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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
143/321

第143話 北区の進路

 朝だ。あれ、まだ隣りにソフィーナがいる。いつもより早く起きてしまったようだ。今日は入ったことのない森に行けるからワクワクして気が急いてしまったか。目を閉じるが眠気はもう無い。こりゃ起きるしかないな。


 気づかれない様にそっとベッドを降りる。


「あら?」

「起こしちゃったね、おはよう母さん」

「ううん、私も目覚める頃だったから」


 ソフィーナがベッドから出るとクラウスも目覚めたようだ。挨拶を交わし、皆、着替えて居間に向かう。顔を洗い歯を磨いてソファに座った。


「北区の森ってどうなのかな」

「魔物の種類は西区の森と変わらないらしい」

「そっか、なら父さんや母さんは平気だね」

「お前は初めてだから楽しみだな」

「うん!」


 魔物討伐に行くのが楽しみって、俺もこの世界に染まってしまったな。


 身体強化訓練を終えて朝食も済ます。弓の訓練は昨日に引き続き的から30mで行ったが、8時に集合なので早めに切り上げる。


 搬入口へ向かうとミランダたちが待っていた。挨拶を交わす。


「ラウニィ、しっかりお守りしなよ」

「はい、お母様」


 そういや保安部隊のエマが母親だったね。


「今日の指揮は私が執る。隊列は先頭を私とクラウス、すぐ後ろにリオンとラウニィ。次にソフィーナとクラウディア、最後尾はローザがついて荷車を引け」

「はっ!」

「では行くぞ」


 ローザとラウニィがそれぞれ荷車を引こうとするとクラウスが1台を奪い取る。


「クラウス様、私どもにお任せを」

「こんぐらいやるさ、リオン、後ろから押せ」

「うん!」


 俺が荷車の後ろに付くとクラウディアも並んだ。


「私も一緒に押すわ」


 とは言え、空の荷車は軽い。後ろの子供2人は手を添えているだけだった。


 西区城壁沿いの農道を北へ向かう。畑には農作業をしている住人がちらほら見えた。この道を通るのは初めてだな。


 クラウディアはずっと表情が緩んでいる。俺と並んで荷車を押すのが楽しいとは思えない、ミーナじゃあるまいし。いつもと違う環境が新鮮なのかな。


「何だか嬉しそうだね」

「ええ、だって、お母様と森に入れるのよ!」


 あー、そういうことね。


 城壁が途切れると左手に西区の畑、右手に中央区北側の畑が広がる。右斜め前には北区の城壁だ。


「今日はDやEランクが多いんだって」

「聞いているわ、ほとんどはDランクでEランクは上位ばかり。出てくる魔物で一番下がガルウルフやキラーホークだなんて、私は何もできないわ」

「その力の差を体感することも大事だよ」

「そうね」


 ミランダの言葉を受け売りしてみる。実際そこから努力して通じない相手に通じる様になった時には喜びもひとしおだ。


 更に進み、北区城壁を越える。右手には北区の畑、左手には草原が広がっている。草原ではあるが道は通っており排水路も整備されている。この一帯も北区が拡張されれば畑になるのだろうか。


 森が近づいてきた。この道の延長がそのまま森の進路なのね。


「さて、入り口に着いた。クラウスの荷車はここへ置いておけ」

「商会長、我々の班に名称はあるのですか」

「いやない、特別編成1班とでもするか」

「では、1班、しゅっぱーつ!」

「おーっ!」


 俺の掛け声にクラウディアだけ合わせてくれた。ミランダは苦笑い。


「リオン、抜いてやる」


 クラウスが背中のトランサイトを抜き、手に持たせてくれた。


「リオンは何も気遣うことなく全力でやれ、ローザもラウニィも、そしてクラウディアも見たことは忘れる」

「分かりました」

「では行くぞ」


 進路へ入る。道はそこまで起伏は無く、木の根や大きな石も見当たらない。それなりに人の手が入っているようだ、これなら荷車も十分通れる。そして森ではあるが開けているところも点在し、意外と見通しが良かった。


 あ、開けているところは木が倒れてるからか。しかし若い木だ、既に開発が所々入っているのだろうか。それにしては倒れ方が変だな、無造作に折れている様子。あ! そうか、分かった、これは大型の魔物が通った後だ。


 うひー、やっぱり危険な森だぜ。


「レッドベア1、サーベルタイガー2、私とクラウスがベア、リオンとラウニィがタイガーだ」

「分かった!」

「はい!」


 ミランダとクラウスはレッドベア目掛けて走る。


「まず私が1体を」


 そう告げてラウニィは走り出し、一気に間合いを詰めて首をはねた。直ぐにもう1体が近づいてきたが、その跳び掛かりを避け俺をチラッと見る。ああ、やれってことだね、よーし!


 身体強化! 共鳴!


 キュイイイィィーーーン


 いくぜええ!


 タッタッタッ、魔物はラウニィに集中してスキだらけ、今だ!


 スパアァン!


 首を落としたぞ。


「休憩だ!」


 ミランダの声に集まる。


「流石、リオン様、お見事です」

「いやあ、へへ」


 ラウニィの言葉からは接待されてる感じもするが、深く考えないでおこう。


 共鳴は100%でやってみた。今は工房で変化共鳴だけでやってるけど、以前は101%から変化に切り替えてたんだ。だから強化共鳴だけなら100%までがやり易い。多分強化でも140%くらいまでは一気に上げられるけど100%でも剣身5mだ、十分リーチはある。


 余程大型か距離が遠い場合じゃない限りこれでいいだろう。そう、最初から剣身の長さが決まっていれば剣技を使う時にも間合いを計りやすい。


「父さんの方はどうだった?」

「俺は何もしてないぞ。ベアの攻撃を避けて距離をとったら真っ二つになってた、それも頭から縦にだ、あんな倒し方見たことない」

「はは……」


 容赦ないな、ミランダは。


「リオン、この地形で動きはどうか」

「問題ありません、商会長」


 進路を外れると起伏はそれなりにあるが、まあ動ける。ただ草が茂って地表が見えないところは気をつけないとね。


「では出発だ」


 魔物素材は復路で回収か。魔石だけは拾ったみたいだ。


 進路を進む。そういや封印を解く試みを忘れてた。でも隠密は手応えがほとんど無いんだよな。んー、何か違うのを試してみるか、じゃあ感知スキル。えっと、魔物の次の動きを感じ取るとか言ってたな。剣技発動と同時に意識してみよう。


 前の遭遇から5分くらい歩いたか、案外いないもんだね。


「上空、ダークイーグル!」


 最後尾のローザが声を上げた。


「全員木の影へ、私が引き付ける、下りたら弓士2名が撃て、その後リオンが切り込むんだ」

「はい!」

「分かった!」


 ダークイーグルか、西区搬入口前で倒したあいつだ。


「来るぞ!」


 バサササッ


 黒い巨大な鳥の魔物が降り立つ。それにしてもデカ過ぎる、翼開長7mってとこか。


 ズドンッ! トスッ!


 ギャアアァァス!


 矢が刺さって少し怯んだ、今だ! 感知!


 スパアアァァン!


 やったぜ、真っ二つだ。


「終わりだな、休憩する」


 皆、進路から少し離れて腰を下ろす。むー、感知を念じても全く兆しが無かったぞ。この方法は違う気がする。でもまあ、もう1回やってみるか。


「全然通じなかった……」

「仕方ないわ、あの魔物はDランク冒険者でも深く刺さらないもの」


 落ち込んだクラウディアにソフィーナが声を掛ける。ダークイーグルはDランクでも上の方だからね。こりゃ、クラウディアは今日、自信を無くすだけじゃないのか。


「出発だ」


 進路を進む。基本的に訓練討伐の時と流れは変わらないね。メンバーも武器も魔物ランクも違うが。


「ガルウルフ2体だ。クラウスとリオンがやるか」

「おう!」

「分かった!」


 進路左右に1体ずつ。


「俺は右のをいくね」


 そう告げて右の森に入ると魔物は俺を標的にした。ガルウルフか、お前とやるのは久々だな。立ち回り訓練で何度も想定したからか動きが手に取る様に分かるぞ。ただ油断は出来ない、確実に安全に仕留める。


 ガオッ!


 跳び掛かりを回避してそのまま振り下ろして終わりだ。


 !?


 スパアァァン!


 あぶねぇ、踏み込もうとした地面に大穴が開いてた。草で見えなかったぞ。直ぐに立ち位置を調整して魔物は倒せたが。あ、穴にびっくりして感知の試みが出来なかったな。ま、次でいいか。


「休憩だ、何かあったか」

「足元に問題がありました」

「ふむ、草で見えない場所もある。不安なら見えている地面を走り進路へ引っ張ってもいいぞ」

「そうですね」


 俺は子供だから大人より目線が低い。近づいて気づく地形もあるからな。とっさに伸ばす脚も短いから対応できない場合もある。ここは大人しか入らない森、訓練討伐の森とは違うんだ。気をつけよう。


「では行くか」


 進路を進む。


「待て。あれは……カーマインウルフだ」

「赤いガルウルフだったな」

「うむ、全てにおいて1.5倍だ、気をつけろ」

「俺は一度交戦している、行かせてくれ」

「ではクラウスに任せる」


 腕を引っ掻かれたからね、リベンジだ。


 そしてクラウスはギリギリの立ち回りで仕留めた。見てると危なっかしいけど、絶対に当たらない間合いが分かってるんだね。


「ふー、動きの訓練相手に丁度いいな」

「1体だったからな、複数出たら無理はするな」

「ああ、その時は頼むよ」


 新種か。あれからたまには出ているのだろうか。


「商会長、遭遇頻度はどのくらいですか」

「次第に増えていると聞く。他にも何種か確認されている」

「あ、ウルフだけじゃないんですね」

「いずれも50%増しほどの動きと耐久だ、最早1つ上のランクと思っていい」

「へー」


 こりゃ大型の新種が出るとやっかいだな。


「クルーエルパンサー1体、クラウスとリオン行ってみるか」

「よし、リオン、俺が引き付けてスキを作るからいつでも切れ」

「分かった!」


 クラウスと共に走り出す。うひょ、親子で共闘だ。


 ガオオッ


 魔物はクラウスに向かって距離を詰める。そこそこ速いが、さっきのカーマインウルフほどではない。しかし連続で跳び掛かったり、引っ掻いたり、ずっと動きっぱなしだぞコイツ。でもだんだん見慣れてきた。


 よし、俺も距離を詰めよう。


 タッタッタ、タンッ、スタッ! タッタ……。


 ん!? 今、何だか……まあ、後でいいか。


「父さん!」

「よし!」


 俺の声に間合いを取るクラウス、そこに出来たスキに剣を振り下ろした。


 スパアァァン


「休憩だ、いい連携だったぞ」

「へへ」


 クルーエルパンサーか、確か報酬は5万ディルでレッドベアとサーベルタイガーの間だった。タイガーより動きが速くてベアより耐久が低い、そんな感じか。とにかく暴れまわって忙しい魔物だったな、1人では大変そう。


 それにしても、さっきのあれは何だ。走っている途中にいつもと違う感じがした。そう、また草の多いところがあったから、避けようと思った次の瞬間、いけると直感した。そして実際、草むらを突っ切っても問題なかった。


 更にその先に少し勾配があって、駆け上がらないと先が見えないのに、下ったら穴が開いているのが分かった。だから予め少し角度を変えて走り、下る時には穴の横をそのまま走ることが出来た。


「どうしたリオン」

「いえ、何でもありません、商会長」


 勘が当たったワケではない、そもそもそんな博打をしては危険だ。何がどう作用したのか次は意識して確認してみよう。


「では出発だ」


 進路を進む。5分ほど歩くと左側が大きく開けてきた。


「あー、池ですか」

「うむ、ボーデン池だ」


 南北70m東西40mか、その池に沿って進路は続いている。


「ここまで村から2kmだ、時間的にも引き返すのが丁度いいな。出発は少し休憩してからにしよう」


 ミランダの指示に皆、自然と池の方へ歩みを進める。少し小高くなったところへ集まり池を見渡した。


「ここって魚釣れるの?」

「さあな」


 チャプン


「あ、跳ねた」

「ほー、じゃあ釣りも出来そうか」


 クラウスは丘を進んで池に近づく。


「あ! 父さん、止まって!」

「ん? うお」


 バシャーン


 クラウスの足元の土が崩れて池に落ちた。


「あぶねぇ、脆くなってたのか。しかしよく分かったなリオン」

「え、うん」


 何で分かったんだ俺は。クラウスが歩くその先を見たら、何故か崩れると直感した。試しに丘を見渡してみる。む、あそこもだ。


「商会長、俺から4m先の石から1m池側の地面、踏んだら崩れるかもしれません」

「ほう、見たところ周りと変わりないが」


 ミランダはそう言いながら示した個所を軽く踏む。


「む!」


 バシャーン


 崩れた土が池に落ちた。


「どうして分かった」

「分かりません、見ただけです」

「ふーむ」


 これは……もしかして地質が分かるようになった? どうもそうとしか考えられない。


「ひとまず今は討伐中だ、引き返すぞ」

「はい」


 進路へ戻って進む。


 見ただけで地質が分かる。いや、草で見えなくても分かった。これ、何かスキルを覚えたのでは。お! 確かガルウルフと対峙した時だ、剣技を発動しようとしたら足元に穴が見えたので慌てて避けた。どうもその時から分かるようになったっぽい。


 だとしたら何のスキルだ。感知スキル?


「サーベルタイガーだ、右奥にもう1体見えるな。私とラウニィが奥へ行く、左手前のをクラウスとリオンでやってみろ」

「分かった」


 進路から左に入ると、クラウスは俺をチラッと見て魔物の注意を惹きつける。また好きな時に切り込めってことだね。俺は森を走って位置取りをする。


 タッタッタ……。おお、分かる、分かるぞ! 見ただけで周りの地形が分かる! 草が多く土が見えなくても、倒れた木で向こう側が見えなくても全部分かる。こりゃ凄い。


 スパアアァァン


「休憩だ、ローザは素材を回収しろ」

「私も行くわ」


 ソフィーナとローザがまず俺たちが倒した魔物に近づく。


 地形が分かる範囲は自分を中心に10mってとこか。いや、今は座って動いていないからだな。走ってると進行方向に5mくらいだろう。にしても変な感じだ、見えている景色とは別に情報が入って来る。


 これは特にスキル発動を意識せずとも常に行使する感じか。

 む、視覚ではない情報って、つまりは目を閉じても分かるのかな。


 ……。


 おおっ! 見える見えるぞ! 目を閉じて集中したらより遠くの情報が分かるみたいだ。20m先くらいか。しかし本当に妙な感じだ、頭の中に浮かぶというのだろうか。


「リオン、長めに休憩するか」

「あ、いえ、回復しました」

「そうか、では出発だ」


 目を閉じてじっとしてるから疲れが酷いと思われたようだ。

 復路を進む。直ぐにさっき倒したもう1体の魔物素材の回収をする。

 こうやって歩いている時は7~8mってとこか。む、待てよ、目を閉じても地形が分かるって、もしかして。


 ……。


 いやダメだ、流石に歩きながら目を閉じても情報は入ってこなかった。


 クルーエルパンサーとカーマインウルフの討伐地点を過ぎる。これらの素材も加わると荷車も半分くらい埋まったか。まあいっぱいになっても上に載せればまだいける。ただ、レッドベアの素材は大きいからな、あれだけでかなり場所を取る。


 ファンタジーなら次元収納とかありそうだけど、この世界はどうなのかな。


「商会長、荷物を運ぶ手段って他にありますか」

「ん? 肩に担いだり抱えたり、後は紐をつけて引っ張るくらいか。今回は人数がいるから回収しに戻ることは無いぞ、心配するな」

「はい」


 ミランダも知らないならこの世界には無いのか。


「歴史上では小さくして運ぶ魔導具もあったらしい」

「え!? 小さく?」

「まず数m四方の大きい箱に入れて、その箱ごと小さくするんだ。片手で持てるくらいになるそうだぞ。もちろん現在にその魔導具の作り方は伝わっていない。従って実在したか怪しいものだがな」

「へー」


 小さくなる箱の魔導具か、面白いね。


「上空、キラーホーク、2体は確認しました!」

「よし、では皆、進路を外れろ、ラウニィが引き付けて弓士が撃て、止めはリオンだ」

「はい!」


 ミランダの指示に散る。


「1体、下りてきます」


 バササッ


 ズドン! トス!


 ギャアアァス!


 ラウニィが避けたところに矢が2本刺さる、まず1体!


 スパアアァァン


「あ、もう1体こっちに来ます、引き付けますから撃って下さい」


 真っすぐ下りてくるな、今だ!


 バササッ


 ザシュ! トス!


 スパアアァァン


 真っ二つだ。ただ2体ともソフィーナの矢で致命傷だった気がした。


「他に見えないな、では休憩と素材回収だ」


 ミランダとクラウスがキラーホークの素材を荷車に載せた。


「刺さりはしたけど、そんなに効いてなかった」

「Eランク最上位だから仕方ないわ、ここはどうしても壁になるのよ。でも越えないと騎士にも冒険者にもなれないのよ、頑張って」

「はい、ソフィーナ様」


 クラウディアが決意の表情になる。Eランク最上位か、ガルウルフもそうだったよな、ジェラールやマルガレータも大苦戦してた。それと確か特別契約者の集いでも聞いたぞ、討伐部隊のガレス、彼も士官学校時代にガルウルフで激闘を繰り広げたらしい。


 ガルウルフやキラーホークを難なく倒せて一人前なんだね。

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