第14話 誕生日(地図画像あり)
見張り台でソフィーナと森を見ている。夕方の鐘が鳴ってしばらくするとクラウスが上がって来た。
「お待たせ、行っていいぞ」
「父さんいつまでいるの?」
「日が完全に沈んで暗くなるまでだ。もう外に人はいないから魔物は来ないだろうが、念のためにな」
「ふーん。あ、そうだ、さっきの鐘、俺が鳴らしたんだけど、ちゃんとできてた?」
「ああ、しっかり聞こえたぞ。鐘が聞こえて城壁みたら母さんが立ってたから、お前が鳴らしてるのすぐ分かったぞ。一人前だな!」
「えへへ」
俺とソフィーナは城壁を下りる。あ、階段の照明が点いてる。クラウスが上がる時に点けてくれたんだな。
食事が終わってトレーを下げる。
「私は中で用事あるからリオンは先に帰ってて」
お、ここはお手伝いしよう。
「俺も入る、食器洗うよ!」
「あらそう、じゃお願いね」
洗い場に行くとセシリアとミーナがいた。
「あ、リオン! 一緒にしよ!」
「うん」
子供3人並んでひたすら洗い続ける。
「リオン、今日どこにいたの? おじいちゃんのお話一緒に聞こうと思って探したんだけどお家にもいなくて」
「今日はずっと見張り台にいたよ」
「あ、そうなんだ!」
「あんなとこに1日いたの? 私なんか退屈ですぐ下りるのに」
セシリアも上がることあるんだ。
「父さん母さんとお話いっぱいしたんだ。さっきの鐘を鳴らしたの俺だよ」
「リオンが! すごーい!」
ケイスよろしく、思わず自慢してしまうお子様な俺。
「あんたたちもういいわよ、後はやっとくから」
「はーい」
イザベラが後ろから声を掛けてきた。子供3人同時に返事をして厨房を出る。
「お家まで一緒に行こ!」
「うん」
ミーナはサッと俺の横に来て手をつないだ。かわいいね。
ほどなくレーンデルス家に到着。
「明日はおじいちゃんのお話、一緒に聞ける?」
「さー、先生にも聞いてみないと。あ、エドいるかな」
「ちょっと待ってね!」
ミーナはエドヴァルドを呼びに行ってくれた。精霊石の資料、今日全然写せてないからまだ時間かかるのを伝えておこう。
「リオンどうしたの?」
「エド、今日ずっと見張り台にいてまだ書き写せてないんだ」
「いいよ、いつでも」
「明日には終わるから。じゃ、ミーナおやすみ」
「おやすみ!」
エドヴァルドはああ言うけど、甘えて後回しにできないからな。敢えて期限を設け自らを追い込んでいくのだ。
「父さん、ただいま」
「お帰り」
クラウスは見張り台から帰っていた。
「ガルウルフをちゃんと見たのはさっきが初めてなんだけど大きいね」
「まあ、そうだな。でも魔物の中では小さい方だぞ」
あれで小さい種類なのか。
「父さん1体は倒したそうだけど、後のを城壁に引っ張ったのは上から狙ってもらうため?」
「そうだ。倒せないことは無いが敢えて危険な方法を取る必要はないからな」
やっぱりそうか。
「母さんに合図教わったよ、やめー、たいひー」
「ははは、そうか、実際そんなうまく行かないけどな。要はこちらの被害を出さずに倒せばいいんだよ、後ろは勝手に判断して撃ってくれる」
「矢とか魔法が飛んでくるのは怖くないの?」
「全く怖くはない。あいつら凄いんだぜ? 魔物だけに確実に当たる瞬間にしか撃ってこない」
へー、そこはプロだな。
「俺が魔物の攻撃を避けて、間合いを取って、今だ! って思ったら矢がウルフの頭に刺さってるんだよ」
「母さんも言ってた、撃ってほしい瞬間が分かるって」
「そうだろう」
「ただいま」
「お帰り母さん」
「よーし、じゃあ風呂行くか」
風呂を済まして居間に座りエドヴァルドの資料を書き写す作業に入った。
「続きやるぞ、母さんお願い」
「いいわよ」
「エドは賢いな、こんなのよく書けるよ」
「そうね、9歳にしては凄いわ」
「リオンは意味分かってるのか」
「うん、母さんに教えてもらいながら書いて覚えてるとこ」
「うへー、ダメだ、もう俺を越された」
クラウス、すまない。何故か知らないけど読めるんだ。だから覚えてるってのは嘘。
「終わった! 母さんよく分かったよありがと!」
「そう、よかった。こんなに字を見たのは久々だから、ちょっと自信なかったけど」
「んじゃ寝るか」
おやすみの挨拶をして俺は2階に上がった。
今日は初めての体験が多かったな。見張り台に鐘叩き、そして魔物戦闘の一部始終を目撃。それからクラウスとソフィーナの話もとても興味深かった。
40年前のゼイルディク壊滅、そして防衛拠点コルホル村か。そういやあと2つ同じような目的の村があるって言ってたな。そこも城壁で囲まれてるのか。
8年前の西区ワイバーン襲撃。4人の犠牲者が出たそうだが、魔物との対峙が前提の村だから4人で済んだとも考えられる。普通の村なら全滅だろう。
魔物、何であんなのがいるんだろう。ガルウルフを観察して改めてその存在を謎に感じた。
それにしても頻繁に魔物は来るな、確か。
前世の記憶が戻った日はキラーホーク3体、ソフィーナが1体倒したって言ってたな。しかし鳥系はやっかいだ、城壁で防ぎようがない。
翌日は朝から北区の応援要請だった。ガルウルフが3体こっちに流れてきたけどカスペルがいくつか矢を外しながらも1体仕留めたよね。あとはイザベラが北区でガルウルフ2体を倒したっけ。
この日は魔獣の猪も来たね。目の前でクラウスが倒したから迫力満点だった。魔獣って区別されてるけど、あれも化け物だ、うん。
その翌日、昨日か。中央区に行った日だ。東区で鐘が鳴ってたな。西区は冒険者が引き連れてきたレッドベア1体とガルウルフ3体。レッドベアは見たことないけど聞いた感じではかなりの化け物、そりゃ逃げるわ。
そして今日はガルウルフ6体。なんやかんやで毎日来てるな。聞けば北区の城壁工事でまた増える見込みだと。それにしても城壁を居住区だけではなく村の外周まるごと囲めばいいのに。そしたら野良仕事中も幾らか落ち着ける。まあかなりの規模だから難しいのかな。
ふああ……寝よう。
◇ ◇ ◇
朝か。1階に下り居間にいた両親と挨拶を交わす。
「今日はリオンの8歳の誕生日だ、おめでとう!」
「おめでとうリオン、大きくなったわね」
「え、そうだっけ」
5月1日、リオンの誕生日なのか。知らなかった。
「俺からはこないだの紙や羽根がお祝いだ」
「うん、ありがと、とても嬉しかった。これからもいっぱい字を書いて勉強するね」
「好きに使ってくれ」
「私からはこれよ」
紙だ。羊皮紙が一枚。丸めてあるので広げてみる。
「これって、もしかして」
「地図よ。ゼイルディクの地図」
「うわーすごーい! ありがと、母さん!」
これはいいな! 地域の名前と境界線、主要道路や川も記してある。
「リオンは色んな事に興味があるから何がいいか迷ったの、どうかしら?」
「うん! とっても嬉しい! 大事にするよ!」
「よかった、喜んでもらえて」
目が覚めたぜ、まさかの地図ゲット! 聞くよりこうやって見える方が把握しやすいもんな。ソフィーナはなかなかのチョイスだ。俺の欲しがりそうなものよく分かったな。
「父さん、朝の収穫手伝うよ」
「今日はいいんだ。昨日俺が獲ったやつ納屋にあるから」
「じゃあ出荷のために調整するんでしょ、手伝うよ」
「昼の出荷に間に合えばいいから母さんと2人で余裕だぞ」
「リオンは今日はお手伝いお休みよ。誕生日なんだから」
「ええと、うん」
誕生日くらいダラダラするか。
「それで明日が洗礼の儀だ。朝飯食べたら礼拝堂に行くからそのつもりでな」
「なにか準備することはある?」
「ううん、ないわよ。ただ一緒に行けばいいの」
「そっかー」
「洗礼自体も10分くらいで終わるぞ」
へー、なんか大事な儀式の割にはあっさりしてるな。
「じゃあ俺たちは納屋に行くから」
「うん、いってらっしゃい」
洗面台で顔を洗って歯を磨き服を着替えた。居間に座って地図を広げる。
「へー、ほー、ふーん」
右端にカイゼル王国の地図が小さくある。ほほー、国土は東西に長いのか。ゼイルディクは北西の端っこなんだね。
それで10kmがこのくらいか、ゼイルディクって東西南北が大体50km四方の町なんだね。前世の日本で言えば県1つくらいの広さ。ただ見たところ山が少ない様なので広大な平野が広がっているのだろうか。
村の住人の多くはこのゼイルディクから来た冒険者だって言ってた。フリッツが教官をしてた養成所もこの町のどこかにあるんだよね。ディアナの通っている学校もそうだ。お、地図の下の方にウィルムと記してある。クラウスやカスペルの出身地だね、大都会らしい。
地図左上の端っこにはコルホルって記してある、ここが俺たちのいる村か。そしてゼイルディク北西地域のメルキースってとこから道が延びて繋がってるな。中央区の中通りを南に行けばこの道へ出るのね。
北部のデルクセンからも北側に道が延びてるな、その先がカルニン村か。畜産が中心だっけ、食堂で出てくる肉はここが産地なのかな。あと北東部のクランツからも道が延びてサガルト村に繋がっている。こっちは小麦栽培が中心だったかな。
コルホル、カルニン、サガルト、この3つの村が防衛拠点なのね。ゼイルディクの西側は大きな川が流れているから天然の堀の役目を果たしているのだろう。
あ、西区の森の向こうの川ってこれか、川幅の縮尺が分からないけど大きい川だな。前世でいう一級河川じゃないか。ランメルトが町にいた頃は趣味の釣りをよく楽しんでいた。割と町の近くまで川が通ってるから釣りは身近な娯楽なのだろう。
そう言えば宇宙の声を聞いた後に魂が戻る時、かなりの速度ではあったが見えた景色は大体こんな感じの地形だった。へー、けっこう正確な地図なんだな。測量とかの技術がそれなりに進んでいるのか。
それにしても地図って防衛上かなり重要な資料のはずだが、ソフィーナが入手しているところを見ると何の制限もなく流通しているようだ。領主間の争いは無いのかな。いずれ簡単な国の歴史も知っておきたいところだ。
ゴーーーーーン!
朝の鐘が鳴る。
「リオン、朝飯だ」
「うん!」
朝食の帰りにレーンデルス家に立ち寄る。
「エド、今から精霊石の紙持ってくるね」
「もう書けたんだ、早いね」
帰って紙を持って、あ、そうだ!
「はい、エドありがと」
「うん」
「ねぇ、いいもの見せてあげる」
「え、何?」
「これ」
「んー、これは、地図? へーすごい!」
ふっふっふ。すぐに自慢するお子様な俺。
「ほう、これはいい地図だな」
居間にいたフリッツが玄関近くに来た。
「お誕生日のお祝いに母さんから貰ったんだ」
「そうか、リオンに相応しい品だな。大事にしなさい」
「はい!」
へっへー、フリッツもいい品だって。完全に浮かれているお子様状態な俺だが、こういう気分も悪くない。人間、嬉しかったら喜んで、自慢すればいいんだ。
家に帰って居間に座る。クラウスとソフィーナは納屋で調整作業の続きだ。
さて、俺は今日何をしようかな。あー、さっきフリッツに授業のお願いすればよかったか。それともカスペルにお話を聞くかな。前に村の成り立ちを聞いたけどソフィーナが言ってた内容と違うし。
カスペルの話ではゼイルディクに人が増えたから畑を開拓する必要が出てきて、それで森を切り開いたって言ってた。初期の開拓にも参加したんだって。その時は魔物との戦いがお話のメインになっちゃったからなー。
村が防衛拠点って、ちょっと興味が出てきたから当時を知る人に聞いてみたいな。フリッツも知ってるだろうけど間違いなく難しい話になってミーナがついて来れなくなる。
俺はブラード家に行った。
「にーに!」
納屋からカトリーナが突進してくる。
ぐふっ……腹に頭が入ったぞ、息ができなかった。
「リーナ、元気だね」
「うん! あそぼ!」
「じいちゃんに用事があるんだ、家にいるかな?」
「わかんなーい! おかーさーん!」
「リオン、じいちゃんは見張り台だよ」
納屋で野菜の調整作業をしてるイザベラが答えた。ランメルトとアルマもいる。
「そっか、昨日ウチだったから」
「この作業終わったら俺が上がって交代するんだよ、あと2時間くらいか」
ランメルトが答える。そっか、どうしよう。
「じーちゃんとこ行っていいかな」
「見張り台か? いいんじゃねぇの」
「じゃ、父さんに伝えてから上がるね」
「おーそうしてくれ」
よく考えたら見張り台ってお話しする絶好の場所じゃないか。
「父さん、じーちゃんが見張り台にいるから行ってお話したいんだけどいいかな」
「ああいいぞ。キラーホークとか飛ぶのが来たらトイレに隠れるんだぞ」
「うん!」
よし行くぜ!
俺は城壁の階段を上がり見張り台に向かった。いやー、やっぱ高いなーここは。
「じいちゃん!」
「おお、なんだリオンか、驚いた」
「ごめんビックリさせて。メルおっちゃんと父さんに言って来たよ」
「それならまあ座れ」
「うん」
カスペルの横に椅子を移動して座った。彼は森の方を見ている。
「昨日1日ここにいたから何をすればいいか知ってるよ」
「姿が見えないと思ったが、そうだったか」
「父さん母さんといっぱい話したんだ、鐘も叩いたよ!」
「ほう鐘を。もう一人前だな。ワシは腹がつかえて上がりづらいからその時は頼むぞ」
「うん!」
「それで何を話そうか、聞きに来たんだろ?」
コルホル村の本当の目的、聞いていいかな。
「昨日、母さんから聞いたんだけど、この村、防衛拠点なんだってね」
「ふーむ、リオンは意味が分かるのか」
「うん、町を守るために3つの村が作られたんでしょ」
「そうだ。最初にサガルト、2年後にカルニン、更に2年後にコルホルだ。森を切り開くところから魔物討伐でよく参加したぞ。それは大変だった」
これだけの開拓は多くの人手を要しただろう。冒険者も総動員か。
「リオンよ、目の前の景色をどう思う」
「え、どうって……遠くに森が広がってて、その向こうに山が見えて。そうだね、自然豊か、かな」
「はは、なかなかいい感性をしておるの。やはり変わった子だ、いやすまぬ、子供らしからぬと言ったほうがいいか」
なんかマズかったか。でもその他にどう表現すれば。
「自然豊か。そうか、そうだの。ワシらは魔物の支配する危険な場所としか思わん」
「ああ、確かに」
「森をつつけば魔物が湧く。それを分かって切り開くのはどれだけ大変か。それもこんなに大規模に」
「じいちゃん頑張ったんだね」
「ワシだけではない。多くの冒険者が関わり、傷を負い、そして死んでいった」
そうだよね、魔物の住処に入るんだ、ただでは済まない。
「それでもなお開拓を続けるのは後ろに守るものがあるからだ。そう、ゼイルディクがな」
「一度壊滅しちゃったんだよね」
「そうだ……あれは40年前、ワシはカルカリアで冒険者をしとった。ある日、冒険者ギルドに騎士が馬のまま突っ込んできて、魔物だ! 魔物の大群だ! と叫んだ」
「え、馬に乗って?」
「かなり慌てとったんだろ。そして、助けてくれと、町が滅びると」
何を見たんだろう。怖かったんだろうな。
「皆、てっきりカルカリアに魔物が来たのかと思ったが騎士に聞けばゼイルディク。ワシたちは一斉に町へ向かった」
「いっぱい冒険者いたの?」
「そうだの、登録は500人くらいか。まあすぐ動けたのはその半分ほどだろうて。ワシも急いで馬車に乗りゼイルディクへ向かった」
「遠いの?」
「カルカリアからは、そうさの、普通にいけば3時間てところか。もちろん大急ぎで走らせたから2時間くらいで着いたと思うぞ」
カルカリアも広そうだから時間かかるね。
「そこで見た光景は今でも忘れることができん。破壊された町、沢山の魔物、そして息絶えた人々、ワシらは町の中へ突っ込んでいった」
「怖くなかったの」
「分からん。もはや感覚が麻痺していたのだろう。とにかく襲ってくる魔物相手に戦い続けた、時間もどのくらい経ったか分からん、とにかく1体でも多くの魔物を倒した。いや、生き残るために来るものに立ち向かっただけか」
「じーちゃん、頑張ったんだね」
「体中傷だらけ、息も絶え絶え、いつ終わるとも知れない魔物との戦いが続いた。ワシももうここまでかと思ったそんな時、南側から大勢の騎士と冒険者がやってきたんだ」
「おお!」
近くの町から応援部隊か!
「ウィルムの騎士団と冒険者が駆けつけてくれたんだ。劣勢だったワシらは息を吹き返し、それから一気に魔物たちを殲滅させたんだよ」
「よかった」
「それから1週間くらいゼイルディクにいたかの。生存者の捜索や、亡骸の運搬、瓦礫の撤去。色々手伝った」
なんとも……当事者の話は響くなぁ。
「どうだリオン。魔物の森を切り開く理由が分かったか」
「うん、そんな悲劇を繰り返さないためだよね」
「だが開拓すればその過程でも犠牲者はでる。そして開拓してできたこの村も危険だ」
「あ、聞いたよ、ワイバーンの話」
「あの時は残念だったのう。中央区に墓地があるから覚えていたら祈ってやれ」
「うん」
覚悟してこの地に住んでいるとは言え、身近な人を失うのは辛いな。カスペルも知った仲だったろう。
「リオンよ、お前は賢い、そして未来がある。この先どうしたらいいと思う」
「え、どうって?」
「人の未来だ。魔物に怯えて暮らすのか、立ち向かい命を落とすのか」
「それは……分からないよ」
「はっはっは、そうだの、変なことを聞いて悪かったの」
何を言い出すんだカスペル。人の未来ってスケールが大きい。
「おう、お待たせ!」
「メルおっちゃん!」
「おお、来たか」
ランメルトだ、どうしよう、1回下りるか。
「じゃ、頼んだぞ」
「おっちゃん頼んだ!」
「任せとけ」
俺とカスペルは城壁を下りた。
カスペル、人生の多くを魔物との戦いに投じてきたんだよな。色々思うところがあるのか。




