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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
序章
11/323

第11話 見張り台

 食堂にてクラウスとソフィーナを待つ。


「おーリオン、フリッツの話はどうだった」

「とてもよく分かったよ、紙とかはご飯の帰りに取りに行くから」

「じゃ食事もらって座ろう」


 トレーに載った食事をいつもの席に運ぶ。


「猪も3連続は飽きるな」

「これで終わりって聞いたよ」

「じゃあ明日の住人料理の日は猪使えないな」

「もし今日ならメニューを考えるの楽だったわ」


 明日か。西区には3人の専属料理人がいて毎日3食作っているが週1日の休みがある。その日は住人が厨房に入り自分たちの料理を3食作るのだ。


「俺も手伝おうかな」

「リオンも来るのね、助かるわ」

「いやまてよ、明日は見張り当番の日じゃなかったか」

「あらそう、今回は料理の日と重なるのね」


 見張り当番の日。城壁の見張り台で1日監視し魔物が襲来すれば鐘を鳴らす、あの役目だ。見張り台は城壁北西の端と南西の端に合わせて2つある。西区の南北に長い城壁の森側の頂点2つに位置するのだ。


 西区は20軒あるから1個所を10軒でローテーションしている。食堂から北側と南側で10軒ずつだ。ウチが明日担当で明後日がブラード家となる。


「みんな聞いてくれ!」


 住人の1人が声を上げる。


「今日風呂の後に1軒から1人以上食堂に集まってくれ。議題は例の魔物襲来時と見張り台への子供についてだ。北区のその後を聞いてきたから西区の方針を決めようと思う。以上だ、食事を続けてくれ」


 ほう集会か。西区で決め事がある時はこんな感じで風呂の後に食堂へ召集がかかる。公民館に相当する施設がないため食堂がその役目を果たしているのだ。


「風呂の後か、俺が行くよ」

「父さん願いね」


 食堂から出てレーンデルス家へ立ち寄る。


「紙とか取ってくるね、直ぐだから」

「行ってこい、ここで待ててやる」


「こんばんは!」

「リオン! いらっしゃい!」


 ミーナが居間で待ち構えていた。奥からエドヴァルドも出てくる。


「返すのはいつでもいいからね」

「うん、ありがとうエド!」

「おやすみリオン!」

「おやすみミーナ」


「父さんお待たせ」

「うわ、びっしり書いてるなそれ」

「あーこれはエドが書いたやつ、借りたの」

「そうか、しかしすげぇな……教官には逆らえないからエドが不憫だぜ」

「誰が不憫だって?」


 !? クラウスの後ろにはフリッツがいた。


「リオン帰るぞ!」


 俺たちは足早に家に向かった。


「今日は風呂、俺たちが先だ。いやもうしばらくノルデン家が先になった」

「そうなの?」

「向こうは子供が3人いて時間かかるの、だから後の方がいいって」

「あーそうか」


 食事も小さい子供は手間がかかるだろう。ならウチがさっさと風呂から出ればブラード家も食事からそんなに待たずに風呂へ行けるな。子供が眠くなる前に次の行動へ移れる方がいい。


「そらリオン着替えだ、行くぞ」

「うん」


 風呂に向かう途中、食堂帰りのカスペルたちに出くわす。


「じーちゃん先行くね!」

「ゆっくりしておいでリオン」


 風呂から上がって家に帰る。


「んじゃ行ってくる」

「まだ早いわよ」

「来てる者同士で話を先にまとめておけば皆揃ってから早く終わるだろ。今回の内容はほぼ決まっていることの最終確認みたいなもんだし」

「そうなの」


 クラウスが食堂の会議へ向かった。俺は居間に座りエドヴァルドから借りた資料に目を通す。


「エドはよくできるのね、こんなに字が書けるなんて」

「母さん読める?」

「ええ大体読めるわよ」

「書き写すから教えてよ」

「いいわよ」


 一応教わった体でいないとね、ちょっと手間だけど。

 それからソフィーナに教わりながら少しずつ書き写していった。


「帰ったぞ」

「あら早いのね」

「決まったことを伝えるからリオンも聞け」

「うん」

「まずは、そうだな、これまでの流れを話すか」


 クラウスはソファに座る。


「魔物が来た時には子供は家の中、できればトイレ、それか大人が一緒なら食堂や風呂に入るのが決まりだった」

「あの、父さんいいかな」

「なんだ?」

「トイレに入るのはなぜ?」


 そう言えば前世の記憶が戻った日もトイレに入った。その前のリオンの記憶でも魔物が来たときは何回かトイレに入ってたな。


「一番頑丈だからだ。トイレの横には貯水槽があるだろ、あれが重いんだ。だからそれを支えるために壁が石造りになっている、貯水槽が上にない壁面含めてな」

「あーそうなんだ」

「食堂も厨房は水をよく使うから石造り、風呂もそうだ。だから頑丈なんだよ。だいぶ前にキラーホークが風呂に突っ込んだがビクともしなかったぞ」

「分かった、ごめん続けて」


 風呂は頑丈だな。多分風呂としてはそこまでの強度は必要ないけど、元々シェルター代わりに設計されてるんだな。


「それで、えーっと魔物襲来時に子供はそこへ避難する、子供っていうのは9歳以下な。もともと村には10歳以上の子供は町に行っていないがな」

「リオンは町に行くの2年後ね」

「うん」

「それから見張り台だ。あそこは交代で1人大人がいることになってるが、洗礼が終わって身体強化をある程度覚えたら子供も同伴可としていたんだ。ディアナもよく一緒に上がってたぞ」

「うん知ってる。エドやケイスも上がってるって言ってた」


 その時たまたま魔物が来たら鐘を鳴らさせてもらったり魔物と戦ってるのも見たりしたってケイスなんかよく自慢気に話してたな。


「それで2年前に東区の城壁が拡張したろ、あれは一回り東区が広くなって城壁もそれに合わせて全て新たに作ったんだよ」

「凄いね、いっぱい人増えたんだよね」

「それで新しい城壁には中に部屋がいくつか作られた、外の様子を見える小窓もあるぞ。そんで、その部屋を魔物襲来時の子供の避難場所にしたんだよ」

「へー」

「ただし大型の魔物の時は今まで通り家や食堂な。城壁に突っ込んできて壊されることもあるからな」


 確かに大型は城壁ごと潰されて余計危ない。


「でまあ、そういう運用をやってたら北区の一部の子供たちが何やら羨ましがってな、ほら、魔物との戦いが高いところからよく見えてって東区の子供に自慢されたんだとよ」

「ありそうな話だね」

「それで北区は今年同じように城壁を拡張するから、それが完成すれば環境は東区と一緒になって解決するんだけど、待てないって魔物が来ても城壁上がる悪ガキがでてきて困ってたらしい」


 いるよねそういう迷惑かけるワガママ坊主。そんで「俺、怖くなかったしー」とか自慢する。大人は必死なのにね。


「それでもう城壁上がるの許可にしたんだってさ。ただし大人の言うことを聞いて戦うのをジャマしない、危なくなったら自分で逃げるって約束でな」

「許しちゃったんだ」

「まあこの村の考え方としてはそれでいいんだ、魔物に慣れさせるためにはな。東区の城壁部屋もそういう目的だし」


 んー、その辺、(さじ)加減というか難しいところではあるね、安全に慣れさせるってのは。


「そんで北区がそんな運用にしちまったからじゃあ西区はどうすんだって。ここの子供はとても聞き分けがいいから、そんな不満を言う子はいないんだがな」

「フリッツ先生が怖いんだよ」

「違いない、子供でも容赦しないぞ教官は。飯の後エドの話をした時に後ろにいたのは血の気が引いたぜ」

「父さんすぐ帰ったもんね」


 やっぱりビシッと締める役がいるといいね。もちろんそれだけ認められる人物でないといけないけど。改めてフリッツって凄いなぁ。


「さて本題だが、西区も制限を撤廃することに決定したんだ」

「あらそうなの」

「いややっぱり魔物に早くから慣れておくことは大事との意見が多かった。俺も同意見だ。ええと、ここを出る子供はほとんどゼイルディクへ行くだろ、ディアナもそう。それでコルホル村出身の子供は魔物に対しての見識が豊富で、正しく恐れていて、それでいて動じない、と評価が高いらしいんだ」

「まあそうなの、ちょっと自慢ね」


 まさに村の方針が狙い通りってワケだ。この環境考えた領主は有能だな。


「だから西区だけ過保護なのはどうかってね、とは言え今の決まりでも町に比べりゃ遥かに危険なんだがな。おお流石に小さい子供は今まで通りだ。どの辺から緩めるかは親次第となった」

「じゃあ見張り台も洗礼関係なく上がれるってことかしら」

「そうだ、親が許可したなら洗礼の有無や年齢に関係なく同伴することができるようになった。だから明日のウチの当番、リオンも朝から上がれるぞ」

「そうなんだ!」


 急に来たそんな話、何だかワクワクしてきたぞ!


「どうだ上がるか?」

「もちろん!」

「よしじゃあ俺が先に上がって昼くらいまでいるか。母さんは朝飯の時だけ交代してくれ。料理の日だしな、行くんだろ?」

「ええ、朝食から準備に参加するわ」

「昼からはまたそん時決めればいいか、俺は飯さえ食えれば1日上がってたっていいぞ」

「ねぇ父さんトイレってあるの?」

「もちろん頑丈なトイレがな」


 なら長時間も平気だな、生理現象的にはだけど。気分的にはどうなんだろう。


「父さん上にいる時は何してるの」

「ボーッとしてる」

「私もずっと森の方を見てるわ」


 まあそれが仕事だからそうなるか。


「ディアナがいた時は話し相手でよかったぞ、だからリオンがいてくれた方が助かる」

「うん! でも俺もちゃんと監視する!」

「ははその意気だ、もし魔物来たら鐘を叩かせてやるぞ」

「ちゃんとできるかな」

「鐘の回数間違わなければ誰でもできるさ」


 鐘か! おお魔物来てくれと思ってしまった。


「さあそういうことだから明日寝過ごすと見張りはまだか! って家に怒鳴り込んで来られるかもしれないので早く寝ようぜ」

「そうだね」

「ふふ大丈夫、私が起こすから」


 寝る準備をして2階に上がる。


 見張り台か、初めての体験はワクワクするな。景色どんなだろう。

 遠足前日の子供のようにニンマリしながら俺は眠りについた。



◇  ◇  ◇



 ん、朝か、まだ暗いけど。俺は起き上がり1階へ下りた。


「リオン、おはよう。ちゃんと起きれたわね」

「うん、おはよう」

「じゃ私、食堂に行ってくるから」

「いってらっしゃい!」


 洗面台に行くとクラウスがいた。


「お、リオン起きたのか、おはよう」

「うん父さん、おはよう」

「着替えて準備できたら城壁に上がるぞ」

「うん!」


 いよいよだ! 楽しみ。


 家を出て城壁へ向かう。


「ここから上がるんだ、ついて来い」


 西区城壁の最北端、幅は東西に30mほどか。その壁面に沿って東西に向かった上り階段がある。東西の城壁の北端にも同じように上り階段があり北側へ向いている。それらは北の城壁面の階段と途中で合流するのだ。


 俺とクラウスは西側城壁面の階段を上がった。


 リオンの記憶には城壁の階段は絶対上ってはいけないという周りからの言いつけがある。だから上るどころか普段から近づかないようにしていた。それを今、上がっているのだ。


 子供が大人からやってはいけないと言われていた行為を今やってのけている。何だか認められたような、と同時に大人と同列扱いになった責任も感じる。多分今俺の眼はキリリとしてるだろう。


 階段の幅は1mくらいか、ちょっと急だ。片手を城壁に当てながらゆっくりと上がっていく。先を行くクラウスが壁に取り付けられた照明に手をかざし点灯させるため足元はよく見える。


 しばらくすると広いところへ出た、踊り場だ。ここで北城壁面の階段と合流している。高さは多分2階と同じくらい。そこから折り返しの階段を南へ登っていく。家の方を見ると2階の窓の高さを超えていた、もう少しだ。


 階段の最後の1段は即ち城壁上部の歩廊である。


 ついに来た!


 リオンの物心ついた時から記憶に残る景色にはいつも城壁がある。顔を上げても見えるのはそびえ立つ壁と空だけ。ただ不思議と圧迫感は無くむしろ安心感があった。魔物からみんなを守ってくれる頼もしい存在だからね。


 そのいつも見上げるだけの城壁の上に遂に今、上ることができたんだ! 辺りはまだ薄暗い。これから明るくなれば見たことのない景色が目の前に広がると思うとワクワクが止まらない。


「こっちだ」


 城壁の歩廊をクラウスについて行く。幅2m弱か。その両端には柵ではなく石を積み上げた低い壁がありその上部は凹凸の形をずっと繰り返している。鋸壁(のこぎりかべ)というやつか。


 前世のヨーロッパの城と用途は同じだろうが村の城壁は内側もその作りだ。空から来る魔物に対してなのかな。高いところはクラウスの胸くらいで低いところは俺の腰くらいだ。


「ここが見張り台だ、入るぞ」


 クラウスが手をかざすと中の照明が点いた。俺は明かりの中へ進む。


 見張り台は城壁の端から少し出ている。その出た部分の城壁は円柱になっており、その上に載っている見張り台の中も円形になっていた。中には椅子が2つある。


「ここで座って待ってろ、すぐ帰る」


 クラウスはそう告げると歩廊に引き返した。

 しばらくして遠くから声が聞こえる。


「北は大丈夫だ! 近くに魔物はいない!」

「分かった! 南も確認しろ!」


 そうか朝の収穫に行く住人のために外の様子を報告したのか。

 ほどなくクラウスが帰ってきた。


「父さんは魔物がいるか薄暗いのに見えるの」

「遠くまでは見えない、この時は分かる範囲でいいんだ。それに朝扉を開ける時に魔物がいたことは父さんの記憶では一度もない」

「そうなんだ魔物はまだ寝てるのかな」

「いや魔物は寝ないそうだ」


 なんだそりゃ。何も食べないし寝ないってもう生物じゃないな。


「魔物がやって来る理由は人間にあると言われているからな。こっちが動いてそれに合わせて魔物も動くんだってさ。だから夜や雨の日は魔物は来ないんだ、みんな出歩かないだろ?」

「なるほどー」


 こっちが大人しくしてれば魔物も動かない。でもそれじゃあ生活できないしなー。


「さあもうすぐ夜が明ける」


 見張り台の部屋は円形で窓が360度ある。東の空が少し明るくなってきた。俺は見張り台の東側に移動し窓から顔を出す。中央区の城壁の向こうに薄っすら東区の城壁が見え、その向こうから朝日が顔を出してきた。


「うわあぁ……」


 中央区の城壁と街並みが影となり輪郭が朝日で輝いた。キレイだがちょっと眩しい。西区内が見える南側に移動するとずらっと並んだ屋根の上部が日の光を受けて輝いていた。今度はクラウスの横に戻って西側の畑を見る。住人が朝の収穫をしている様子が遠くに見えた。


「どうだいい眺めだろ」

「うん!」


 角度が変わればこんなに違って見えるなんて。視野が広いって大事だな。


 しかし何もない。前世の日本ならどんなに田舎でも人が住んでいれば必ずあるアレ、そう電柱、あと街灯か、他に看板とか道路標識やカーブミラーこれらの類が一切無い。畑と道そして排水路だけだ。


 改めて異世界だな、なにせ電気がないのだから。


「明るくなったから照明消してくる」

「うん」


 クラウスは出て行った。下の階段沿いの照明を消しに行ったのだな。


 そういやトイレはどこだろう、あとは鐘の場所。円形の部屋に出入り口がひとつで他は全て窓だ。部屋の中央の床に人が1人通れる穴が開いており梯子も見える。その梯子は天井まで伸びていた。あ、鐘があった、梯子の先の天井に吊るされているのね。じゃあ梯子の下がトイレかな。


「ようお待たせ」

「おかえり。ねぇそこの下がトイレ?」

「そうだ、で、鐘は梯子の上だ」

「父さんトイレがあるのはいいけど、そこに入っている間に魔物来たら分からないよね。いいの?」

「ああ、構わない」


 え、いいのか。


「みんな基本は1人でいるからそれは仕方ないよ。それに居眠りするかもしれないしな。見張りも完璧じゃないんだ」

「そっかー」

「おとついの猪を覚えてるか? あれの鐘が鳴った時に猪はもう城壁近くまで来ていた。そのせいで俺たちは動けなかったんだ」

「そう言えば」

「多分あいつが侵入したのは南側の畑から。こっちだったら俺たちが気づいていたしな。だからきっと南の見張り台が見逃したんだよ、鳴ってたのもここの鐘だったろ」


 割と大雑把なのね、見張りの仕事。


「まあもし両方の見張りが気づかなくても畑の住人が気づいて鳴らせと怒鳴るだろう。実際そういうこと何回かあった。いいんだよ、みんなで見て誰かが見つければ。見張りはつまり鐘を鳴らして知らせる役目さ」

「なるほどー」


 確かにここにいる間ずっと気を張ってキョロキョロするのは無理だもんな。


 あー、今日はいい天気になりそうだ。

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