第144話 探知スキル
北区の森の進路を南下する。今回の討伐で俺は何かスキルを覚えたようだ。いや神の封印を解いたのか。いずれにせよ明らかにこれまで無かった能力が備わっている。
「サーベルタイガー2体だ、リオンとクラウスが行け」
「分かった」
「はい」
返事の後にクラウスは俺と目を合わせて少し首を振る。お、分かったぞ、そっちはやってくれるんだな。じゃあ向こうを俺が担当するぞ。
森に入り走る。草で地面が見えなくても速度を落とさず突っ切っていく。少し窪んでいるのも、水が溜まって滑りやすいのも、その全てが分かるからだ。危なそうなところを避けてスイスイ進む。
ガオッ
スパアアァァン
「よし、集合だ」
いやー、これはいい。地形が分かるようになって戦闘時間が短縮された。
「リオンは動きが良くなったな、この森に早くも慣れたか」
「いえ、恐らくスキルのお陰です」
「ほう……帰ったら聞かせてくれ」
素材を回収し復路を進む。往路に遭遇したガルウルフ2体とダークイーグル1体の地点も過ぎた。荷車は素材でいっぱいになる。
「お、レッドベアの地点だな。角は俺が2本担ぐか」
そう告げてクラウスは進路から外れ、長い角を両肩に担いで戻ってきた。あと1本はラウニィが担ぐ。他の長い爪やら牙、そしてサーベルタイガー2体分の素材を載せると荷車は山盛りになった。ここまでローザ1人で引いていたが、流石に重そうなのでソフィーナとクラウディアが後ろに回って押し始める。
「見ての通り皆手が塞がっている、次の魔物は私とリオンでやるぞ」
「はい」
しかしそこから魔物は出ず入口へ到着した。
「これで特別編成1班の討伐は終了だ、皆、ご苦労。以降の魔物対応は北区の住人に任せる」
そっか、まだ森が近いから出てくる可能性あるもんね。
「よっと」
クラウスはレッドベアの角をもう1台の荷車に降ろす。しかし大きい角だな、3本載せたらそれだけでかなり場所を取った。
「まあまあ種類が出たな」
「そうね、多い方だったわ」
「レッドベア1、サーベルタイガー4、クルーエルパンサー1,カーマインウルフ1、ガルウルフ2、ダークイーグル1、キラーホーク2か、十分だな」
7種12体、うちDランク8体、Eランク最上位4体だ。はは、こんなのが出る森が直ぐ側にあるなんて、本当に特異な環境だよ、この村は。
「素材処理のため冒険者ギルドへ向かうが、まずは南下して西区城壁近くで保安部隊と合流する」
俺はクラウスの押す荷車の後ろに付いた。クラウディアも並ぶ。こっちはベアの角3本だけだからそこまで重くはないね。
「リオンは大活躍だったわね」
「まあね、クラウディアもお疲れ様」
「私は何も。それよりお母様の戦う姿が見れてよかったわ」
結局ミランダはレッドベアを両断しただけか。
西区の城壁に近づくとクラリーサとエマが近づいて来る。一緒に中央区の冒険者ギルドへ向かった。素材買取り所は中央区北側にあるため城壁北口から入る。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
「荷車2台分だ、防衛部隊の討伐として処理しろ」
そうミランダはギルド職員に告げる。あ、そうだ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺は急いで鑑定をする。素材を見ることにより何をしているのかミランダたちは察してくれた。
「お待たせしました、お願いします」
ギルドを離れて中通りを南へ歩く。エスメラルダへ到着すると昨日と同じ広間に案内された。ローザ、ラウニィ、クラウディアも一緒に入ったが別のテーブルへ。俺たちが座るテーブルにはメルキース男爵とフリッツが待っていた。
皆が席につくと飲み物が注がれ、男爵が食事前の言葉を発してグラスを掲げる。それを見た給仕は前菜を運んできた。
「結界は施してある。討伐はどうだったか」
「魔物対応は滞りなく」
「そうか、まあトランサイトが4本あるのだからな」
「ただリオンから伝えることがあるようです」
「ほう、申してみよ」
何て言ったらいいかな。
「ええと、恐らく重要な案件です」
「む!」
「なに!」
「まあ!」
そして俺は見えない地形が分かること、その条件や範囲などを話した。
「はっはっは! それは地形探知だな、間違いない」
「地形探知ですか」
「うむ、探知スキルの派生スキルだ。一定範囲内の自然地形や地質を把握することができる。そなたの言う通り、静止や移動で範囲が変わり、止まって目を閉じれば少し遠くまで分かるぞ」
やっぱり新しくスキルを覚えてたんだ、うひょー!
「凄いじゃないか、リオン!」
「本当に立派だわ!」
「いやはや、毎回驚かされる」
「特に探知は習得者が少ない、よくぞ覚えたな」
「え、そうなんですか」
そういや死滅は同じ確率ではないって言ってたな。
「10の専門スキルのうち、治癒、結界、鑑定、錬成、使役、契約を覚える確率はほぼ同じと言われている。一方、探知、感知、隠密、死滅の4つは、前述の6つに比べると習得者は10分の1ほどしかいない」
「それは少ないですね」
へー、結構な差だな。じゃあ隠密覚えてるクラリーサはかなり優秀なんだね。あ、もしかして俺の隠密が進まないのもその辺が影響してたのか。あれでも同じレアスキルグループの探知は覚えたぞ。よく分んないや。
「リオンよ、探知はレベルを上げればかなり有用なスキルだ。優先して伸ばすことを勧めるぞ」
「分かりました男爵。是非ともご指導ください」
「いやワシはその訓練まで詳しくない、ミランダ、講師を手配していた筈だな」
「はい、討伐部隊の探知が使える者を向かわせる予定です」
「そうか、ならば今日の様な討伐に同行させればいいだろう」
「そうですね、早速次回から編成します」
ほほう、騎士にいるのか。あー、なるほど、討伐部隊なら奥地へ行くからな、そこで地形を把握するのは大事なことだ。これは最前線での運用についても聞けるから楽しみだ。
お、男爵がいるなら聞いておこうか。
「あの、魔導具についてもお願いしていると思います」
「うむ、いくつか商会に持って行かせた。講師はまだかかる」
「お早い対応ありがとうございます、それでお聞きしたいのですが、存在したら便利と思う魔導具があれば教えてほしいのです。商会長からも是非」
「ほう、現存しないものとな」
「それでか、素材の運搬方法を聞いたのは」
「今すぐでは無くても思い付いたらで構いません」
貴族なら色々と出てきそう。
「ところで何故そんなことを聞く」
「はい、俺が錬成のスキルを解放出来れば、それもいずれは高いレベルにまで伸ばすことが出来ます。またそこまで高レベルでは無くても、魔導具等の仕組みを理解できれば、応用して新しいものを思い付く可能性があります。もしくは歴史上にしか存在しないものも再現出来るかもしれません」
「そういうことか、確かにトランサイト生産はあれほど早いのだ。工房で空いた時間を有効に使うのに最適ではあるな」
「はい、そのつもりで考えてました」
もうトランサス在庫が追い付かないくらいだしね。
「発明王ルースの情報もお願いできますか」
「もちろん構わんぞ、しかし製法はほとんど残っていないと聞く」
「どんなものがあったか分かれば十分です」
その品に対する当時の評価も分かるだろうし。どうせ目指すなら求められているものだ。
「ところで、もし何か開発したら売るつもりか」
「どうでしょう、需要次第と思いますが」
「その辺の調査は我々に任せればいい」
「お手数をおかけします」
「何のことは無い、喜んで協力するぞ、当然、販売窓口としてもな、はっはっは!」
「は、はは……」
そうなるよね。
「ただ、錬成すら覚えておりません。従って商品開発はまだまだ先のこと、気長にお待ちいただければ」
「うむ、武器職人としての役割が先だからな」
よし、このくらいの方針共有が出来ていればいいか。ただ期待させて錬成を中々覚えられなかったら、魔導具も仕組みが理解できなかったら、その時は地球の知識に頼るしかないな。
それにしても探知か。これはお宝ハンターに一歩近づいたぞ。
「あの、探知は高いレベルが特に有用とのことですが、具体的にどの様なものがあるのでしょう」
「地形探知、建築物探知、魔物探知、精霊石探知、人物探知などがある。どれを取っても突出した優位性が確保できるぞ」
「精霊石探知!」
「そうだ、かの探索王レクスはその秀でた能力で精霊石を大量に集め、莫大な富を築いたという」
つい反応してしまった。やっぱりあるのね、これは絶対覚えたい。
「リオンが精霊石を見つけてくれればトランサスの供給も捗るな」
「ええ、それはもう、まずは精霊石探知を目指してみます」
「うむ、大いにやれ」
よーし、頑張るぞ!
昼食を終えて商会へ。ミランダ、クラウス、ソフィーナは2階の準備室に向かう。俺はフリッツと工房に入った。休憩スペースにはフローラが待っている。
「やあ、来たね。結界はしてあるよ」
「ではまず剣からやります」
机の上に木箱に入った剣をフローラとフリッツが並べる。
「16本だ」
「そうですか、いきます」
ギュイイイィィーーーン
……。
「ふー、はー、確認お願いします」
「……いいね、全部トランサイトだ、続きはしっかり休んでからにしな」
「はい」
フローラとフリッツは木箱に蓋をして台車に積み上げる。
「ワシは用事があるので行くぞ」
「はい」
そう告げてフリッツは工房を後にする。
「まだ昨日の1便さえほとんど商会に戻ってないそうだ。これらが客の手に渡るのはまだまだ先だね」
「それは価値を維持するためですか」
「もちろんだよ。近場の騎士団にはある程度渡っている、そこの戦果を聞けば自分に優先して回せと金を積んでくれるのさ」
Aランク討伐の知らせも入っているからね。じらすのか、やらしいなぁ。
「ウィルムのジルニトラ討伐はかなりの話題だ。こりゃ他の騎士団も早くしろと上乗せしてくれそうだよ」
「騎士団への単価は一般販売実績の平均値でしたよね、それに追加ですか」
「恐らくクレスリンは相当の上乗せで提示してくる、大儲けだよ、ふっふっふ」
フローラは悪い顔だ。
「では再開します」
「頼むよ。後は槍4本、弓18本、杖10本だ。2時間半ってとこだろ」
「そうですね」
「今回もコーネインの品は無いよ。今頑張って作ってるからね」
「トランサス精霊石はまだ持ちそうですか」
「かなりの量を溜め込んでいるから、そうそう無くならないさ」
「そう言えば仲介屋に売るほどありましたね」
足がつかない様に何重にも介してたんだっけ。
「ただそれも最近の生産速度を考慮し見合わせたそうだよ。覚えてるかい、ほんの数日前の目標本数を」
「ええと、1日15本でしたっけ」
「それを昨日は94本作ったんだ。5つの商会と伯爵の工房が一気に来ても難なくこなす、全く化け物だよ」
「はは……」
そりゃどんどん効率が上がっているからね。しかしそんなに作ってたのか、剣は一気にやるし、他も話しながらの片手間だから実感ないや。
「あの、トランサイト発表前に商会長が買い占めているんですよね、それを抱え込んだら他の商会はトランサスが尽きるのでは?」
「確かに今までの供給量ではそうだね、でも増える見込みはある。ほら、討伐部隊が奥地まで安全に行けるようになったろ。手つかずの森には精霊石がいっぱいなのさ」
あー、なるほど。
「それもあって他の騎士団は早く欲しいんですね」
「その通り。だから恩恵があるのは騎士貴族商会さ、関りのある部隊から直接仕入れが出来るからね。ここ北西部ならコーネインかロンベルクへ渡るだろう。西部はエールリヒか。ああ、北部のセドリック副部隊長とカミラ様が確保した分もウチに来る」
ありゃ、結局はコーネインが更に溜め込む流れか。
「北部はユンカース商会とルーベンス商会、北東部はガイスラー商会、いずれも取り扱い商会を外れたからトランサスがあっても仕方ないね」
それは痛いな、素材が手に入っても作れない。それでも取扱開始に備えて蓄えておく事は出来るけど。
「ん? でもセドリック副部隊長たちが確保しても北部討伐部隊のものですよね。こっちに売り渡すのは反感を買いそうですが」
「元々デルクセン男爵家から指揮官を充当できなかった穴埋めに行かれたんだよ。向こうには借りがあるんだ」
「なるほど、それはありますね」
ああ、分かったぞ。セドリックとカミラが北部へ行った真意が。エリオットがデルクセン男爵家長女マルティーナとの婚約破棄をしてミランダと結婚したから、メルキース男爵家としてもそのお詫びをしないといけないんだな。もしくは向こうからチラつかせて来たか。
セドリック夫婦は兄エリオットの尻拭いを買って出たんだ。それでいてドラゴンを倒すなど、ちゃんと仕事も出来ている。そして今はトランサスの供給源としても活躍してるんだ。これはエリオットも頭が上がらないな。
「ところで、騎士団にも精霊石鑑定士がいるのですね」
「もちろんさ。いやー、面白いねー、騎士団から売られる精霊石にはトランサスが抜かれている、石屋も困ったもんだよ、ふっふっふ」
また悪い顔になった。
「ところで石屋って具体的にどんな存在ですか? 生活の根幹を握っているから立場が強いと聞きましたが」
「鑑定士ギルドの精霊石鑑定資格を持っている者たち、そこには派閥があってね、大きいのが3つあるんだ。私がいたカロッサ武器商会、そこの商会長ナタリーがギルド幹部で南西部を中心に派閥を形成していた。他は北東部と北西部が中心だ、ここいらはオリアン商会が幅を利かせてる」
「中央区に店がありますよね」
クラウスたちが申請討伐の時に精霊石を売りに行った店だ。
「そんでその3つの派閥の影響力が大きいから、まとめて石屋、石廻し、石流し、なんて呼ばれてる。もちろん派閥に属さない鑑定士も沢山いるけど、職場を見つけるのが大変みたいだよ」
「ふーん、色々あるんですね」
「石屋に買い取られるトランサス精霊石の出所は冒険者頼みとなる。今は高いから頑張って探してるだろうさ」
「確か50倍と聞きました」
期間限定のボーナスタイムだよね。
「じゃあ騎士貴族じゃないカロッサ商会やスヴァルツ商会は石屋からの供給が頼りなんですね」
「加えて伯爵の工房も基本的に石屋から仕入れているらしい」
「では素材在庫が厳しくなりますね、次第にここへ来る完成品も少なくなりそうです」
「いや、案外そうでもないさ。ウィルムの石屋からも回って来るからね」
そっか、何もトランサス精霊石はゼイルディク周辺だけで手に入るワケではない。
「となると、ラウリーン商会は騎士貴族で最前線から集められる上にカルカリアの石屋からもトランサスを確保できる」
「その通り。更にはロムステルやその向こうからも調達できるからね。多分、ウチに匹敵する数を作れるのはラウリーンだけだよ」
やっぱりラウリーンが初期の取扱商会に入れたのはかなり大きい。これは地区改名程度では折り合いがつかないぞ。あー、アレリードにコーネインが出店する際にでも、これを引き合いに出して融通を利かせる算段か。貴族は受けた恩以上で返すからね。
「ところで商会長から聞いたんだが、錬成を覚えたいって?」
「はい、魔導具に興味がありまして」
「それで今日は机の上に照明やら置いてあるのかい。まあ私は武器製作に関する錬成だけど、基本スキルは同じだからね。これは願ってもないことだ、何でも教えてあげるよ」
「えーと、フローラさんが講師を担当するのですか」
「もちろんさ、あんたなら立派な武器職人になれる」
ありゃ、魔導具士に関する指導をしてもらいたかったんだけど。まあいいか、錬成を覚えることは共通してるし。
「魔導具の方は選出にまだ時間が掛かるとさ」
「あ、そうでしたか」
なーんだ、そりゃ昨日の今日では難しいよね。思い出せば男爵もまだかかるって言ってたな。
「じゃあ定着からやってみるか」
そう言ってポケットから牙らしき魔物素材を置く。
「これはガルウルフの牙だよ、未定着で昇華まであと15日だ。硬化するまでの延長も施していない。とにかくこれに手をかざして何でもいいから掴んでおくれ」
「分かりました」
ところでフローラはガルウルフの牙を常に持ち歩いているのか。




