第126話 保安部隊増員
中央区の城壁沿いの農道を通り、子爵一行は北区へ続く道へ。
「城壁の基礎に取り掛かっているようだな」
「はい、予定では8月中に城壁が完成します。同時に城壁内の下水施設も進め、これは10月中に終了します」
「では住居の建築は11月からか」
「はい、実際は下水施設の終わったところから基礎と水回りを先行して建築します。余程天候に恵まれない限り、来年3月には60軒が完成する予定です。資材の準備は80%が整いました」
子爵と家令ナタリアが、北区拡張の話をしている。なんと60軒が半年ほどで建築か、資材をあらかじめ用意するとは言え異常な早さだな。まあ西区の食堂や脱衣所があんなに早く復旧したからね。大人数で一気にやるのだろう。
「畑の拡張はどうか」
「年内に木の伐採と切り株除去、来年4月末頃までに基盤整備、そこから圃場へと整備するのに2カ月を見ています。魔物に大きな動きが無ければですが」
「ふむ、来年の今頃には苗を植えることが出来るな」
「はい」
そうか、住人が増えるから畑も増やさないとね。でもこれはナタリアの言う通り魔物がどうなるかだな。森を切り開けば大発生のリスクもあるみたいだし。
「残り40軒は専業冒険者向けだったな」
「はい、住居の建築は来年2月初旬から開始し、4月中には完成の予定です」
「そうか」
お、前に北区の人に聞いた通りだね。畑をせずに魔物討伐専門の住人が入るって。
「子爵、それほど大規模な拡張計画、建設ギルドの人手をよく確保できますね」
「クラウスよ、3つの村には専任の建設商会がついておる。伯爵指示の下な。今、サガルトの拡張工事を行っている商会が、次にコルホルにやってくるのだ」
「そうだったのですか」
「3つの村はもう何年も先まで拡張内容が決まっている。建設商会もそれを見越して資材や作業員を確保している」
ゼイルディク挙げての事業らしいからね。伯爵が旗振り役となって進めてるんだ。
「では西区の復旧は別の商会ですか」
「いや、同じだ。あれはカルニンの拡張予定だった資材を回したはずだぞ。どこも基本的に同じ作りだからな、魔物被害も直ぐ対応できるよう常に準備してある」
「先日、カルニンへドラゴンが襲来し被害を受けた建物。その復旧資材はコルホルの拡張分が回ったのです」
「そうなのか、ナタリア」
へー、なるほどね。拡張資材は復旧資材でもあるんだ。
北区へ到着。ここでも食堂で住人へ告知を行った。続いて東区だが、住人が3倍いるため、1つの食堂には入りきらない。従って屋外へ集まってもらい、俺たちは城壁階段の踊り場から告知を行った。
「以上です。解散!」
ナタリアが声を上げ、住人は散る。城壁階段を下りると子供が一人近づいてきた。
「リオン! あなた凄いのね、貴族になるなんて!」
「シーラ、男爵は父さんだよ」
「こら、シーラ! リオン様でしょ! ごめんなさいね、この子が失礼をして」
「あ、いえ」
この人がシーラの母親かな。名は確かルナ。アルベルトと同じスヴァルツ商会の特別契約者になるんだよね。魔導士で強いって珍しい気がする。シーラも母親の力を受け継いだんだね。
しかしリオン様か。やっぱり呼び方もそうなってしまうのか。
東区を出て中央区へ。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。エスメラルダ前に着いたところでナタリアが説明を始める。
「午後は13時より中央区での告知を行います。場所は西区交差点の辺り、中通りを封鎖して簡易の演壇を設置し、告知後は近くに待機している馬車に乗り込み村外へ出ます」
ほうほう、中通りに住人を集めるのね。確かに中央区で広いところと言えばそこしかない。
「村外の視察は中央区南部の初等学校、及び、西区南部のコルホル男爵邸宅の建築予定地です。先程の告知に同行した方々がいらしてください」
「ブラード家の人間も構わないか、ああ、妻ソフィーナの実家だ」
「子爵、どうされますか」
「構わないぞ。身内の意見は少しでも多い方がいい」
お、誰か連れて行くのね。そっかブラード家から1人でも来てくれれば、改めて説明せずに済む。
「街道沿いの森近くまで行くため、魔物との遭遇も予想されます。もちろん防衛部隊の精鋭が同行しますが、皆様も念のため武器をお持ちください」
「もちろん持っていく」
「続いてコーネイン夫人より伝えることがあります」
ミランダか、何だろう。
「これより西区の保安部隊を増員する、この3名だ。お前たち名乗れ」
「はっ! ニコラス・ドナート30歳、兄は防衛部隊、副部隊長です」
「おおー、メリオダスの弟か」
「エマ・フルネンデイク40歳、防衛部隊ラウニィの母です」
「なんと、ガルグイユをやったあの騎士の母親か」
「ビアンカ・アルタウス21歳、妹は冒険者ギルドコルホル支所受付をしています」
「グロリアの姉か! はは、こりゃまたいい人選だな」
「知り合いの身内なら信頼を置けるだろう」
うまいこと揃えたな。
「北区と東区にはアーレンツ保安部隊からも何名か回すぞ」
「ありがとうございます、子爵」
「見ての通りビアンカは若く美しい、西区の男共は騎士が増えて喜ぶだろう」
「あー、はは、そうかもな」
確かに美人だ。あ、これは! 保安部隊が増えて窮屈な思いを紛らわすために、綺麗どころを選んだのかもしれない。確かに、こんな魅力的な女性が毎日近くにいれば不満はないぞ。
「外見を利用して警備に活かす術を心得ております。お任せください」
「それは心強い」
なんとチヤホヤされる自覚あるのか! そしてそれを仕事に使うと。笑顔で近づいて色々聞き出したりするんだろうなー。おー、怖い怖い。
ナタリアの説明が終わり、俺たちは西区へ向かう。新たに加わった保安部隊3名も付いてくる。正にたった今から配属なんだね。
カンカン! カンカン! カンカン!
魔物の鐘だ!
「これは東区、地上からだな。昼飯時に来るとは運が悪い」
「いつもより強い殺気で出迎えるわね」
「はは、違いない、早く終わらせたいからな」
「でも告知の時に来なくてよかったね」
「まあそうだな」
中央区西口を抜け西区へ続く通路に入る。
「やあ、あんたたち、告知は滞りなく進んだかい」
「まあな」
野良仕事を引き上げて中央区へ帰るフローラと出会った。彼女は叙爵を知っていたからね。これで黙っている必要もなくなった。
「中央区は昼からと聞いてるね。まあもう外側3区から情報は入ってきてる、直ぐ知れ渡るよ」
「結果、形式となるが、子爵が伝えることに意味があるのさ」
「ああそうだね、じゃあ私は行くよ」
フローラと別れて西区搬入口へ。何人かの住人が出迎えてくれた。
「コルホル男爵のお帰りだ!」
「男爵! 食事の準備が出来ております!」
「下らん事を言わず先に食堂にいかんか!」
「うへ、分かったよ、フリッツ」
「怖い家令だなぁ」
フリッツは住人を追い払った。
「お帰りさないなさいませ、コルホル男爵、男爵夫人、リオン様、フリッツ殿」
住人が城壁へ引っ込んだ後に西区保安部隊の3人が残る。フェデリコとアルバーニが緊張した面持ちだ。3人のうちクラリーサは叙爵を知っていたけど、他の2人は今日だからね。
「そんな言葉遣いは不要だ、フェデリコ、やり辛い」
「そうおっしゃられましても」
「クラウスの指示だ、従え」
「は、はい……いやービックリした! フリッツも家令とは!」
保安部隊は騎士だから領主貴族の指示に従うのだろう、それをフリッツは利用したのか。
「まあこうなっちまったモンは仕方ない。だが1年後のことだ、これまで通りの接し方で構わないよ。それで西区に3名の保安部隊が追加配属される」
「おお、聞いていたぞ、何で増えるのかこれで意味が分かった」
「やあ、エマ、久しぶりだね」
「リーサも元気そうじゃないか」
おや、クラリーサとエマは知り合いか。
「ところで3名は昼食を西区で食べるのか」
「はい」
「なら住人に名乗りをしてくれ。分かっていると思うがくれぐれも威圧的な態度はとるな、話しやすい雰囲気で頼むぞ」
「承知しております」
食堂に入ると男爵の大合唱。それを止めることもなく、いつもの様にトレーを受け取り席に座る。まあ告知直後だからね、住人の気が済むまでやらせればいい。
そして騎士3名の自己紹介。特にビアンカのところで大いに湧く。どうやらうまく溶け込めそうだ。
食事が終わったところでクラウスが近くのブラード家の席に声を掛ける。
「メルかベラ、無理なら義父さん、急で悪いが午後から同行してもらえないか」
「あん? どこ行くんだ」
「村の外の視察だよ、2~3時間はかかるだろう」
「メル兄さん行けるかしら」
「あー、どうかな、ベラいいか」
「いいわよ、行ってらっしゃい。今日は仕事そんなに無いから」
「いや、お前たちも男爵家の身内となるんだ、もう野良仕事はどっちでもいいぞ」
「そうはいかないわよ、あんたたちだって草抜きしてたじゃない、次期領主が何やってんのよ!」
「……いやまあ、そうだな」
はは。でもどうするんだろう。今植わってる分は自分たちで収穫するのかな。あ、そうだ、伯爵が手配する住み込みの護衛、農業を習得してから来るんだよな。そんでノルデン家とブラード家の圃場を引き継ぐんだった。
食事を終えて居間に座る。
「ふーっ、ひとまず予定通り進んだな」
「まだ昼からあるわよ」
「いや、西区が一番緊張したんだよ、どんな反応をされるか分からなかったからな。それも概ねいい方向に受け取ってくれたみたいで安心した」
「気にし過ぎよ、父さんは」
クラウスは住人の顔色を見過ぎなんだよな。もっと堂々としてればいいのに。なんて、当事者にしか分からないプレッシャーがあるのだろう。彼が納得する展開になってるならそれでいいさ。こればっかりは周りが言っても仕方ないからね。
「そろそろ行くか」
家を出るとフリッツとランメルトもやってきた。
「2人共武器を持ってきているな、よし」
「中央区まで送るよ」
「お供します」
「ああ、頼む」
クラリーサとエマが付いてくる。
中央区の城壁西口を入ると、通路両側に騎士が何人か立っており住人の姿は無い。ああ、こっちが演壇の裏側なのね。交差点付近には子爵たちが待機しているのが見えた。
「おお、来たな。では上がるとしよう」
高さ1.5mほどの演壇に続く階段を上がる。鑑定すると精霊石から出した石だった。
既に外側3区での告知は終わっているからクラウスも気楽なようだ。まあ知り合いは西区ばっかりだからね。俺も東区のシーラくらいしか西区外にはいない。中央区の知り合いは叙爵を知っている人ばかりだし。
と思ったら観衆の中に驚きの顔をしたアレフ支所長とグロリアがいた。どうやら今知った模様。ところであんたらギルドをほったらかして構わないのか。いや今だけ閉めてるのか。
「告知は以上です! 解散!」
ナタリアがそう声を出すと観衆は散る。
「では視察へ行く、クラウスたち4人はこっちの馬車だ。クラリーサとエマは西区へ戻り、2時間後にここへ来て待機していろ」
「はっ!」
ミランダの示した子爵家の馬車に乗り込む。
「いやー、あんなに多くの人の前で注目されるのは気持ちいいな」
「よく言うぜ」
「はは、主役はお前だからな、俺は気楽なもんさ。ところで、この馬車、乗り心地が荷台馬車とは段違いだぞ!」
「当前だメル、アーレンツ子爵が所有する馬車だぞ」
クラウス、ソフィーナ、俺、そしてランメルトが1台に同乗している。
「もちろん俺もこれと同等の馬車を何台も所有しなければならない」
「うひー、それだけで一体いくらかかるんだよ、馬や御者も自前だろ?」
「おい、メル、貴族だぞ」
「ああ、まあ、そうだけどよ……改めて大変なことになっちまったな」
クラウスやソフィーナは随分とミランダに連れ回されて貴族の環境にいくらか慣れたけど、ランメルトは全然だもんな。でもこれが普通の反応。俺たちも知らないうちに染まってしまったか。
「金は本当に大丈夫なのか」
「トランサイトが売れればいくらでも入って来る、全く心配することはない。……あのな、メル、将来の財政規模はゼイルディク中の貴族を合わせてもウチが超えるんだぞ」
「ええ!? そ、そんなにか! 凄いんだなトランサイトって」
「だから馬車くらい何十台でも所有できる」
まあ城を建てるとか言ってたもんな。ふーん、ゼイルディクの貴族全部を超えるのか。いまいち実感湧かないが、多分、ミランダにでもそう聞かされたのだろう。あの人が言うならきっとそうだ。
人口110万のゼイルディク。その年間予算はどのくらいだろう。前世と比べるとこの世界にないものが多いから、そこまでお金はかからない気がする。逆に無駄なものが無いと言うか、効率がいい町づくりなんだよね。
それが実現出来ているのも貴族が支配する、言わば封建社会だからか。と言っても高圧的に支配している印象はないんだよな。まあ、過去にはそういう時代もあったのかもしれない。もしかしたら時には反乱、革命も。
それでいい落としどころが今の環境なのだろう。見たところ領民たちも大きな不満なく暮らせてるようだし。それが実現できるのも魔法やスキルがある世界だからかもしれない。水や衛生面がしっかりしてるのが大きいよなー。食料関係や医療も充実してるみたいだし。
唯一の不確定要素が魔物か。あれとうまく付き合っていくのが、この世界で生きる重要なファクターに違いない。魔物さえ制御できれば富と安全は確保できるからね。
最初に聞いた時は武器の値段が高すぎる気がしたけど、最優先事項の魔物対応に必要なら、案外、適性な価格なのかもしれない。そうか、それでトランサイトがあんなに高価なんだ。圧倒的戦力増加だもんね。
あれだ、前世で言う、最新鋭のステルス戦闘機F35、100機で1兆円超えるもんな。1機100億だろ? トランサイトも1本100億とか言ってたぞ。まあ流石に戦闘機と剣を同列に考えることはできないけど、防衛費の使い方としては近いものがあるんじゃないかな。
ガルグイユ、あんなにあっさり倒してたけど、600億の防衛費がしっかり活きたと考えれば、お金をかけた意味もあるってもんだ。実際は試験運用とかでお金の流れが発生してるのか知らんけど。
そんなことを考えていたら馬車が止まる。
降りるとそこは街道沿いの平原だった。他にも何台か馬車が連なって停車している。その側で騎士が集まって打ち合わせをしている様子。子爵はまだ馬車の中か。
「おー、向こうに監視所の見張り塔が見えるぞ」
「ここは村から3km南、監視所から2km北の地点だ。ブレイエムとコルホルの境目がこの辺りとなる、明確な境界は無いがな」
「あ、コルホルって村のことかと思ったが違うのか」
「そうだぞ、コルホルはここから北の地域を指すのだ」
ミランダがクラウスに説明する。へー、コルホル地域内の人が住んでいるところだからコルホル村なのか。
「従ってコルホル男爵という領地と爵位では合わないのだがな。実際に東はメルキースの城壁まで、北東はアルカン川の向こうのグレンヘン地域含めて、西側はフェスクとバーゼル含めてがお前の領地となる」
「おいおい、広過ぎやしないか」
「恐らくメルキースとアーレンツを合わせた広さと同等だろう」
「……こりゃ大変だ」
うへ、そんなに広かったのか。
「だが見ての通りほとんどが森と平原だ。開拓のし甲斐があるな」
「はは、確かに」
(おい、クラウス、副部隊長となんでそんなに馴れ馴れしい話し方なんだよ、失礼ではないのか)
(お、そうだったな)
「ミランダ、紹介する、ランメルト・ブラード、ソフィーナの兄だ」
「ランメルトだな、私はミランダと呼ぶがいい。丁寧な言葉遣いも不要だ」
「え、そ、それは」
「おい、エリオット、来い」
「なんだ」
お、エリオットも来てたのか。にしてもミランダ、そんな呼び方していいのか、次期メルキース男爵だぞ。ただエリオットは何とも思ってない様子。まあ尻に敷かれている雰囲気は前からあったがな!
「彼がソフィーナの兄ランメルトだ」
「おお、そうか、私はエリオットと呼ぶがいい、以後宜しくな」
「え、あー、そのー」
「はっは、近いうちに屋敷に招待して親睦を深めようぞ、なあミランダ」
「そうだな、一家で来るといい。もうクラウスの叙爵は周知されたのだ、夫人の実家なら同等の扱いをしてやる」
「おいおい、我が屋敷にも来てもらうぞ」
アーレンツ子爵が話に入って来た。ランメルトは変な汗をかいている。
「皆様! 準備が整いましたので騎士についてお進みください!」
ナタリアの声に皆、歩き出す。
(クラウス、俺、お前の身内を続ける自信がないぞ)
(直ぐ慣れる)
頑張れランメルト! 貴族だって同じ人間だ。




