第115話 治癒と鑑定
朝だ。今日は訓練討伐の日、鑑定を覚えた要領で剣技もうまくいくだろうか。そして隠密も何か糸口が見つかるかもしれない。
その鑑定も訓練したいんだけど、住人が持ってる武器を見るのはなー。人が持ってるとその人と鑑定内容が結びついちゃって何とも後ろめたくなる。この人、こういう武器使ってるんだって、その組み合わせがインプットされるんだよな。
商会の工房にある武器や装備は、最初はちょっと悪い気もしたけど、見まくったらそうでもなくなった。多分、持ち主が見えないから対象を物体としてしか見てないんだろう。
それにあれだ、人が持ってる装備の情報が頭に入ると、何かの時につい話してしまうかもしれない。それが持ち主に伝わったらいい気はしないよな。うん、不要な情報は持ち合わせない方がほころびも出ない、やっぱり装備してるのは見ない方がいいな。
「朝の訓練やるか」
「うん」
クラウスと家を出る。夜警の騎士に挨拶をして城壁前へ移動。いつものメニューをこなす。昨日は昼過ぎまで雨だったが、足元はすっかり乾いて滑ることもない。
お、そうだ! 城壁を鑑定したら何て出るんだろう。
『石』
おおー、石って、そのまんまじゃないか!
その辺の草はどうだろう。
むむ、鑑定できない。地面も無理だ。そうか、城壁は精霊石から出した石だ、つまり魔素由来。草や地面は自然物だから鑑定できないんだろうな。
でも鑑定の訓練のためにとにかく数をこなすしかない。ありがたいことに城壁は大量の石が使われている。片っ端から鑑定するぞ。
『石』
『石』
『石』
見事に全部石だ。しかし石と岩の違いは何だろう、大きさや形かな。にしても前世で言う花崗岩とか大理石とか、そういう風には出ないのね。
「何、キョロキョロしてるんだ」
「あ、えっと、訓練だよ」
「訓練? あーそうか! それで何が見える?」
「石だよ」
「……まあ、城壁は石だな」
ゴーーーーーン
朝の鐘だ。食堂へ行く。
「8時に家に行くからな」
「はい、先生」
フリッツだ、訓練討伐の付き添いだね。
朝食を終えて家に帰り、クラリーサと再び城壁前へ。
「じゃあまた一緒に歩くかい」
「お願いします」
隠密訓練だ。足音消去スキルを発動させたクラリーサと並んで歩く。さあでは治癒スキルを自分の足に施すイメージで、尚且つ足音を消す意識をしてはどうだろう。
「……んん」
「ちょっと休もうか」
ふー、ダメだ、治癒を足に飛ばしながら足音を消すって、もう何やってるかワケ分からなくなったぞ。これは違う気がする。
「さあ、再開するよ」
「はい」
並んで歩く。そうだ、鑑定だ。ブーツを鑑定しながら足音を消すイメージをするんだ。
『レッドベアのブーツ』
あ、消えた! そうか歩いてるからブーツが動く、視界の中心から鑑定対象が外れると消えるんだ。そうだよね、フローラが鑑定している時に武器との空間に手を出したら鑑定できなくなった。鑑定中は対象にアクセスし続けてるから、対象が視界外に移動するのもダメなんだ。
つまり、ブーツを見ながら歩く。では右足のブーツを鑑定して、その後も右足を見ながら歩くぞ。
『レッドベアのブーツ』
おお、ブーツを見ながらだと消えない。よしこのまま足音を消す意識をするんだ。
……。
「おえっぷ……」
「どうしたんだい」
「いや、ちょっと気分が悪くなって」
「おや、なら少し休もう」
ダメだ。ブーツを見ながら歩くと何だか酔う。こんな目線の動かし方やったことがないからな。この方法は却下だ。
じゃあ、交互に出てくるブーツのつま先を鑑定してみよう。それなら変な目線の動かし方にはならない。そう、前後運動がいけないんだ、左右なら大丈夫なはず。
「いけます」
「じゃあ歩くよ」
交互に左右のブーツを鑑定する。おお、これなら酔わないぞ。ただ、鑑定情報が開いたり閉じたりするから、これはこれで辛いものがるな。
「あっ!」
すてん! 転んでしまった。
「大丈夫かい」
「はい」
再び歩き出す。いかん、鑑定情報で足元がちゃんと見えない。ちょっとした地面の起伏につまずいてしまった。このやり方はダメだな。
「今日はここまでにするか」
「ありがとうございました」
「何やら色々試してるようだね」
「ええ、まあ」
スキル発動の信号を魂に送ると同時に隠密スキルを引き出す。そういう作戦なんだがなぁ。多分、鑑定を覚えたのはそういうプロセスで合ってるはず。ぼけーっと弓を見ながら治癒スキルを発動して、同時に鑑定をしなきゃって思ったら見えた感じだから。
とにかく今あるスキルを絡めてやらないと、封印の壁を超えることはできない気がする。ただ隠密ならまだしも剣技は魔物と向き合ってるからな、そんな余裕あるのだろうか。
「あ、先生」
「準備が出来たら出てこい」
フリッツが来たので一旦家に帰る。クラウスとソフィーナに見送られて中央区へ向かった。
「おはよう、さっきシーラたちは向かったわよ」
「では行ってきます」
冒険者ギルドのグロリアに挨拶をして商会へ。前に止めてある馬車に乗り込む。クラリーサはここまでついて来てくれた。
「帰りは16時過ぎです」
「ああ、行っておいで」
馬車は街道を南へ進む。
「ギルドの知らせは見たかい、ドラゴンが1体討伐されていたぞ」
「え! そうなんですか」
ベルンハルトが告げる。おお、やったのか。コルホル村とカルニン村の間の森にドラゴンが3体確認されていて。うち1体がカルニン村を襲撃し、犠牲者も出ていたんだ。
「やったのはセドリック副部隊長だよ、首を落としたらしいが、よく届いたもんだ」
流石、セドリック! トランサイトの伸剣で切り落としたんだな。しっかり使いこなしているね。いやあ、やっぱり最前線が使うとしっかり結果が出る。これはもっと試験運用とやらの本数を増やしてもらいたいところだ。
「凄いよね、Bランクだよ、それも森の中で戦い辛いのに」
「シーラ、討伐部隊や冒険者は日々その環境に身を置いている。村の畑や訓練討伐の進路とは違うんだぞ」
「おじいちゃんもそうだったんでしょ」
「いかにも。地形の把握と視界の確保を怠ると命取りになるぞ」
そうだよな、除草されてないから足元も分からない。そんなところを動き回るのって、それだけで大した能力だよ。その上、魔物と戦うんだからなー。ほんと森の中で活動してる人たちは凄い。
「養成所ではひたすら森の中を走る訓練もある、パーティメンバーとはぐれない様に一定距離を保ってな」
「へー」
「おお、ワシもやったぞフリッツ。後は河原を走ったり、川で泳いだり、崖や木を上って飛び降りたりな。魔物と戦うより辛かったぞ」
正に冒険者だな。
監視所に到着。馬車を降りる。
5班は集合し挨拶を交わす。
「今日の進路は前回と同じだ」
エリオットを先頭に街道沿いの草原を東へ歩く。パメラの同伴者のイメルダは右手に弓、左手に杖を握っている。5班で同伴の大人含めて魔導士はクラウディアだけのはず、あの杖はクラウディアのものだね。
「今日は剣士なんだね」
「ええ、そうよ、杖は預かってもらってるから、剣士で戦力として不十分ならいつでも魔導士に戻るわ」
クラウディアは腰に剣を携えている。背中じゃないのね。
ほどなく進路入り口に着く。エリオットの作戦会議の指示に5班の子供たちは輪になった。
「今日は剣士3人、弓士1人よ。リオンは前回通り魔物と遭遇したら最初に接近して、そのまま倒すか進路へ連れてくるかは任せるわ。私とカルロスは状況を見て、どちらが行くか2人で行くか判断するから」
「はい!」
「分かった」
「パメラは引き連れてきた魔物に適宜攻撃して。飛行系や木の上の魔物は私が指示するから」
「はい!」
ふむふむ、これは俺1人と他3人で分かれる感じかな。
「では5班、出発!」
「おーっ!」
クラウディアの掛け声に皆、拳を上げて応える。カルロスと俺はお互いの背中から剣を抜きあった。クラウディアは腰の鞘から自分で剣を抜く。子供用の剣身だけど俺より少し長いな、60cmくらいか。
「リオン、あなたの担当する魔物を倒したら直ぐ私たちのとこへ来てね」
「うん、2人の戦い方を見せてもらうよ」
そう、カルロスが剣技を使うところを見て参考にするんだ。しかしクラウディアは剣技無しでどうやって戦うんだろう。まあ人のこと言えたもんじゃないけど。多分、俺と同じように共鳴させた武器に頼った戦い方になるはずだ。
「クラウディアの剣は何?」
「トランサス合金よ」
ほう、では適性30だから推奨剣技レベルは6だな。剣技無しでそれを使えば相当の魔力負担になるはず、大丈夫か。
進路は左カーブへ差し掛かる。この辺を過ぎると魔物が出てくるな。
「ヘルラビット2体、正面のをリオン行って!」
「分かった!」
身体強化と共鳴強化だ。キイイイィィーーン
60%、もうシンクルニウム40%の壁は突破したぞ。100%だって一気にいけるもんな、疲れるけど。
タッタッタッ
シャー!
こっちに気づいた。そうだ、まず治癒をやってみるか。
突進するヘルラビットを避けて追いかける、止まって方向転換をしてるからスキだらけだ。
今だ、治癒スキル! そして切り込み!
スパン!
「ふー」
首を落とした。むー、剣技が発動したように思えないな。
もう1体のヘルラビットへ向かう。進路から少し入ったところでカルロスとクラウディアが戦っていた。
「はっ!」
ザシュ!
「とう!」
ザン!
2人が交互に切り込んだ、だがまだ魔物は倒れない。2人は息が上がって次の一撃が出せない様子。魔物も動きを止めて再生を待っているようだ。
「ええーい!」
ザン!
意を決してカルロスが切り込む、やや深く入ったがまだ倒せない。
「やあっ!」
ズバッ!
クラウディアが切り込んで止めになったようだ。
「もう1体出た!」
進路からパメラの声が聞こえる。指さした方を見るとヘルラビットが後衛へ突進していた。これはいかん!
タッタッタッ
パメラに向かうヘルラビットを追いかける。む、弓を撃つ体勢だ、射線を外れよう。
ズバッ!
パメラの放った矢が、彼女まで5mに迫ったヘルラビットの頭に刺さる。魔物は減速し動きを止めた。よし、背後から接近して体に振り下ろすぞ。
治癒発動!
スパン!
深く入った。そして魔物の血肉が消え始める、倒したぞ。
「集合!」
クラウディアはまだ息が乱れている。やはり剣技無しでは負担が大きいのか。
さて、治癒スキルだが、正しく発動してるのだろうか。治癒は手のひらから魔力を発するのだが、そこには剣を握っている。その剣を扱うことに集中しながら治癒も使うのはやはり無理があるのではないか。むー、ではどうしよう。
切り込む瞬間に治癒を発動するからいけないのかな。もう少し前から発動して維持してみてはどうだろう。うーん、でも発動する瞬間の、魂から力を引き出すプロセスを利用して、剣技も一緒に発動する作戦だから、一度発動した治癒を維持ではうまくいかないと思うんだよな。
「出発!」
5班は進路を進む。
まあ、切り込むと同時より少し前から発動でやってみるか。
「マスタードリザード2体、リオンは右奥のをお願い」
「分かった!」
間合いを詰めるとこちらに気づいたようだ。
シーッ!
速度を上げて突進してくる。それを直前で避けて切り込む。
治癒!
カラン……。
「あっ!」
まずい、剣が手から落ちてしまった。
シーッ!
「くっ!」
頭を向けてきたマスタードリザードから距離を取る。剣は魔物の腹の下に隠れた。くそっ、とにかく剣を拾わないと。
むー、なかなか突進しないな、俺が横に動くと頭だけ向けて体を回す。剣は腹の下に隠れたままだ。そうだ、ちょっと距離を取ろう。
進路へ動くと魔物が付いてきた。よーし、よし、いいぞ。ある程度引っ張り出したところで魔物は突進を繰り出す。それを避けて俺は大きく回り込んだ。魔物が向きを変えている間に剣を拾い上げる。
ほっ、よかった。ちょっと時間が掛かってしまったな、もう治癒はいいや、さっさと倒してしまおう。
シーッ!
突進を避けて間合いを詰めて剣を振るう。
スパン!
首を落とした。もう1体へ向かうと丁度倒したところだった。
「集合!」
さきほどのヘルラビット戦ほどではないが、クラウディアだけ息の乱れが収まらない。
「大丈夫?」
「ハァハァ、ええ、大丈夫よ……休めばいけるわ」
やはり剣技無しでの戦闘は相当の負担なんだな。俺も剣技は無いけれど、謎の力で何も感じない。シンクルニウムは適性40だから推奨剣技レベルは8だ。本来ならクラウディアのトランサスより、もっと大きな負担が掛かっているはず。
なんだか申し訳ない、俺だけズルしちゃってさ。祝福を目指すって、本当はクラウディアみたいにかなり追い込まれるものなんだ。
「ごめんなさい、時間が掛かってしまって」
「いいよ。今、無理して行っても、それではちゃんと戦えないし」
「クラウディア様、お気になさらずに」
彼女は護身用の剣技を覚えるためと言っていたが、俺に何か気づいてもらおうと奮闘してるんだ。それをちゃんと見てあげないとね。
「では出発します」
クラウディアの声に皆立ち上がる。
さて、どうするか。治癒スキルに集中すると剣の扱いがおろそかになってしまう。手のひらから魔力を出そうと無意識に開いちゃったんだよね、だから剣が落ちた。これ、切り込んでいる時だったら、剣がすっぽ抜けて遠くに飛んでいっちゃってたな。
危ない危ない。もう治癒スキルを絡めた剣技の習得は止めよう。よく考えたら真逆のスキルじゃないか。傷つけるスキルと傷を治すスキル。次は鑑定で試してみよう。鑑定なら見るだけだから剣を握る手は緩まない。
「エルグリンクス、1、2……3体! 正面のをリオンお願い」
「うん!」
真っすぐ駆け出す。
シャーッ!
魔物は俺に気づいて近づいて来る。ある程度の距離まで来たら跳び掛かってきた。それを避けると連続で引っ掻いて来る。3回目に大きなスキが出来た。
鑑定!
スパン!
首を落とす。
今、いい感じだったぞ。これまでとは違う、何か、何かが、そう、魂の奥底から、一瞬だけ何かを感じた。鑑定、いいな。これを続けていたら解放出来そうな手応えがあったぞ。
後の2体はどうなったか、どうもカルロスの引き受けた1体はパメラへ引っ張って2人で対応する様子。クラウディアは進路を外れ、1人でエルグリンクスと向き合っていた。
シャーッ!
連続の引っ掻きを彼女は避ける。おお、いい動きじゃないか。身体強化はしっかりできているんだね。しかし避けるばっかりだな。切り込むタイミングを見計らっているようにも見えるが、多分、避けるのに体力を使って切り込む力が残ってないのだろう。これではジリ貧だ。
「援護するよ!」
「待って! 見てて!」
俺が声を上げると彼女は応えた。あ、そうなの、もう随分と辛そうだけど。
シャーッ!
クラウディアはエルグリンクスの引っ掻きを避ける。3回目を避けたところで大きなスキが出来た。今だ!
「はっ!」
ザシュ!
ダメだ、全然効いてない。あ、危ない!
シャーッ!
「きゃあ!」
「とりゃ!」
スパン!
俺は横から密接するほどに接近し剣を振り下ろした。魔物の体は真っ二つだ。
「……うっ」
「クラウディア!」
彼女の腕には深い傷があり、血が噴き出していた。
治癒! ああ、いかん! 今それをやったら面倒なことになる。
「部隊長! クラウディアが負傷しました!」
進路を見てそう叫ぶと、既に異変を察知したエリオットが物凄い速さで駆け寄って来ていた。
「さあ、これを」
エリオットはポーションをクラウディアに飲ませる。すると血は止まり、みるみる傷口が塞がった。おお、凄いなポーション! 苦痛に歪んだクラウディアの顔も落ち着きを取り戻した。
他のみんなも直ぐに集合する。
「訓練は中止だ、監視所へ戻る」
「皆さん、申し訳ありません」
「いいえ、俺たちだっていつ怪我するか分からないのです、気にしないでください」
「クラウディア様、早く戻って治療士に見てもらわないと」
カルロスとパメラはクラウディアを気遣う。
いやしかし、ビックリしたな。エルグリンクスって討伐報酬3000ディルの最弱クラスの魔物だ。その爪の引っ掻きがあんなに深く入るなんて。改めて魔物の怖さを認識すると胸の鼓動が早くなった。
「俺が直ぐ行くべきだったね」
「ええ、リオンの判断が正しいわ。私ではまだまだ力不足」
「痛かったね」
「……ふふ、あなたはサラマンダーに焼かれたのよ、それに比べれば全然大したことないわ」
クラウディアは緩やかにほほ笑む。この子、強いな。
進路を引き返す途中、魔物が現れた。
「ヘルラビット3体! 部隊長」
「リオンは正面の1体、右奥は私が、左のはフリッツが行け」
「はい!」
「うむ」
俺は進路を真っすぐ走る、魔物は気づいて突進してきた。
シャーッ!
直前で避けて追いかけ、方向転換するそのスキに切り込む。
鑑定!
スパアアアアァン!
「えっ」
ヘルラビットは真っ二つになると同時に、分かれた体の表面が波打つ。
違う、明らかに違う。今の一撃は凄まじい鋭さと威力があった。
こ、これは……。
鑑定を念じた瞬間、体中の感覚が研ぎ澄まされた。剣はこれまでより速く動き、一瞬で血肉を切り裂く。そして振り切ってもなお残る斬撃が、体内深くの血肉まで破壊したんだ。
やった、やったぞ……。剣技だ、間違いない。
「わーはは! やったー! あーはは!」
遂に神の封印を解放した!




