第113話 イザベラの実家
コーネイン商会工房にてトランサイト生産を続ける。
剣を持つ。
『トランサス合金』
キイキュイギュイイイィィィーーン
『トランサイト合金』
うひょー!
そう、俺は鑑定スキルを習得したのだ!
「フローラさん、成分や定着期間を見るためにはどうすればいいのですか」
「鑑定の回数をこなすしかないね、武器を鑑定できる派生スキルのレベルが上がれば見えるようになるよ」
「どのくらいの回数ですか」
「毎日やって何年もかかる人もいれば数カ月の人もいる、つまり分からない。もちろんどれだけやっても見えない人も多いよ」
ふむふむ、人によるってことか。俺の場合は英雄の力だからやってれば必ず見える様になるだろう。
「鑑定スキル自体のレベルも回数を重ねれば上がるのですか」
「そうなるね」
ならば人物鑑定を習得するためにも回数をこなせばいいのか。
「あ、回数と言っても、同じ物を何回もより、色んな物をやった方がいいのですか」
「さあ、どうだろうね。武器の詳細を見たいなら武器を集中的に、鑑定レベルを上げたいなら魔物素材や魔石含めて幅広くやった方がいい気はするね」
「そうですか」
なら手当たり次第やればいいだけさ!
「そうだ、これは見えるかい」
フローラはポケットから精霊石を出し、そこから抽出した粉を床に少し盛った。
「あ、これは鉱物粉ですね!」
鑑定! ……ダメだ、見えない。
「無理でした」
「やはりね」
「難しいのですか」
「鑑定レベルは11以上あればいいが、加えて高い土属性や錬成スキルも必要と言われてるからね」
うわ、じゃあ無理だ。
「リオン、ひとまず鑑定レベルを上げることに注力しろ」
「はい、商会長」
「必要なら工房や店内の武器を鑑定して回るといい」
「あ、はい」
工房のって誰かの補修依頼だよな。勝手に見ていいもんか。
おっと、仕事だ。剣を握る。
『トランサス合金』
キイキュイギュイイィィーーン
『トランサイト合金』
ふー。しかし武器の形状は鑑定結果に出ないんだね。まあ見れば分かるか。
「さて私は行く。午後は15時からだったな」
「はい」
今日は遊ぶ時間を確保したのだ。
「そうだ、店内の武器を見に行きたいです」
「ならついて来い、フローラも一緒だ」
3人で工房を出る。
「おや、もうお帰りかい」
店内にはクラリーサがいた。
「いえ、武器を見に来ただけです」
と言っても、店頭在庫はそんなにない。急な入用に備えて既製品が何種類かあるだけだ。片っ端から鑑定をする。
『ベリサルダ合金』
『プレシューズ合金』
『クシュラプラ合金』
『タウルマリル合金』
剣と弓、最前線でよく使われてる鉱物だね。
『魔物合金』
え、なんだこれ。
「フローラさん、これは何ですか」
「魔物素材を使っている武器だよ、これはクリムゾンベアの角だね」
「へー、魔物合金って出るんだ。あ、これもレベルが上がらないと中身は分からないのですね」
「そうだよ」
でも見た目は鉱物の剣身と同じだ。クラウスは魔物素材を内側に使っていると言っていた。挟んでるってこと?
「外側は普通の鉱物なんですね」
「そうさ、角を加工して両側に鉱物の刃をつけて両面から鉱物で挟んでいるんだよ」
ふーん、でも魔物素材って一応生物の一部だから有機物だよね、無機物の鉱物とそんなにうまく合わせられるのかな。
「素材と鉱物の間に隙間は出来ないんですか」
「ベスティウムっていう鉱物を合金に使えば、獣系の魔物素材と接している部分が一体化する、だから隙間は無いよ」
「へー」
魔物素材専用の鉱物があるのか。
しかし、レア度3の鉱物といい、Cランク大型の角といい、それなりの素材を使って、売れるか売れないか分からないのによく置いてあるな。
「商会長、急な入用もまずないと思います、売れるまでに定着期間が終わってしまうのでは」
「そうだな、ほとんど売れずに消える。まあ期間が少なくなれば安くするが、それでも全部は捌けない」
「ちょっと勿体ないですね」
「必要経費だ。そもそもこれは職人の試験製作の中から商品として条件を満たした物を並べている。言い方を変えれば行き場を失った武器なのさ」
「あ、そうなんですね」
なるほどー、練習でいいのが出来たから売ってしまえと。職人も技術を磨くために注文が無くても作っているのね。
「さあ、仕事に戻ってくれ」
「あ、はい!」
フローラと工房へ入る。
次も剣にしよう。
キイキュイギュイイイィィィーーン
ふー、毎回鑑定もするクセをつければ確実に数をこなせるね。
「魔物装備は見えるかい?」
「え、あそうか」
自分の足に履いてあるブーツを鑑定する。
『レッドベアのブーツ』
「出来ました、レッドベアのブーツです」
「そうかい、多分定着期間が分かるようになるのは魔物装備が早い。数をこなすために工房で補修に来てる装備を見せてもらいなよ」
「あ! そうですね」
職人の作業スペースへ行く。
「おや、どうしたリオン」
「エリカ工房長、お仕事中すみません、商会長より補修品を見ることの許可を得ました」
「そうか、なら好きなだけ見るといいよ。おおい、みんな! リオンがウロウロするけど気にするなよ」
「おう!」
「はーい!」
手当たり次第に武器と魔物装備を見て回る。
『クロケアモルス合金』
『ミュルグレス合金』
『魔物合金』
やっぱりレア度3鉱物ばっかだね、あとは魔物素材か。
『テリブルグレズリーの手袋』
『エビルコンドルのブーツ』
『ディナスティスの腕輪』
『クロコダイルのベルト』
ほー、Cランクの魔物装備ばっかじゃん、いいの使ってるんだな。
お、魔石もあったな。
『テリブルグレズリー』×1
『レッドベア』×2
『ガルウルフ』×5
『エビルコンドル』×1
『キラーホーク』×2
『マッドマンティス』×1
『エビルアント』×5
『クロコダイル』×1
『デスアリゲーター』×2
ふーん、色々だな。マッドマンティスのは高そう。
「ありがとうございました」
休憩スペースへ戻る。
しかしこの環境いいな、住人に鑑定させてなんて言えないから。
あーでも俺は鑑定結果が出るまで一瞬だから、止まってじっと見る必要はない。すれ違う人の弓や杖は見放題じゃないか、魔物装備も。ただ後ろめたい気がするな。訓練にはなるけど、どうしよう。
「朝ここに来たら直ぐ見て回るといいよ」
「はい。でも何か悪い気もします、勝手に見てるので」
「気にしなさんな、鑑定するのも工房職人の仕事だからね」
俺は補修担当じゃないけどいいのかな。
剣を握る。
キイキュイギュイイイィィィーーン
「ふー」
しかし不思議だな、魔石で補修出来るなんて。作業を見た感じ魔石を専用器具に入れて、そこから多分魔素を噴射してるんだろう。それで刃こぼれや傷が直るなんて、正にファンタジーだねぇ。
「魔石で補修って不思議ですね」
「魔石から抽出する魔素が何にでも変化するんだよ」
「へー」
「ただし、精霊石からの鉱物や魔物素材じゃないとダメだよ」
「あ、元が魔素だからですか」
だからジェラールから貰ったトランサス合金は剣身だけピカピカだったんだ。握りとかの柄の部分も、木材っぽいところは使い込んだ感じだったし。
「魔物合金や魔物装備は元の魔物を使うと最も効率がいいよ」
「へー、じゃあ他の魔石だと余分に必要なんですね」
「系列を合わせればそこまででもないけどね、獣系、鳥系、昆虫系、トカゲ系ってあるだろ」
「あ、なるほど!」
それで魔石はあんなに種類を置いてたんだね。作業台に出てただけで結構あったけど、多分、引き出しの中にかなりの種類を保管してあるんだろう。それで補修品に合った最適な魔石を使ってるのか。
「あ! サラマンダーってトカゲ系ですか」
「そうなるね、ただしAランクの魔物装備の補修なんて、どれだけ魔石を使うか怖いよ」
「サラマンダーの魔石を使えば……高いですよね」
「はは、まあね。でもウチの商会長から手に入れたと聞いたよ」
「うわ、やりますね」
多分、クラウスとソフィーナの武器を補修するために確保したんだろう。あの人、何でも手に入れるな。
「聞いたかい、トランサイトはトランサスの2倍の魔石を消費するってね」
「はい、ロレンソ副工房長から聞きました。あんな未知の素材でも補修方法を直ぐ見つけるなんて流石です」
「基本はトランサスだからね、ちょっとコツを掴めば誰でもできる」
これは多分、フローラ基準で言っているな。あんたは優秀だから麻痺してるんだよ。
さあ仕事しよう。
剣を握る。
キイキュイギュイイイィィィーーン
ふー、あと1本やったら昼の鐘かな。
あれ? フローラはトランサイトの補修をやったことあるのか。
「フローラさんはここで作業してるんですか」
「ああ、少しはね、エリカから聞かれることがあるのさ。ああ、あんたが工房に来る前だよ」
そっか、早めにここへ入って助言してるんだな。ふふ、何だかんだやっぱり気になるみたい。職人の血が騒ぐってことかな。
そうだ、ちょっと聞いてみよう。
「フローラさんは職人に戻る気はないんですか」
ストレートだが、どうか。
「商会長はそれが狙いなんだろ、だから鍬を作ってくれた」
あ、気づいてたのね。
「まあ、構わないけどね。私みたいな年寄りでも役に立つならさ」
「おー、そうなんですか!」
「なんだい、商会長に探るよう言われたのかい」
「え、あー、そうではないですけど」
鋭いな。もうこの人、何もかも分かってやってるみたい。
「ふふ、私はね、あんたの成長を見たくなったのさ、鑑定をある程度覚えちまったら私はお払い箱だ、でも職人になればここで一緒に居れるだろう」
「そうですね」
「なんなら錬成も教えてあげるよ、あんたなら必ずできる」
「いやー、それは商会長に相談してみます」
「そうだね、でもあんた次第だ」
よく分からんがフローラがやる気になってる。まあ俺としてはミランダからのミッションは達成したかな。ひとまずミランダに伝えて後はそっちで話をしてもらおう。
しかし錬成か。定着や補修だろ、あとなんだ。英雄と呼ばれるほどの錬成スキルって凄いことできそうだけどな。まあでも俺には優先順位がある。とにかく今は鑑定偽装を目指すぞ。
剣を握る、午前中はこれで最後だな。
キイキュイギュイイイィィィーーン
ふー、これで終わりっと。
「おじゃまするよ」
クラリーサが工房へ入って来た。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
「15時だったね、今日は1日畑に出られないからその時間も来るよ」
「はい、またお願いします」
商会を出る。雨は小降りになっていた。外套を羽織って中通りを進む。城壁西口でフローラと別れて西区へ向かった。
「帰ったな」
搬入口前で待っていたクラウスと合流し食堂へ。
「家に帰ったら話がある」
「あ、俺もあるよ、重要な案件」
「!?」
「リオン、あなた」
鑑定だもんな、ビックリするぞ。
食事を終えて家に帰る。居間に座るとクラリーサが結界を施してくれた。
「いつもすまんね」
「お安い御用さ」
そう言って彼女は出て行った。この結界もいずれは覚えてやる。
「それで、重要な案件から聞こうか」
「うん」
俺はクラウスとソフィーナに鑑定を覚えたこと、何が見えるかを伝えた。
「はあー、大したもんだ」
「凄いわ……リオン」
クラウスはやや苦笑い。ソフィーナは涙を流す。
「この調子なら人物鑑定もそう遠くないうちに覚えられるよ」
「だろうな、何せ神の封印を解いたんだ、人物鑑定の上も目指せるぞ」
「あ、そうか、何があるんだろう」
「それはミランダにでも聞いてみろ」
確か鑑定レベル21以上で人物鑑定だよね。26以降はどうなるんだ、ましてや41以上は一体何を鑑定できるというのか。鑑定にまつわる文献情報もミランダに調べてもらってもいいね。
「父さんたちの話はベラおばちゃんの実家だよね」
「おおそうだ。商会に来ていたのはカルカリア伯爵家令ルカスとヘニングス男爵家令ガブリエラだ。あー、ヘニングスってのはベラの実家がある地域だぞ」
「ふーん、遠いの?」
「中南部って言ってたな。カルカリアはな、大きく北部と南部に分かれてて、ヘニングスってのはその北部側の南に位置する地域さ。ここからだと丸1日馬車でかかる距離だ」
「うわ、遠いね」
カルカリアの中央辺りと言うことはゼイルディク伯爵の城からずっと東か。
「それでベラの実家の状況だが、両親は農家、この村の住人のように野菜を育てている。俺たちより広い面積の圃場があるぞ、専業だからな。ただ年齢の関係で近年持て余すようになり、2年前から1人雇っている」
「ベラおばちゃんのお兄さんは手伝わないの?」
「ベラより3つ上、30歳か、そのミゲルは少し離れたランツクルーナという所の羊皮紙商会で働いている。休みには実家に帰って農業を手伝うこともあるそうだ。ちなみに独身だが、交際相手はいる様子。ただ最近は仲があまりよくないらしい」
うわ、彼女とのそんなとこまで調べてるのか。
「そしてもう1人の兄、ベラより5つ上だから32歳か、そのラウルはカルカリア南部のオレフェスという地域で御者をしている。馬車と馬は自らの所有で、どこかの専属ではなく、運送ギルドからの紹介で客をとっている。主に遠方の行先を受けることが多く、何日も帰らないことがあるそうだ」
へー、前世だと長距離トラックの運転手みたいなもんかな。
「ちなみに独身で交際相手もいない」
またそういう情報か。
「ベラの両親の兄弟、そして母親の実家も情報はあるが、ここへ呼び寄せるほどの血縁関係ではない。従ってもし何かあったとしてもこちらは一切関与しないぞ、キリが無いからな。ベラも了承済みだ」
確かに、広げたらいくらでも繋がるもんね。どこかで線引きをしないと。
「それでそのディンケラ一家には3日後に俺の叙爵が通達される。こちらへ移住する話があることもだ。ただまだ屋敷は出来ていないからカルカリアで引き続き暮らしてもらう。両親と兄ミゲルにはヘニングス男爵から護衛が、もう1人の兄ラウルにはオレフェス子爵から護衛が用意される」
あー、そうなるのか。他の町の貴族に世話になるのはちょっと申し訳ないな。
「ただ護衛がいても何が起きるか分からない。それはその都度対応する」
「ラウル叔父さんの護衛は一緒に馬車に乗って遠くへ行くの?」
「そうなるな。彼の住んでいるオレフェスはロムステルとの境界だ。ああ、ロムステルとはウィルムの東にある大きな町だ、多分人口はゼイルディクと同じくらいだぞ。ラウルの仕事はそのロムステルやウィルムへ行くことが多い。従って同行する護衛の情報もロムステル伯爵やウィルム侯爵に通達される」
うは、そっちの領主にも世話をかけるのか。
「まあラウルは独り身で融通が利く。運送の仕事なぞここゼイルディクにもいくらでもあるからな。恐らくは早くに移住してくれるぞ」
「でも慣れ親しんだ土地をそう簡単に離れることが出来るかな」
妹のイザベラが近くにいても知らない土地だ。運送の仕事をするにも土地勘が無いと難しいだろう。
「それはベラの実家にも言えること。今回の話はな、あくまで俺の屋敷に移住する権利が与えられるだけだ。こっちが来いと言っても向こうが嫌なら強制はしない。ただ護衛を付けるのは屋敷完成までだ。それ以降はこっちに来るか、護衛無しで暮らすかのどちらかとなる」
「向こうで止まって何かあったら?」
「そこは関与しない」
あー、そういうことね。つまりはこの1年でよく考えろと。
「ミランダの場合はな、両親と兄弟夫婦しかメルキースの屋敷に住んでいないそうだ。ウチに置き換えるとブラード家だけだぞ。そして他の身内に何かあっても特別に男爵家が動くことはせず、通常捜査の範囲内だとよ」
「へー」
何と言うか、これを機に血縁関係を整理するみたいなもんか。
「もちろん人柄やその他の事情でこちらが同居を拒否することもある。より深い身辺調査も引き続き行ってくれるし、頃合いを見て当人たちに一度こちらに来てもらうだろう」
「そっか、実際に会ってみないとどんな人か分からないしね」
「まあベラの話では特に変わった人間ではない、ただミゲルもラウルも女運がないらしい」
だからそういう情報は可哀そうだって。
「それで俺の実家やカスペルの弟なんだが、明日、ウィルム侯爵の使いが来るそうで、そこで知らされる。その後の扱いはベラの実家と同じだ」
ほほう、そっちも情報が揃ったのか。
「宿屋、うまく続いているといいね」
「そうだな」
クラウスの方が実家関係で移住対象者は多い。屋敷に同居するとはいえ、ウィルムの大都会からこんな辺境の村まで来ることを短期間で決められるだろうか。突然降って湧いた人生を大きく変える話だ。さぞ驚きと困惑だろう。




