち、どうした」
「え!」
「あ!」
ミランダが近くで立っていた。集中して接近に気づかなかったや。
「その……錬成は独特の訓練なのだな、見なかったことにする」
「は、はい」
ぐぬぬ。謎の弱みを握られた気がする。
「ところで生産具合はどうだ」
「剣16本、槍4本、弓18本、杖4本が終わりました。あと杖6本です」
「2時間で42本か、剣が特に早いとはいえ流石だな。伯爵にはその生産力に対する別途褒賞の件も伝えてある。明日、城で直接伝えられるだろう」
「分かりました」
うひょ、ボーナスだ。何だか急にやる気が出てきた。
「明日は10時に侯爵との面会だ。ここを早めに出れば十分間に合うが、余裕を持った日程にするためメルキースで1泊することにした」
「では今日から町に行くんですね」
「うむ、急ですまない」
「いえ、道中、何があるか分からないのです。俺は構いませんよ」
「クラウスとソフィーナは今準備中だ、あと30分ほどでここへ来るだろう」
まあ侯爵だからね、万一遅刻でもしたら失礼だ。
「その頃にはトランサイト生産も終わるな、フローラ、運搬時に本店へ行けるか」
「それは構わないけど、今からだと私も泊りだね」
「無論、宿は用意する」
「じゃあウチの人に伝えてくるよ」
そう告げてフローラは出て行った。明日朝から本店で仕事かな。
「お前たちの宿泊先はメルキース男爵の屋敷だ。夕食時にはディアナも合流する」
「え、ねーちゃんも!」
「明日は学校も休みだからな。いや、当初はお前たちだけの予定だったが、侯爵家から同年代の子たちもお出でになることが分かった」
「ええー、それは凄い」
「となるとこちらも同様に揃えて顔を合わせるのが礼儀だ。ディアナの他にクラウディアたち、それからアーレンツ子爵家の子供たち、もちろん伯爵家の子供たちも同席する」
うっわ、随分と大事になったな、これは。
「昼食後に伯爵より知らせが来たのだ。もうバタバタだぞ」
「はは、大変ですね」
「恐らくは侯爵側で話が膨らんだのだろう。気が変わってお供するとはよくあることだ」
やれやれ、貴族の気まぐれに振り回される周辺はたまったもんじゃないな。
「それで子供は何人来るんですか」
「4人だ。侯爵から見ればひ孫に当たる。侯爵第1夫人の長男、その第1夫人の長男、更にその第1夫人の子だ」
「え、じゃあ4世代が来るんですか」
「その通り。当主と嫡男3世代だぞ、これだけが一度に揃って外出するなど、かなりの事だ」
「確かに、何かあったら大変ですからね」
「それだけお前と会うことに重きを置いている表れだな」
何だか無言のプレッシャーを感じる。
「お、やってるな」
「父さん」
クラウス、ソフィーナ、そしてフリッツが工房へ入って来た。
「ミランダから聞いたと思うがこの後村を出るぞ」
「うん、男爵の屋敷に泊まるんだよね、ねーちゃんも来るって」
ほどなくフローラも戻ってきた。商会の人も一緒だ。
「さあ、出来ている品から運ぶかい」
武器の入った木箱を次々と台車に載せる。
「これで最後です」
ギュイイイィィーーーン
「ふー」
「よし、預かるよ」
「我々も行くか」
店内に移動して保安部隊と合流。店頭に出るとフローラたちの馬車が出る所だった。幌付きの商会の馬車だね、後に続いて騎士団の馬車が走る。護衛かな。それにしても、あの馬車にトランサイトが48本載ってるんだよな。時価4800億だぜ、大丈夫か。
「お前たちの馬車はこっちだ」
メルキース男爵家の馬車だ。フリッツは後ろの騎士団の馬車に乗り込んだ。
コルホル村を出る。いやはや、それにしても急だったな。とは言え、西区に帰っても食って風呂入って寝るだけだし。ただ工房にあった魔導具を見れなかったのはちょっと残念だな。まあ、あれも時間潰しみたいなものだけどね。
それにしても侯爵家の子供か。思えばメルキース男爵家やアーレンツ子爵家の子供たちも、貴族家だからと言って特殊な性格ではなく普通に話せた。ライニールは最初ちょっとアレだったけど、共鳴見せたら態度変えたし。
恵まれた環境で教育を受けていても子供は子供。親は恋しいし同年代の友達もいる。きっと侯爵家の子供たちも同じような感じだろう。ただ、俺に会わせるとなると、やっぱり思惑はアレだよな。
「あの、商会長、俺の様な存在は叙爵して独立した領地運営をさせる、それによってどこかに取り込まれるのを防ぐと言ってました。でも明日、侯爵家の子供たちと会うなら、それ即ち、将来の婚約相手にと目論んでのことでしょう」
「その通りだ」
「もちろん他の貴族も同じように、俺、もしくは姉ディアナに同年代の子供を近づけます、その、クラウディアみたいに。商会長は選ぶのは俺と言ってくれましたが、やはり爵位の高い貴族家令嬢の方が、無言の圧力と言いますか、いずれ親しくなって選ばないのは、以降、どんな影響があるのかと心配になります」
本気になったら何かと絡めて来させるよね。
「婚約相手には爵位による取り決めがあるのだ」
「え、それは何ですか」
「当主の爵位よりも上に1つと下に1つまでの爵位からしか婚約者は選べない。つまり侯爵ならば公爵、侯爵、伯爵までだ」
「へー!」
「ほう、そうなっているのか」
「つまり、どんなにウィルム侯爵家令嬢と仲良くなろうとも、男爵家であるリオンは婚約できないのだ」
なんと、そんな規則があるんだ。
「え、でもさっき会わすのは将来の婚約相手に……あ!」
「そういうことだ」
「なるほど! ノルデン家の爵位が上がって伯爵になれば、ウィルム侯爵家と婚約できるのですね」
「その通り。侯爵はそれを見越して今から準備しているのだよ」
へー、じゃあ伯爵に上がるのは確定しているようなモンか。
爵位が上がる、それはつまり権力が強くなる。いたずらにそのような存在を増やせば自分の影響力も落ちてしまう。避けたい要素のはずが、身内とするなら自らの地位に近づけるしかないんだ。それに爵位を上げるには領地の発展も伴わせるから、否応にもその支援をする必要があるね。
「なるほどな、力が偏ることを防ぎ、新たな町も栄えるワケか」
「うむ。しかしクラウス、その規則も元々は高位貴族同士が関係を深める目的だった。それが結果的に権力の分散に繋がるのだから皮肉なものだ」
高位貴族が安易に強い力を取り込めない様になっているのか。
「ところで伯爵となる条件は具体的に何でしょう」
「主に領地の面積や人口、経済規模だ。人口で言えば10万人が最低基準だな」
「あれ? 意外と少ない様な」
「大昔の基準が今でもそのまま運用されている。男爵は1000人、子爵は1万人、伯爵は10万人、侯爵は100万人が最低基準だ」
「10倍ずつですか、分かり易いですね」
確かメルキースって4万人だよな、それでゼイルディクは110万人、人口に限っては1つ上の爵位条件を満たしているんだね。
「コルホル村って1000人以上いるんですか」
「うむ1300人ほどか。とは言え、クラウスの領地はコルホルだけではない。監視所や駐留所のあるブレイエム、フェスク、バーゼル、グレンヘン。これら騎士団拠点の人口だけでも1000人を超えている」
「なるほど、そういうところも含めるんですね」
「従って合わせれば2500人ほどはいるだろう。そして広大なベルソワ平原。あそこのメルキース城壁付近ならば新たに居住区を作ることは容易だ。その区域を囲む城壁含めてな」
確かに、めちゃくちゃ広いからな。ゼイルディクの地図で見た感じ5km×10kmはありそうだった。
「ほら、今ちょうど差し掛かったところだ。遠くの森が霞んで見えまい、この面積はメルキースの市街地と同等だぞ」
「わざわざ森を切り開かなくてもいいんですね」
とは言え、伯爵の条件の10万人にするにはベルソワだけでは足りない。やはりいくらか開拓していく必要はあるな。それに人口だってそうポンポン増えるもんじゃない。住居も建てなきゃいけないし、仕事も必要だ。
1年で1万人増えるとしても10年かかるぞ。いやそもそも1万なんて無理だ、5人家族でも2000軒の住居が必要なんだからな。村の北区でも100軒増やすのに半年以上かかる、それも大急ぎでだ。
余程念入りな計画で全てがうまく行っても年間300軒ってところか。それに子供含めて6人家族としたら1800人、まあ2000人としても10万人まで50年かかるじゃないか。もちろん増えるだけじゃなくて寿命やら様々な理由で減りもするし。
なんだ、よく考えたら伯爵の条件はかなり厳しいのね。子爵条件でさえ、俺が爵位を継いで結婚できる年齢にギリギリって感じじゃないか。侯爵は見越していると言うけれど、ちょっと現実的じゃないな。こりゃ侯爵令嬢と仲良くなっても全然問題ないぞ。
「あの、商会長、10万人ってちょっと計算したら何十年もかかる可能性があるんですが」
「自然増だけならそうだな」
「他に方法があるんですか」
「……例えばだな、メルキースがクラウスの領地になったらどうだ、一気に4万人増えるぞ」
「はあ!? 何言ってんだミランダ」
「コルホル男爵領メルキースだ、今のアーレンツ子爵領コルホルみたいなものさ」
なんと、そんな手法があるのか。
「じゃあ現メルキース男爵はどうなるんだ」
「それは男爵のままだ、クラウスが子爵になればいい。結局は境界を変えるだけでどうとでもなるのさ、尤も、ゼイルディク伯爵が許しはしないがな。それでも侯爵があれこれ手を使って従うしかない環境に追い込むだろう。最後の手段はバウムガルドでもクラウスの領地にするか」
「はは、ウィルムなら何とでもなると、しかし随分と飛び地だな」
くっ、ほんと何でもするな貴族は。こりゃやっぱり侯爵令嬢を会わすのは将来の相手で間違いない。ちょっと気が楽になったのも束の間だった。
「とは言え、流石に最後の手段だ。そんなあからさまなことをすれば公爵も黙ってはいない。まずは現領地に人口を増やすため、あらゆる支援をするだろう」
「そうだな、それがありがたい。全然知らない土地が領地になっても、どうしていいか分からないぞ」
「いや案外どうとでもなる。現に35年前まで、メルキースはアレリード子爵の領地だった。30kmも離れていて統治できていたのだからな。ボスフェルトも同じ頃までバウムガルド子爵の領地だったぞ。もちろん壊滅から復興するまで預かっただけだがな」
へー、ボスフェルトもそうだったのか。
「あの時は大規模な魔物襲来と言う仕方のない事情があった。だが、考えてみてくれ、トランサイト量産と言うのも、同様に歴史に残る出来事だとは思わないか」
「まあ確かに、随分と例えが違い過ぎるが」
「長期間、且つ広範囲に大きな影響を及ぼすのだ、これまでには無い展開になっても不思議ではないぞ」
「ふむ、そうか」
まあ言わんとしていることは分かる。ここまで強力な武器が広まった前例がないんだよね。だからこれから起きることは未知の領域だ。ふー、しかし色々想定すると頭を使ってくたびれるぜ。ひとまず明日を乗り切ることに集中しよう。




