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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
141/321

第141話 カルカリアの人たち

 高級宿エスメラルダ・コルホルにて昼食をとる。広間中央に置かれた円卓では、俺の他に、ミランダ、クラウス、ソフィーナ、フリッツ、そしてメルキース男爵が席を共にしている。そのためよく一緒にいる4人とはまた違った雰囲気になった。


 とは言え、男爵はノルデン家への訪問者を対応している。俺たちが昼食時の話し相手になるくらい当然のことだ。それに男爵は神の封印を知っているため話す内容を選ばなくていい。


「男爵、連日の訪問者対応をありがとうございます」

「気にするなクラウス、これはこれで中々に楽しいぞ」


 流石、慣れてるんだね。しかし世話になり過ぎで悪いな、それにどんどん依存度が高くなる。だからと言って俺たちだけでは難しい、色々と他にやることもあるし。ここは甘えさせてもらおう。その分、コーネイン商会に稼いでもらうさ。


「ところで先の不審者の件、エリオットより報告があった。やはりあの者は精霊石が目当ての冒険者、ランクはDで23歳の男性、マクレーム在住だ。5月中旬に所属パーティが解散し、次が見つかるまでの稼ぎが目的だ」

「男爵、誰かと繋がりは無かったのですか」

「身辺調査をしたが貴族や犯罪組織との関りは確認されていない。故に単独での行動だ、心配するな」

「そうですか、良かったな、リオン」

「うん」


 そっか、ならいいんだけど。


「従ってエリオットの言う斥候が近くにいる線もない。いくら隠密レベルが高かろうが、こちらも素人ではないのだ。全く形跡を残さず活動するのは不可能だぞ」

「確かにそうですね」

「それに町中ならまだしも城壁外なら網をかけることも容易い。いつまでも森から出て来ないワケにもいかんだろう、魔物がいるのだからな」


 なるほど、そりゃ騎士たちも無能ではない。ゼイルディクの城壁だって常に監視がいるだろう。森を突っ切るにしたって、そう長い距離は難しい。それで出てきた時に見つかるね。


「唯一は日が暮れて川を下る方法か。無論、それも想定しているから穴は無いぞ。橋周辺には夜警が重点的に配置されている」


 おー、そうか、川に潜って下れば人目に触れずに且つ速い。ただそれも見越してるのね。


「それで訓練討伐だが、明日、北区の森へ入る進路で決定された」

「え、北区の? それは畑の向こう側ですか」

「うむ、同行者はミランダ、クラウディア、そしてクラウスとソフィーナ、更には防衛部隊のローザとラウニィだ」

「俺もですか」

「まあ、私も」


 なんだこの面子は。最早訓練ではなく普通の討伐ではないか。


「クラウスとソフィーナは中央区にいることが多く、最近は西区の魔物対応も参加していない。それでは体がなまるだろう。ミランダもたまには魔物と対峙して感覚を維持するのだ」


 なるほど、そういう意図か。


「北区進路の向こうは中継所もない未開の森だ。不審者含めて誰も入って来れまい。無論、魔物も何が出るか分からない。もし、大型の、それこそBランクが出たら村へ引っ張ればいい」

「ローザとラウニィ、それに私も武器はトランサイトなのです。十分倒せます」

「リオンがいるのだ、無理はするな」


 未開の森って、ちょっと怖いんだけど。それに大型が出る可能性があるって。


「あの、大丈夫でしょうか」

「途中までは、そうだな、3kmと聞いているが、そこまでは整備された進路がある。その周辺ならばD~Eランクとの報告だ。故に、お前の敵ではないぞ」

「そうですか」


 まあDランクならレッドベア討伐の経験はある。


「一気に魔物ランクが上がりますね」

「1番進路はFランクばかり、お前の実力では物足りないだろう。隠密の習得訓練も行き詰っていると聞く。ならば環境を変えてみるのも手ではないか」


 確かに。全然進歩が無いからね。


「全力で剣技を行使し戦う。或いはそこに解放の糸口があるやもしれん。リオンもトランサイトを使って構わんぞ。伸剣を絡めて思い切り暴れてこい」

「あ、はい!」


 うひょ、それはちょっと楽しみだな。


「とは言え、200%も必要ないぞ。いつもの生産時の共鳴で十分だ」

「そうですね」

「念のためレナン川沿いに討伐部隊が入る。ガウェインとベロニカも同行しているぞ。展開によって村へ引っ張るのが難しければ、川へ向かって合流しろ。その面子ならAランクでも倒せる」

「分かりました」


 へー、討伐部隊の精鋭も近くで活動してくれるのか。まあ、俺が森に入るから特例なんだろうけど。


「午前8時に西区搬入口へ集合しろ、そこから徒歩で北上し森へ入る。荷車は1台入ったところへ置き、1台は行けるところまで引っ張れ。昼の鐘までに中央区へ帰り、ここで食事をする。討伐は午前のみの予定だ」


 これは村の申請討伐と同じ流れか。そう考えると俺含めてトランサイト4本は過剰戦力だな。使い手も剣技29のミランダや、ガルグイユを倒したローザとラウニィだ。確かに、Bランクでも倒せそう。


 昼食はデザートも食べ終え解散となる。


「男爵は午後も来客対応ですか」

「うむ、任せろ」

「長時間の対応、本当に感謝します」

「気にするな」


 でた、気にするな。この一言で済ますのも貴族の美徳なんだよな。男爵も用事がないワケではないだろう。それでも長い拘束時間を引き受ける。楽しんでいるとは言うが、相手によっては失礼のないように接するのは気を使うし。


 そういう当事者には見えないところでの動きに礼を言われて、気にすることは無いと済ます。本当は疲れただの面倒だっただの言いたいところを堪えて平気な素振りをする。何というか、かっこいいよな。やせ我慢じゃない、それを涼しくこなすのが貴族なんだ。


 クラウスもそれを分かってるはずだ。男爵も、いずれはお前もこうやって振るまうのだぞ、と言わんばかり。こういうのが無言の教育なんだろう。いつかは俺も言いたいな、気にするな、と。


 コーネイン商会の工房へ。クラリーサは結界を施し去る。ミランダ、クラウス、ソフィーナ、フリッツは休憩スペースへ座った。


「これが今日の1便か、昨日の2便よりはやや少ないな」

「じゃあ剣から行きますので、すみませんが机に並べてください」

「分かった」

「俺も手伝うぞ」

「ワシにもやらせろ」


 大人4人で見てる間に並べてくれた。


「では行きます!」


 14本か。


 ギュイイイィィーーーン


 ……。


「ふー、はー、終わりました」

「よしでは、職人に鑑定確認をさせる」


 鑑定を終えた品からミランダたちが蓋をして台車に積み上げた。


「後は槍4、弓16、杖8だな。2時間半というところか」

「そうですね」


 1本につき5分の休憩ならそんなもんだ。まあ他の武器種も随分と慣れたから、もっと早く終わると思うけどね。


「それで明日森に入るのか、フリッツも行くか」

「いや、ワシはいい、その面子では魔物に触れることすら出来ん」

「はは、確かにな」


 もう多分、ミランダ1人でも問題ないくらいだ。あの人が本気で戦ったらどのくらい強いのか、以前からちょっと興味があったんだよね。まあサラマンダーは相手が悪かったけど。


「ところでクラウディアは弓ですよね」

「もちろんだ、ただDランクにはさして通用しないがな」

「あらら」

「その差を感じるだけでも意味はある、自分はまだまだだと。まあ周囲の警戒をするだけでも同行する役目はある。ソフィーナ、側にいてくれ」

「ええ、分かったわ」


 そっか、目として一緒にいる意味はあるんだ。


「リオン、俺と一緒に動くぞ」

「うん、分かった」


 おお、そうか、クラウスと共に戦うのは初めてだな。サラマンダー戦は、何というかギリギリ過ぎた。もっとちゃんと立ち回りたい。


「へへ、父さんに強くなったところ見せれるの嬉しい」

「俺も楽しみだぞ」


 あー、これは、エリオットか男爵か知らんが中々の計らいだな。いい気分転換になるし、親子の絆も深まる。まあ討伐が気分転換というのも変だが。そうか、村の住人も畑仕事ばかりより、魔物が襲ってきた方が気晴らしになるか。あいや、畑を荒らすからやっぱダメか。


「おー、みんないるな」

「メルおっちゃん! それにベラおばちゃんも!」

「へー、ここが工房なんだー、広いのね」

「では行くか」

「うむ」


 あれ、ミランダとクラウス、そしてソフィーナが席を立つ。


「ああ、カルカリアからの使いが来るのだ」

「そうだったんですね」


 そして皆、工房を出て行った。フリッツだけ残る。


「向こうの実家も直ぐ来るかな」

「農業をしている者はここでも仕事がある。尤も、西区の畑では魔物対応が伴う、やるなら中央区の畑だがな」

「そうだね」


 しかし、向こうで作っている面積よりは一気に減ってしまうな。でも1人雇っているみたいだし、手に余っているなら中央区の一画で丁度いいかもね。いずれ屋敷の敷地内に畑を作ればかなりの広さだ、そこから好きなだけ世話をしてもらうことも出来る。


「競争入札か」

「え、そうだ、フリッツに教わったことにしたけどいいよね」

「それは構わんが、お前はよくそんなこと知ってるな」

「あー、大人の記憶にあったんだよ」

「他にもあるのか」

「……正直言うとね、沢山ある」


 そりゃね、地球の知識だもん。


「何か使えそうなものがあるなら遠慮なく言え、無論、ワシから聞いたで構わない」

「それはありがたいけど、記録にも残ってない様な事があるかも」

「そんな大昔の記憶なのか」

「多分、そう」


 お、これはいいかも、地球の知識はこの世界の遥か昔の記憶にしてしまえば、異世界転生を言わなくて済む。まあ言ってもいいけど、流石に想像し辛いだろうからね。ただフリッツに教わった事にするにしても、誰かに提案する時には反応を探りながら言葉を選ばないと。


「ところで家令なら会計の勉強もしてるの?」

「もちろんだ」

「複式簿記って分かる?」

「……何だそれは」

「いやー、帳簿のつけ方なんだけどね、知らないなら複雑になるからいいよ」

「そうか」


 どうやら無いみたい。そもそも呼び方が違う可能性もある。まあ今の方法で回ってるならそれでいいか。


「フリッツはさ、あったら便利だってものはない?」

「……それはまた唐突だな」

「じゃあ、今不便なことは? 生活する上でも何でも」

「特に無いな」


 だよねー。今ある環境が全てだもんな。それで事足りているなら求めもしないし、そもそも思い付きもしない。もちろん俺は地球の知識でいくらでも出てくるけど、モノによっては色々ひっくり返る。ただでさえトランサイトでバランスぶっ壊してるっぽいし。


 あんまり派手にやると神もお怒りだろうしね。なんて、問答無用で殺しに来てるんだ。最早、気を使う必要はないさ。


「何でも出来る様な言い方だな」

「……フッ、大抵のことは出来るさ」

「これはまた、そこまでの記憶量なのか、或いは神の封印を一部でも解いた影響があるのか」

「それは分からない。いずれにしても何か困ったことがあれば、俺の記憶で解決できることがあるかもよ。だから遠慮なく言ってくれ」

「うむ」


 うん、この方法がきっといい。この世界の住人が求めていることに沿って提供する方が自然と受け入れられる。ここは異世界、地球じゃないんだ。俺が便利と思っているものが必ずしも正解とは限らない。押し付けて空回りとかダサすぎる。ちゃんとリサーチしないと。


「ならば魔導具はどうだ。もっと品質の良い拡声器や魔物探知器があれば助かるのだが」

「おー、確かに。じゃあまず現物を取り寄せて研究してみるよ」

「……仕組みが分かるのか」

「分からん」

「はっはっは! 何でも出来るんじゃないのか」

「見て見ないと分からないよ」


 そう、この世界には魔法やスキルがある。その魔導具とやらも電力ではない独自の仕組みだろう。あの照明だって魔石が動力しか分からなかった。口座管理所にある魔力測定器もそうだ。それらの仕組みを理解してより良いものを作ればいい。


 しかし作れるのか。いや作れる、封印を解けばだけど。お、そうだよ、そういやって色々と触れてみることで、何か気づくことがあるかもしれない。治癒で鑑定を覚えたんだ。何がどうきっかけになるか分からないからね。


「ここで共鳴してる合間にすることが出来て良かった、ありがとうフリッツ」

「礼を言われることか。まあお前もこの生産速度ならいずれ時間を持て余すことになる。何か興味のあることが増えていいだろう」

「そうなの? 城からどんどん来るんじゃないかな」

「流石にこの量を継続できない。トランサスを含む精霊石が尽きる」

「ああ、そうだね」


 原材料が無くなったらどうしようもない。おー、ならば!


「フリッツ、いいこと思い付いた。精霊石を探知するスキルを覚えるんだよ。ミランダも言ってた、歴史上に探索王がいたって」

「では探知の解放も目指すのだな」

「うん、実はちょっと興味があったんだよね」


 そうそう、鑑定と合わせてお宝ハンターだ。


「ならば講師が必要だな、その魔導具の件も手配したらどうだ」

「そうだね、ミランダに言ってみるよ」


 色々手を出すのはどうか分からないけど、隠密も全然進まないことだし、同時進行でちょっとずつかじってみるのも気分転換になっていいさ。そう、俺はここで共鳴さえしてれば後は自由だ。金の心配もない。だったら他に役立ちそうなこと、自分の興味あることも手を出していいよね。


「そうだ、精霊石探知器ってどう?」

「それはあったら凄いな、とんでもない価値だぞ。まあ恐らくは研究はされているだろう。しかし世に出てないのなら相当難しい、或いは、存在を隠して使っているのかもな」

「そっか、それを売るより、こっそり使えばその方が稼げるね」

「そういった魔導具の文献も調べさせたらどうだ、少しでも記述があれば、現代でも作れる可能性があるだろう、そう、トランサイトの様にな」


 俺のトランサイトの作り方は歴史上とは違うみたいだけど。


「じゃあそれもミランダに依頼しよう、何でもお願いしちゃって悪いけど」

「フッ、こき使ってやれ、実際に動くのはあやつではない。またそれらが実現すれば商会の利益にもなる、喜んで調べるぞ」

「はは、そうだね」


 いいね、貴族の情報網を好きに使えるのは。


 弓を握る。


 ギュイイイィィーーーン


「それで弓は終わりだな」

「うん、後は杖が8本だね」


 俺が鑑定して確認し、フリッツが蓋をして台車に載せる。


「杖も箱を机に置いて蓋を取ればいいのだな」

「うん、またその流れでお願い」


 机に一気に並べてもいいけど、流石に剣の様に連続では出来ない。数分休憩していちいち席を立つのも面倒なので1本ずつ箱ごと机に置く方がいい。そうやって俺もフリッツも話はしながら手元は動かしていたのだ。


「ところで今日はコーネイン商会が製作の武器は無かったね、午前も含めて」

「昨日までに相当数を作ったのだ、まだ精霊石の在庫があろうが作る職人には限界がある、次が仕上がるのに数日空くだろう」


 遂に生産が追い付かなくなったか。まあ無理して体調崩したらいけないし。そう、あれだけ作ったんだ、売る分には困らないさ。


「やってるな」

「父さん!」


 ミランダ、クラウス、ソフィーナが工房に入る。クラリーサも続き、結界を延長していった。


「カルカリアの身内はこっちへ来るの?」

「ああ、来る。イザベラの父クレメンテ、母マルセラ、兄ミゲル、もう一人の兄ラウルもな。ただ畑なんかの農業ギルドの手続きに少し時間が掛かるらしい。それでもラウルはいくらか身軽だ、運送ギルドと住居の手続きを終えれば、一足先に来れるみたいだぞ、まあ1週間後くらいだ」

「へー、じゃあウチの馬車を任せてもいいね」

「もちろんだ」


 どんな人だろう、話しやすい性格だといいな。


「あでもラウルおじさんは馬車も馬も自分で持ってるんだよね。少し待って実家のみんなを乗せてきたらいいんじゃないかな」

「もちろんその方が効率いいが、手続き上、ラウルが先になるんだと。それぞれの領主も考えがあるのだろう。ディンケラ一家はヘニングスの領主が責任をもって送り届けるそうだ」

「ふーん」


 護衛の関係だろうか。


「そう言えば、その、子供はいないんだっけ」

「まあな、2人共独身だ。ああ、ミゲルには交際相手がいたが近頃うまくいっていなかった、ところが貴族家に仕えると聞いた途端、態度が変わって、それを見たミゲルは別れを告げたそうだ」

「……なんとも、切ないね」

「フン、身分で人を見るような女は切って当然だ。ゼイルディクで探せばいい」


 ただこっちでも身分を隠して接しないと変な人が寄って来ちゃう。


「ところでリオンから要望がある」

「ほう」


 フリッツはミランダに魔導具関連と探知の件を伝えた。


「うむ、分かった。直ぐに講師を手配しよう。魔導具も現物を持って来させる」

「すみません」

「いや、何でも言えばいい。なるべく応えてやる」


 いやー、頼りになるね、貴族ってのは。


「あ、講師費用や魔導具代金は払いますよ」

「……そうか、ならクラウスに請求する」

「おう、そうしてくれ」


 もう自分で稼げてるもんね。それに俺のやりたいことだ。

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