第109話 クラリーサ
コーネイン商会の工房で鍬のトランサイトを作った。共鳴で耕起範囲拡大って凄いな。1回振り下ろすだけでどのくらい耕せるのだろう。これは正にファンタジーだ、トラクターより効率いいのでは。
それにトラクターだと、どうしても圃場の四隅に土が寄っていくんだよね。ロータリーの爪が進行方向に正転してるからだけど。それが防げるのはいい。
しかし耕せたとしても均すのはどうしてるんだろう。トラクターならロータリーの均平板で平らに出来るんだけど。クラウスが畝立てしてた圃場は平らだったから、耕起後に何かしら手を加えたのかな。
それからよく考えると土がふかふかになっても大して混ざってないのでは。元肥が表面付近に偏っている気がする。ま、それで育っているのだからいいか、異世界には異世界の土壌があるのだろう。
「次、行きます」
杖を手に取る。
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
「ふー」
「杖も随分慣れてきたな」
「はい、商会長」
「次は短剣を頼めるか」
「分かりました」
短剣か。多分剣と同じ感じだろう。
「商会長、トランサイト取り扱い商会はどうなりました」
「気になるのかフローラ」
「ええ」
「恐らくゼイルディクの8商会になる」
「多いですね、それでは価格が」
「ああそうだ、もう既に不毛な値引き合戦が一部で起きている」
値引き合戦? あー、そういうことか。
「それは買い手が被っているからですか」
「うむ、全く愚かなことだ」
なるほどね、それでミランダは極力少な目にしたかったんだ。
「ルーベンスなぞウィルム中に声を掛けているぞ、どれほどの本数が割り当てられるか決まってもいないのに」
「具体的にどうなるんですか?」
「……お前が1日に15本生産できるとして、ひと月に450本。それで訓練討伐や用事のある日を除けば半分ほどの220本だろう。そのうち半分を8商会に振り分けると1商会がひと月に売れるのは14本ほどか」
「え、100本はどこへ行くんですか」
「伯爵が領主と直接取引をする分だ」
あー、騎士団とかにまとめて売るのか。
「領主の使いにゼイルディクへ来てもらうんだね」
「その通りだ、フローラ。帰りは無事かは知らないがな」
「え、それって」
「実はな、王都へ送った剣、槍、弓がアルカトラで行方不明になった」
「ええっ!」
「おやまあ」
アルカトラって罪人の町だよな。何が起こったんだ。
「アルカトラの領主には王都へ送る重要品と伝えていたのだがな」
「なら犯人の目星はつくね、杖は別ルートで?」
「よく分かったな、かなり遠回りだ」
「まるで武器3種がアルカトラで消えるのを知っていたようですな」
「フッ、さあな」
おいおい、アルカトラの領主って普通じゃないのか。
「杖だけ届いた国王はどう動きますかな」
「まあ一波乱あるだろう」
えー、大丈夫か。
「さあ、リオン、短剣を頼めるか」
「あ、はい」
なんだかトランサイトを火種に争いが起こりそうで怖いな。ま、俺はいち職人だ、仕事は作る事だけ、後は知らん。
短剣を構える。剣身20cmか、これなら切るというより刺す使い方になるな、投げるのもありか。対魔物ではなく護身用だろう。
要は短い剣だ、共鳴も同じはず。
キイイイィィン
うむ、思った通り、じゃあ一気にけるな。
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
「ふー、できました」
「流石だな。フローラ、頼む」
テーブルに置いた短剣をフローラが見つめ読み上げる。
「トランサイト
成分:トランサイト 100%
剣技:45
刺突:120
衝撃:120
特殊:魔力共鳴(120%)、魔素伸剣(共鳴率×10)
定着:30日12時間
製作:コーネイン商会 剣部門」
「うむ、思った通りだ、後は伸剣の発動する条件か」
あれ? 適性は剣技なのに、攻撃力を示す値っぽいところは刺突と衝撃になってる。これって槍の項目じゃなかったっけ。
「商会長、剣なのに刺突と衝撃なのですか」
「いや切断と斬撃もある、見えないだけだ。フローラ説明してやれ」
「リオン、普通の剣にも刺突と衝撃はあるんだよ、でも鑑定で分かるのは最も高い値の項目。例えば剣身50cmで切断225、斬撃225、刺突150、衝撃150だとしたら見えるのは切断と斬撃、この剣身20cmで切断60、斬撃60、刺突120、衝撃120なら見えるのは刺突と衝撃ってことだよ」
「あー、そういうことか!」
確かに剣でも突くことはできる。そこにもちゃんと槍みたいな数値があったんだね。この短剣は切っても普通の剣より浅くなる、それよりも突く方が向いてると。だから一番高い数値が槍みたいになるんだ。
でも適性が剣技と言うことは形状は剣扱いなんだね。じゃあこれの柄を長くしたら適性は槍技になるのか。一体どこで判別されてるんだろう。
「さて、昼からはクラウスとソフィーナも一緒に来てくれ、恐らく午後からは雨になる、畑に出ることはできないだろう」
「あ、はい」
「時間は少し早いが12時30分で頼む」
「分かりました」
何か話があるのかな。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
「失礼するよ」
クラリーサが迎えに来た。
「午後はクラリーサも一緒に来い」
「はい、副部隊長」
ほう、フリッツが同伴するはずなんだけどな、まあ昨日のこともあったし。
「フローラさん、ありがとうございました」
「全然進まなかったけどね」
まあ鑑定の指導は仕方ない、やり方が分からないもんね。
工房を出て店内に行くとフリッツがいた。
「ワシも一緒に帰るぞ」
家令の勉強会が終わって待っててくれたのかな。
商会を出ると今にも降り出しそうな空。足早に西区へ向かう。
「午後はリーサも一緒に行くんだって、時間は12時30分だよ」
「そうか」
ところでクラリーサは俺が職人だとは知らないままかな。よく工房に来るから共鳴してるタイミングだとどう思われるだろう。もう教えてもいい気がするけどな、ミランダに提案するか。
西区に到着。
「お、来たな」
「ただいま父さん」
食堂で昼食をとる。
「鑑定は覚えられそうか」
「分からないよ」
「まあ、そうだな」
フローラがいなくても武器や精霊石を見るだけならできる。それが正しい訓練かは知らないが。まあどういう風に見えるか分かったからイメージはし易いな。
「あ、そうだ、父さんと母さんも昼から一緒に来て」
「俺たちもか?」
「商会よね」
「商会長から話があるみたい。時間はちょっと早いけど12時30分だって」
「なら食べたら直ぐだな」
食後一旦家に帰り雨用の外套を持つ。そこへフリッツが来たのでクラリーサと共に商会へ向かう。ポツポツと雨が落ちてきた。
商会に入るとミランダがいた。
「皆、ついて来い」
2階の商会長室へ。工房じゃないのか。
「クラリーサは結界をしたら店内で待て」
「はい、副部隊長」
結界を施すと彼女は去った。
「さて、お前たちに集まってもらったのは現状の把握と今後の方針を決めるためだ。夜でもよかったが、天候の関係で畑には出られないだろうから今にした。急ですまない」
「構わないさ、どうせ家にいるだけだ」
「ええ、もう家の用事もそんなに無いし」
ほう、特に急ぎではないが早い方がいいくらいか。
「まずリオンの神の封印についてだ。ここの面々の他に知っているのは、メルキース男爵とエリオットだけだ。その2人も口外はしていない、男爵夫人さえ知らないぞ。お前たちの方はどうか」
「俺は言ってないな」
「私もよ」
「ワシもだ」
「俺も」
「そうか、ではリオン含めて7人だな。今後は余程のことが無い限り誰かに伝えるのは控えようと思う。かなりの情報だからな」
「ああ、それがいい」
「そうね」
「うむ」
なるほど、こういうことを再確認して今後どうするか話し合うんだな。確かに誰にどれだけ伝わっているのかハッキリしていると話すときに困らなくて済む。
「続いてトランサイト生産能力だ、これは同時に特異な魔力操作も知ることとなる」
「確かに、あの共鳴を知ったら戦力として見るからな」
「それで知っている者は、メルキース男爵家、アーレンツ子爵家、そしてその家令と経営する商会関係者の一部、更にはゼイルディク伯爵やバイエンス男爵とその関係者、主に貴族やその支配下にある者は、情報が漏れることへの損失を十分理解しているから問題はない」
「ああ、そこは信用するしかないな」
まあ貴族が頂点なら情報管理は徹底されてるだろうね。
「次に身内や村の者では、ブラード一家、ランドルフ、フローラだ」
「クラリーサは知らないのか」
「それを今回話そうと思ってな、どうだ、彼女には伝えた方がやりやすいと思うが」
「俺は構わないぜ、何せリオンの命の恩人だ、信頼は出来る」
「私もいいわ、リーサとは一緒にいることが多いから」
「ワシも構わん」
「俺もいいよ」
「よし分かった、ではこの後、工房へ呼んで伝えるとしよう」
うん、工房へ出入りが多いからね。絶対そのうち共鳴を目撃する。しかしミランダは俺が提案するまでもなく同じことを考えていたのね。
「そしてトランサイト生産を知っている者はクラウスの叙爵も知っている、同時に伝えるぞ」
「ああ、そうしてくれ」
「クラウスの叙爵は恐らく25日の議会で周知されるだろうがな」
「お、そうなのか、伯爵が手配する護衛が西区へ居住してからと言っていなかったか」
「その予定だったが、昨日の一件で村全体の警備が強化される」
「なるほど、俺のせいで騎士が増えると思われるのは嫌だったんでな、結果的に丁度良かったのか」
ああ、そんなことクラウスは気にしてたのね。
「無論、伯爵の手配する護衛も進めている。来月中には移住が完了するからな」
「ところで何を準備してるんだ? 人選か」
「いや、人選はとっくに終わっている。今は耕起を主に訓練しているそうだ」
「ほー、入って直ぐに畑仕事ができるのか」
「もちろんだ、野菜の知識も多く学習しているぞ、それに冒険者だったことにするからな、その設定も全て叩き込んでいる。お前たちと何ら変わりない住人として定着するためだ」
うはー、徹底してるね。
「さて、アーレンツ勲章授与式の日程が決まった、24日だ」
「お、そうか、3日後だな」
「その日にクラウス、ソフィーナ、リオンは町へ行くことになるが、24日はサラマンダーが来た14日から10日空くことになる」
「あ、ミランダが言っていた仮説か!」
「うむ、ワイバーン2体が3日、サラマンダーが14日、ならば24日辺りにはそれらと同等の魔物を仕向けてきてもおかしくはない」
ああー、まずいね、また町での戦闘になるのか。
「無論こちらも想定して準備をする。トランサイトの弓と杖を持たせた防衛部隊の精鋭を同伴させる予定だ、もしサラマンダーが来ても前の様にはならんぞ」
「おお、それは頼もしいな!」
「後衛中心なら飛ばれても狙えるわね」
「しかしいいのか、そんなにトランサイトを使っても」
「構わん、伯爵には輸送中にたまたまAランクの魔物と出くわしたと伝える」
「はは、そして都合よく精鋭もいたと」
なんだミランダ、やる気じゃないか。
「尤も来るかは分からないぞ、私の仮説だからな。そもそもこの作戦を神に知られている可能性は高い」
「あー、そうだな、神だもんな」
「今のこの会話も聞かれているのかしら」
「フッ、それならそれで手の込んだ魔物の動きを考えているかもな」
おいおい、神に対峙する気マンマンじゃないか。最早ミランダはこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「それにこう考えてみろ、Aランクの素材が定期的に手に入るのだ、騎士も強大な魔物との貴重な実戦を経験できる。こちら側もやられっぱなしではないぞ」
「はは、流石の発想だな」
なんと前向きなことか。ただ怯えていた俺とは大違いだ。これが貴族か。
「さあでは下へ降りるか」
「俺たちも行くのか」
「工房では家令のリカルドとナタリアも同席する。屋敷の具体案を詰めるのだ。フリッツもそう聞いただろう」
「うむ、もう今日決めてしまうぞ、子爵も我々に任せて後は合わせてくれる」
「そうか」
「分かったわ」
家令は午前中で帰ったんじゃないのね。ところで訓練討伐の森の確保はいいのか。屋敷の場所によっては切り開いてしまうぞ。それも合わせるということは別に準備するのかな。まあナタリアがいるなら聞けばいいか。
俺たちは1階へ降りる。クラリーサと合流し工房へ。
「おお、来たね」
「フローラさん、午後も来てくれたんですね」
「雨だからさ」
あ、そっか。
「鍬はどうだったか」
「素晴らしいね、革新だよ」
いい笑顔だ。余程気に入ったらしい。
休憩スペースにはリカルドとナタリアも座っている。そこへ俺たちが合流。なんとも大人数になったな。
「さてではクラリーサ、結界を頼む。テーブル2つ分だ」
「分かりました」
結界を施すと彼女は工房を出ようとする。
「待て、お前も座れ」
「はい、副部隊長」
ミランダに止められクラリーサもソファに腰を下ろす。
「今後のために伝えることがある、リオン、1本頼む」
「はい」
「何でしょうか、副部隊長」
「まあ見てろ」
剣を握る。少しゆっくりやるか。
キイイィィン
「おや、あんた、共鳴かい」
キイイイィィィーーーン
「は!?」
キュイイイィィィーーーン
「はあ!?」
ギュイイイイィィィーーーン
「はあああ!?」
シュウウゥゥーーン
「ふー」
「あ、あんた、その共鳴は……どうなってるんだよ」
「さて、クラリーサ、実はリオンはここの職人だ。今、トランサイトを生産した」
「トラン! え!? し、失礼しました、どういうことですか」
ミランダは簡単に説明する。クラウスが俺に代わって叙爵することも伝えた。
「……普通の子ではないと思ってたけど、たまげたね」
「リーサ、そういうことだ、引き続きリオンを頼むよ」
「クラウス、ああいや、何て呼べばいいのさ」
「はは、クラウスで構わない、貴族となるのはまだ先だからな」
「それでもいくらか失礼な物言いをした、すまなかった」
「気にするな」
ほう、そこは騎士か。ちゃんとしてるね。
ミランダが説明している間もフリッツと家令たちは近寄って話をしていたようだ。
「お、終わったか」
「ああ、フリッツ、待たせたな」
あ、仕事しないと。
剣を握る。
キイキュイギュイイイィィィーーーン
「ふー」
「は!?」
「これが本気です」
「そ、そうかい」
「そうだ、クラリーサ、お前が提案した短剣も出来たぞ」
「え! そ、それは、興味深いですね」
「リオン、お前たちが来る前に伸剣を試したが、これは凄いぞ」
「何か違いがあるのですか」
「共鳴させている間、常に伸びている」
「え」
あれ、剣って振ったら伸びるんじゃないの。
「伸剣部分は剣や槍と同じ無色透明の魔素集合体だ、重さも空気抵抗もない、もちろん属性も付与できる」
「ミランダ、それはつまり、共鳴させると伸びるのか」
「そうなるな、クラウス」
「では腹でも刺した後に共鳴させると背中まで突き破ると」
「……そうなるだろう」
「それで凍らせるなり燃やすなりして共鳴を解けば元の剣身になるのか」
「恐らくな」
うわ、ちょっとテクニカルだけど、恐ろしい戦法だな。
「ふむ、検証が必要だな、魔物で試すか」
魔物、可哀そうに。いや、人類の敵だ、慈悲は要らん。
「さあでは屋敷について話すか」
「あの、副部隊長、私もいていいのですか」
「構わんクラリーサ、保安部隊の目線で意見をくれ」
「分かりました」
うん、一人でも多いほど何かいい案が出る可能性はある。




