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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
142/323

第142話 ミランダの思惑

 コーネイン商会の工房でトランサイト生産を続ける。


「後は杖4本か、15時頃に終わるな」

「その後はどうしたらいいでしょう」

「2便の到着は17時頃だ、それは明日でいい。今日は別の品を取り組んでもらう」


 そう告げてミランダは作業場から職人と共にいくつか抱えて来る。


「これは……(くわ)や斧ですね、それからシンクルニウム」

「短剣、鍬、斧、石工(のこぎり)はトランサス合金、それから木工鋸のトランサス試験素材と合金、そしてシンクルニウム合金の武器4種だ」

「分かりました、そう言えば槍と杖の特殊能力はどうたったんですか」

「魔素飛槍と精度補正だ、まあ剣や弓とほぼ同等の性能だな」


 やはりそうか。


「こちらの加工報酬も1本1億で計上する、構わないか。無論、これまでに製作した分も含めてだ」

「はい、それでいいです」

「斧は知り合いの建設商会にて試用した。あれは凄いぞ、共鳴率によっては一振りで木が倒れる」

「うわ、でもちょっと危ないですね」

「それを見越して倒す方向も制御している、問題ない。それで屋敷敷地の開発だが、このトランサイトの斧や鋸があれば、工期の短縮に繋がるぞ」

「おー、いいですね」


 なるほど、視察の時に言ってた試すことってこれか。ただ伯爵に報告してないみたいだし、どうするつもりなんだろう。


「商会長、この道具類も売るのですか」

「……もちろんだ、試験運用が終わればな」

「その時は武器の様に他の商会から加工依頼が沢山来ますね」

「いや、それはない。コーネイン商会で独占する」

「え」


 うは、やっぱりその考えか。


「実は伯爵から他の道具類も試すように言われていたのだ」

「あ、そうだったんですか」


 まー、フローラやクラリーサが思い付くんだもんね、伯爵の周りならそんな考えに至る人がいてもおかしくない。


「だが断った。リオンは武器生産に集中する時だと言ってな」

「え、では、黙って作っていることが知れたらマズいのでは」

「……そうだな、その時、向こうはどう出るか」

「おいおい、ミランダ、伯爵に隠し事はよくないぞ、せっかく最初の報告が評価されているのに」

「クラウスよ、評価されているだの、印象が良いだの、そんなものは金にならん。リオンはウチの職人だ、その製作内容に口を出して、再び利益の一部を取ろうなど、そんな事を繰り返されてたまるか」


 う、確かに言い分としては分からんでもない。


「すまんが、これは今後のことを考えての措置だ。それに男爵家と伯爵家の関係を見直すいい機会なのだよ。お前たちに迷惑は掛けない」

「……そうか、まあシンクライトの件もあるしな、伯爵も同じようなことをしてる手前、あまり強くは言えないだろう」

「その通りだ。私もあれを知らなければこの様な行動はとっていない。クラウスよ、シンクライトの隠蔽はトランサイトの道具類とは意味合いが違う。全く別の鉱物である上にレア度4、尚且つあの性能なのだぞ」


 そうか、鉱物自体を隠してるんだからな。おまけに全てにおいてトランサイトを上回る。


「侯爵、そして王族に知れた時にどうなるか見物だな」

「いやー、それは大変なことになりそうだ。何とか伯爵を説得できないか」

「無理だ。ディマスが言っていたであろう、伯爵の意思はゼイルディクの意思、結局最後は上位貴族の指示に従うしかないのだ」

「……ふむ」


 貴族社会の上下関係は絶対か。と言いつつ指示は拒否して隠して作るし、一体ミランダはどういうつもりだ。


「従って西区に入る伯爵の護衛の前では話す内容に気をつけろ、逐一報告が上がるからな」

「おいおい、20人くらい来るんだぜ、息が詰まるぞ」

「大事な話の時に音漏れ防止結界を忘れなければ大丈夫だ。まあ護衛としての腕はそこそこ信頼できる、しっかり守ってもらえ」


 うへー、家の外では気が休まらないなー。


「ところでアーレンツ子爵はどうなんだ? ミランダの隠し事やシンクライトの件含めて」

「子爵はどちらも知らないはずだ。ただ元より子爵は伯爵の手足、男爵の動きを観察して違和感があれば報告されている」

「コルホルの現領主だぞ、隠し通せるとは思えないが」

「そうは言ってもアーレンツ子爵は武人、同じ騎士だったメルキース男爵とも厚い信頼関係がある。先のラウリーン地区改名の件でも快く協力してくれた。私はいざとなったらこちらに付いてくれると思うがな」


 確かに友好的な印象だけど。本意は分からんからなー。


「まあ、ウチの件が知れてもそこまで心配することはない。他の貴族の過去の行いに比べれば可愛いものだ」

「そうなのか、例えばどんなことがあった」

「知っているので最も重い罪だったのは、伯爵暗殺を企てた者だな」

「おお……それはダメだ」


 うは、やっぱりそこまで至る例もあるのか。


「だから大したことは無い。伯爵の考えを改めてもらいたい、それを行動で示しただけさ」

「ふむ、そういう狙いか」


 なるほど、ちゃんと目的があったのね。それで成果を隠すという同じ状況を作った。


 とは言え、バレなっかたら本当にこっそり売るつもりなのか。流石に世に出たら出所を探られるし、何よりトランサイト絡みはまず俺を疑う。それで隠し通せるとは思えないけどね。


「さて、杖は終わったな、道具類の合金から頼めるか」

「はい」


 それから短剣、鍬、斧、石工鋸の合金を共鳴させる。


「うむ、武器類と生産速度は変わらない様子だな。次は木工鋸の試験素材と合金を頼む」


 木工鋸を握る。うん、普通の片刃鋸だ。


 ギュイイイィィーーーン


「ふー」


『トランサイト

 製作:コーネイン商会』


「成功しました」

「では合金も頼む。特殊については恐らく石工鋸と同じだろうが、またフローラにでも伝えておく」

「はい」


 合金も終わらせる。


「さてではシンクルニウムだ、しっかり休んでからでいい」


 そう告げて職人たちと共に道具類を工房の外へ運んでいった。むー、流石に武器商会から鍬やら鋸を持ち出すところを見られたら変に思われるぞ。もちろん想定して気を付けているだろうけど。これもう、アーレンツ子爵には知れてる気がするな。


 あ、もしや、それをすんなり伯爵に報告するか試している可能性も。アーレンツ子爵がどっち寄りの考えなのかを計るために。それもいやらしいなぁ。


「さー、じゃあシンクルニウムをやるかな」

「これは伯爵の指示だろうか」

「分からないよ、父さん。俺は商会長に言われた通りやるだけ」

「そうだな」


 剣を握る。


『シンクルニウム合金

 製作:未登録』


 む、未登録か。もしや伯爵の工房を登録するのか。


 さて、久々だなシンクライト生産は。ただ剣なら試験素材でもそんなに負担は無かった。


 一気に行くぞ!


 ギュイイイィィーーーン


 よし!


「ふー」

「おお、早いな」


『鑑定不能

 製作:未登録』


 できた! しかし鑑定も出来ない製作者も分からないって、ほんと怪しい武器だな。


「剣はできたか」

「はい」


 工房に戻ったミランダに告げる。


「あの、これは伯爵の依頼ですか」

「そうだ。シンクルニウム合金も城の工房から預かった」

「何に使うんでしょうね」

「何に使うんだろうな」


 ふっ、何だかんだ言いながらミランダもちょっぴり楽しんでる風に見えるぞ。


「では槍を行きます」


 ギュイイイィィーーーン


『鑑定不能

 製作:未登録』


 これもか。


「10分空ければいいか」

「ハァハァ、そうですね」

「さて、トランサイトが配備された騎士団による実績を伝えておこう。まずウィルム騎士団、現在15本配備されているが、Aランク魔物のジルニトラが討伐された」

「おおっ! それは凄い」

「報告によるとトランサイトの構成は、剣士2名、槍士1名、弓士3名、魔導士2名だ。他数名の討伐部隊と共に奥地で仕留めたとある。負傷者は出たが死人はいない」


 いいね、前から目撃されてた脅威をピンポイントで排除だ。


「しかしジルニトラとは、Aランク最上位だぞ」

「うむ、素晴らしい功績だ。トランサイト8本運用しただけはある。もちろんそれなりの使い手があってのことだが」

「他にはあるのか」

「カルカリア騎士団、トランサイトは8本配備だな。北東部討伐部隊がBランク魔物キマイラを仕留めたと報告がある。これは剣士1名、弓士2名での実績だ」

「キマイラか、確かドラゴンと同じBランク最上位だったな」


 ほー、やるね。


「他は報告は無いが、ロムステル北部の奥地にAランク魔物クエレブレが目撃されている。それの討伐にトランサイト部隊を向かわせるそうだ。ロムステルには12本配備だな、近く成果を上げるだろう」

「クエレブレってどんな魔物ですか」

「ドラゴン種だ。白っぽい鱗に覆われかなりの大きさと聞く。ゼイルディクの討伐報酬ではガルグイユと同等だったな」

「へー、では強敵ですね」


 色々いるんだな。


「無論、ゼイルディク騎士団でも成果は上がっている。西部討伐部隊はマンティコア、北東部討伐部隊ではコカトリスを倒したとの報告だ。いずれもBランクだぞ」

「いやー、凄いな。目に見えて成果が上がっているじゃないか」

「これまでその様なBランクを見かけても報告に止まっていた。まずは部隊を揃えないといけないからな。しかし、トランサイト持ちが3名でもいれば、そのまま交戦し討伐まで至る。それもこちらの被害を抑えてだ」


 なるほどねー、そういう効率もよくなるんだ。


「いいか、まだ配備されて日が浅いのにこの成果だ。使い手は日々の訓練で更にトランサイトの扱いが向上する。今後AやBランク討伐報告が珍しくなくなるぞ」

「勲章が足りなくなりますね」

「はは、そうだな」


 一気に楽になった感じかな。いいね、役に立っているのは嬉しい限りだ。


 杖を握る。


 ギュイイイィィーーーン


『鑑定不能

 製作:未登録』


「ふー、確認しました」

「うむ、ご苦労」


 トランサイトであれだけの成果だ、もしこのシンクライトも配備されたらどうなるんだろう。そうだな、飛剣や飛槍で地上からでも飛行系の大型を狙える。弓や魔法も必中になり戦闘時間の短縮に繋がるな。ただ随分と先の話か。


「そろそろ17時か、城からの2便が到着するがもういいぞ」

「はい」

「明日は午前中に北区の森に入る。ここでの仕事は昼からだ」

「分かりました」

「では、8時に搬入口だぞ」


 店内に移動し保安部隊と合流、西区へ帰る。搬入口前には、カスペル、ランドルフ、フェデリコが日向ぼっこ兼警備をしていた。


「お疲れさん、今日は少し早いの」

「うん、もう終わったからね」


 あ、そうだ、カスペルに音漏れ防止結界の話をしよう。


「じーちゃん、ちょっと話があるんだけどいいかな」

「構わんぞ」

「じゃあ家まで一緒に来て、先生も」

「うむ」


 カスペル、フリッツと共に家に帰る。クラウスとソフィーナは何の話か察して、一緒に提案してくれた。


「ほー、音漏れ防止結界か、しかしのう、ワシに出来るかどうか」

「どうせ毎日暇を持て余しているのだ、ワシはいい提案だと思うぞ。保安部隊のニコラスにいちいち頼むのも面倒だろう」

「そりゃそうじゃが」

「父さん、男爵夫人の親として、何か出来た方がかっこいいわよ」

「そうかの」

「ウィルムやカルカリアの身内が来た時に自慢できるぞ、義父さん」

「まあの……よし、分かった、ここはひとつ取り組んでみるか」


 おー、やる気になったな。案外チョロい。


「ではニコラスに教えてもらえばいいかの」

「うむ、そうだ。訓練期間も相談しろ」

「じゃあ早速行くか、フリッツも来てくれ」

「いいだろう」


 2人は去った。


「うまくいくといいね」

「大丈夫さ、義父さんは興味持ったら拘るから」

「祝福してもらう神職者はなるべく契約レベルが高い方がいいわね」

「あ、そうなの」

「ミランダに聞いたのよ、その方が習得できる確率が上がるんだって」

「へー」

「もちろん、お布施の金額も上がるけどね」

「それは心配ないよ」


 カスペルにもお布施を俺たちが負担することは伝わっている。


 ゴーーーーーン


 夕方の鐘だ。工房ではなく西区で聞くのはいつ振りだろうか。俺たちは食堂へ向かった。


「あー、そうか、何か少ないと思ったら5軒いないんだった」

「こう見ると随分空いちゃったね」


 ほとんどの住人が席についているのに空席が目立つ。


「ケイスたちは東区で夕食か、あっちはどんな味なんだろ」

「そんなに変わらんと思うが」

「3つの食堂はメニューが少し違う時もあるみたいよ」

「ほー、まあ食材在庫の都合もあるか、あれだけ人数がいるんだ」

「ほら、魔獣肉が確保できたらね」


 そっか、猪1頭で全員分は用意できない。


「ところで人が少なくなって魔物対応大丈夫かな」

「大型が多く来なければ心配ない。それを言ったら風呂を直してる時は半分いなかったぞ」

「あー、確かに」


 それでも対応できてたもんね。西区のみんなは強いんだ。


 食事を終えて家に帰る。


「じゃ、私は帰るね」

「いつもありがとう、リーサ」


 音漏れ防止結界を施したクラリーサが出て行った。風呂を済ます。


「ところでお前、魔導具なんか興味あるのか」

「うん、まあね」

「歴史上にもいたわね、天才ルースと呼ばれた女の人、錬成レベルが40だったらしいわ」

「そうか、錬成も神の封印を解いたらリオンもそのくらい、いや、それ以上になるもんな。こりゃ誰も知らないような大発明を成し遂げるぞ」

「任せて」

「ほう、随分と自信があるな」


 そりゃ仕組みさえわかればアイデアはいくらでもある。


「父さん母さんは今の生活で不便なことない? それか、あったらいいのにって思うものはないかな」

「……今は思い付かないわ」

「そうだな、俺も、あ、いや、魔物除けはどうだ。大昔はあったらしいが」

「おー、いいね」


 魔物除けね。確かにあったら便利だ。かつては森の中で野営してたそうだし。


「ねぇ、そのルースの記録を取り寄せたらいいんじゃない?」

「そうだね母さん、明日商会長に頼んで見るよ」


 発明王らしいからね。その中から出来そうなものを見つけるのも手だな。


「さて、忘れないうちに伝えておくが、4日後の6月2日、隣りのブラード家がメルキース男爵家へ招待されている。10時頃から村を出て昼食を屋敷ですまし夕方に戻る予定だ」

「親睦を深めるんだね」

「俺たちも一緒に行くぞ」

「あ、そうなんだ」

「途中で抜けてメルキース保安部隊に行き護衛候補と面会するそうだ。もちろん一度会っただけではどんな人か分からないから、これからも折を見て面会は続けるぞ」

「うん、分かった」


 何か町に出るついでに会うのがいいね。


「さあ、明日は一緒に森に入るな、楽しみだぞ」

「へへ、俺も」

「ふふ、きっと私は見てるだけになるわね」


 ベッドに入りお休みの挨拶を交わす。


 しかし保安部隊が常に付いている程の要人が、自ら魔物討伐に行くって何だかおかしい。わざわざ危険なところへ向かうんだもんな。そりゃ俺も訓練討伐に行ってたけど、あそこはFランクばかりだ。その前も進路によっては少し上が出たけど、そこまでの相手ではなかった。


 もちろん最弱クラスのエルグリンクスでさえクラウディアは傷を負った。絶対に油断はできない。そうだよ、貴族令嬢が怪我したんだぜ、大事じゃないか。それでも魔物討伐に連れて行くことを止めない。


 騎士貴族だから、冒険者だから、魔物と戦うのが普通なんだろう。男爵も体がなまるだの、感覚を維持するだの言ってたな。はは、そんな理由で命がけで森に入るか。


 何だろう、魔物対応くらいできないと上に立つ者として認めてもらえないのかな。確かにそんな風潮があるのは感じてきた。まあ分かりやすいもんな、サラマンダーの首を落として英雄だもん。


 さあ、明日はトランサイトで思いっきり剣技を使える。多分、今までで一番火力を出せる環境だ。どれほどの力か楽しみではある。ふっ、俺も随分と変わったものだ、最初はガルウルフと対峙後に震えていたのに。それも血肉はこの世界の人間だからか。

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