第124話 続・クラウスの実家
コルホル街道を西へ進む。監視所を過ぎたところで、いつも見ている景色に変化があった。
「街道沿いの木が何本か焼け焦げているぞ、あれがドラゴンの被害か」
「その様だな」
ガルグイユを俺たちに仕向ける前に、騎士たちを監視所に止めるため下り立ったドラゴン。村の近隣をウロついている個体だろうか。数日前には3体いると聞いたが、うち1体はセドリックが仕留めている。あとの2体のうちの1体がここで倒れたならば、残るは1体だな。
「リオン、商会へ着いたらシンクライトの槍と杖の生産を頼めるか」
「はい」
「剣と弓がそんな性能なら槍と杖も期待できるな」
「うむ、ただ恐らくは魔素飛槍と精度補正だろう」
「まあその可能性が高いか、トランサイトと同じような構成だな」
トランサイトは魔素伸剣、魔素伸槍、弓と杖は速度増加だった。槍は剣より長く伸びたから、そういう違いはあっても何かしら飛んでいくのは同じだろう。杖でも精度補正なら、100%命中する魔法になるぞ。うひー、凄いな。
「フローラや職人たちはシンクライトの存在を知っているが性能は伝えていない。もし聞かれたら伯爵からは聞いていないと応えろ」
「分かった」
「そうね」
ちょっと危険な性能だからね。不用意に広めるのは控えた方がいいだろう。
「冒険者ギルドにリオンが施設視察すると伝えておく、頃合いにクラリーサを工房へ向かわせるから共に行け」
「あ、鑑定訓練ですね、ありがとうございます」
「しかし視察か、子供がそんなことすると変に思われるぞ」
「理由は勝手に想像させればいい。明日になればいくらか察しがつく」
「まあ次期領主の家族なら村を見回ってもおかしくないか」
なるほど、確かにそうだね。もう明日からは色々と大っぴらに出来るもんね。
「さて明日、アーレンツ子爵は村に終日滞在する。各区域でクラウスの叙爵を告げた後、村の外も回るからな。私やお前たちも共にだ」
「ほう、外もか」
「お屋敷の場所かしら」
「それはもちろんだが、初等学校の建築候補地も見るだろう」
「おお、そういう話も出ていたな」
へー、領主自ら視察するのね。これは護衛やらぞろぞろと付いて行きそう。あれでも、1日中? 貴族議会があるんじゃなかったのか。
「商会長、議会は直ぐ終わるのですか?」
「いや何時間もかかる、特に今回は影響力の大きい議題だからな。ただアーレンツ子爵は明日の議会へは出席しなくてもいいぞ、男爵院だからな。そこで決議された案が子爵院へ進むのだ」
「あ、議会は1つじゃないんですね!」
「そうだ、男爵院議会と子爵院議会がある。通常、翌日が子爵院だが、明日は荒れるだろうから日程が読めんな」
へー、前世で言う衆参、或いは上院下院みたいなもんか。
「クラウスとソフィーナは明日の打ち合わせがある、この後商会長室へ来てくれ」
「じゃあリオンを工房へ見送ったら上がるよ」
ほどなく馬車は村へ入る。一旦最奥まで進みUターンし、エスメラルダの前で止まった。あ、そうか、服を着替えないとね。エスメラルダ横の服屋で預けていた普段着に着替える。庶民のかなりいい服は渡して、再び管理してもらうのだ。
商会へ。
「お帰りなさいませ」
あ、ララだ。浄水士の彼、見間違いだったらいいけどなー。
ミランダは店内にいたクラリーサと話している。俺たちは先に工房へ向かった。
「お帰り、授与式はどうだったかい」
「はい、いい経験になりました」
工房ではフローラが待っていてくれた。
「じゃあ俺たちは行くよ」
「うん、父さん、あ、俺の勲章持っていってくれるかな、無くしたらいけないから」
「いいぞ」
「おや、ちょっと見せてくれるかい」
フローラに勲章が入った木箱を渡す。
「……こりゃ、採掘鉱物か、鑑定できないね」
「商会長はそう言ってました」
「かなりの貴重品だ、大事にしなよ」
「はい」
クラウスに勲章を渡すとソフィーナと工房を出て行った。
貴重品か。この世界の鉱物は精霊石から出せちゃうもんね。普通に採掘してここまで加工する手間を考えたら、かなりの高コストに違いない。消えない鉱物、それは永劫称えられる勲章に相応しいということか。
「今日は最初にシンクルニウムをやるよ」
「はい、商会長から聞きました」
机の上の槍を握る。
『シンクルニウム』
穂身を鑑定すると、成分100%の試験素材と確認できた。
俺は槍と杖を続けて共鳴変化させる。疲労度は弓の時と同じくらいか。以前に比べたら劇的に進歩したものだ。これなら合金も大量生産できる。ただ、今はトランサイトが優先だろう。いよいよ明日、取り扱い商会が決まって商品として動き出すのだから。
フローラには人物鑑定までの道のりを聞いてみた。彼女は人物は出来ないから人から聞いた情報ではあるが応えてくれた。それによると平均して10年らしい。もちろん人によっては早いが、それでも7~8年かかるとのこと。
俺の鑑定レベルが11だとして、人物鑑定ができる最低条件のレベル21まで最短で7年。丁度、俺がクラウスから爵位を受け取る前に習得できるかといったところ。うーん、長過ぎるなぁ。いやまあ普通に考えたら覚えられるだけで十分だけど、俺は急ぐんだよねー。
まあでも仕方ない。ここは英雄の力で一気にとはいけそうにないし。訓練をコツコツ続けるだけだ。ただでも、そんな何年も人物鑑定をされないまま過ごせるかな。そもそも隠密も覚えてそれも伸ばさないといけないし。鑑定偽装、ちょっと厳しいかも。
疲労が回復してトランサイトの弓を2本作ったところでクラリーサが工房へ入って来る。クラウスとソフィーナも一緒だ。
「俺たちも一緒に行くよ」
それから4人で冒険者ギルドへ向かう。
「おお、よく来たな 副部隊長から聞いてるぞ」
アレフ支所長が迎えてくれた。まずは報告カウンターへ行き、魔石を鑑定する。
「ここには外側3区へ襲来した魔物と、住人の申請討伐、それから町の冒険者が森で討伐した素材が集まる。ただ冒険者の方はメルキースへ自分たちの馬車で運ぶことが多いな。ここだと運搬手数料が余分にかかるからだ」
なるほど、どうせ町まで帰るんだ。素材も載せて行けばいいもんね。
「ではそんなに数が無いのですね」
「町のギルドに比べればな。今日は東区にCランクの大型が来たからモノは大きいぞ」
素材買取カウンターの奥へ入る。
「ここは初めて入るな」
「そうね」
クラウスとソフィーナは申請討伐で素材も持ってくることがあるからね。前に一緒に来た時は荷車を前に止めて、職員が素材だけを運んでくれてた。
中に入ると巨大な角が。
「こりゃディナスティスか」
「よく分かったな、やや大き目の個体だったぞ」
鑑定する。
『ディナスティスの角』
ほんとだ。ディナスティスって前世のヘラクレスオオカブトにクワガタの顎が合体したような見た目。討伐直後の骨を見たことあるから大体分かる。それでこれは恐らく頭頂部の最も長い角、7mくらいある。
『ディナスティスの顎』
それでこれが顎か。内側がギザギザになっているな。ノコギリクワガタの顎みたいだ。これは長さ5mくらいか。それにしてもどんだけ大きいんだ、よく荷車でここへ運んだな。
「この素材はどこへ行くんですか」
「メルキースだよ。もう直ぐ大型素材運搬用の馬車が来る」
「ああ、やっぱり普通の荷台では難しいでしょうね」
それからガルウルフやキラーホークなど、よく見るD~Eランクの素材を鑑定した。確かにそんなに数は無かったな。時間にして5分で終わった。
「ありがとうございました、失礼します」
アレフ支所長に礼を告げてギルドを後にした。
ゴーーーーーン
西区の城壁をくぐったところで夕方の鐘が響く。
「丁度いい時間だな」
食堂に到着すると、勲章を見せてくれと住人が集まってきた。
「凄いな、これが勲章か」
「へー、初めて見たぞ」
「おいこれ、どうやって付けるんだ」
あ、そうか、服に取り付けられるんだっけ。
「クラウス、いいか」
「ああ、頼む」
フリッツがクラウスの左胸やや下に取り付けた。リボンの裏に安全ピンみたいな金具があるのね。
「おお、いいじゃねぇか」
「似合ってるぞ、クラウス!」
「じゃあ、私がソフィーナにつけてあげる!」
「え、ベラ、分かるの?」
「さっき見たから」
そう言ってイザベラがソフィーナの胸に取り付ける。
「ちょっと上過ぎるんじゃないかしら」
「……そうかも」
ソフィーナの胸の頂点から、勲章がリボンに垂れ下がりプランプラン揺れる。ああ、女性は胸があるから付ける位置考えないとね。
「リオンもつけてやろう」
フリッツは俺の胸に取り付けた。
「いいぞ、3人とも並んでみろ」
食堂の受け取りカウンターに俺たちは並んで立つ。それを住人が少し離れて囲んだ。
パチパチパチ……。
自然と拍手が沸き起こる。
「いやー、村からこんな立派な住人が出るなんて」
「ほんとほんと、大したもんだぜ」
「西区の誇りだ!」
口々に褒める。
「みんな、ありがとう! さあ食事が冷めるぞ」
クラウスの声に皆、席に着く。まだ食事を受け取ってない者はカウンターへ。俺たちは勲章を外して箱にしまった。へへ、こういうのもいいね。近所のみんなにお披露目して祝ってもらう。なんだかむず痒いけど、優しい温かみも感じた。
夕食を終えて家に帰る。風呂を済まして居間に座った。
「ふーっ、今日は色々あって疲れたな」
「Aランクとも戦ったからね」
「あー、そうだったな、でもあれは戦った気がしないぞ」
「まーね」
ミランダの掛け声に走っただけだからね。それにしてもAランクだぜ? サラマンダーと同格の魔物と対峙したんだ。それが何事もなかったように、服も汚すことなく凌ぎ切った。改めて凄いな、トランサイトは。そして力を引き出した騎士たちも。
「ミランダも内心、あそこまでうまくいくとは思ってなかっただろう」
「何だか物足りないようにも見えたわ」
「はは、まあ剣士である以上、一太刀でも浴びせたかったのが本音さ、もちろん俺もな。母さんもだろ」
「そうね」
やっぱり強い魔物なら力試しをしたいよね。
「まあまた10日後に来るさ」
「ちょっと怖いよ」
「ミランダに任せれば心配ない」
うん、実際今日の一件で確信した。次も何とかしてくれるだろう。
「ところで、今夜もカスペルとベラが来るぞ、昨日の続きだ」
「あ、そっか、実家の情報、途中だったよね」
「母さんどのくらいで終わるか」
「そうね、昨日と同じくらいかしら」
屋敷に呼び寄せるかは分からないけど、候補の人が今何してるかの情報は必要だ。
「おじゃましまーす!」
それからほどなくしてカスペルとイザベラが訪ねてきた。例によってクラリーサが音漏れ防止結界を施してくれてるのでクラウスが手招きをする。2人はソファに座った。
「連日すまんな」
「いいのよー、大事なことだし」
「では始めるか、母さん頼む」
ソフィーナはまとめた紙を眺めて続きを確認する。
「じゃあ今日はクラウスの母ミリアムの妹からね」
「他に姉妹はおったかのう」
「兄がいるけど昨日説明したわよ、ユリウス・イーデンスタム、62歳、近くのギルドで魔物素材の鑑定士をしてるの」
「おお、そうだった、聞いたら思い出すんだがの」
俺も忘れてた。一気に沢山だから覚えるのは難しいよな。
「ひとまず聞いてくれればいいわ。1回でも名前を聞くのとそうでないのとは違うから」
「そうねー、繋がりが何となく分かればそれでいいわ」
「じゃあ始めるわよ、ミリアムの妹エンドラは、アルデンレヒト男爵領のカトウェイクっていう家に嫁いだの。夫レオンは2年前に63歳で亡くなっているわ、操石士をしてたみたいね。エンドラは58歳、近くの建設ギルドの事務として今も働いてるそうよ」
「職場で知り合ったようだの」
「そうでしょうね」
建設ギルドの操石士と事務ね。この世界も職場での出会いが多いのかな。
「エンドラの長男カミロは40歳、ブラームス商会で武器職人をしているわ」
「ブラームス商会! ゼイルディクにもお店を出してるんだよね」
「そうよ、リオン。本店は隣接するバウムガルド子爵領にあって、子爵が商会長なの。それでバウムガルドの北側がミュルデウスよ」
「あーじゃあ、ゼイルディクとの境界なんだね」
「バウムガルドの東側がカトウェイク家の住んでるアルデンレヒト、その北側がゼイルディクのハンメルトになるわ」
なるほど、そういう位置関係か。ゼイルディクの南端がミュルデウスとハンメルト、ウィルムの北端でゼイルディクと接するのがバウムガルドとアルデンレヒトね。ここからだと馬車で5時間はかかる距離だな。
「カミロの妻ロディーヌは28歳、ブラームス商会で注文制作担当をしているの」
「この夫婦も職場で知り合ったかの」
「多分そうじゃないかしら。それでカミロとロディーヌには2人子供がいるわ、長男カーシス8歳と長女ユフィール7歳ね」
「あ、俺と同じ年だ!」
「昨日から話した中ではカーシスだけね」
「他にもいるの?」
「この後出てくるわよ」
そっか。へへ、自分と同じ年がいるのは何だか嬉しいな。もしこっちに来ても仲良くなれそう。カーシスと俺は祖母姉妹の孫同士だから又従兄弟か。
「次はクラウスの兄マティアス、その妻エリサの実家よ」
「これで終わりかの」
「後は父さんの弟クヌートね」
「おお、あやつがおった」
「先にエリサの実家を言うわね。住んでいるところはヴァステロース子爵領のナミュールって地域、ノルデン家のあるクノックと隣接してるわ」
ほう、隣り町ってところか。ちょっと行けば会える距離だね。
「エリサの父レクトールは55歳、木工職人ね。それで家名がエシルストゥーナ、小さいけど商会を営んでいるの」
「ほう、そりゃやり手だわい」
「エシルストゥーナ家具商会、レクトールは商会長でもあるわ。主に宿屋向けの家具を製作してるそうよ」
「ほっほ、その関係で知り合ったのか」
カスペルはやたら出会いに敏感だな。しかしなるほど、ノルデン宿屋の長男と、そこへ家具を納めている商会の娘か。きっと打ち合わせかなんかで同席して、お互いときめいてしまった。どっちが先に誘ったんだろう、やはりマティアスか。
ああ、いかん、妙な妄想にふけっている場合ではない。
「エリサの弟アロルド33歳は実家住まいで商会員よ、お客さん回りをしてるみたいね。アロルドの妻マリーシア35歳は木工職人、彼女もエシルストゥーナ商会の工房で働いてるわ。子供は長女エレノア10歳、長男アッシュ9歳、次男オレグ8歳の3人ね」
「あ! また8歳の男の子」
「ふふ、そうね」
俺から見れば伯父の妻の弟の子か。血縁関係には当たらないな。
「商会を営んでいれば家ごと引っ越すのは難しそうだの」
「まあそうだろうな。血筋としても離れているし」
「屋敷の家具を作ってもらうのはどうかしら」
「それは俺も考えたし、向こうもまず頭に浮かぶだろう。兄さんやエリサがどう話すか次第じゃないか」
「そうだの、任せるか」
微妙だな、どっちでもいい感じか。
「続いてエリサの兄ウォレンね。彼は37歳、アルデンレヒトの保安部隊に所属してるわ」
「おお、騎士か!」
「ええそうよ、妻のカチュア36歳も騎士で保安部隊。子供は長男ライアン14歳と長女アストリア13歳ね、2人とも士官学校に通ってるの」
「ほほー、騎士一家か」
「へー、兄は騎士の才能があったのね」
騎士になったら妻も騎士で子供も士官学校。その子供も将来は騎士と結婚するのだろうか。
「繋がりとしてはここまででもいいけど、せっかく情報があるから言うわね。そのウォレンの妻カチュアの実家についてよ」
「こりゃまた、随分と縁が遠いの」
「家名はシベリウス、カチュアの兄アグロヴァル38歳は防衛部隊の騎士、その妻ウェンデル36歳も防衛部隊の騎士よ。子供は長女シャロン16歳が同じく防衛部隊、長男フローレンス15歳は士官学校に通ってるわ」
「また騎士一家か」
「父ガラハドは20年前に亡くなってるわ、討伐部隊の任務中に森の中でね。母メリッサ58歳は元防衛部隊、今はバウムガルドの騎士団施設で事務をしているそうよ」
両親も騎士か。生粋の騎士家系なんだな。
「あの40年前のゼイルディク壊滅の時、応援に来てくれたウィルムの騎士たちの最前線に、このガラハドとメリッサはいたのよ」
「おお、あの時の! ウィルムの部隊到着から一気に形勢逆転したからの。こちらに来るなら礼の一つでも言っておくか」
「それはどうかな義父さん、騎士は領主に忠誠を誓っていると聞く。ウィルム内ならまだしも、ゼイルディクとなれば所属する騎士団が変わるんだ」
あーそうか、ゼイルディク騎士団だもんな。じゃあ伯爵に忠誠を誓うことになるんだ。それに巨大な組織の一員だ、自分の都合だけで住むところを変えることが出来るのか。それも一家揃ってだもんな。
あ、そもそも騎士なら身の安全は自分で守れるじゃないか。特にウォレンとカチュアは保安部隊だろ、対人は問題ないはずだ。いや、だったら護衛として呼び寄せる線もあるか。
「騎士はちょっと分からないわね。さー、じゃあ最後に、父さんの弟クヌートの情報よ」
「あやつか、一体どこで何をしておるんだ?」
「ウィルムの冒険者ギルドでの活動記録が残っていたそうよ、33年前が最後だけど。そこからどこへ行ったかは分からないわ」
「……やはりそうか」
「モロドフ叔父さんと同じ感じだな」
モロドフはクラウスの父ゴードンの弟だな。彼も30年前くらいの記録が最後だったらしい。
「クヌートもモロドフも現在ウィルムにいないことは間違いないわね」
「叙爵を聞きつけて出てくるのを待つしかないの」
それにしてもウィルムって760万人都市だろ。そこにいるかいないかを、この短期間でよく調べ上げたな。案外、この世界の住人管理はしっかりしてるのかも。人物鑑定があるからやりやすいのかな。あ、税金か、それをしっかり徴収するため徹底してるのだろう。
「さあこれでお終いよ、遅くまで付き合ってくれてありがとね」
「いいのよ、身内の情報は大事なんだから、でもあんまり覚えてないわ」
「ワシもだ。おお、ゴードンだけは覚えた!」
「はは、それでいい」
俺はカーシスとオレグを覚えたぞ。来るかどうかは知らんが。
「でわの」
「お休みー!」
カスペルとイザベラは去った。
「さー、寝るか!」
ベッドに入り証明を消す。お休みの挨拶を交わして目を閉じた。
身内ね。自分では選ぶことのできない、生まれた時から決まっている交友関係。前世でも色々あったなー。
妻との結婚式には呼べるだけ呼んだが、あの時しか顔を見なかった人も多い。だから多少面倒でも集めた方が、身内となった区切りとして意味があると思う。
俺は前世で父親を早く亡くした。それがきっかけで実家で農家をすることになったが、農家と言うのはぶっちゃけ融通が利く。つまり、親兄弟の誰かが亡くなっただの、緊急の用事には真っ先に駆け付けることが出来るんだ。
実際は仕事を後回しにしてるんだけど、自営業だからね、どうとでもなる。向こうも農家なら来れない理由はないと思ってるし。もちろん葬式や法事に至っても皆勤だ。ただ本来父親が行く場だから、俺と同年代はいない。
まあその辺は近所の農家親父たちとの普段の交流もあって慣れてはいた。親世代ではあるけど、家を代表して行く俺に対しては、同等の扱いをしてくれるしね。もちろん個性豊かでうっとしいおっさんもいるけど、総じて話す内容は重みがあった。
少なくとも俺より二回り以上生きてるからね。経験の差は絶対に追いつかない。見聞きした情報もずっと多いし。まあ覚えているかと言えば、年を重ねるほど怪しいが。
この世界でもやっぱりカスペルやフリッツと話す方が面白い。エリオットやミランダは立場上沢山の知識があるけれど、何というか詰め込んだ感じだ。生きた時間に沿って自然と入って来た情報こそ、染みついているし、説得力もあるように思う。
カルカリアやウィルムから来てくれる人たちから、知らない町の話を沢山聞いてみたいな。その地で生まれて生きて、どんな日々を過ごしたか。誰一人として同じ人生は無い。その一端を知るだけでも世界は大きく広がるんだ。




