第105話 剣技の考察
騎士団監視所の食堂で昼食をとる。
「午後は12時30分に出発する、城壁の前に集まってくれ」
そう告げるとエリオットは席を立つ。
ゴオォーーーン
昼の鐘が鳴る。11時30分、村と同じだね。
5班は午前の訓練が早く終わったので昼食も早かった。もう食べ終わる。
徐々に増えてきた人たちと入れ替わるように食堂を出て行った。
城壁の前で腰を下ろす。時間まで待つかな。
目の前の街道には馬車が行き来する。この間は街道に魔物が出たんだよね。しかしよく考えるとあれってかなり危ない事案だよな。ディアナたちが馬車に乗って町へ行ったけど、もし魔物と出くわしたらどうしたんだろう。
まあ身体強化は訓練してるから何とか逃げ切れるか。その間に騎士なりがやって来て対応してくれる。
さて、まだ40分くらいある、そうだ、魔物について聞いておくかな。Fランクとは言え初めて遭遇する魔物が多い。他にどんなのがいるんだろう。思えば事前情報ほとんど無しで今までやってきたが、あらかじめ調べるのが普通だ。
「ねぇ、カルロス、Fランクってどんな魔物がいるの?」
「え、昼までに出てきたのくらいじゃないか」
「まだいるよ、グリーンラクーン」
「おお、そうだ、パメラ」
「あとはね、メガラット」
カルロスはあんまりちゃんと覚えてないみたい。パメラはしっかり頭に入っているみたいだな。
グリーンラクーンは緑の狸だろ、知ってるぞ、ヘルラビットとエルグリンクスの間の報酬だった。あんまり強くない。メガラットって大きいネズミか。魔物だから体長1mくらいありそう。
「他に昆虫系だとブラッドトードとビッグフロッグ、森の中ではあんまり出ないけどね。それからフォレストタートルとマスタードリザード。タートルは剣では難しいから私たちに任せて、リザードは大きいけど他に比べたら動きが遅いから戦いやすいよ」
「ありがと、パメラ」
トードとフロッグはカエルだな、もしや水辺に多いのか。後のは見たことあるぞ、タートルの甲羅はトランサイトが唯一弾かれたんだ、リザードは確かに大きいけどジェラールたちが難なく倒してたな。
にしてもパメラは大人しい印象だったけど、魔物のことになるとよく話す。しっかり知識もあるし。そういうのに真面目に取り組む性格なのだろう。
「Fランクならエビルヘロンとダークレイヴンがいるわ、もし出てきたら私と一緒に狙うのよ」
「はい、クラウディア様」
あとは鳥系か。エビルヘロンは最初に見学でついて行った時に、河原で遭遇した魔物だな。あんまり強くは無かった。ダークレイヴンはカラスかな、ちょっと知能がありそう。
「何か気を付けることはあるかな」
「いいえ、特には。リオンの戦い方なら問題なく対応できるわよ」
「分かった、クラウディア。じゃあタートルと鳥系の時だけお願いね」
「ええ、任せて」
何だか気持ちに少し余裕ができたぞ、やっぱり事前の情報は大切だ。それにペアで戦うより、魔物によって戦い方を変える方がいいね。もうクラウディアと俺の連携は戦力バランス的に難しいし。
それでとにかく数をこなすことだな、未だに戦ったことが無い魔物がいるし。初めてと2回目では全然違うからね。そんなに種類も多くないから、特徴を覚えるのも問題ない。
「リオン、クラウディア、少しいいか」
「はい、お父様」
エリオットに呼ばれ5班のみんなから少し距離を取る。
「剣技についてはどうだ」
「何とも言えません」
「うむ、まあそうだろうな。それで1つ提案がある、カルロスの戦い方を参考にしてはどうか。彼は春からここに来ている、魔力操作が長けており身体強化や共鳴は実戦レベルだ」
ほう、魔力操作が。まあトランサス合金だもんね。
「しかし剣技を使いこなせていない。故に魔力効率が悪く疲れやすいのだ。彼にはそこを意識して取り組むよう指導している」
ふむふむ、剣技を中心に頑張っているのね。
「つまりだ、うまくいけば剣技を伸ばす過程を目の前で見ることが出来る。そしてその時に感覚を本人に聞いて参考にするといい、我々では忘れてしまった本当に初期の感覚だ」
おー、なるほど、そこから何か掴んでほしいと。
「言っている意味は分かるか」
「はい!」
「クラウデイアはそのつもりで班の作戦を考えろ」
「はい、お父様」
魔物が弱すぎてどうかとも思ったが、狙いはそこだったか。エリオットなりに考えて最も可能性のある環境を整えてくれたんだ。これはありがたい。
「部隊長、大変感謝します」
「私は班編成しかしていない、後はお前次第だ」
そうだね、俺が頑張るしかない。
「リオンよ、剣技は戦いの中で覚え磨き上げる、しかしその過程は人それぞれだ。顔も性格も感覚も、そして経験も、更には体型も力量も装備も、全てが同じ人などいない、だから人によって覚え方や伸ばし方も違うのだ」
「おお、言われてみればそうですね」
「剣技を覚えるための明確な道筋など無い。自分で考え自分で動き、そして自分のものにしろ。私もここの騎士たちも、この世界の剣を持つ者は皆そうしてきた。カルロスもそうしている。とにかく自分を信じて継続するんだ」
「分かりました!」
結局は身につける自分で切り開くしかないんだな。しかし何と抽象的な表現か。それでもみんな出来てるのならそれが正しい方法なのだろう。
「では出発する、皆集めろ」
5班は集合し街道沿いを東へ進む。
前世で例えてみる。魔物との戦いは何に当たるだろう。武道か、狩猟か、或いはスポーツか。全身を使って武器を振るう、相手のいること。そして相手は本気だ、こっちを殺しに来ている。戦争か? 戦場で武器を持ち戦う兵士。それが近いか。
うーん、分からん。シンクルニウムの共鳴は前世の知識が解決の糸口になったけど、剣技はそうもいかないみたい。
あ! ゲームだ。そう、格闘ゲーム。以前、例えてみて妙に納得したあれだ。剣技をコマンド入力して放つ必殺技とすれば、俺のやってる戦いは通常攻撃だけ。そう、大パンチ1発で体力ゲージを全部持っていくチートだと。
俺がよくやってたのは2D格闘ゲーム。必殺技を放ったキャラは、専用のグラフィック、モーション、エフェクト、当たり判定が用意されている。同じキャラなのに条件が整えば変わるんだ。これってどういうことだ。
いかん、益々分からなくなってきた。一旦忘れよう。
「着いたな、作戦会議をしろ」
進路の入り口前で5班は集まる。
「午後は戦い方を変えます。基本的に前衛の2人が魔物対応をして、展開によって後衛が援護します。もちろん飛行系や木の上のデスカロテスなど魔物によっては後衛が処理します」
「分かりました」
「はい!」
クラウディアの指示に返事をする。では俺とカルロスでペアみたいなもんか。
「お前は強化とか早いから直ぐ行っていいぞ」
「分かった、2体以上ならそうするね。でも1体だったら待つよ、一緒に行ってカルロスの戦い方を間近で見たいから」
「え、リオンの方が強いだろ、俺を見たって何にもならない。1体だけならさっさと倒してくれ」
「見たいんだ、お願い」
「……まあ、構わないけど」
ごめんよ、変な戦い方で。ひとまず2体以上なら1体まで速攻で減らして、その1体をカルロスに対峙してもらい観察しよう。大変そうなら俺が倒せばいい。
「では5班出発します!」
「おーっ!」
今度はクラウディアも一緒に拳を空に突き出し声を出した。ふふ、いいね。一体感出てきた。
カルロスと背中の武器を抜きあう。よーし、いくぞ!
進路を南へ進むと東へのカーブに差し掛かる。そこを曲がりきると視界に魔物が見えた。
「ヘルラビット2体だね、リオン行って」
「分かった」
俺はすぐさま駆け出す。速攻で倒すぞ。
キイイィィィーーン
シャーッ
2体とも俺を標的にして同時に突進してくる。2体の距離が近いから方向転換のスキも同時に作れるな、よし!
寸前で避けて回り込む。展開にモタついている方を残してもう1体に切りかかった。
スパン! やった、倒したぞ。
「リオーン!」
「カルロス! 進路沿いで待機して!」
「分かった!」
残ったヘルラビットの注意を惹く。カルロスがいるところまで引っ張って減速し進路を外れる。俺に向き直ってるヘルラビットへカルロスが切り込んだ。
ザンッ!
体に斬撃が入った。多少は効いたが少し動きが鈍る程度でまだ魔物は元気だ。
「こっちだ!」
もう一度注意を惹く。そしてスキを作って再びカルロスが切り込む。
ズバッ!
首筋を切り裂いた、もうひと息。しかしカルロスは随分と息が上がっているようだ。ここは俺がやるか。
タッタッタ、スパン!
「集合!」
カルロスの1発目はヘルラビットの側面、背中から腹辺りに斜めに入り途中で止まった。剣身は3分の1くらい魔物の体内に通っただろうか。そこで斬撃の進む力が失われてしまったのだろう。
2発目は首筋を狙ったが、剣が振り下ろされる直前に魔物が頭を動かしたので浅い太刀筋となった。結果、剣身の4分の1程が入り、途中で止まらずに下まで振り抜けた格好だ。
その2発で破壊された体を再生するべく魔物は動きを止めたが、カルロスは息が上がって止めの行動に移れない。そこで俺が止めを刺したのだ。
「ハァハァ……止めをすまんな」
「うん、カルロスが辛そうだったから行ったよ」
「3発目も行けないことはないけど、ちゃんと準備しないと通らないからさ」
「準備って?」
「剣技を使う準備だよ、それがないと剣は通らない」
「へー」
どういうこと? 共鳴は10%くらいを維持してたみたいだし。それとは違う準備が必要なのか。分からん、聞こう。
「具体的にどんな準備?」
「えっと、行くぞ! って感じ」
「へ?」
「何て言うかな、気合いみたいなもんさ」
「……ふーん」
うお、まさかの精神論だった。気分の問題で行けるかどうか判断してるなんて。
「もう大丈夫です、クラウディア様」
「では出発します!」
5班は動き出す。
うーむ、でもカルロスは剣技を行使するのにそれが必要だと言った。でも行けるかどうかなんて俺も判断してるんだけどな。気合いが足りないのか。
「グリーンラクーン、3体だ。リオン行け!」
「うん!」
タッタッタッ、気合いだ、雄叫びを上げて、鼓舞するんだ。
「うおおおっ!」
魔物が3体、正面と左右から向かってくる。ここは速度を上げて正面の魔物をギリギリで避けて走り抜け、直ぐにターンしてその1体を仕留める。左右の2体が来る前に!
ダダダダッ
少し膨らんで回避、そして止まって直ぐ切り込む!
ザッ、タッ、スパン!
体に深く入った、多分倒したぞ!
2体が迫っている、一旦進路から外れ森へ退避。
連れまわしながら進路へ戻る。
「リオーン!」
「1体お願い!」
カルロスが進路を駆けてきたので、再び森へ離脱、2体とも俺に向いたが、そのスキへ彼が切り込んだ。
ザンッ
首に入った、いい感じだがまだ倒してない。
カルロスは一旦距離を取った。魔物は動きを止める。
俺に向かってきている1体は、そのまま引き連れて森を走る。
カルロスは2発目を繰り出した、今度は完全に首を切り落とす。
「カルロス、いけるか」
「もうちょっと!」
まだ気合いが足りないのか。ではもう少し森で引っ張る。
ガオッ
たまに跳び掛かったりして何とか俺を捕らえようとする魔物。
しかし、ギリギリで避けて間合いを離すを繰り返す。
「いけるぞ!」
「じゃあ連れて行く!」
進路に引っ張り出し方向転換、それを追って向きを変えた魔物に木の陰からカルロスが切りかかる。
ズバッ
体に入った。いい感じだけどまだ倒れてない。
カルロスは辛そうだ、ここは俺が行くか!
「とりゃああぁぁーっ!」
スパン
首を落とした。今のはいい気合いだったぞ。
「集合!」
むー、これが剣技? いやー、今までと変わらんぞ。
これは違う気がする。多分カルロスなりのルーティーンなのだろう。
では実際のところ剣技を駆使したカルロスの切り込みと、俺の切り込みの違いは何だ。剣は両手で持って右斜め上に剣先を上げてそのまま走る、距離を詰めたら減速、届く間合いに近づいたら左斜め下に振り下ろす。同じだよな。
むー、分からん。
「先生、剣技とは何ですか」
「ワシは剣と一体になることと考える」
「部隊長は?」
「効率の良い動きだ」
むむ、2人とも違う意見か。
「トビアスはどうだ」
「はい、部隊長、一連の流れだと思います」
「だそうだ、リオン」
「はい、ありがとうございます」
また違う意見じゃないか。
気合いを入れて剣と一体となり効率の良い一連の流れを生み出す、それが剣技。
「リオン、頭で考えるんじゃない、感じるんだ」
「はい、部隊長」
出た、感じろ。どういうことだかサッパリだぜ。
「お前は共鳴を説明できるか」
「え」
なんだ、フリッツ。共鳴だって? そりゃ……。
「魔力操作で魔力を武器に流して強化する現象です」
「どうして強くなる?」
「え、どうして? それは……そういう鉱物だから」
「剣技も同じ。そういうもんだとしか言えん」
「あー」
なるほどね、スキルだもんね、仕組みなんてないのよね。
「出発します」
進路を進む。
感じろ、か。何から感じ取る? 武器? 俺自身? もしや魔物? いや違う、もっと根っこの部分、そう、魂だ! そうだよ、剣技を封印されてるのは魂だ。肉体ではない。100万の転生枠が1つになってそれを使ったのが俺の魂。
枠は転生時に使うだけでそれが完了したら消えるよね。それで付与された力は魂にくっつんだ。俺の人格や記憶はこの魂と共にある。宇宙空間に運ばれた時もそれを認識できたのだから間違いない。体は入れ物に過ぎないんだ。
なるほど、みんな剣技についての見解が違うのは魂が違うからだ。それぞれの感覚で力を引き出している。しかし、それは剣技があってのことだ、剣技の無い俺は引き出す感覚が分からない。
いや、違う。無いんじゃない封印されてる。ならば、それを解放出来なくても、封印されている状態でもその存在を感じ取れればいい。多分、それが最初の糸口になるはずだ。
そしてきっと封印は外側から解くのではない、内側から、スキルの方から突き破って来るんだ。その最初のキッカケさえ掴めれば、あとは勝手に使えるようになる。その流れを治癒スキルは無意識にできたんだろうな。
まあ、どうだか分からんが、今考え得る可能性としてそういう流れだろう。でも多分、合ってる。理屈じゃない、感じるんだ。魂の奥からその存在を感じ取るんだ。エリオットの言うことはきっと正しいぞ。
「おい、リオン!」
「え、あ、はい」
「上から来るぞ! 避けるんだ!」
「あ、うん!」
カルロスの言葉に上を見る。いかんいかん、考え事に集中して耳に入らなかった。ここは森の中、周りを常に警戒しないといけないんだ。考えるのは帰ってからにしよう。
上空から黒い影が降りてくる、2体だな。1体は俺、1体はカルロスを狙っている。後衛は進路沿いの木に寄り添い集中してる。俺たちが避けてそこへ矢と魔法を撃ってくれるんだな。
ガァーッ
黒い鳥、体長1mか、さあ来い!
タッ、進路から森へ退避、降りてきた魔物に矢と魔法が……あれ?
何も降りてこない。
「ふーっ、感づかれたみたいね」
そう言うと集中していた姿勢をクラウディアは崩す。
上空では2体の魔物が旋回している。まだ来る気だな。
「ダークレイヴンは頭がいいの、少しの違和感でも警戒するのよね」
魔物って何も考えずに突っ込んでくるんじゃなかったのか。
「リオン、カルロス、もう一度お願い」
「分かりました!」
再び進路へ出る。それを見つけた魔物は急降下してきた。
剣を持って待ち構えているのに、そこは警戒しないのか。
ガァーッ
ギリギリで避けると魔物は着地してすぐさま足の爪を俺に向けてくる。
スパン
少し下がって、横に薙ぎ払う。片足を切断したぞ。
バササッ
翼を広げて飛び立とうとする。
「リオン下がって!」
え!? 後ろへ跳び退く。
バァン!
うわ、頭が吹き飛んだ、クラウディアの風魔法か。
もう1体にはパメラの矢が突き刺さっている、そこへカルロスが切り込み首を落とした。
「集合」
魔物は地上まで降りたな、さっきと何が違うんだろう。
「警戒されて準備できなかったんじゃないの?」
「私とパメラは1回目よりもっと奥にいたのよ」
「あ、なるほど」
まあ単純な作戦だね。でもそのぶん離れるから狙いはつけ辛くなるか。
「出発」
丁度右カーブの辺りだった。曲がって南下すると街道に出る。
いや、街道じゃないか、冒険者たちの道だな。
「部隊長、この道は何という名前ですか」
「騎士団ではブレイエム2番線と呼んでいる」
「へー、あ、もしかして1番線はコルホル街道ですか」
「その通り、この辺りの地名がブレイエムだからな。あの監視所も正式名称は、ゼイルディク騎士団ブレイエム監視所だ」
「おおー」
なんだ、ちゃんと名前があったんだね。
「お前はそんなことが気になるのか」
「はい、そういうの大好きです」
「……つくづく不思議な子だ」
誰かに説明する時に知ってた方が伝えやすいからね。ああ、いや、相手が知らないと意味ないか。ただあんまり広まって無さそう、今初めて知ったくらいだし。騎士団は内部で色々管理するから名前が必要なんだろうね。
5班は進路を引き返す。剣技について深く考えるのは後回しだ。今はカルロスの動きをしっかり見ておこう。




