第136話 刺客、再び
コーネイン商会の工房でトランサイト生産を行う。今回の付き添いは珍しくランメルトだ。冒険者時代の話を聞きながら作業を進める。
「へー、びっくりしたね」
「でもいい稼ぎになったぞ」
森の中で葉っぱに隠れた穴に落ちて、その下が広い空洞で、精霊石が大量に落ちていた話。
弓を握る。
ギュイイイィィーーーン
これで7本目。ここに来てからしばらく考え事してて時間をロスしたからペースアップだ。
◇ ◇ ◇
「そうなんだよ、偏った積み方するからだよ」
「ホント迷惑だね」
対向車線の幌無し馬車が魔物素材を大量に載せて速度を出していた。するとカーブで片方の車輪が浮いて荷台が横転、魔物素材をぶちまけて通行止めにされた。仕方ないので一緒に片付けていたら、他の冒険者に素材をほとんど持っていかれた話。
「いやー、アイツはいいやつだった、ソフィの好みではなかったがな」
「それは仕方ないね」
ソフィーナと交際したいと言う男が、まず兄に認めてもらうためと魚釣り対決を挑んで来た。もちろん受けて立ち、当然ながら大勝利。その後も男は諦めず何度も挑戦してきたが、ランメルトの連戦連勝。見かねて色々と教えるうちに釣り仲間になった話。
他にも沢山の冒険者時代の話を聞かせてくれた。俺はそれを聞きながら手元は共鳴作業を進める。
ギュイイイィィーーーン
「ふー、これで最後」
「ありゃ、いつの間にそんなにやったんだ」
「おっちゃんは話に夢中で気づかなかったんだよ」
「そうか、ちょっとしゃべり過ぎたな」
「ううん、とっても面白かった。また聞かせてね」
「おう、いつでもいいぞ」
実際、ランメルトの話は楽しかった。抑揚をつけ身振り手振りも交えるし、その時の情景が目に浮かぶようだったよ。
さて、実績は弓10本、杖6本か。変化共鳴のみにも随分慣れてきたし、このままいけば強化共鳴から切り替えた時より早くなるな。
「お、リオン君、やってるね」
「フリンツァーさん!」
工房に本店長のフリンツァーが入って来た。その後ろから大きな木箱が乗った台車が2台続く。商会員が机の横まで押してきたところで蓋が開かれる。中には長さ1m50cm、幅30cmくらいの木箱が積み重ねられていた。
「これ全部武器ですか」
「そうだ、城から運んできたんだ。42本ある」
第1便だね。流石、凄い量だ。
「あと50本くらいあったが城に置いてきた。一気にそんなには無理だろう」
「そ、そうですね」
ただ剣ならそうでもない。ふむ、昼の鐘まであと15分ってとこか。よーし。
「剣は何本ですか」
「確か18本だな」
「18本……あの、お手数ですが、机に全部並べてもらえますか」
「今からか」
「はい」
「それは構わないが」
「よし! 俺も手伝うぞ」
ランメルトも一緒になって次々と箱から剣を出す。休憩スペースの机の上には奥の方まで剣が並べられた。
「よし、いきます!」
ギュイイイィィーーーン
ギュイイイィィーーーン
ギュイイイィィーーーン
……。
ふー、これで10本、まだいける!
ギュイイイィィーーーン
ギュイイイィィーーーン
……。
ハァハァ、流石に厳しい。
ギュイイイィィーーーン
あと1本。
ギュイイイィィーーーン
「はー、終わったー!」
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。勝ったぞ。
「お、おい、リオン、お前」
「こんなに連続でいけるものなのか」
「ハァハァ、本店長……ハァ、念のため、鑑定を」
「おお、分かった!」
フリンツァーは次々と剣を鑑定する。そんな中、クラウス、ソフィーナ、ミランダ、フリッツが工房へやってきた。
「こりゃ壮観だな、城から持ってきたやつか」
「そうだよ、父さん」
「……全て、トランサイト合金です。リオン君、完璧な仕事ですよ」
「はは、良かった」
「何!? もうそんなに終わらせたのか」
「剣なら可能です、商会長。かなり疲れましたが」
「あまり無茶はするな」
「はい」
ちょっと調子に乗ってみた。どのくらい連続でいけるか試したかったんだよね。結果、5本目くらいまではホントに連続でできたけど、そこから少し間を空けないと流石にきつかった。最後の18本目をする前に1分は休んだか。
このやり方はしんどいけど、効果的なトレーニングにはなった。やっぱり追い込むのはいいね。それに制限時間と目標本数を定めることにより、ペース配分も考え、結果的に1本を最小限の魔力で仕上げたのだ。
ただ、ぶっ倒れて迷惑かけちゃいけないので、ミランダの言う通りほどほどにしないと。しかし、剣技があると本当に全然違うな。これは弓も訓練を頑張って、早く実戦で使えるようにならないと。一番需要があるのは弓みたいだし。
「では昼からも頼む」
クラウスたちと店内へ移動し、保安部隊と合流。西区へ向かう。
「父さん、今朝の件、大丈夫かな」
「さっきまでそれも話していた。午後にミランダから説明があるだろう」
「そんなに心配することはないのよ」
「うん、母さん」
イグナシオから人物鑑定を聞いた時のミランダの表情から察するに、想定していなかったのだろう。ただ、過ぎたことは仕方ない。考え得る展開に備えなければ。
食事を終えて家に帰る。
その途中、レーンデルス家の前で花の手入れをしているエリーゼとミーナがいた。俺を見つけるとミーナは駆け寄って来る。
「下がれ!」
!? な、何だ。
「あぅ……」
そこにはクラリーサに取り押さえられたミーナの姿があった。
え、どういうこと。
「何をする!」
フリッツは声を上げ駆け寄った。
「待ちな! 今……この子は刃物を持ってリオンに向かっていた。そこに殺意があったのでね」
「何を言っている! ミーナがそんなことをするハズが、おい、大丈夫か、リーサもそこをどけ!」
「嫌だね」
フリッツは地面に伏せられたミーナに近づく。
「リオン……殺す」
え!?
「何だと!」
ミーナの口から恐ろしい言葉が聞こえた。
「神様が……楽にしてあげてって、だから……殺す」
虚ろな目をしたミーナはそう呟き、静かに目を閉じた。
「おや、力が抜けたね、気を失ったようだ」
「……そ、そうか、では一度家に運ぼう」
フリッツはミーナを抱きかかえて玄関に向かう。彼女の服は土で汚れ、顔や腕には擦り傷が見えた。
「これが凶器さ」
クラリーサの示した地面には剪定用のハサミが落ちていた。それをエリーゼは拾い上げ、しばらく見つめる。
「ミーナ、なんてことを……」
「エリーゼだったね、詳しく話を聞きたいから家に一緒に入ってくれ。リオンたちは一旦帰るんだ、エマは同行を頼む」
「では行きましょう」
クラリーサとエリーゼがレーンデルス家に入るのを見届けて俺たちは自宅へ向かった。
「私は玄関前で待機しています」
そう告げたエマを残して居間に座る。クラウスとソフィーナは驚きと戸惑いの表情だ。
「びっくりしたな、リオン」
「うん」
「それで、ミーナの発言を聞いたか」
「聞いたよ、俺を殺す、って」
「それに神が何だのとも」
「私も聞いたわ」
そうか、みんな聞いてるなら間違いないな。もちろんミーナはそんなこと言わない。ましてや俺への好意があるのだ。確かにその思いの強さが歪んだ愛情となり、相手を傷つける事例が前世ではあった。しかし先程の言動はミーナの意志ではない。
神め……神職者だけではなく、こんな身近な人間さえ仕向けてくるのか。それもミーナを、あの純粋で思いやりのある、とってもいい子を、そんなことに利用するなんて。許せない、絶対に許せない。
何が神だ、強大な魔物を操って多くの人を傷つけ殺し、自らを信仰する者、そして小さな子供さえも殺人の道具に変える。やってることは悪魔のそれじゃないか。どんな理由があっても正当化されるものではない。
そんなに俺が憎いか、そんなに消えてほしいか。そもそも神が創り出した力だぞ、つまり単なる調整ミス。それが都合が悪くなったからと言って力づくで排除するのか。本来はそれも含めて世界を管理するのが務めだろう。
後回しにしたっていつかは向き合わないといけない。それがこんな、こんなやり方だなんて。おい! いつになったら接触してくるんだ! 裏でコソコソするのもいい加減にしろ!
くそう、どうしたらいいんだ。ミーナが、あのいつも手を繋いでくる可愛らしいミーナが、俺を殺すだと? はは、何だそれ、じゃあ俺を一番に考えてるソフィーナも、はたまた、2度も守ってくれたクラリーサさえも、いつかは俺を狙う刺客になるのか。
やるな……中々の追い込み具合だ。極度な人間不信に陥らせ、孤立したところを魔物で仕留めるのか。まったく酷いものだ。
「おじゃまするよ」
クラリーサとフリッツが入って来た。彼女は音漏れ防止結界を施す。
「あの子は眠っているよ、落ち着いた様子だね。今は自宅で母親のエリーゼが側にいる。少し怪我をしているので治療士を手配した」
ああ、そうだ、ミーナだ。今は神なんてどうでもいい。
「それでフェデリコがエリーゼに事の経緯を聞いている。なぜあのような犯行に及んだか、気づいたことを全てね」
「あの、ミーナはどうなるのでしょう」
「……8歳だからね、まだ物事の良し悪しは正しく判別できない、感情の制御もね。従って大人と同じ扱いにはならないよ。ただしばらくは親の管理下の元、自由が制限されるだろうね」
「そうですか、あの、犯歴になってしまうのですか」
「行動は起こしたんだ、何かしら鑑定情報に記されるだろう」
そうか、刃物を持って殺そうとしたんだからね。そう、明確な殺意があった。殺すってみんな聞いたもん。ああ、くそ、俺のせいで、ミーナの人生に傷が付くのか。
「まあ目撃者は限られている。少し近くにいた住人が聞きに来たが、ミーナは自ら転倒し怪我をしたと伝えたよ。だから私とエマ、あんたら3人、そしてフリッツとエリーゼ、その中である程度内容を調節できる」
「! そ、そうですか」
「リオン、ミーナがあんたにくっついて嬉しそうにしているのはいつも見ていた。どういう処理にするかは任せるよ。あんたらはそれが出来る身分だ。まあミーナが目覚めて何を言うか分からないけどさ」
「……ではリーサが伝えた通り、自分で転んで怪我でお願いします」
「みんなもそれでいいかい?」
「構わない」
「ええ」
「……頼む」
「分かったよ、じゃあフェデリコとエリーゼに伝えてくるね」
そしてクラリーサは去った。
「すまない、リオン」
「いやいや、先生が謝ることじゃない。黒幕は……神だ」
「やはりそう思うか」
「うん、間違いない。ミーナがあんなことするワケないし、だからむしろ被害者はミーナだ。あんないい子を利用するなんて、俺は絶対に許さないぞ」
「うむ、ワシも同じ思いだ」
フリッツの目が鋭くなった。大事な孫をあんな扱いされて余程の怒りだろう。
「しかしミランダの話では、信仰心の高い神職者に可能性があると。ミーナはどうだったんだ」
「エリーゼの話では、アルベルト、エドヴァルド、ミーナと共に午前中に月に一度の祈りに行っていた。そこからミーナは言葉が少なくなり、時折り虚ろな目になっていたと言う」
「む、いつもと違う様子だったのか」
「そのようだ。信仰心自体は、まあ普通ではないか。頻繁に礼拝堂に行くほど熱心ではない。ただ、サラマンダーの件では、相当の時間、礼拝堂でリオンの無事を祈っていたらしい」
「ふむ、そうか」
なるほど今日は月末で雨上がりだ、礼拝堂の祈りに行く住人は多い。レーンデルス家も午前中に行ったんだな。その祈りの最中にミーナは神から洗脳行為を受けた。そう考えるのが妥当だろう。
「ならば信仰心は別にしても、礼拝堂の祈りが起因した可能性は高いな。今日は雨上がりで祈りに行く住人は多い。その神が操っている状態が、どれほどの時間続くのか分からないが、数日は警戒を強めるべきだろう」
「そうだな、クラウス。このことはミランダにも報告しよう、ワシが行ってくるからお前たちは西区でいろ」
「では頼む」
フリッツは去った。
「ふー、まいったな。こりゃリオンの仕事も考えないといけないぞ、商会員や職人に礼拝堂へ祈りに行った者がいれば危ないからな」
「あ、そうか、どうしよう」
「まあ、ここへ武器を運んで来れば出来るさ。もちろん手間だが。その辺りはミランダの指示があるまで待とう」
「うん」
うー、面倒なことになった。しかし、ミーナ、眠っているって言ってたけど大丈夫かな。
「あの、父さん、ミーナの様子が気になるんだけど」
「見に行きたいのか、いやしかし、もし目が覚めて暴れ出したらどうするんだ」
「そ、そんなことないよ、きっと。それにみんないるんだし」
「……まあ、そうだな、じゃ行くか」
家を出る。エマと一緒にレーンデルス家へ。
「私が中の様子を見てくるわ」
「頼んだ、母さん」
ソフィーナが入ってしばらくすると治療士のヘンドリカが出てきた。
「これはクラウス様」
「お、どうなんだ、ミーナは」
「何カ所かの擦り傷は治療致しました。ただ定着まで2~3時間は安静が必要です」
「他に変わったところは?」
「……保安部隊の報告では転倒時に頭を打ち、それで気を失ったそうですが頭部に外傷はありませんでした。他も調べましたが異常は見つかりません」
「そうか、分かった」
「では失礼します」
ヘンドリカは去った。
「大丈夫そうだな」
「そうだね、あ、母さん」
「いいわよ、入って来て」
ソフィーナに続いて中に入る。ミーナは奥の部屋のベッドに横たわっていた。側にはエリーゼとクラリーサが立つ。そういや、アルベルトとエドヴァルドはどこへ行った? 中央区かな。
「おや、あんたたち」
「様子を見に来ました」
「あんまり近づくんじゃないよ」
「はい」
「ごめんなさいね、ミーナがあんなことして。それに……殺すだなんて」
エリーゼはうつむいて涙ぐんだ。
「いや、あの、きっと何かの間違いですよ」
こういう時に出てくる言葉はこれしかない。でも実際、どんな間違いだろうが刃物を向けられた方はたまったモノではない。むー、神の洗脳なんて、説明できやしないぞ。
「……う、うーん」
「あら、ミーナ! 気が付いた?」
そのエリーゼの言葉を聞いて、クラリーサは俺の前に立ち身構える。
「ここ、おうち?」
「そうよ、痛いところない?」
「うん、平気……あ、リオン」
クラリーサの横から顔を出している俺を見つけてミーナはほほ笑んだ。
「来て、くれたんだね、お人形、見せてあげるよ」
「ミーナ、あなたは転んで怪我したのよ、今日は休んでないと」
「転んで? そうだっけ」
「リオン、もういいか」
「あ、そうだね、父さん」
安静にしてなきゃいけないんだ。顔も見れたし声も聞けた。
「じゃ、ミーナ、また来るね」
「うん、待ってる」
俺たちはレーンデルス家を出る。
「いつも通りに見えたな」
「そうだね、安心した」
さっきのミーナは、あの虚ろな目では無かった。もう洗脳が解けたのだろう。それにしても良かった、ミーナの笑顔が見れて。
ただどうも、あの時のことは覚えてないようだ。もちろん覚えていたら本人は苦しむことになる。大好きな俺に刃物を向け、殺すと言っていたのだから。これは思い出さないことを祈るしかないな。




