第137話 刺客の考察
昼食後に家へ帰る途中、ミーナが剪定バサミを凶器にして俺を襲ってきた。直ぐにクラリーサが取り押さえたが、彼女は気を失う前に恐ろしいを言葉を発した。俺を殺すと。
神から指示を受けた様な言葉もあった。ミーナは午前中に礼拝堂の祈りに行き、そこから言葉が少なくなり虚ろな目をしていたらしい。もうこれは間違いない、神に洗脳されたのだ。
家に帰って居間に座る。
「ひとまずフリッツを待つか」
「そうだね」
「どうもミーナはあの時のことを覚えてないな」
「うん、よかったよ」
「それで母さん、エリーゼはどうする。ミーナのあの発言も聞いたようだし」
「……リオンの事情を伝えるしかないわ。礼拝堂の祈りで神に操られたのなら、今後も繰り返す可能性があるし」
「確かに。もう祈りは中止してもらわないとな。何よりミーナは悪くないと教えるべきだ」
「ええ、きっと今頃、エリーゼは自分を責めてるわ、育て方が悪かったからって。それに真相を知らないままだと、ミーナがまたおかしな言動にならない様に、前にも増して礼拝堂へ通うわ。神への祈りは悪い考えを無くしてくれるとみんな信じてるから」
ほー、そういう教えなのか。
「保安部隊の2人はどうする」
「同じように事情を話すしかないわね、ミーナへの誤った認識を正すためにも。でもミランダは必要最小限に止めたいから」
「そうなんだよな、俺も出来れば広めたくない。うまくリオンの封印された力を伏せて伝えられればいいのだが」
「そうね、何かいい言い方はないかしら」
うーん、そっか。思えば最初の刺客だった神職者も、領民に慕われている大司祭だったんだよな。彼も同じ被害者だ、無実なのに殺人未遂犯となってしまった。本当に迷惑だな神は。
しかしどうするか。そうだ、悪い神でもでっち上げて、それがごく稀に祈りの時に入り込んでくる。だから、その影響を受けたと認定されれば、罪には問われないし本人の名誉も守られる。神職者でも上位の人がそう言えばみんな信じるんじゃないかな。
あ、確か神職者ギルド長はクラウフェルト子爵だ。何やら彼の意向で村の礼拝堂に神職者を増員するのだとか。むー、神との繋がりがあるのだろうか。そうでないにしろ彼はかなり信仰心が高いとの話だから、悪い神だのを広めてもらうのは厳しいかな。
しかしクラリーサは何故あんな提案をしたのだろう。俺へ危害を加える可能性のある人物は、誰であろうと遠ざける方がいい。今回の件を隠蔽すれば、これまで通りミーナは俺にくっつく。特に俺と仲良くしてる様子を見て忖度したのか、それとも単にまだ子供だからか。
いずれにしてもミーナの鑑定情報に傷がつかないのは助かるけど。しかし、それも俺の身分なら可能とのこと。次期男爵令息だからか。貴族ってそういうところも関与できるんだな。つまりは揉み消しか。まあ、目撃者が限られたから、それも出来たんだろうけど。
「じゃまする」
「お、フリッツ、帰ったか。ミーナは目覚めていたぞ」
「うむ、立ち寄ってきた。いつも通りに戻っていたな」
「あのことは覚えてないみたいだよ」
「その様子だった。さて、ミランダからの通達だ」
お、話してきたんだね。
「商会員及び職人は、昨日から誰も礼拝堂の祈りに行っていない。いつもと様子が違う者もおらず、危険はないとの判断だ。従ってリオンは工房へ来い、クラウスとソフィーナも同伴してだ。もちろん道中は特に警戒する」
「そうか、まあ人が多い通りさえ気を付けていれば大丈夫か」
「うむ、同行するクラリーサとエマは、先の件をミランダに伝える必要もあるからな」
「分かった、じゃあ行くか」
俺も道中は周りをよく見ておこう。
商会に到着。俺とフリッツは工房へ。クラウスとソフィーナ、そしてクラリーサとエマは2階へ上がる。
「来たね」
フローラが休憩スペースで待っていた。
「また朝から本店でトランサスの抽出作業をしてたよ。全く、年寄りをこき使う」
「はは、お疲れ様」
「結界はしてあるからね、15時になったら重ね掛けに来るだろう。じゃあ共鳴作業頼むよ」
弓を握る。昼前に来た第1便の品だな。机の横には空箱が積み上げられている。
ギュイイイィィーーーン
「ふー」
「あんた、剣は18本全部終わらせたんだってね」
「はい、剣は特に効率がいいですから」
他の武器種も十分早い、もう5分で1本だ。同じトランサスだから、やればやるほど効率が良くなる。
「城から来た武器は残り弓15本、槍4本、杖5本だよ」
「分かりました。3時間あれば確実に終わります」
「そうかい、じゃあ夕方に城へ持っていくのに間に合うね」
「取り扱い商会も待ちかねてるでしょう」
「そうだろうけど、直ぐには全部渡さないみたいだよ。幾らかもったいぶらないとね、あんまり早く出来るのが知れるとトランサイトの価値が下がる」
まあ確かに。その辺は伯爵の裁量に任せるしかないな。
フローラと話しながらもどんどん共鳴作業を進める。
「お、商会長たちが来たね。私はここまでだよ」
「農作業ですか?」
「そうだね、草抜きくらいするか」
そう告げてフローラはミランダたちと入れ替わるように出て行った。
「進んでいるか」
「はい、弓は4本終わりました」
ミランダ、フリッツ、クラウス、ソフィーナがソファに座る。ミーナの件について今後どうするか話すのだろう。ああ、それと、俺の人物鑑定についてもだ。
「さて、クラリーサとエマからも話は聞いた。今2人は店内にいる」
「商会長はどう思います」
「状況から判断して、お前たちの思う線で間違いないな」
「では今後の対策をどうしたらいいでしょう」
「……礼拝堂の祈りが起因したからと言って、皆の習慣を中止することはできない。洗脳され人殺しになるから止めろとでも言うのか。もし私がそのようなことを先導すれば、神の教えに反すると、神職者ギルドに呼ばれて徹底的な教育を受けるだろう」
まあ、そうなるよね。となれば神職者側から言ってもらうのも無理な話だった。
「ではまた神の刺客が襲ってくる可能性があるのですね」
「そうだろうが、リオンよ、よく考えてみろ。ミーナは8歳の子供だ。近い存在で油断するとは言え、あまりに非力ではないか。聞けばまだ洗礼も終わっていない。戦闘に有効なスキルも無いのだぞ。そして凶器も剪定バサミだ、それでも深く刺されば重傷ではあるが、殺すつもりなら他に選ぶ刃物はいくらでもある」
農具があるからね。出荷調整用の小刀も刃渡り10cmだ。鎌で首筋の動脈を狙うことも出来る。確かに、ハサミが刺さったくらいでは、余程正確に心臓を狙わない限り、死には至らないだろう。
あれ、そう言えばミーナは8歳ってみんなの認識だし俺もそうだった。でも誕生日は10月だから今は7歳と8カ月じゃないのか。
「商会長、その前に気になったのですが、ミーナは7歳ですよね、どうしてみんな8歳と言うのですか」
「年が替わったからだ。2298年の誕生日に8歳となる、つまり2297年から年が替われば8歳になる年だ。それがいつからか、年が替わった瞬間に8歳の扱いになったのだ」
「へー、そういうことでしたか」
数え年みたいなものか。
「ワシも最初は不思議に思ったが、その方が分かりやすい側面もあるため多く広まっているな。だから年齢を聞けば、今年その年齢になる、もしくは誕生日を過ぎているとの認識でいい。聞かれて答えるのも今年到達する年齢で構わないぞ」
「分かりました」
そっちが主流なら合わせる方がいいね。まあ早く大人になりたい子供はその方がいいかも。ただ大人になったら年を取るのが早く感じる気はするな。
「すみません、話が逸れました」
「いや、構わない。不思議に思ったことは何でも聞けばいいぞ、後回しにすると忘れてしまうからな。それでミーナのことだが、年齢と言い武器と言い、命を狙うにしては不自然な点があるように思わないか」
「はい、そうですね。礼拝堂の祈りに行っている人なら、大人も多いし、ここなら冒険者ばかりです。より確実に仕留めるなら人選は他にあると考えます」
うむ、冒険者は常に武器を携行している。それが普通だ。従って俺に至近距離で武器を振るうことは容易い。弓を構えるにしても、まず連想するのは魔物の襲来だ。誰もそれを不思議には思わない。狙っているのが俺だと分かった時、既に弓は放たれている。
「つまりだ。神は洗脳する相手を選べないのではないか。何かしら条件を満たした者でなければな。私は信仰心が高い者が該当すると仮説を立てた。実際、先の襲撃者がそうだったからだ。それは今後も警戒する対象ではある。しかし、それとは別に条件があるようだ。リオンよ、ミーナについて何か思い当たることは無いか」
なるほどね、ミーナの信仰心は特段高いわけじゃないから他に条件があると。
「あ! ガルグイユに襲われたあの日、村を出る前にミーナと会ったのですが、何か俺に嫌な感じがすると言っていました。危ない予感がする、だから気を付けてと」
「ほう、そんなことがあったのか。なるほど、或いは神が魔物を操る予兆を感じ取っていたのかもしれん。そうか、つまり、神の意志を僅かながらに知ることが出来る、だから洗脳もし易かったと」
「なんと、ミーナにそんな能力があったのか」
「分からんが可能性はある」
うへ、ミーナ、凄いな。
「他にないか」
「……そうですね、後は俺に好意を抱いている点でしょうか。かなり強い思いです」
「それも関係している可能性があるな。聞けばミーナはこう言った、神様がリオンを楽にしてあげてと、だから殺す」
「あー、好きな人を思うあまり、その人のためにと動いたのですね。もちろん、真逆の行為を神は仕向けたのですが」
何ということだ! 人の好意さえも利用するというのか。つくづく性根が腐っているな神は。
「それも操るのに必要な要素ならば、周りからは判別がし辛い。内に秘めたまま慕っている者などいくらでもいるからな。ああ、クラウディアはそうでもないぞ、安心しろ」
「え! あ、はい」
何だそれは。大して好かれてもないということか。嫌なこと聞いたな。まあ、貴族令嬢として役割を果たしているとは思ってたけど。
「ふむ……神の意志を僅かでも感じる能力、そしてリオンを異性として意識した強い思い、この2点を持ち合わせ、且つ、礼拝堂で祈りを捧げる状態に限り、洗脳行為が実現したと」
「流石はミランダ、納得のいく仮説だ」
「いやクラウス、これはミーナに限っての話だ。他にも条件があり、それに合致する者が現れるやもしれん」
「確かにそうだが」
でもミーナが選出された理由としては合点がいく。それがたまたま非力な子供だっただけだ。
「ただミーナは祈りの後から様子がおかしかったと聞いた。口数が少なくなり虚ろな目をしていたと。従って今後もそういった様子の人物に特に注意すればいい、過度に警戒を続けるのも疲れるだろう」
「確かにここに来るまでもかなり緊張していた」
「そうやって気を張り続けていると、普段気づくことも見落としてしまう。ほどほどにしろ、警備は万全なのだ」
ああ、これが貴族の余裕か。ミランダは命を狙われたこともある。そういう環境に慣れたと言うと変だが、いちいちビクビクしてたら何もできないからな。
「やはり感知を覚えるのが近道ですね」
「その通りだ、リオン。人を疑えばキリが無いからな」
そうだ、自分が強くなれば自信がつく。堂々としていられるぞ。
「さて、ミーナの母エリーゼ、そしてクラリーサとエマ、あの場にいた神の封印を知らない面々に対する説明だが」
「ああ、そうでした! このままではミーナが可哀そうです」
「リオンよ、礼拝堂の祈りはどういった効果があるか知っているか」
「ええと、悪い考えを消してくれる、そう母さんから聞きました」
「うむ、実際にどうなのかは知らんし興味も無いし信じていないが、今回はそれを利用させてもらおう」
ほう、利用とな。それにしてもミランダの考えは辛辣だな。
「礼拝堂で祈ることにより、悪い考えは頭から消えていく。しかし実際は直ぐに消えておらず、あの礼拝堂に漂っているのだ。それを神が集めて消し去るのだが、ごく稀に、その悪心が集まり居合わせた者へ入ることがある。それだけでは何も起きないが、中にはその影響を受けて、自分の意思とは関係なく凶行に走る者もいる」
「おおー、それがミーナに該当したと」
「この事実を神職者ギルドは隠している。そんなことが知れたら祈りに行く人が減るからな。それで今回、不幸にもミーナはその悪心の影響を受けてしまった。故に彼女の意志ではない。むしろ純粋で優しい彼女だからこそ、悪心が寄って来てしまったのだ」
尤もな言いようだな。なんだかミランダが神職者に見えてきたぞ。
「だから心配はするな、ミーナはいい子だ。ただ、この悪心が入り込む事象は極秘だ。その影響で不利益を被った者だけに密かに伝えている。故に他言は絶対にするな、いいな。と、伝えるのはどうか」
「いいと思います。俺の神の封印に触れず、ミーナは悪くないことが伝わりますから。流石ですね商会長」
「フン、どうせ口止めをするのだ、何とでも言える。あの3名には私から直接伝えよう」
「お願いします」
ほー、ひとまずこれで今回の事件は落ち着くな。もちろんまだ油断はできないけど。
「さて、ウィルム侯爵の使いの件だが」
「あ、人物鑑定ですね、びっくりしました」
「私も想定外だった」
「鑑定偽装は間に合いませんでした」
「それは仕方がない。ただ人買い組織対策として必要だ、引き続き習得へ向け取り組んでくれ」
「はい」
「さて、結論から言うが、リオンのスキル構成を侯爵に知られたとしても、そう心配することはないぞ」
「え、そうなんですか」
連れていかれないのか。
「その理由として挙げられるのは、このカイゼル王国の貴族に対する考え方だ。お前が成し遂げたトランサイト生産、その様な偉大な業績を残した者は、総じて叙爵の対象となる。それはその栄誉を称え、利益を保証するのと同時に、権力者に取り込まれるのを阻止するためだ」
「へー、阻止ですか」
「うむ。既存の強力な権力者、それは主に侯爵、伯爵、そして伯爵の補佐である子爵を指す。その直接の影響下に優秀なものが置かれれば、利益を独り占めし、領地の力が大きくなる。町が発展するのは歓迎されることだが、それによって野心が芽生える者もいるのだ」
ふーん、つまりは国政に異を唱える者か。力が無ければ黙るが、そうでなければ強く出る。その先には反乱、そして内戦に発展するかもしれない。もしや過去にはあったのか。
「それを防ぐために対象者を叙爵させ、独立した領地運営を任せるのだ。もちろんそうなれば周りの貴族は深い関係を持とうとする。お前で言えばメルキース男爵家、アーレンツ子爵家がそうだ。もちろんゼイルディク伯爵家も関りは大きい」
「そうですね、大変お世話になっています」
「しかし関与は出来ても取り込むことはできない。なにしろ将来は同じ貴族。爵位の差はあれど、お互いに物言える立場なのだ。いやむしろ、お前の場合は上から意見を言えるがな」
ほーん、なるほどね。誰かの言いなりではなく、自身で動ける身分になるのか。
「侯爵は対象者の叙爵を速やかに承認しなくてはならない。もちろんそれに値するかをしっかりと調査した上でな。本来はその調査にそれなりの期間を要する」
「あの、調査って何するんですか」
「その功績の信頼性や再現性だ。ただそれだけならそこまで時間はかからないが、恐らく人間関係も詳しく調べるだろう。貴族となった後に、どういう影響があるか分からんからな」
「なるほど、誰とどう繋がっているかですね」
確かにその調査は時間が掛かりそう。
「そして叙爵の決定した者に侯爵は出来る限りの支援をしなければならない。叙爵までの警備、領地の整備、利益構造の確定など。それが距離的に難しい場合は、近くの貴族に指示をして対応する。今回は伯爵が大きく関わっているな。侯爵もウィルムに住む親族への動きを見れば、それに従っているのはよく分かるだろう」
「はい、とても早い対応でした」
「そして早速トランサイトの収入が手に入る。従って現状、ノルデン家は貴族家と同等の扱いなのだ。そもそも本来、叙爵対象者はリオンだぞ。領主が領地から離れるワケにはいかんだろう」
まあ、そうだね。
「だから安心しろ、あの鑑定結果を知られたからと言って、リオンが1人ウィルム侯爵の元へ向かうことは無い。まあウィルム騎士団に所属し、侯爵に忠誠を誓うとなれば話は少し変わって来るが」
「そんな予定はありません」
「はは、そうだろうな。いやしかし実のところ、侯爵が国の取り決めに従って事を進めるか幾らか不安はあった。しかしここまでの流れを見るにつけ、その心配はなさそうだ。ちなみにそういった動きはプルメルエント公爵が監視している。だから下手なことはできないのさ」
そりゃ王族だもんね。なるほど、力の集中を防ぐために分散させる。それが今回の叙爵の真相か。それでお互い牽制し合って、また新たな力関係が築かれ、それが維持されることで国の発展にも繋がると。ここまで大きな王国となったのも、その手法が合っていたからだろう。
「あ、では、伯爵がシンクライトを伏せているのは相当マズいのでは」
「……それは発覚した時に、どう取られるか次第だな」
まー、後から出すことによって大きく利益を得るのが目的だから、見つかってもそこまでお咎めは無いと思うけどね。せいぜい罰金との名目で、ごっそり利益を取られる程度か。
ただミランダも、伯爵に短剣、鍬、斧、鋸を報告していないってフローラが言っていたな。トランサイトの売り方に不満があるのが理由らしいが、これも発覚したらどんな展開になるのか不安だぞ。
それぞれ思惑があるのだろうけど、信頼関係を崩すのはいい方向へ行かない気がするな。




