第106話 魔物素材の行方
進路を引き返す5班。左カーブに差し掛かる。
そう言えば監視所でエリオットが剣技について話してたけどクラウディアも聞いていたな。では俺が剣技を覚えたい事をクラウディアは知っているのか。それはカルロスみたいに既に覚えている剣技を伸ばしたいのか、無いから祝福で覚えたいのか、神の封印を解くためか、どれで伝わっているのだろう。
それと今日初めて会ったカルロスとパメラとその付き添いの計4人。8歳の俺が共鳴を40%まで上げられることは常識をかなり超えてるけど、いいのかな、知られても。
特別契約者の集いで披露した60%でも、アデルベルトによればあの場にいた人たちに内密にするようにと触れたみたいだし。2班のみんなにはトランサイトのことを伝えたから口止め料を渡した。今日の4人にはどうなのだろう。
まあエリオットたちも情報の取り扱いは分かっているから心配はいらんか。ミランダもフローラに俺が鑑定を覚えたい理由は、神の封印ではなくて祝福を目指すと伝える内容を見直したんだよね。どこでどう繋がって変な奴に伝わるか分からん。それの危険性は貴族の方がよく知ってるはずだ。
「エルグリンクス、2体!」
カルロスの声に前方を見渡す。左右森の中に1体ずついるな。
「右のを行くね!」
そう告げて俺は駆け出す。
シャー!
直ぐこっちに気づいて魔物が近づいて来る。
まずは1体、速攻で倒してもう1体のカルロスの対応を観察しないと。
エルグリンクスは連続で引っ掻きを繰り出す。
全て寸前で避けて4回目の後に大きなスキが出来た。
スパン
首を落とした。
進路を見るとカルロスがもう1体を後衛へ引っ張っている。
彼が減速し、進路を外れるとパメラの矢が刺さった。
そこへすかさずカルロスが切り込む。まだ魔物は倒れていない。
「でやっ!」
彼は間合いを離さず、そのまま2発目を繰り出した。終わったね。
「集合」
カルロスは随分と息が上がっている。
「ふー、はー、……疲れた」
「2発目、直ぐ切り込んだのはいい判断ね」
「はい、クラウディア様、頑張りました」
しかし剣技を駆使するのには準備が必要だったはず。
彼の場合は気合い。今回はそれがうまくいったのか。
「ねぇ、カルロス、連続でいったのは気合いが乗ってたから?」
「えっと、パメラの矢がいいところに当たったんで、最初から連続で行くつもりだったよ、それで倒せると判断したんだ」
「へー」
魔物の状態と自分の力量を瞬時に計算して、倒すまでのイメージを作ったんだな。凄い、ちゃんと考えてたんだ。
「最後の1体だったからさ、もし仕留め損ねてもリオンが近くにいたから任せるつもりだった」
「あー、うん、いつでも言って!」
ふふ、ちゃんと俺の存在も計算に入ってるのね。それがパーティってもんだ。
「出発」
進路を進む。
なるほど、カルロスの付き添いのトビアスが言ってた、剣技とは一連の流れ。今回の連撃はその言葉が当てはまるな。
「エビルヘロン、1体! リオンが進路で引き付けて!」
「え、分かった!」
クラウディアの声にみんな進路横に散る。
上を見ると大きな鳥系の魔物が見えた。
「リオンが避けたら私とパメラが撃ってカルロスが止めよ」
「はい!」
ほう、俺は完全に囮役ね。よーし、ギリギリで回避してやる。
バサササッ
降りてきた、今だ、回避!
ズバッ
降りてきた魔物へ矢が刺さる。魔物は一瞬、動きを止めた。
バァン!
うわ、頭が吹き飛んだ。
「とうっ!」
ザンッ
カルロスが切り込んで終わり。その前に倒してた気もするが。
「集合」
クラウディアの魔法は凄いな。確かダークレイヴンも同じように頭が吹き飛んだ、午前中に木の上にいたデスカロテスも頭半分を吹き飛ばしてたぞ。おしとやかな振舞とは裏腹な残酷な倒し方。まあ魔物に慈悲は不要だ。
「クラウディアはよく頭を狙えるね」
「ええ、うまく当たってよかったわ」
そう言いながら持っている杖を指さし俺を見てほほ笑む。あ、そうか、トランサイトの杖だもんね、試験素材とは言え、ちゃんと魔法速度は上がっているんだ。それで小さい的でもしっかり狙えば外すことは無いんだな。直ぐ到達するから。
でも風の矢だよね。見えないから分からないけど、どういう仕組みになってるんだ。頭が吹っ飛ぶってかなりの威力だぞ、頭蓋骨も砕いているんだから。風の精霊石から出るのって、つまりは空気だよね。圧縮して飛ばして刺さったら急速に膨張してるのかな。
「出発」
進路を進む。多分あと1回出るかどうかだな。
「マスタードリザード、2体、右のをリオン行って」
「分かった!」
カルロスの指示に走り出す。マスタードリザードか、辛子色のトカゲだ、全長2mくらい。ジェラールたちは1撃で倒してたよな、耐久力は低いと見た。
シーッ!
妙な鳴き声だ。動きはまあまあ速い。跳び掛かって来る体型じゃないよな。どうやって倒すか。
むー、回り込もうとしても頭をしつこく向けてくる。これはグリーンガビアルと同じ状況だ。あ、じゃあ飛び込んでも大丈夫かな。ガビアルは頭が上に向かないってクラウスが言ってたし。骨格的に近いと思うんだよな。
いや、やめた。もし届いたら足を食いちぎられる。そんな賭けをやる相手ではない。たまに速度を上げて突っ込んでくる、そのスキを狙えばいい。
来た! 避けて直ぐ切り込む!
スパン
首を落とした。よしよし。
カルロスはどうかな。
あれ、終わってた。
「集合」
後衛にやってもらって止めをカルロスだった模様。それが確実だね。
動きを見れなかったけど仕方ない。
「出発」
進路を進む。ほどなく右カーブ、出口はもう直ぐだ。
そして魔物と遭遇することなく街道へ出た。
「みんなお疲れ様、無事終われてよかったわ」
「そりゃもうリオンが強いしね、何でも1発だから頼りになるよ」
「はは……」
「ところで俺の動き見て何か参考になったか」
「うん、またお願い」
「いいけど、変な奴だな」
正直まだよく分からないけど、続けて行けば何か気づくはず。でもちょっと悪い気もするな、カルロスは全力で頑張ってるのに観察するなんて。まあ彼も不思議には思ってるけど悪い気はしてないみたいだからいいかな。
監視所に到着。
「今日の討伐報酬を伝える。ヘルラビット4体、グリーンラクーン3体、エルグリンクス4体、エビルヘロン1体、ダークレイヴン2体、キラースィケーダ2体、ダークローカスト3体、マスタードリザード2体、デスカロテス2体、ネイビースキンク1体」
おお、多い。こんなに種類いたんだね。
「合計90,000から事務手数料9,000を引いた81,000を4等分して1人20,250だ。素材売渡と合わせて明日朝までに振り込んでおくからな」
「分かりました」
「解散前に少し話がある、カルロス、パメラ、トビアス、イメルダ、私と来い」
「はい!」
4人とエリオットは城壁の中に入って行った。お、もしかして、俺の共鳴について口止めするのかな。
「座るか」
「そうだね」
フリッツの提案に腰を下ろす。
「きっとリオンのことを話に行ったのよ」
「やっぱりそうなの」
あ、クラウディアはどこまで知ってるか聞いておこうかな。いやでもどう聞けばいいんだ、ここはエリオットに確認するのがいいか。
む、顔を近づけてきた。
(リオンの作ってくれたトランサイト、とってもいいわね)
小声でそう告げニッコリする。
「あ、うん、魔法速いんでしょ」
「ええ、凄いわ。私の共鳴だったら1.5倍くらいの速さなの」
「と言うことは15%なんだ」
「そうよ、リオンには遠く及ばないけどね」
「はは、俺は変だから」
俺が職人だってことは知ってるんだね。じゃあ後は神の封印のことか。
「それで剣技なんだけど、私もリオンと一緒に訓練を考えているの」
「え!?」
「全然進まないのに1人では辛いでしょ、祝福まで6年もあるのよ」
「そうだけど、弓や魔法の訓練は?」
「それは並行して進めるわ」
どうやら神の封印は知らない様子。しかし剣を? 俺のために合わせてくれるみたいだけど。うーん、そこまでしなくても自分の得意なスキルを伸ばせばいいんじゃないかな。
「やっぱり悪いよ、俺は俺で頑張るから、クラウディアは今まで通りでいいと思うよ」
「優しいのね、でも気にしないで、斬撃が伸びれば魔法の幅が広がっていいのよ、それに護身用に剣技が必要とお母様もおっしゃってるし。いずれは取り組むつもりだったのよ、それが今になっただけ」
「……そう、ならいいんだけど」
クラウディアは11歳、誕生日がいつか知らないけど2~3年で剣技って覚えられるものなのかな。士官学校で貴族だからいい環境なんだろうけど。
「次回は剣を持ってリオンやカルロスと一緒に前に行くわ。杖も持ってくるから、難しそうなら後衛に戻って、戦力として迷惑かけないようにするから」
「あー、うん、それはいいんだけど、無理しないでね」
「大丈夫よ、身体強化も訓練してるから前衛の動きもできるわ」
「へー、そうなんだ」
凄いなクラウディア。でもさらっと言ってるけど大変だぞ、魔物と対峙するんだからちゃんと動けないと。まあ俺は直感で動いているから言えたもんじゃないか。
「待たせたな」
エリオットと5班のみんなが帰って来た。
「次は3日後の23日だ、では解散する!」
「クラウディア様、本日はご一緒ありがとうございました。リオン、またな!」
「うん、カルロス、ばいばーい」
カルロスたちは待機している馬車へ向かった。
「リオン、お前の共鳴について口外しないよう伝えてきた。次からも安心して共鳴強化をするといい」
「はい、部隊長、ありがとうございます」
「では行こうか、シーラたちも先程乗ったようだ」
「はい、先生」
街道に待機している商会の馬車に向かう。
「揃ったぞ、行ってくれ」
ベルンハルトが護衛に伝えると馬車は動き出す。
「5班はどうだった?」
「見たことないFランクの魔物が沢山出てきて新鮮だったよ」
「余裕だねー」
「シーラはどうだった?」
「2班はいつも通り、進路も南に戻ったからガルウルフも出なかったよ」
「なら全然大丈夫だね」
俺が最初に見学で入った進路かな。
「クラウディアは魔導士だったよ」
「それでも戦えるんだ、流石ねー」
「シーラは弓士できないの?」
「出来るけど……ほら、矢が勿体ないじゃない」
「え」
「魔法なら杖だけでいいから矢を買わなくて済むの」
なんと、そんな理由か。確かに経済的ではある。
「でも矢ってそんなに高いのかな」
「鏃が何でできてるかで変わるよ」
「そっか、いい鉱物だったら高いよね」
「鉱物もあるけどほとんどは魔物素材」
「え、そうだったんだ」
「爪とか牙が多いよ、それで魔物に刺さったら消えちゃうの」
「へー」
鏃って消耗品だったのか。
「魔物の内部から血肉を壊すために飛び散る感じ。だから深く刺さったら沢山壊せるの」
「よく知ってるね」
「うん!」
シーラは熱心だね、ほんと冒険者が好きなんだ。
にしても矢ってそういう攻撃手段だったのか。確かに刺さっただけでは効果範囲が限定的だ。そこから燃焼や凍結で再生を遅らせるのが主体かと思ったが、鏃自体に破壊する力があったのか、それも自らが飛び散って。
言われてみれば、これだけ毎日魔物素材が流通してるのに、よくそれだけ使い道があるとは思ってたんだ。鏃は爪や牙か、小さい素材なんだな。では角は何に使われているんだろう。武器に使うにしても流石にそこまで必要ないだろう。3年持つんだし。
「角は武器の他に何に使われてるの?」
「うーんと、おじいちゃん、何だっけ」
「粉末にして家畜の餌や野菜の肥料に混ぜたりしてる。育ちが全然違うんだぞ」
「あ、そうだったの!」
飼料や肥料か! それなら需要は相当ある。
「リオン、村の畑に魔物が湧かないのは何故だか分かるか」
「それは、木が無いから?」
「いいや、魔物素材を吸収した野菜が植わっているからだ。それがどう作用しているかは不明だが、状況から見てそうとしか考えられん」
「確かにそう言われているな。広大な牧場にも魔物が出ないのは、素材を吸収した家畜を魔物と勘違いしている説もある」
へー、確かに畑には魔物は湧かないね。そんな理由があったんだ。
「先生、ではその素材の粉をふりまけば魔物除けに使えるのでは?」
「ところがそうもいかん、どうも一旦生物に取り込まれないと効果が出ないようだ。それでも昔は野営をしていた記録もある。魔物がうろつく森でそれが可能だったのは、恐らくそう言った技術が進歩していたのだろう」
「あれ、今はできないの」
「残念ながらその技術は伝わってはいない。研究はしているようだがな」
ふーん、でもあったら凄いよな。森の中でも安全に過ごせる。
「あ、生物に取り込まれたら効果があるかもって、人間にはどうなの?」
「これが不思議で全く効果が無い。実は料理にも使われているのだがな」
「あらら、そうなの」
にしても料理に素材の粉が使われていたなんて! 知らない間に食べていたんだな。
となると魔物って捨てる所が無いのか。魔石は動力や武器の補修、角や爪は武器素材や飼料や肥料、そうだ、その魔物を倒しに森に入れば精霊石も拾える。
「もしかしてゼイルディクって人間が生きていくうえでとても大事な源を提供してる町なのかな」
「その通り。あれほど巨大な都市のウィルムが成り立っているのはゼイルディクがあるからだ。ウィルムの西の森だけではとても供給が追い付かん。もっと言えばカルカリアの畜産を支えているのもゼイルディクだ。あれの飼料に使う魔物素材も多くはここから流れているからな」
「へー、凄いんだゼイルディクって!」
なるほどー、冒険者の町って、ただ魔物を倒すだけじゃないんだね。近隣都市の資源供給元だったんだ。だから40年前の壊滅時には多くの支援が来たんだね。自分たちが生きていくためにはゼイルディクが必要だと。
「だからゼイルディク伯爵はウィルム侯爵にも意見が言える。どこの都市もそうだ、プルメルエントもクレスリンも、必ずこの町の様な冒険者が中心の地域がある。そしてそこの領主は力が強い」
「故に今回伯爵が製法を発見したというトランサイト、あれが加わってより立場が強くなったの」
「しかし、ベルンハルト、あれが多くウィルムに渡れば西の森をどんどん開発してこっちの依存度を落としてくるだろう」
「確かに、もしかしたら川の向こうに町をつくるかもしれん、このゼイルディクの様な冒険者の町をな」
「そんなに武器1本で変わるの」
「変わるさ、当面はジルニトラだ。トランサイトがあれば倒せるだろう」
ウィルムの西に目撃されてるAランクの魔物か。確かにそんなのがいたら入って行き辛いよね。それを排除して開発を進める。また同じような魔物が来ても倒せるってことか。うわ、トランサイトってそういうバランスも崩す可能性を秘めてるのか。
「まあそれが分かってるからここの商会も安くは売らんて、特に弓や杖はかなりのものだと聞くしな。いやー、作れる職人は大儲けだの」
「そ、そうだね」
実際まだ1本も売れてないけどね。とにかく扱う商会が決まらないと。ミランダは今日も商会長会議があると言っていたが、進展はしたのだろうか。
馬車は村に到着、例によってギルド前まで行ってくれる。
「ありがとうございました」
馬と御者に礼を言ってギルドの窓口へ。グロリアに報告をする。
「お帰り―、リオン、シーラ。班が分かれたけどうまくいった?」
「はい、無事に終わりました」
「私も!」
「そう、よかったわ」
「次は23日と聞きました」
「また前日に確認に来てね」
シーラはギルドの展示スペースへ行くようだ。
「リオンはまた商会?」
「え、うん、まあね」
「じゃあ私は中に入るから、ばいばーい」
「うん、またね、シーラ」
フリッツと共にコーネイン商会へ向かう。
工房の扉を開けると見知った顔があった。
「あ、フローラさん!」
工房の休憩スペースにはミランダとフローラが座っていた。




