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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
100/321

第100話 素と演技

 メルキースの城壁を過ぎ、馬車はコルホル街道を西へ進む。


「父さん、工房での付き添いを頼めるかな」

「いいぞ」

「いや、クラウスは西区にいろ、住人としての務めを果たさないとな。目立っている今こそ、これまでの日常を大事にするんだ。それをおざなりにすれば快く思わない者も出てくる、言葉には出さなくともな」

「……言われてみればその通りだ、正直畑も気になるしな。じゃあ母さんも行けないか」


 ほう、エリオットはそんな住人感情まで(おもんぱか)ることが出来るのか。流石は次期男爵、不要な不満の種を生み出してはいけないからね。


「付き添いはフリッツに頼むといい。あれは商会との連絡役だ」

「分かりました」

「フローラの件は明日以降になるだろう」

「できれば音漏れ防止結界も欲しいのですが」

「クラリーサにさせろ、結界を施したら西区へ帰せばいい」

「分かりました」


 よし、これで話題に気を使うことは無い、フリッツなら何でも話せるし。


「ところで、いくら特別契約でもここまで商会に入り浸るのは、そろそろ不思議に思われるのではないでしょうか」

「……では、鑑定を祝福で覚えるための訓練とすればいい。商会の工房なら職人が鑑定の講師でも何ら問題ない」

「そうですね、どの道、フローラさんが了承してくれればそうなりますし」

「うむ、住人に聞かれたらそう答えろ、2人もいいな」

「ああ」

「分かったわ」


 監視所付近を過ぎ、街道は北へカーブする。もうすぐ村だ。


「ふー、帰って来たな」

「そうね」

「エリオット、昨日今日と大変世話になった、感謝する」

「ほんとに、とても貴重な時間だったわ」

「お前たちとはこれからも付き合いが長い、このくらい当然だ」

「でもいっぱい人に会ったからちょっと疲れたかも」

「ははは、子爵家から続けてだったからな。しかし貴族となれば日常だ、名前と顔を覚えるのが仕事だぞ」


 うへー、辛いなあ。でも俺よりクラウスとソフィーナの方が大変なんだよな。このくらいで音を上げちゃいけない。


 馬車は村の正門で一時停止。


「エスメラルダまで行け」


 エリオットが扉を開けて御者に伝えた。


「そうか、服を預けていたな」

「普段着に着替えたらその服はまた預けるといい」

「あ、俺のブーツどこだっけ」

「座席の後ろにある、降りる時に武器と一緒に持て」

「はい」


 馬車はエスメラルダ前で停車。荷物を下す。


「明日の訓練討伐の詳細は、夕方までにギルドへ伝えておく。リオンは念のため2本武器を持ってこい」

「分かりました」

「ではな」


 エリオットは馬車と共に去った、監視所まで行くのだろう。ならばさっき通過した時に降りればよかったが、村まで俺たちを送り届けたかったんだな。こういう非効率なことを敢えて行うのが、貴族の心意気なのかもしれない。いや、単に護衛のつもりかな。


「さー、着替えるか」


 エスメラルダ近くの服屋に入り、預けていた普段着に着替える。庶民のかなりいい服は預かってもらった。次に着るのはアーレンツ勲章授与式か、いやー、この服大活躍だね。


 中央区を抜けて西区へ向かう。


「ふー、帰って来たな」

「あ、母さん! 花壇出来てるんじゃない?」

「あら、ほんとね」


 西区の搬入口前にレンガが積まれた一画が現れた。駆け寄ってみる。


「あれ? まだ土が入ってないや」

「ほっほ、土は3日後だぞ、お前たちお帰り」

「じーちゃん、ただいま!」


 近くで日向ぼっこをしているカスペルたちがいた。


「花壇はまだ途中だ、昼から続きを作りに来るそうだの」

「どうだったか、貴族家の邸宅は」

「はい、先生。とても素晴らしい食事や庭園でした。あ、そうだ、この後、先生に用事があるんですが」

「分かった、一緒に家に行こう」


 フリッツと共に西区に入る。見かけた住人がお帰りと声を掛けてくれた。


「おい、クラウス! 聞いたか!」

「なんだ、ファビアン」

「トランサイトだよ!」


 !? 何と! 住人からその単語が出るとは。


「トランサイト? ああ、あの剣が伸びるとかいう幻の鉱物か」

「おお、そうだ。今朝な、ルーベンス商会に武器の補修で行ったら、とんでもない話があるって教えてくれたんだよ。何でも伯爵が製造に成功したとか、それで商会でも売れるようになるんだってさ!」

「な、なんだってー」


 ぷぷっ! クラウスのワザとらしい驚き。


「ねーねー、父さん、トラン? 何それ?」

「おー、リオン、トランサイトっつーのはな、製造方法が不明の幻の鉱物だ、すんごく強いんだぞ」

「へー、それが作れたんだ、伯爵凄いね! 俺も使えるかな」

「どうだろう、適性にもよるが」

「おいおい、クラウス、商会の話ではとんでもない金額になるってさ、それこそ何十億! とても俺たちには手が出ないぞ」

「うわー!」


 ぬっふっふ、悪乗りしてやったぜ。


「どうせ大金持ちの貴族にしか渡らない。くぅー、ちょっと見たいけどなー」


 俺の背中に背負っているのがトランサイトだぜ!


 ファビアンと別れて家に向かう。


「あら、お帰り!」

「にーに!」


 イザベラとカトリーナが納屋にいた。


「ベラ、庭園見てきたわよ」

「何ですって! ちょ、ちょっと聞かせなさいよ」

「いいわよ」


 ソフィーナはイザベラの元に行った。


「じゃあ先帰ってるからな、母さん」


 クラウスはそう告げて家に向かう。


「帰ったね、町は良かったかい」

「リーサ、ただいま。うん、とても楽しめました」


 家に入って居間に座る。フリッツも一緒だ。


「びっくりした、もうトランサイトの話は出回っているのか」

「父さん、いい演技だったね」

「お前も中々だったぞ」


 満足気な俺たちを見てフリッツは首を傾げた。む、いいじゃんたまには。


「それで用事とは」

「あ、えっと、今から商会に行くので同伴をお願いします」

「うむ、よかろう」

「あ、忘れないうちに、明日の訓練討伐も同伴お願いします」

「もちろん、行ってやる」


 すまないね、連れまわして。フローラが受けてくれたら商会の同伴は大丈夫になるよ。あ、いや、俺の護衛も兼ねてるからやっぱりフリッツも必要かな。その辺は明日エリオットか、ミランダが帰って来てから聞くか。


「父さん、昼の鐘が鳴ったら帰って来るから」

「おう、行ってこい」


 そして家の前にいるクラリーサに告げる。


「今から商会にいくんだけど、その、例の結界をお願いします」

「ああいいよ、行こうか」


 3人で西区を出る。


「あんたらも聞いたかい、トランサイトのこと」

「はい、聞きました」

「あんな素材なら護衛にもってこいだね」


 クラリーサも住人から聞いたんだね。


「短剣なら護身用としても使えそうだよ」

「あ、そっか!」


 確かに。ナイフみたいな短い剣身でも、共鳴率によっては普通の剣くらいになるもんね。こ、これは、そういう仕事も舞い込んでくるかな。あーでも、短剣でも特殊の魔素伸剣があるとは限らないか。試験素材の結果次第だな。


「おや、リオンかい!」

「あ、フローラさん!」


 畑にいたフローラは駆け寄って来る、いい笑顔だ。


(始まったね)

(いよいよです)


 そう耳元で囁いて彼女は畑へ戻った。商会でのトランサイト販売のことだろう。これもう村中に知れ渡ってる感じだな。


 にしてもルーベンス商会は初期取り扱い確定なのかな。まあ城で話した感じでは外さないだろうけど。それかもう言いふらして既成事実みたいにする作戦か。いやー、これ、扱えない商会の反発は凄いぞ、どうするんだ。


 コーネイン商会に到着。


「いらっしゃ……お母さん!」

「やあ、ララ」

「な、何の用事?」

「リオンの護衛さ、工房まで送ったら帰るからね」

「そうなの、あ、これは失礼しました、奥へどうぞ」


 ララは素の反応をした。まあ母親だからね。にしても職場に親が来るのはちょっと嫌かもしれない。


「こんにちは」

「リオン、いらっしゃい、おやそちらの方は」

「西区保安部隊、クラリーサ・メシュヴィッツ、リオンの護衛です」

「あんたがララの母親かい」

「いつも娘がお世話になっています」


 エリカ工房長とクラリーサがやり取りをする。俺は休憩スペースに座った。

 それを見てクラリーサは音漏れ防止結界を施す。


「半径3m、2時間だよ」

「ありがとうございます」


 彼女は工房をすぐ出ずに、エリカ工房長と少し話しているようだ。あの2人、年は同じ40代前半、話が合うのかもしれない。


「あの騎士は結界ができるのか、優秀だな」

「はい、頼りになります」


 クラリーサは出て行った。彼女は俺の素性をどこまで知っているのだろう。さっきの話ではトランサイトのことを初めて聞いた様子だったし、ただの護衛対象かな。でも隠密を教わるんだ、その経緯を伝えた方が訓練しやすいだろう。まあ、ミランダに任せるか。


 さーて、ではお仕事、剣からやるか!


 ギュイイイイィィィィィーーーーーン


「ふーっ」


 ソファに腰を下ろす。


「トランサイトも遂に情報解禁だ」

「忙しくなるな」

「俺のやることは変わらんよ」

「まあそうか」


 フリッツは楽に話せて助かる。中身の年齢まで知ってるのは彼だけだからな。


「どうした」

「いや、昨日は貴族の子供たちと沢山会ってさ、大人とは違う疲れが出た」

「はは、いい経験になったろう」

「貴族学園、シャルルロワだったか、あそこに通ってる子はまた独特の雰囲気だった」

「貴族教育を徹底するあまり、妙な子供が出来上がってしまうからな」

「あ、そういやロンベルク商会長の長男ライオネル、8歳だが、雰囲気がエドヴァルドに似ていたぞ」

「ふむ、エドに貴族を意識させた記憶はないのだがな」

「落ち着いてるってことだよ」

「お前も大概だぞ」

「俺は子供じゃねぇ」

「フッ」


 はは、たまにはこういうやり取りも必要だ。


「今日は珍しく素が出ているな」

「あ、つい、失礼な言葉遣いだったな、すまない」

「いやいい、お前も気苦労が絶えないだろう、捌け口になってやるぞ」

「……やれやれ、あんたには敵わんよ」


 俺も知らない間にストレスが溜まっていたのだな、それを簡単に見透かされているとは。


「すまんがその言葉に甘えさせてもらう」

「それでいい」


 あの日、フリッツに打ち明けてよかった。こうやって話せる相手がいなかったら、俺は思い悩んでいただろう。彼には地球のこともいずれ話してやろうか。ふふ、どんな反応をするか楽しみだ。


「んじゃ、2本目いくか」


 ギュイイイイィィィィィーーーーーン


「ふー、剣はもう余裕だぜ」

「5分で1本か」

「あ、そうだ、明日の訓練討伐はシンクルニウムで行くよ。商会に貰ったんだ」

「それで進路やメンバーはどうなる?」

「エリオット部隊長とクラウディアは固定だ、後の内容は夕方までにギルドに伝えてくれる」

「そうか、部隊長も神の封印を知っているのか」

「ああ、だから最適な訓練を考えてくれるらしいぞ」

「……ミランダより躍起になる可能性があるな」

「む、確かにそうかも」


 昨夜は具体的な数字で試算してくれた。1つのスキルに1000以上の力が集まっているのはびっくりしたけど、元の100万からすると妥当な数字だろう。神の封印なんていう突飛もないことでも、真面目に考えてくれてるんだよね。


 その先に何を期待しているのかは知らんが、協力してくれる分には心強い存在だ。俺の価値も十分わかっているから無理はしないだろう。ここは全面的に任せてみるか。


「ところでエリオット部隊長とクラウスと俺とで風呂に入ったぞ」

「ほう、貴族がそんなことをするのか」

「やっぱりそうだよな、これはもう家族として取り込むつもりか」

「無論そうだ、しかし貴族が、それも次期男爵だぞ、それがそんな無防備になるには覚悟が必要だ。それだけ信頼を寄せてほしい表れだろう」

「あー、なるほど」


 そうか、向こうは貴族だ。いくら懇意にしてる俺達でも何があるか分からない。裸で後ろを見せているんだからな。もう俺に全てを懸けるくらいの勢いか。そこまでなんだ。


「はは、これは責任重大だな、期待に応えないと」

「職人の仕事はそうでも、クラウディアはどうするつもりだ」

「……分からん、俺に決定権が無いのは薄々感じているがな」

「なぜそう思う」

「それは……ここまでしてくれた恩もある。それで丸く収まるなら」

「そんなもん気にするな」

「え?」


 いやでも、波風立てるのはちょっと。クラウディアもいい子そうだし。


「ワシがお前なら、もっと他を見て回るぞ」

「と言うと?」

「貴族なぞこの国にいくらでもいる、たまたまミランダたちが近かっただけだ。確かに色々と手を尽くしてくれているが、それはどこの貴族でも変わらん。アーレンツ子爵家を見て違いがあったか」

「……そうだな、同じ騎士貴族だったからか、あまり変わらないと感じた」

「最初に話を持っていったのがロンベルク商会なら、同じように取り込まれる流れになっていた。そしてあそこの娘たちから選ばされていただろう」


 確かに、その展開は容易に想像できる。


「だからあまりミランダたちの思惑に従うことは無い。お前は唯一無二なのだ、どこでも欲しがる人材なのだぞ。少しは意見を主張しても構わんと思うがな、それに応えられないならよそへ行くそぶりを見せればいい」

「いやぁ、そんな駆け引き出来ないよ」

「そうでなければここで生涯働くことになるぞ」

「……んー、まあそうか」


 しかし、フリッツは何故そんなことを急に言い出したんだ。ミランダに従うことに同調していると思ったが。


「そこまでいいように使われる筋合いはない。おまけに将来の伴侶まで押し付けられるのはたまらん。お前に能力が無ければクラウディアなぞ興味も示さんぞ」

「ああ、それは感じた。俺自身は見てくれてないんだろうなって」

「能力抜きでお前を見ているのはミーナだけだ」

「は? なんだ、結局それが言いたいだけか」

「下らん貴族の都合でいちいち思い悩むことは無い。それだけだ」

「……フッ、ああ、そうするよ」


 よく分からんが励ましてくれたみたいだ。


「ありがとう、フリッツ」

「もう少しうまい言い方があるだろうが、多少なりとも伝わったならそれでいい」

「いや、ちょっと視野が狭くなっていたのは確かだ。貴族と言う存在に呑まれていたのだろう。そうだな、俺は神をも超える男になる、誰の指図も受けないぜ!」

「はは、その意気だ」


 いや、なんだか少し気が楽になったぞ。そうだよ、世界は広いんだ。見て回る時間はたっぷりある、まだ8歳だぜ。色々決めるには早過ぎる。


 ミランダも選ぶのは俺だと言っていたし、態度保留でのらりくらりとやるか。悪いが男爵家は利用させてもらう、貴族社会を知るために、身の安全のために、そして俺の能力を解放するためにな。


 その上で人として魅力を感じるなら家族となればいい。それだけのことだ。


 まあ、ひとまず仕事はしっかりやるぜ!


「さて、次は……杖いってみるか」


 合金は1本しかやってないからな。これも慣れておかないと。


 斜めに構えて……あれ? 短いぞ。


「これ、途中から無いね」

「下の調節部は外してあるな」

「あ、そうなの」

「実を言うと杖はよく分からんかったから調べてみた。下部は長さ調節用で取り外しができるんだよ、従ってお前が持っている金属は全てトランサス合金だ」

「なるほどね」


 下部の先端をよく見ると、前世でいうスチールラックの脚を延長するような捻じ込み式の加工がされてる。これはオスだな、外側にネジ山が見える。


 はは、まさか魔法を放つ杖で、前世でよく見た延長ポールとは。異世界でも棒の長さを調節する発想は同じと言うことか。


 さてやるか、これなら真っすぐに構えられる。確か弓の感じと同じだったよな。


 キイイイィィーーン


 よーし、よし。ここまで出来れば一気にいける。


 キュイイイィィィーーーン


 ギュイイイイィィィィィーーーーーン


 出来たー!


「ふー」

「杖も慣れるのが早いな」

「同じトランサスだからね、コツを掴めば問題ないよ」


 昼の鐘まで30分か、杖をあと3本くらいだな。


「貴族家の子供たちの剣技レベルや使用武器も聞いたぞ、12歳くらいなら剣技9、共鳴20%辺りがいい方なんだな」

「アデルベルトやランヴァルがその年だったか、なるほど、流石いい才能がある」

「皆の前で60%の共鳴を披露したんだが、やり過ぎだったようだ」

「8歳でそれは異常だ、共鳴の得意な者でもその域まで到達するのは20歳くらいだからな。ならばライニールの態度も変わったのではないか」

「お、よく分かったね」


 そっか、フリッツも監視所の食堂でいたからライニールの物言いも知ってたんだ。


「ああいう者は力を示せば一発だ。転じてお前を慕うだろう」

「それはそれで面倒だな」

「子分にしてやれ」

「またまた、相手は貴族だぞ」

「そんなの関係ない、力あるものが上に立つ」

「はは、今日は随分と貴族へ手厳しいな、何かあったのか。それにあんたは近い将来クラウスの下について働くんだ、忠誠心を持ってもらわんと困るぞ」

「盲目的に従うのではない、言うべきことは臆せず言う、それが主を思う心だ」

「そういうもんか」


 これはあれか、俺にもっと自信を持てと、そう言いたいのだろうか。商会長と職人、指導騎士と訓練生、貴族と平民、そんな関係に乗っかって、ある意味甘えていたのかもしれない。全て向こうに任せればいいと。


 フリッツは俺を大人として扱ってくれる。ならばそういった目線で物事を見ろと。8歳と言う年齢にも甘えていたかもしれんな。


 とは言え、この世界の知らないことは多い。魔物なぞは対応を間違えば命に係わる。少しずつ気づいたところからでいい、まだ人生は長いのだ。

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