第13話 初めての鐘
クラウスと共に食堂に入り受け取りカウンターへ行く。
「お、今度はマトモな料理だ」
「いちいちうるさいわね、来週はソフィの代わりに来てみなさいよ」
「あいや、俺が行っても役には立たないから」
「食器を洗うくらいできるでしょ」
食堂のカウンター越しにクラウスとイザベラがやりとりする。
住人料理の日、厨房に入ってるのはほとんど女性だ。この世界は料理上手なのは女性が多いのだろうか、それとも女性の仕事として決められているのだろうか。
村の生活を見る感じ、男女で役割が分かれてるのはあまり見ないなぁ。料理だけは何かあるのか。単純に野郎どもが料理できないだけかな。
「昼からはどうするんだ、収穫するが手伝うか?」
「うーん、見張り台で母さんと一緒にいる」
「そうか」
ソフィーナ目線での証言も聞きたいからな。
食事が終わりトレーを下げるとクラウスが厨房へ入った。おや?
「どうしたの?」
「食器洗いくらいできるぜ!」
「へー、じゃお願いね」
イザベラが洗い場にクラウスを案内する。俺も行くかな。
「リオンもやるのか」
「うん!」
2人で次々運ばれてくる食器をひたすら洗う。
「もういいわよ、後はやるから」
「じゃ頼む」
イザベラに告げられて俺たちは厨房を出る。
「父さん、厨房は女の人が多いけどどうして?」
「俺らが作ったらマトモな料理にならないからだ」
「そーなんだ」
やはりか。
「それに片付ける場所とか色々細かいのが分かりにくいんだよ。だいぶ前に男中心で作ったら、女性陣は料理のデキ、料理人からは調理器具の収納場所とかで苦情が多かった」
「あちゃー」
「慣れないことはやらない方がみんな幸せになれる」
なるほどね。
「あとは、そうだな、どっちかっていうと最初から女性比率が高かったのさ。俺もここ来た頃は母さんと交代で行ってんだけど、なんつーか、居づらいんだよ」
あー分かる! 女性多めの中に男性が入っていくのはやりにくい。前世でPTAの会もお母さん方が多かったから俺が行ったら居づらかった。何というか、雰囲気が独特だ。
自治会でも一番強いのは婦人会だった。青年団も老人会も子供会も、婦人会だけは敵に回してはいけないと思ってた。いつもにこやかなご婦人方だが、表面上からは一切分からない様々な思いがあり、たまにチクリと言われてビクッとしたな。
「じゃ、父さん収穫に行ってくるからな」
「うん、いってらっしゃい!」
ソフィーナも何か思いがあるんだろうな。ちょっと怖いな、普段優しいだけに。
俺は城壁を上り見張り台へと向かった。この階段、文字通り大人の階段だな。なんてね。
「母さん来たよ!」
「いらっしゃい、リオン」
さて、何を聞こう。ソフィーナの生い立ちから聞いてみようか。
「母さん、昼までは父さんと色々お話したんだよ」
「そうなの、どんな話?」
「鐘の鳴らし方とか、魔物の判断とか、あとはね父さんの小さい頃からの話」
「父さんの? あの人そんなこと話したのね」
「母さんの小さい頃のお話も聞いてみたいな」
「え?」
どうかな。
「いいわよ、話してあげる」
お、いいんだ。
「私が生まれたのはゼイルディク、今ディアナが学校行ってる町よ」
「うん、ここからは近いんだよね」
「そうね、馬車で1時間くらいかしら」
ほう、けっこう近いな。半日や1日かと思った。異世界のこういう町村の位置関係って散ってる印象だったから。馬車の速さにもよるが。
「私の家は農家だったの、カスペルじいちゃんとエミーばあちゃんね」
「え、じーちゃん冒険者だって言ってたよ」
「結婚する前は2人とも冒険者だったのよ、それで結婚を機に引退して、郊外の畑の広がってるところに移住したそうよ」
「へー」
カスペルやエミーの実家には帰らなかったのかな。
「どちらかの実家には帰らなかったの?」
「カスペルはウィルム出身なのよ、だから遠かったんじゃないかしら」
「あー父さんと一緒なんだ」
「そうよ、で、エミーは孤児なの。だから帰るところは無かったのよ」
「へー」
エミーは天涯孤独だったのか。
「ゼイルディクはね、40年前に魔物の大きな襲撃を受けて壊滅状態になったそうよ」
「えええ!?」
そうだったんだ。大きな町が壊滅するって、どんだけ魔物が来たんだ。
「だからその当時子供だった人は孤児が多いのよ」
「そうなんだ……」
子供は守ったんだろうな、いやぁ、やっぱりこの世界大変だ。
「でもゼイルディクは短期間で復興したの、ウィルムやカルカリアから沢山の支援が来てね。そしてまた魔物が沢山襲ってきても戦えるように、冒険者を多く集める町になったのよ」
「なるほどー」
「それで、えーと、サガルト村、カルニン村、そしてコルホル村。ゼイルディクを中心とした防衛拠点計画が始まったの」
「え!? 防衛拠点」
そうだったのか! やっぱおかしいよなこの村! 砦みたいだもん。
「ゼイルディクに魔物が流れる前に阻止する最前線なのよここは。それがこの村の本当の目的。みんな言わないけどね、それを知ってて住んでるの」
「おかしいと思ったんだ、人が住む環境としては危険過ぎるから」
「そうね、でもゼイルディク、果てはサンデベールあげての重要開拓事業だったの。だからこんなすごい城壁があるのよ」
「あ、そうか、ウィルムを守るにはゼイルディクが盾に、ゼイルディクを守るにはコルホル村が盾になるんだ」
「そう、そういうこと」
なるほどー、城壁を作る予算とかどうなってるんだと思ったけど、公共事業みたいなものだったのね。
「そっか、防衛拠点、他にも村があるって言ったけど、どんな所なの?」
「ここと同じように農業をしながら魔物対応をしてるの。もちろん城壁もあるわよ。それで確かサガルトは小麦が多くて、カルニンは畜産も、ええと私達が食べるお肉ね、それ用の牛とかも沢山育ててるみたい」
「ふーん」
村ごとの特産みたいなもんか。
「詳しいね」
「学校で習うのよ。今ディアナも教わってるわきっと」
「母さんは頭いいよね」
「ふふ、そうかしら」
あ、何考えてるか分からん。ちょっと怖いなー。
「ところで、冒険者になってすぐ父さんと知り合ったんだよね」
「そうよ、メル兄さんと3人で最初パーティ組んでたわ」
「母さんモテたんだって言ってたよ」
「さー、覚えてないわねー」
絶対覚えてる感じだ。
「父さんのどこが好きになったの?」
ちょっと答えづらいか、流石に。
「そうね、真面目で真っすぐなところ。それでいてカワイイところもあるのよ」
「へー」
8歳のリオンが聞いたら意味わからないな、これは。
「リオンは好きな娘いるの? ミーナはどう?」
「え、な、何を急に……」
ちょ、ソフィーナどうした。
「ふふ、この世界、いつどうなるか分からないから、ここの女の子のお友達は大事にね」
「う、うん」
むー、どういう意味だろう。どうなるか分からない。魔物がいるからな、いつ死んでもおかしくないってことか。だから早めに将来の相手候補を見つけておくのか、いやでも相手が死んだらどうするんだ。また見つけるのか。
「ちょっと意味が分からなかったわね。また大きくなったら分かるわ」
「うん」
あ、分かったぞ! もし、俺がミーナと結婚して子供ができたらここへ帰って来るしかないじゃないか! レーンデルス家かノルデン家か、そうか、なるほど。
「母さん、分かったよ。孫と一緒に暮らしたいんだね」
「あら、流石リオンお見通しね。エリーゼもリオンのこと気に入ってるわよ」
「はは……」
アルベルトとクラウスも気が合うようだし。俺とミーナがくっついたら身内になれるから推してるんだろうな。でもフリッツが身内だぞ、クラウスはそれでいいのか。
「それならエドとねーちゃんって線もあるよ、母さん」
「さーそれはどうかしらねー。エドヴァルドは優秀でモテるでしょ。ディアナでは難しいわ、あの子何も考えてないから」
ディアナ……。
「リオンはカトリーナとも仲がいいのよね」
「え、うん、まあ」
従妹は結婚できるのか。それにしても8歳の子供にそんな先のこと想像できんわ。
話題を変えよう。そうだな。
「ところで母さん、前に西区は応援要請多かったって聞いたけどどんなだったの?」
「そうね、リオンが生まれた年が一番多かったわ。西区が危なかった時よ」
「え、危なかったって」
「確か、1月に5回くらい要請出したはず。それでその最後のがかなり危なかったのよ」
「5回も、へー」
「ワイバーンが来たの」
ワイバーン! 飛竜か。
「大型で大変だったわ。城壁も一部壊され、南側の住宅も何軒か壊されたの。それで、4人住人が死んだのよ、うち1人は子供だったの」
「そうなんだ」
西区が子供の行動に慎重だったのもそれがあったからか。
「私はリオンを抱っこして、ディアナの手を引っ張って中央区へ逃げたから、その時の状況は詳しくは知らないの」
「倒すの大変だったんだろうね」
「ええ、怪我人もいっぱい出たそうよ」
ワイバーンなら空からか、厄介だな。
「長い戦いだったみたい。でも騎士が応援に来た時には倒してたわ」
「おお、村のみんなで勝てたんだね」
「ええ、あの大物を仕留めたのは驚いてたわ。それで町に来る前に食い止めたって、とっても感謝されたのよ」
「そうか、そのための村だもんね」
町に行かれるともっと被害が出てたかもしれない。役目を果たしたんだな。
「それからちょっとは落ち着いたけど、まだ西区が要請多かったわね」
「ふーん」
「あ、2年前はね、東区が要請多かったのよ。それには理由があるの」
「どうして?」
「城壁を拡張したでしょ、あの工事とかで人が増えてたから、多分それが影響して魔物の動きが活発になったの」
「へー」
そういうのに魔物は敏感なんだな。あ、ということは、
「じゃあ今年の北区の拡張は……」
「そう、また魔物が増えるわね。おとついの要請もきっとそれが原因と思うわ、城壁予定地の調査とかで人がいっぱい来てた日があったみたいだから」
「あーなるほど」
でもそこは突破しなきゃ拡張はできないし、やむなしか。
ん、あれは、魔物じゃないか?
「母さん、あそこ!」
「ガルウルフ! 1、2……6体。リオン鐘できるわよね、2回よ」
「うん!」
き、来た! 初体験! ちょっと不安だけど、やるしかねぇ!
梯子を上がり、鐘の近くに吊ってある鐘叩きに手を伸ばす。
あ! 焦って落としてしまった!
おー、お、落ち着け、まだ鐘叩きは2本吊ってある。俺はゆっくりと柄を掴んで取り外し、体に引き寄せた。よー、よし、叩くぞ!
カンカン! カンカン! カンカン! カンカン! カンカン! カンカン!
一心に叩き続ける。とても大きい音だ。体全体で音の波長を受け止めてるみたい。城壁の下から声が聞こえるが何を言ってるのか分からない。手も痛くなってきた。
ハァハァ、もういいか。
鐘叩きを元の場所に収め、ゆっくりと梯子を下りた。最初に落とした鐘叩きを拾い上げる。ふと見張り台の下を見ると何人かの住人がガルウルフと戦っている。
ガルウルフ、デカい! こないだの猪よりももうちょっと大きいぞ、人の対比でそう見えた。
あれはクラウスだ! 収穫途中だったんだろう、そのまま戦ってるみたい。凄い、全部避けてる。ガルウルフが飛び掛かる度に寸前でかわしてる。なんという身のこなし。避けながら少しずつ、こっちへ来ているな。
ズドン!
矢だ! 矢がウルフの頭に刺さった! それで刺さったところが燃えてる!
ガウァアアッ……
1体動かなくなった。
歩廊を見ると鋸壁に上がったソフィーナが弓を引いていた。あれ凹の部分に入るんじゃなくて、凸の部分に上るんだ。地上から8mくらいあるぞ、怖くないのか。ソフィーナは真っすぐ立ち、1点を見つめ集中している。鏃には炎が揺らめいているように見える。
シュン!
矢が消えた! 放ったのか、凄い速度だ、全然見えない。城壁の下に目をやると、動いてるガルウルフはあと2体だった。住人も増えてる。これは時間の問題だな。
「終わったぞ! もういないか!」
「もういないわ!」
「よし!」
地上からのクラウスの声にソフィーナが応えた。
「リオン、鐘ありがとね」
「うん、頑張ったよ!」
ソフィーナが見張り台に帰ってきた。
ドドン! ドン! ドン!
勝利の太鼓だ。
「俺初めて魔物との戦いを見たよ! 凄いね、母さんの弓!」
「ふふ、2体やったわ」
パカッパカッパカッ……ヒヒーン
「あれ誰? 騎士かな」
「そうよ、確認に来たの」
馬に乗った騎士が城壁の下に来た。あ、魔物に近づいていく。んん!? もう骨になってた!
「ソフィーナ! 仕留めたのは2体で間違いないか!」
「ええそうよ!」
下から騎士がこちらへ声を飛ばしソフィーナが応える。
「今の何?」
「討伐報酬の確認よ」
「報酬!? お金がもらえるの?」
「そうよ、少しだけね。致命傷を与えた住人にちょっとだけご褒美があるの」
「へー」
そりゃそうか、活躍したら見返りがあって当然だよな。
「でもほんとにちょっとよ、西区全体で討伐報酬が出るからそれだけでもいいのよ」
「そうなってるんだ」
なるほど、さっきクラウスは避けてばかりで攻撃してなかった。あれはきっと城壁まで連れて来て上から狙ってもらうためだろう。倒した人だけだとクラウスは動いた割に何もないしな。
「父さんも1体倒してたわよ」
「見てなかったや」
「リオンが鐘を鳴らしてる時に倒したから。1対1だったからよ、あとから来たのはこっちにまとめて連れてきたのよ」
「そうかー」
多分、複数相手でもやりようはあるだろうけど、少しでもリスクの少ない方法を選んだと。ここまで引っ張れば上から的だし。
「荷車にガルウルフの角とか載せてるよ、どうするの」
「ギルドへ持っていくの、それで売却するのよ」
「それは俺たちの利益なの?」
「いいえ、ギルドのものよ、魔石もね」
「え、そんなー」
そこは倒した人のものじゃないのか。
「討伐報酬でまとまって貰えてるからいいのよ。ギルドだって運営にお金が必要だし。でも申請討伐で森に行った時の素材は私たちの自由よ」
「それはいいんだ」
「ええ、もう申請したから近いうちに行くと思うわ。精霊石も拾えるかも」
そうか、西区全体で報酬出してるのに素材までこっちに来たらギルドは大赤字だな。
「西区全体って今のに参加してない人も貰えるの?」
「そうよ。だって誰が参加して、してないかって、線引きが難しいから」
「確かに誰がどう関与したかなんていちいち確認できないよね」
「ええ、だから確認するのは致命傷だけ。それでも要請の時みたいな乱戦はけっこう曖昧で、討伐数よりかなり多い止めの報告が来るそうよ」
「ははは」
言ったモン勝ちか。あ、乱戦と言えば、
「母さん、剣士とか魔物の近くにいるのに間違って当たったりしない?」
「大丈夫、向こうも今撃ってくれみたいな動作するから分かるのよ」
「えー凄い!」
それは熟練の連携の賜物だな。
「でも乱戦の時は掛け声で決めてるの」
「どんな?」
「やめー! たいひー! よ」
「え?」
「弓や魔法を撃つのを、止め! 魔物の近くから、退避! 止めを聞いたら剣士が突っ込んで、退避を聞いたら私たちが撃つのよ」
「なるほどー」
前衛と後衛が交互に戦うのか。それなら味方に当たることはない。
「リオン、鐘叩きまだ持ってるの?」
「え、あ、そうだ、最初落としちゃって、戻してくるね」
「ふふ」
3本吊ってるのは俺みたいなあわてんぼうが落とした時用なんだな。
それにしてもソフィーナの弓はかっこよかった。
「母さん、鏃が燃えてるように見えたけどあれがスキル?」
「そうよ、実際に燃えてるワケじゃないけど魔素がそう見えるのよ」
「へー」
「だってそうでしょう、物凄い速度で矢は飛んでいくから、火が消えちゃうじゃない」
「そっか」
「あれは魔素の火種みたいなもの。魔物に刺さったら着火するのよ」
「へー」
スキルかー、かっこいいなー。
「そうだ、母さん精霊石、弓につけっぱなしだよね、お家で仕舞わないの」
「家から出る時につけるの忘れそうだからそのままよ。まだ1年くらいもつと思うわ。その前に使い切るでしょうね」
「ふーん」
ゴーーーーーン!
「あ、夕飯ね。リオンはどうする? 父さんが上がってきてから私と行く?」
「えーと、うん、一緒に父さんを待つよ」
「分かったわ」
畑にはもう人影はない。
遠くの山の向こうに太陽が沈んでいく。
その景色をソフィーナと一緒に見てた。




