第117話 剣技の産物(地図画像あり)
訓練討伐の進路を進む5班は、クラウディアが離脱して3人である。しかし討伐時間は遅くなるどころか早くなった。それは俺が剣技を行使しているからに他ならない。
「マスタードリザード、左奥の2体をリオン、俺は正面のを」
「分かった!」
目標へ走り、魔物2体の間に位置を取った。
剣技! 足音消去!
スパアアァン!
1体の首を、もう1体は体を切り裂き終わった。進路へ戻ると3体目も倒すところだった。
「集合!」
凄いな剣技は。2体いても全く問題ない。何と言うか、1体目の延長上に2体目を倒している感じ。あ、そうか、2体で1つの魔物と見ているのか。
隠密の方は感触はいいもののそこから進展がない。流石に直ぐに解放とはいかないか。でもこのやり方で続けていれば、近い将来結果が出る気がする。
そして先程の戦いで気づいたのが共鳴。剣の強化に必要な魔力の効率が良くなっているのだ。これも剣技の成すことなんだね。つまりは剣を持って戦うこと全てに効果があると。
「出発!」
それからいくらかの魔物と遭遇し5班は往路を進み切った。午前中は途中で引き返したから進路奥の魔物は手つかず、そこへ午後になって更に湧いたから前回より多く出た印象。
「往路は終わりだな」
「ブレイエム2番線ですよね」
「そうだ、引き返すぞ」
冒険者たちが西の森へ向かう専用の道路だ。今の時間はほとんど馬車は通っていない。
復路も多くの魔物と遭遇する。森の少し奥に湧いた魔物が人の気配を察知して出てくるのだという。これも午前中に湧いた分が上乗せされたのか前回より多く感じた。
それでも討伐速度は衰えない。カルロスもいい調子だし、俺の剣技は回数を重ねるに連れどんどん良くなる。特に同じ魔物は顕著に効率が上がっていった。
基本的にカルロスとパメラが1体を引き受け、後は俺だ。それが何体いようとも、まとめて流れるように倒すことが出来る。結果、俺が終わったらカルロスたちも丁度終わってる感じだ。
「上! 多分エビルヘロン、2体だよ!」
パメラの声に空を見上げる。1体は確認したが、もう1体は旋回したのか進路上には見えない。
「多分、1体を相手している間にもう1体も来るな。リオン、1体目を引き付けて回避したら2体目を頼む」
「分かった!」
俺が進路の真ん中で止まると、カルロスとパメラは少し離れた木の陰に位置どる。俺が避けたら畳みかけるつもりだね。
1体下りてくる。もう1体も進路上に姿を現した。
バササッ
1体目の降下を回避して距離を取る。
ザシュッ! パメラの矢が突き刺さる。
ザンッ! 続いてカルロスの切り込み。
2体目が俺に向かって下りてきた、よし、来い!
バササッ
両足の爪をギリギリで回避して着地した魔物へ切り込む。
スパアアァン!
体に深く切り込んだ、これで倒したね。もう1体もカルロスが止めを刺すところだった。
「集合!」
飛行系は剣技があっても基本的な戦い方は変わらないね。あいつらの優位点は視界外からの奇襲と空中の機動力、それが着地してしまえば失われ、最早ただの的になる。その初手で大きくダメージを与えれば全く脅威ではない。
まあ同じ有翼系でもワイバーンやサラマンダーみたいにアホみたいな耐久力があれば話は別だけど。そう言えばサラマンダーはどうして飛び立って空中で再生をしなかったんだろう。俺を狙っているとはいえ、歩いて向かってくれば再び騎士たちに切りつけられるのに。
いや、飛べなかったのか。そうだ、ミランダが翼の付け根に2回切りつけていたな。直後に熱風で吹き飛ばされたけど、ちゃんとあれが効いてたんだ。流石は副部隊長、意味のある攻撃をしていたんだな。
「出発!」
あれも一瞬で背中まで駆け上がっていた。恐らく最初から翼を狙っていて、そこまでの最適なルートを瞬時に割り出していたんだ。それも剣技スキルの効果なんだろうね。あの人、スキルレベルどのくらいなんだろう。
クラウスが24でCランクだから、Bランクだったミランダは26以上かな。フリッツもBランクだからきっと26以上だよね。俺は剣技レベルいくつだろう。
「前方、ダークローカスト! 数は3、いや4体」
「行くよ!」
「頼んだ!」
黒いイナゴだ。体長70cmくらいか、ちょっと多めに固まって出てきやがったな。でもお前たちの動きは知っている、まとめて相手してやるぜ!
スパァン! スパァン!
「ふー」
「集合!」
全部で5体だったな、確か前は3体で、ちょっと動きに翻弄されたけど、今回は全く問題なかった。よく考えたら勝手に跳んで来る、あるいは飛んで来る的だ。立ち位置を変え、向かってくる個体を調整し、後は順番に切り裂けばいい。
「ごめん全部やっちゃった」
「いいよ、残す方が面倒だ」
「休憩はもういいよ、行こう」
「よし、出発!」
それからもいくらか魔物と遭遇し、5班は復路を進み切った。
「街道に出ちゃったね、いやー早かった」
「では帰るぞ」
サクサク進むから随分時間が余った、スキル一つでここまで変わるんだな。まあ本来は剣を扱うなら必須のスキルだ。それを行使した上、共鳴した武器の強さ、魔物ランクも考えればこれが妥当な流れになる。
ほどなく監視所へ到着。エリオットが今日の討伐成果を読み上げる。
「かなり早いが解散とする。馬車が準備されるまで監視所で過ごすといい。次の訓練討伐は3日後の26日だ。天候の兼ね合いもあるから、いつも通り前日に確認してくれ、以上だ」
終了予定時刻の16時まで1時間近くある。
「俺はその辺で立ち回り訓練するよ、リオンもするか」
「そうだね」
ぼけーっと待ってても仕方ない。
「リオン、ちょっと来い」
「はい先生、何でしょう」
(部隊長に武器庫の話をした、今から行けるぞ)
(あ、そうか)
「カルロス、ごめん、俺用事できたから」
「そっか、じゃあまたな!」
「パメラもお疲れ様」
「またね、リオン」
5班と別れて城壁内へ。エリオット、フリッツと共に監視所内を進み、通路沿いの一室が開かれた。
「部隊長特例による視察だ」
「はっ!」
「リオン、フリッツ、ここへサインしろ」
武器庫の入り口には3名の騎士が座っていた。テーブルに置かれた入室記録帳らしきものにサインをする。沢山の武器が置いてあるからね、ちゃんと管理してるんだ。
「武器庫と言ってもな、そこまで多くは無いぞ」
そこには沢山の武器が並んでいた。いや、十分多いです。
「剣と槍の鞘はワシが抜いてやる、剣身が見えればいいのだろ」
「はい、お願いします」
フリッツが鞘から引き抜き、俺が鑑定終了の合図を送ると元の位置に戻す。その作業をひたすら繰り返した。
「この武器はどういう目的でここにあるのですか」
「騎士たちの武器は支給品だ、1人に1本用意されている。ただ剣身の素材や長さ、握りの形状など、様々な組み合わせがあるのは知っての通り。従ってここにある在庫と持ち替えて、自分に合った1本を探してもらうのさ」
「なるほどー」
「あとは別武器種の訓練に使用したり、盗難や紛失時の対応だな」
ふむふむ。エリオットの説明を鑑定しながら聞いていく。
「支給品は貸与であり、補修費も騎士団が賄う。商会等で自ら調達した武器は自費だが、その一部を騎士団が補填する。魔物装備も同等の扱いだな」
「へー、そうなってるんですね」
ほうほう、1本は貸してくれて、あとは自分で買うと、そんでその一部を騎士団が払ってくれるのか。厳しい職場の割にケチくさい気もするが、沢山いる騎士たちの装備を全て用意するとなると、とんでもないお金がかかるからね。
どの道、魔物装備は装備者専用になってしまうから、貸与という運用はできない。だから好きなのを買ってもらって一部を負担するのか。
まあ給料も多いだろうし、ちょっと余裕が出来れば十分自分で買えるんだろうね。そう考えると私物となる武器費用を騎士団がいくらか払ってくれるのは、悪くない条件かもしれない。その割合にもよるけど。あ、じゃあ、あれはどうなるんだ。
「部隊長、騎士が商会との特別価格契約者だった場合、商会と騎士団、両方の値引きを受けられるんですね」
「そういうことだ。ちなみに特別待遇契約者で商会が全額負担する場合は、騎士団の持ち出しは無いな」
ふむふむ。
「ここの武器はどこの商会が用意しているのですか」
「北西部防衛部隊はコーネイン商会とロンベルク商会がほとんどだ」
「ではかなりの大口ですね」
「はは、まあな」
騎士団御用達とはかなりの安定度だ。多分、騎士団装備は騎士貴族商会で占めているのだろう。もうそれだけで十分やっていけるな。
「あ、もしトランサイト武器を個人的に買ったらどうなるのですか」
「あれは対象外だ、それでも買えるなら買えばいい」
「はは……」
何十億も個人で払えるわけがない。
「一般の騎士が買えるまで普及するには多くの期間を要する。つまりはお前の頑張り次第だ」
「そうなりますね」
「ただ国中に行き渡るには相当の本数が必要だぞ。その上、3年後には更新の需要もあるからな」
そうなんだよな。精霊石から出した鉱物はいずれ消える、だから1本手に入れて終わりにはならないんだ。それが常に需要を生む要因なのはありがたいけど、生産する方は一向に手が空かない。俺はトランサイトを作るだけの人生になるかも。
む、そう言えば。
「先生、剣技を覚えたら共鳴時の魔力消費効率もよくなりました。これって生産時にも影響ありますか」
「もちろんだ、強化共鳴をしているのだからな」
「なんならここのトランサスで試したらどうだ」
「え、部隊長、いいんですか」
「構わん、特例だ」
何でもかんでも特例で済ますなこの貴族は。完全に騎士団を私物化しとるじゃないか。まあ、意思決定が早くて助かるけど。
「剣士ではない者が剣の訓練をする時に使うトランサスがある……確か、これがそうだな」
エリオットは少し離れて剣を1本持って来た。
「どうだ」
『トランサス合金』
「はい、間違いありません」
よーし、いくぞ、剣技発動!
キイキュイギュイイイィィィーーーン
『トランサイト合金』
「終わりました」
「疲労度はどうだ」
「……えっと、あの、平気です」
これは凄い! 剣技を覚える前なら5分の休憩が必要だったのが、もういらないくらいだ。うは、大量生産余裕じゃないか。
「2本目はどのくらい空ければいけそうか」
「……もう出来ます。その、精霊石から手を洗う水を出す感覚なんです」
「は?」
「なんと!」
実際に連続でやってみないと分からないけど、多分10本くらいは休憩なしでいけそうだ。
「これが英雄をも超える魔力操作の力なのか」
「うむ、いよいよ真価が発揮されたな。それで部隊長、リオンの剣技はレベルいくつに見えたか、ワシは11ほどと思う」
「私もそのくらいだな。魔物へ上乗せされた斬撃から推測したものだ。はは、剣技を上げれば更に効率が上がると言うのか、とんでもないな」
ほう、レベル11か。ならジェラールたちと変わらないくらいだな。
「あの、先生の剣技レベルはいくつなの?」
前から気になってたから聞いてみる。どうかな。
「ワシは27だ」
「凄い! 冒険者ならBランクなんですよね、もしかして26以上がBランク?」
「その通りだ。尤も、今は加齢による衰えでそこまでの力は無い。このランク決定方法はどうにかならんか部隊長」
「いいではないか、死ぬまでBランクだぞ」
エリオットはどうだろう。流石に貴族に聞くのは失礼だよな。
「私も27だぞ、リオン」
「あ、そうだったのですね」
おや、自分から言ってきた、そうかフリッツと一緒か。あー、聞いたらそういうイメージになる。フリッツとエリオットの剣技は同じ27、もう頭から離れないや。
「ミランダは29だ」
「え!」
うは、強い。あの人、偉そうにしてるだけあって実力も伴ってるな。うわー、これもし低かったら逆の印象になっちゃう。確かに不用意に知るものではないな。数字が全てではないだろうが分かりやすいからね。
しかし剣技レベル29であるミランダの全力の一撃でも、サラマンダーの翼は落とせなかったのか。どんだけ固いんだあの魔物。だからAランクなんだろうけど。あ、もしかして、剣技31以上なら落とせてたのか。
「もしかして31以上がAランクなんですか」
「その通りだ」
「しかしAランクなぞゼイルディクでも数人しかいないぞ」
「サラマンダーはAランクの魔物ですよね、それは剣技レベルと関連性があるのですか」
「お、いいところに気づいたな、まあ剣技が全てではないが、攻撃が有効であるかのひとつの目安にはなる」
おー、そういうことね。ではサラマンダーと同等に戦える人間はゼイルディクに数人しかいない。あの場にいた騎士たちは、ミランダ含めて格上の相手と戦っていたのか。
あれでも俺の剣は通ったぞ。
「サラマンダーに俺の剣は通りました、剣技が無いのにどうしてですか」
「ミランダから200%の共鳴と聞いた、その上、武器はトランサイト。幻の素材にとんでもない強化を施したのだ、剣技なぞ無くとも問題ない」
そうだった。なるほどね、必ずしも剣技レベルだけが全てではないんだ。あくまでランクを決める基準みたいなもんか。まあ高いに越したことは無いだろうけど。
「リオンよ、お前の魔力操作をレベルに例えたら間違いなく40以上はある」
「いやフリッツ、50は超えているだろう」
え、そうなの。いやまあ異常とは思ってたけど。
「まあ比べる対象が無いから想像の域を出ない。いずれにしろ常識、いや史実をも遥かに超える力が元々備わっていたのだ。そこへ剣技が追加され、より魔力共鳴の効率が上がった。本来は戦闘時に使うスキルのため、身体強化など様々なことに作用される、しかし先程は立っているだけ、つまり共鳴強化に剣技の効果が全て反映されたのだ」
「おおー」
そういうことか。だから劇的に楽になったのね。
「これは生産能力の大幅な向上に繋がるな、フリッツ、帰ったらミランダに伝えてくれ」
「分かった」
「さて、そろそろ馬車が来る、表へ出るとするか」
俺たちは武器庫を離れる。その際にエリオットが騎士へ告げた。
「このトランサス合金は特例により男爵家で預かる、直ぐにコーネイン商会より補充するからな。管理番号はTS─296012だ」
「……把握しました、お持ちください」
はは、トランサイトにしてしまったから、そのままではマズいね。
武器庫を出て通路を進む。おや、あれはもしかして地図か。壁に提示してあるB2サイズほどのそれの前で止まる。
「ん? 地図か。お前はこういうのに興味ありそうだな」
「はい、大好きです」
「これでよく見えるだろう」
エリオットが抱えてくれる。うひょー! これはいい。
「部隊長、シーラたちがもう来るだろうからワシは先に行っておく」
「おお、行ってくれ」
ごめんね、フリッツ。直ぐ終わるから。
「この地図は分かりやすさを重点に置いている。故に川幅や道幅、それに施設の大きさは正確ではない。これは互いの距離や位置を把握するためのものだ」
「そうなんですかー」
いやでも十分だ。むしろシンプルで見やすい。
「右下はメルキースの城壁ですか」
「うむ、そして地図中央よりやや左の赤い印がこの監視所だ」
「あ、監視所の南側の森に、さっき通った進路があるんですね」
「そうだぞ」
この森を抜けて見えたのがブレイエム2番線だった。冒険者が奥地へと向かう専用の道路ということだが、確かに西の方まで続いている。
「監視所から西6kmほどの地点に四角い印がありますが、これは何ですか」
「冒険者と討伐部隊の駐留所だ。ここを拠点に更に奥地へと向かう」
「あ、父さんから聞きました、100台くらい馬車が止められて、食堂や風呂もあるんですよね、1泊くらいならできるとも」
「そうだ。この監視所より大きいからな」
へー、凄いなー。そんなものを森の中に作っているなんて。
「ここはフェスク第1駐留所と言う。ほら、少し上にフェスクと書いているだろ、この一体の地名だ」
「へー、あ、南側はバーゼルっていう地名なんですね」
「そうだ、バーゼルにも同規模の駐留所が2個所あるな。ほら、地図の右上、グレンヘンの川沿いにも同じ大きさの印があるだろ、あれもそうだ」
「グレンヘン第1駐留所ですか」
「はは、よく分かったな」
なるほど、地域ごとに大きな活動拠点が町から近いところにあるのか、クラウスの言ってた通りだ。この拠点を足がかりに更に奥地へ向かうんだね。それで確かセドリックの話だと、最奥地は村から20kmくらいあるんだったな。
エリオットは抱えていた俺をひょいと肩に乗せた。うん、ちょっとワキの下が痛くなってたからありがたい。まだ話すと見込んで楽な体勢にしてくれたんだな。ちょっと高すぎるけど。
「駐留所からさらに奥へ向かう途中にも拠点があるんですよね」
「うむ、地図上にいくつか小さい印があるだろ、それが中継所だ。フェスク駐留所の先にも沢山あるぞ」
「ここから近いのは監視所の南西2kmほどの地点ですね」
「そうだな、あそこは訓練討伐の特別班が馬車を止めている」
「あ、もしかしてアデルベルト様やランヴァル様が入っている南の森とはその先ですか」
「その通りだ、特別契約者の集いで聞いたのだな」
アデルベルトはエリオットの長男で12歳、ランヴァルはセドリックの長男で同じ12歳だ。今、特別班と言ったな、俺たちの班編成とは別枠であるのか。
「ランヴァルはお前のあの共鳴を見て同行を提案してきたが断っておいたぞ。次元が違うからな」
「はは……」
「その上、剣技まで習得したのだ、討伐部隊の最前線でも十分戦える」
「いえそれは怖いです、あ、討伐部隊と言えば、セドリック副部隊長がドラゴンを仕留めたそうですね」
「うむ、我が弟は誇らしい成果をあげた。これもトランサイトのお陰だぞ」
強い人が使うとより効果的だね。
「さて、そろそろ商会の馬車が来る、フリッツも待たせているから行くぞ」
「はい」
いやしかし地図はいい、見てるだけでワクワクするぞ。何故かは知らんが。前世で小学生だったころ、社会の授業で使う地図帳、あれを休み時間とか夢中になって見ていたな。転生し再び8歳になった今、その時の感覚が甦って来たのだろうか。




