第111話 解放への兆し
西区に到着。雨で濡れた外套を食堂の壁に引っかける。それ専用の器具が壁にいくつか取り付けられているのだ。
「みんな聞いてくれ!」
あれはリシャルトだね、西区の世話人だ。
「昨夜も見張りの騎士がいたが、今晩からも防衛部隊の騎士が夜警を行う。西区には8人配属され、今日の様な雨の日は通路を中心に見回ってくれる。それから城壁階段や通路の照明は夜通し点けっぱなしだ、食堂も照明を消すことは無い」
ほう、8人か。では南北で4人ずつかな。或いは西区全体が4人で交代するのか。
「この体制で当面運用し、様子を見て人数や照明の見直しを行う、以上だ」
ザワザワ……。
「まあ騎士団が決めたなら従うしかないな」
「それにしたって過剰な気がするけどな、搬入口を閉めれば誰も入って来れないんだし」
「城壁も外から上がれないことはないだろ」
「そうだが、そこまでして西区に入るほどのことか、言っちゃ悪いが金なんてみんな家に大して置いてないだろう」
「武器があるじゃないか」
「ああ、そうか、あれは高価だな」
やはり騎士がいるのは違和感がある様子。
「まあ慣れるさ。町ではその辺に騎士がいるだろ」
「そうだな、この村も少しずつ人が増えてるんだ、遅かれ早かれだ」
「中央区では盗みの被害がたまにあるからな」
「商会だろ、何か月か前はオリアン商会だったか」
「おう精霊石だろ、ごっそり持っていかれたってね」
ほう、精霊石。確かに小さいから盗みやすいね。でもそれなら対策もしっかりしてるはず。それを突破するなら内部の犯行かも。おお、怖い怖い。
食事を終えて家に帰る。
「結界をやるね」
「頼む」
クラリーサは居間に音漏れ防止結界を施すと去って行った。
「風呂に行くか」
ウチの前に1人騎士がいた、それから5軒先、丁度フリッツの家の前辺りにも1人いる。そして風呂の隣りの食堂の中に4人騎士が座っていた。なるほど、どうも南北で4人いて交代する感じだな。食堂で休憩、或いは仮眠をとるのかもしれない。
風呂を上がって居間に座る。ほどなくソフィーナも帰って来た。
「隣りが風呂を上がったらウチに来るぞ、ああ、ランメルトとイザベラだ。屋敷のことを伝えるんでな」
「そっか、庭園や釣り関係の施設も意見を聞かないとね」
「ああ、そんな感じだ」
「そうだ、俺、家でも共鳴の訓練をするよ、シンクルニウムの」
ミランデルを抜いて構える。
「夕方やってたな」
「うん、やっぱり訓練討伐で使ってるから随分慣れたよ、もう最初みたいなことにはならない」
キイイイィィィーーーン
「お! それは70%くらいか、凄いな、そこまで一気にできるんだ」
「上達したわね!」
キュイイイイィィィーーーン
「100%だよ」
「はは、流石は英雄の力か、慣れるのも早い」
さて、維持する訓練、いや、変化共鳴も少しずつやるか。
ギュイイイイィィィーーーーン
できた! けど、やっぱり辛いな。
105%、ここで止める。
……。
「ふー」
「1分か、なるほど維持して慣れるんだな」
「うん、ハァハァ」
きついなぁ。
「座って黙ってろ、ミランダから聞いた話を伝えてやる」
お、そういや途中から一緒にどっか行ってたな。
「昨日襲ってきた神職者の追加情報だ。名はオルウェン、クラウフェルトにあるラムセラール神殿の大司祭だ。何でもクラウフェルト子爵の右腕ほどの実力者だったらしい」
へー、地位のある神職者だったんだ。
「洗礼などを担当して領民にも慕われていたそうだ。ところが昨日の昼過ぎに神の言葉を聞いたとか言い出して、一人馬車に乗って飛び出した。あの凶器は調理用ナイフで、道中購入したものらしい」
もうそこまで分かってるんだね。
「それで昨日から騎士団本部で取り調べ中だが、何でも『リオンを殺す』と何度も言っているそうだ」
「え!?」
怖い。
「明確な殺意を持って個人を標的にしている。計画的であり反省の色は全く無い。もう殺人未遂としての罪は確定だな。神の命令だの主張しているが、それを理由に一方的に危害を加えることは許されない」
問答無用だったからな。
「あ、でも俺の顔を知ってたの?」
「一度村の礼拝堂に行ってヘルマン司祭に会い、リオンに用事があると告げたそうだ。そして商会からリオンたちが出てくるのを待ち、ヘルマン司祭にリオンの顔を確認してから、後をつけて犯行に及んだ」
えー……気持ち悪い、待ち構えてたのか。
「どうして商会にいることを知っていたの?」
「それは分からん。聞こうにも殺すだの命令だの繰り返すだけで話にならんそうだ」
狂ってしまったのか。
「それで捜査が終わったら裁判となる。こちら側からはフリッツとクラリーサが出廷する予定だ、住人の目撃情報は騎士が把握している」
おお、裁判か! そういうのがちゃんとある国なのね。フリッツとクラリーサが行ってくれるって、俺は子供だからいいのかな。
「ここで少し問題が出てくる、向こうの出廷者だ。ラムセラール神殿の神職者が加害者のため、そこの責任者が出てくる、つまりクラウフェルト子爵だ」
「え、貴族でも関係ないの」
「うむ、代理は無効だとよ」
「へー」
トップならそれが仕事なんだろう。まあでも子爵が何かやったワケじゃないし、いち神職者の暴走だからね。それの監督責任は問われるかもしれないけど。
「まあ今回はそのオルウェン大司祭が更生施設に送られて終わりだろうけど、今後次第では一波乱あるかもしれないんだ」
「今後?」
「ミランダの話では神が再び神職者を仕向ける可能性が高いとのこと。それでリオンの身が危険にさらされるのは困るが、そこは西区の警備強化で防げるし、何より神職者と分かっているから対応もし易いんだと」
「あ、そっか」
確かに。村に来る神職者を特に気を付けていれば大丈夫だね。万一検問を抜けてきてもクラリーサに言わせれば訓練を受けていない素人だ、対人専門の騎士なら相手にならんだろう。なんだ、よく考えたらそこまで怖がることはないかもね。
「それでまた殺人未遂犯がラムセラール神殿から出たとなると、クラウフェルト子爵の立場も苦しくなる。子爵は伯爵第一夫人の三男。伯爵はリオンの後ろ盾だ、それを標的にするのは伯爵に立てつくと同義だからな」
「え、どうしてそこの神殿から来ると分かるの?」
「ミランダが言うには信仰心の高い者が可能性があると、それが集まっているのが神殿だからだ。そしてな、クラウフェルト子爵自身も高い信仰心がある。もしかしたら次の刺客は子爵かもしれんぞ」
「えーーー!」
なんと、それは大波乱ではないか。
「まあ実際のところ、信仰心の高さで仕向けられる神職者が選ばれるのかは分からんし、あれが最初で最後かもしれん。あくまで可能性の話だ」
「う、うん」
何だか変なことになってきた。
「あ! 礼拝堂のヘルマン司祭は大丈夫かな」
「ミランダ曰く、彼の信仰心は高くないってさ、神より金を崇めているらしい」
「えー……」
それなら敵になる可能性が低いけど、嫌なこと聞いたなぁ。
「こんばんは!」
お、ランメルトとイザベラだ。クラウスの手招きを見て2人はソファに座る。
「あ、そうだ、共鳴の訓練しないと」
武器を持つ。
「お、それはトランサイトじゃないっぽいな」
「うんメルおっちゃん、シンクルニウムだよ、直ぐ終わるからちょっと待ってね」
「おう、いいぞ」
一気に100%までいけるか。
キュイイイイィィィーーーン
いけた! けど辛い。このやり方も慣れないとね。
シュウウゥゥーーン
「ふー」
「はは、やるな! シンクルニウムをそこまで共鳴できるのは大したもんだよ」
「でもトランサイトがあるならそっちを使えばいいんじゃない?」
「ベラおばちゃん、これにはちょっとワケがあって」
「伸剣に頼らない戦いを訓練するためだ、そうだったなリオン」
「あ、うん、父さん」
「そうね、あんなの反則よ」
シンクライトは伏せておくようだ。
「さて、お前たちに来てもらったのは屋敷について話が進んだからだ」
それからクラウスは昼間商会で話した内容を伝える。
「おー、西区の隣りになるのか、あいや、保安部隊の施設を挟むんだな」
「うむ、それで西側の壁の向こうは川になる。いつでも釣りに行けるぞ」
「そうだが、上流の騎士団拠点が出来ないことには落ち着いて釣れそうにないな」
「はは、そうかもしれん」
対岸も手を入れないとそっちから魔物が飛んで来るぞ。
「それで長さ3kmの庭園? 村の大きさと変わらないじゃない」
「ふふ、そうよ。いくらでも植えられるわ」
「……そうだけど、ちょっと想像できないわね」
「まあ最初は畑でもいいだろう。少しずつ花にすればいい」
「そうね、野菜を植えれば魔物は湧かないし」
ほう、イザベラもその認識か。魔物素材を肥料に混ぜるんだっけ、それを野菜が吸収するとそこには魔物が湧かない。村の様子を見るとその説は正しいようだな。
「さて、屋敷を建てるにもまず開拓からだ。それは建設ギルドに任せて、俺たちが関わることは無いだろう」
「あるとしたら魔物対応だな、きっと増えるぞ」
「うむ、来ればこれまで通り倒すまでだ。それで俺が叙爵することを周知する日なんだが、25日になる」
「お、4日後か、もう直ぐじゃないか」
「以前はもっと先、約1カ月後の予定だった」
そうだよね、護衛の住人もまだ来てないのに。
「これは俺たちの準備のためだ、畑仕事もあるのに頻繁に西区を出て貴族社会の勉強やダンスの訓練なぞ出来んだろう」
「おう、そうだな。それならさっさと知らせて堂々と出ればいいさ」
「でもそれだとあんたたちの畑は誰が世話するの、ウチがやろうか?」
「いや、再編成して移住する住人が引き継ぐ。お前たちの畑もだぞ」
「ありゃ、そうか、じゃあかなり暇になるな」
ふーん、ウチと隣りの畑は護衛住人が世話してくれるのね。
「そもそも畑をしないのにここに住んでいいのか」
「特例だ。まあ町に行ってもいいが、警備上西区がいいんだよ」
「あー、そう言ってたな。でも通り魔も出るようになったし、ここも安全じゃないぞ」
「だから警備を強化するんだ、騎士が増えただろ」
「まあな」
あ、今気づいたけど、もし俺が町に住んだら神の魔物が来るじゃん。町中だとサラマンダーみたいに大きな被害が出てしまう。ここなら被害が出てもいいワケじゃないけど、少なくとも住人はみんな戦えるし、そもそもそれ前提の村ではある。
よく考えたらその方向でも俺が学校に通うのは無理があった。学校にAランクが来たらとんでもない被害が出るぞ。10歳になる年にまだ神が俺を狙うようなら学校は行けない。そして人の多いところには住めないな。
「村への周知には25日にアーレンツ子爵自らここで行う」
「え! 領主が来るのか!」
「うわ、初めて見るよ、私」
「北区と東区も周ってくれるそうだ、俺も一緒に行くがな」
うはー、大騒ぎになるね。
「それで、それ以降、いくらか問題が発生する。まずは他の町の有力者が毎日のように訪ねて来て、俺やお前たちに接触を試みるだろう」
「確かにそうなるな、何せトランサイトの製法発見者だ」
「だがそんな対応は俺たちでは出来ん、そもそもそいつらが護衛を引き連れ大人数で西区に頻繁に来られると住人にも迷惑だ」
「ああ、そりゃそうだ、どうするか」
うわ、困ったな。
「この件はメルキース男爵とアーレンツ子爵が窓口になってくれる。そういう類は村へ入れることもしない」
「お、それは助かる! 貴族に任せれば安心だな」
流石の対応だな。ふふ、ミランダが村の正門で追い返す姿が目に浮かぶ。
「次に村の住人からの要望だ」
「そうか、次期領主だもんな、おおー、酒屋を置いてくれとか言ってたやつがいたな」
「うむ、だがその一切は受け付けない。考えても見ろ、次期領主へ要望を伝えると言うことは現領主に不満があるのと同じだ。つまり子爵の統治が気にくわないと」
「ああー、そうとも取れるな」
「だから要望があるなら俺ではなく現領主に言えと、子爵自ら伝えてくれるぞ」
なるほどー、確かにあれこれ言われるのは面倒だからな、クラウスには言い易いから尚更だ。そこも子爵が引き受けるのね、ふふ、でも不満があっても直接言えないって。
「さて、明日だが、9時に俺たちと一緒にコーネイン商会へ行ってもらう」
「一緒にって俺とベラか」
「そうだ、もちろんソフィーナもだ。そこでカルカリア伯爵の家令が同席する」
「それはベラの実家の状況を伝えてくれるのか」
「うむ」
「ラウル兄さんの所在も分かったのかしら」
「それも含めてだろうな」
ほう、イザベラの実家か。確か家名はディンケラ、農家をしてるんだよな。
「クラウスの実家の情報はまだなのか」
「ああ、カスペルの弟も含めて調査してるから時間が掛かるのだろう」
「でも叙爵が周知されるとウィルムにも近いうちに広まるぞ、お前の実家に変な奴が来ないといいけどよ」
「そうなんだよな、まあウィルム侯爵もその辺はよく分かっているから大丈夫だろう」
そうか、周知されると身内にも影響が出るね。その事前準備が整ってないと面倒なことになるかもしれない。最悪、誘拐されて金を要求されるかも。
「お前の父親兄弟は?」
「父さんには弟がいて冒険者だった。かなり遠くの町へ行ったらしく、その先は父さんもあまり知らない。母さんの実家は少し離れたところで小さい頃何度か行った記憶がある。母さんには兄と妹がいるな。後は兄さんの妻の実家や兄弟くらいか」
「屋敷に呼び寄せるにしてもその辺くらいまでだろう」
ああ、結構いるね。だから時間も掛かっているのか。
「さて、お前たちには直接関係ないが話しておこう。24日にアーレンツ勲章授与式があるのだが、その席にディアナも呼ぶ」
「え、ねーちゃんが!」
「そして式典が終わった後に子爵自ら叙爵の説明をディアナにしてくれるぞ」
「うわ、それはちょっとビックリするのでは」
「子爵家の年の近い子も連れてくるそうだ、ビクトリアだったか」
「あ、なら少し緊張がほぐれるかも」
きっと貴族学園への編入も伝えられるから不安になるよね。そこで同年代の子がいれば話を聞けて想像しやすいだろう。ビクトリアはしっかりしてるから適任だね。
「カトリーナも貴族学園を視野に考えておけよ」
「は!?」
「え、ちょっと、あれが貴族学園? 想像できないわ」
うん、俺も想像できない。
「さて話は終わりだ、遅くまですまなかったな」
「いや構わんさ、大事なことだ」
「心構えは出来たわ」
「両親にも好きな時に伝えてくれ」
「分かった、じゃあ帰るぜ」
「お休み!」
ランメルトとイザベラは去った。
「ふー、多分、抜けは無いはずだ」
「父さんも大変だね」
「はは、貴族とはこんなもんだ、さあ寝るぞ」
ベッドに入りお休みの挨拶を交わす。
あ、結局シンクルニウムの共鳴訓練、大してできなかったや。まあ今夜は仕方ないか。
しかしアーレンツ勲章授与式にディアナも来るって、神が魔物を仕向ける可能性があるのに大丈夫かな。そこはミランダの用意するトランサイト部隊を信じるしかないか。弓と杖の精鋭らしいし、何とかしてくれるさ。
にしても叙爵の周知といい、神の刺客といい、考えることが増えて疲れるぜ。周りの都合に振り回されてばっかりだもんな。
クラウスは町から離れこの村で静かに暮らしたかったはずだ、人が多いのが嫌だもんね。それとは正反対の方向に行くのはしんどいだろうな。たまに本音を漏らすから、ストレスが過度に溜まっているようなら発散してあげないと。
ミランダもその辺気づいているはずだからバランスを取ってくれるとは思うけど。そっか、そうだよね、クラウスの話でも男爵や子爵が言いよる有力者を引き受けてくれるみたいだし。この村で少しずつ叙爵に向けて準備すればいい。
ハァ、それに比べて俺の解放は全然進まないなぁ。剣技はそれなりに取り組んでるだけどな。なにせ神の施した封印だもん、それも怨念と言うべき、強い意志でね。そう簡単にはいかないか。でも治癒スキルは解放出来たんだよなぁ。
まあクラリーサやフローラを講師として準備してくれたし、エリオットも色々考えてくれている。慌てても空回りして疲れるだけだ。何か糸口が見つかるまで可能性のあることを少しずつ試すしかないか。
あ! そうだ!
仮説だがスキルは魂に紐づいているはずだ。ならば唯一解放した治癒スキルを行使する時、その感じを掴めばいいんだ、そう、魂の底からスキルを引き出す感覚を。それで剣技なり鑑定なり訓練すれば、封じられた力を引っ張り出すことが出来るかもしれない。
いや、出来る。出来るぞ!
治癒スキルを覚えた時と同じ手応えを今感じる。成功する未来がスッと見えた。
よし、やるぞ。明日、工房で鑑定を解放してやる!




