第100話 素と演技
メルキースの城壁を過ぎ、馬車はコルホル街道を西へ進む。
「父さん、工房での付き添いを頼めるかな」
「いいぞ」
「いや、クラウスは西区にいろ、住人としての務めを果たさないとな。目立っている今こそ、これまでの日常を大事にするんだ。それをおざなりにすれば快く思わない者も出てくる、言葉には出さなくともな」
「……言われてみればその通りだ、正直畑も気になるしな。じゃあ母さんも行けないか」
ほう、エリオットはそんな住人感情まで慮ることが出来るのか。流石は次期男爵、不要な不満の種を生み出してはいけないからね。
「付き添いはフリッツに頼むといい。あれは商会との連絡役だ」
「分かりました」
「フローラの件は明日以降になるだろう」
「できれば音漏れ防止結界も欲しいのですが」
「クラリーサにさせろ、結界を施したら西区へ帰せばいい」
「分かりました」
よし、これで話題に気を使うことは無い、フリッツなら何でも話せるし。
「ところで、いくら特別契約でもここまで商会に入り浸るのは、そろそろ不思議に思われるのではないでしょうか」
「……では、鑑定を祝福で覚えるための訓練とすればいい。商会の工房なら職人が鑑定の講師でも何ら問題ない」
「そうですね、どの道、フローラさんが了承してくれればそうなりますし」
「うむ、住人に聞かれたらそう答えろ、2人もいいな」
「ああ」
「分かったわ」
監視所付近を過ぎ、街道は北へカーブする。もうすぐ村だ。
「ふー、帰って来たな」
「そうね」
「エリオット、昨日今日と大変世話になった、感謝する」
「ほんとに、とても貴重な時間だったわ」
「お前たちとはこれからも付き合いが長い、このくらい当然だ」
「でもいっぱい人に会ったからちょっと疲れたかも」
「ははは、子爵家から続けてだったからな。しかし貴族となれば日常だ、名前と顔を覚えるのが仕事だぞ」
うへー、辛いなあ。でも俺よりクラウスとソフィーナの方が大変なんだよな。このくらいで音を上げちゃいけない。
馬車は村の正門で一時停止。
「エスメラルダまで行け」
エリオットが扉を開けて御者に伝えた。
「そうか、服を預けていたな」
「普段着に着替えたらその服はまた預けるといい」
「あ、俺のブーツどこだっけ」
「座席の後ろにある、降りる時に武器と一緒に持て」
「はい」
馬車はエスメラルダ前で停車。荷物を下す。
「明日の訓練討伐の詳細は、夕方までにギルドへ伝えておく。リオンは念のため2本武器を持ってこい」
「分かりました」
「ではな」
エリオットは馬車と共に去った、監視所まで行くのだろう。ならばさっき通過した時に降りればよかったが、村まで俺たちを送り届けたかったんだな。こういう非効率なことを敢えて行うのが、貴族の心意気なのかもしれない。いや、単に護衛のつもりかな。
「さー、着替えるか」
エスメラルダ近くの服屋に入り、預けていた普段着に着替える。庶民のかなりいい服は預かってもらった。次に着るのはアーレンツ勲章授与式か、いやー、この服大活躍だね。
中央区を抜けて西区へ向かう。
「ふー、帰って来たな」
「あ、母さん! 花壇出来てるんじゃない?」
「あら、ほんとね」
西区の搬入口前にレンガが積まれた一画が現れた。駆け寄ってみる。
「あれ? まだ土が入ってないや」
「ほっほ、土は3日後だぞ、お前たちお帰り」
「じーちゃん、ただいま!」
近くで日向ぼっこをしているカスペルたちがいた。
「花壇はまだ途中だ、昼から続きを作りに来るそうだの」
「どうだったか、貴族家の邸宅は」
「はい、先生。とても素晴らしい食事や庭園でした。あ、そうだ、この後、先生に用事があるんですが」
「分かった、一緒に家に行こう」
フリッツと共に西区に入る。見かけた住人がお帰りと声を掛けてくれた。
「おい、クラウス! 聞いたか!」
「なんだ、ファビアン」
「トランサイトだよ!」
!? 何と! 住人からその単語が出るとは。
「トランサイト? ああ、あの剣が伸びるとかいう幻の鉱物か」
「おお、そうだ。今朝な、ルーベンス商会に武器の補修で行ったら、とんでもない話があるって教えてくれたんだよ。何でも伯爵が製造に成功したとか、それで商会でも売れるようになるんだってさ!」
「な、なんだってー」
ぷぷっ! クラウスのワザとらしい驚き。
「ねーねー、父さん、トラン? 何それ?」
「おー、リオン、トランサイトっつーのはな、製造方法が不明の幻の鉱物だ、すんごく強いんだぞ」
「へー、それが作れたんだ、伯爵凄いね! 俺も使えるかな」
「どうだろう、適性にもよるが」
「おいおい、クラウス、商会の話ではとんでもない金額になるってさ、それこそ何十億! とても俺たちには手が出ないぞ」
「うわー!」
ぬっふっふ、悪乗りしてやったぜ。
「どうせ大金持ちの貴族にしか渡らない。くぅー、ちょっと見たいけどなー」
俺の背中に背負っているのがトランサイトだぜ!
ファビアンと別れて家に向かう。
「あら、お帰り!」
「にーに!」
イザベラとカトリーナが納屋にいた。
「ベラ、庭園見てきたわよ」
「何ですって! ちょ、ちょっと聞かせなさいよ」
「いいわよ」
ソフィーナはイザベラの元に行った。
「じゃあ先帰ってるからな、母さん」
クラウスはそう告げて家に向かう。
「帰ったね、町は良かったかい」
「リーサ、ただいま。うん、とても楽しめました」
家に入って居間に座る。フリッツも一緒だ。
「びっくりした、もうトランサイトの話は出回っているのか」
「父さん、いい演技だったね」
「お前も中々だったぞ」
満足気な俺たちを見てフリッツは首を傾げた。む、いいじゃんたまには。
「それで用事とは」
「あ、えっと、今から商会に行くので同伴をお願いします」
「うむ、よかろう」
「あ、忘れないうちに、明日の訓練討伐も同伴お願いします」
「もちろん、行ってやる」
すまないね、連れまわして。フローラが受けてくれたら商会の同伴は大丈夫になるよ。あ、いや、俺の護衛も兼ねてるからやっぱりフリッツも必要かな。その辺は明日エリオットか、ミランダが帰って来てから聞くか。
「父さん、昼の鐘が鳴ったら帰って来るから」
「おう、行ってこい」
そして家の前にいるクラリーサに告げる。
「今から商会にいくんだけど、その、例の結界をお願いします」
「ああいいよ、行こうか」
3人で西区を出る。
「あんたらも聞いたかい、トランサイトのこと」
「はい、聞きました」
「あんな素材なら護衛にもってこいだね」
クラリーサも住人から聞いたんだね。
「短剣なら護身用としても使えそうだよ」
「あ、そっか!」
確かに。ナイフみたいな短い剣身でも、共鳴率によっては普通の剣くらいになるもんね。こ、これは、そういう仕事も舞い込んでくるかな。あーでも、短剣でも特殊の魔素伸剣があるとは限らないか。試験素材の結果次第だな。
「おや、リオンかい!」
「あ、フローラさん!」
畑にいたフローラは駆け寄って来る、いい笑顔だ。
(始まったね)
(いよいよです)
そう耳元で囁いて彼女は畑へ戻った。商会でのトランサイト販売のことだろう。これもう村中に知れ渡ってる感じだな。
にしてもルーベンス商会は初期取り扱い確定なのかな。まあ城で話した感じでは外さないだろうけど。それかもう言いふらして既成事実みたいにする作戦か。いやー、これ、扱えない商会の反発は凄いぞ、どうするんだ。
コーネイン商会に到着。
「いらっしゃ……お母さん!」
「やあ、ララ」
「な、何の用事?」
「リオンの護衛さ、工房まで送ったら帰るからね」
「そうなの、あ、これは失礼しました、奥へどうぞ」
ララは素の反応をした。まあ母親だからね。にしても職場に親が来るのはちょっと嫌かもしれない。
「こんにちは」
「リオン、いらっしゃい、おやそちらの方は」
「西区保安部隊、クラリーサ・メシュヴィッツ、リオンの護衛です」
「あんたがララの母親かい」
「いつも娘がお世話になっています」
エリカ工房長とクラリーサがやり取りをする。俺は休憩スペースに座った。
それを見てクラリーサは音漏れ防止結界を施す。
「半径3m、2時間だよ」
「ありがとうございます」
彼女は工房をすぐ出ずに、エリカ工房長と少し話しているようだ。あの2人、年は同じ40代前半、話が合うのかもしれない。
「あの騎士は結界ができるのか、優秀だな」
「はい、頼りになります」
クラリーサは出て行った。彼女は俺の素性をどこまで知っているのだろう。さっきの話ではトランサイトのことを初めて聞いた様子だったし、ただの護衛対象かな。でも隠密を教わるんだ、その経緯を伝えた方が訓練しやすいだろう。まあ、ミランダに任せるか。
さーて、ではお仕事、剣からやるか!
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
「ふーっ」
ソファに腰を下ろす。
「トランサイトも遂に情報解禁だ」
「忙しくなるな」
「俺のやることは変わらんよ」
「まあそうか」
フリッツは楽に話せて助かる。中身の年齢まで知ってるのは彼だけだからな。
「どうした」
「いや、昨日は貴族の子供たちと沢山会ってさ、大人とは違う疲れが出た」
「はは、いい経験になったろう」
「貴族学園、シャルルロワだったか、あそこに通ってる子はまた独特の雰囲気だった」
「貴族教育を徹底するあまり、妙な子供が出来上がってしまうからな」
「あ、そういやロンベルク商会長の長男ライオネル、8歳だが、雰囲気がエドヴァルドに似ていたぞ」
「ふむ、エドに貴族を意識させた記憶はないのだがな」
「落ち着いてるってことだよ」
「お前も大概だぞ」
「俺は子供じゃねぇ」
「フッ」
はは、たまにはこういうやり取りも必要だ。
「今日は珍しく素が出ているな」
「あ、つい、失礼な言葉遣いだったな、すまない」
「いやいい、お前も気苦労が絶えないだろう、捌け口になってやるぞ」
「……やれやれ、あんたには敵わんよ」
俺も知らない間にストレスが溜まっていたのだな、それを簡単に見透かされているとは。
「すまんがその言葉に甘えさせてもらう」
「それでいい」
あの日、フリッツに打ち明けてよかった。こうやって話せる相手がいなかったら、俺は思い悩んでいただろう。彼には地球のこともいずれ話してやろうか。ふふ、どんな反応をするか楽しみだ。
「んじゃ、2本目いくか」
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
「ふー、剣はもう余裕だぜ」
「5分で1本か」
「あ、そうだ、明日の訓練討伐はシンクルニウムで行くよ。商会に貰ったんだ」
「それで進路やメンバーはどうなる?」
「エリオット部隊長とクラウディアは固定だ、後の内容は夕方までにギルドに伝えてくれる」
「そうか、部隊長も神の封印を知っているのか」
「ああ、だから最適な訓練を考えてくれるらしいぞ」
「……ミランダより躍起になる可能性があるな」
「む、確かにそうかも」
昨夜は具体的な数字で試算してくれた。1つのスキルに1000以上の力が集まっているのはびっくりしたけど、元の100万からすると妥当な数字だろう。神の封印なんていう突飛もないことでも、真面目に考えてくれてるんだよね。
その先に何を期待しているのかは知らんが、協力してくれる分には心強い存在だ。俺の価値も十分わかっているから無理はしないだろう。ここは全面的に任せてみるか。
「ところでエリオット部隊長とクラウスと俺とで風呂に入ったぞ」
「ほう、貴族がそんなことをするのか」
「やっぱりそうだよな、これはもう家族として取り込むつもりか」
「無論そうだ、しかし貴族が、それも次期男爵だぞ、それがそんな無防備になるには覚悟が必要だ。それだけ信頼を寄せてほしい表れだろう」
「あー、なるほど」
そうか、向こうは貴族だ。いくら懇意にしてる俺達でも何があるか分からない。裸で後ろを見せているんだからな。もう俺に全てを懸けるくらいの勢いか。そこまでなんだ。
「はは、これは責任重大だな、期待に応えないと」
「職人の仕事はそうでも、クラウディアはどうするつもりだ」
「……分からん、俺に決定権が無いのは薄々感じているがな」
「なぜそう思う」
「それは……ここまでしてくれた恩もある。それで丸く収まるなら」
「そんなもん気にするな」
「え?」
いやでも、波風立てるのはちょっと。クラウディアもいい子そうだし。
「ワシがお前なら、もっと他を見て回るぞ」
「と言うと?」
「貴族なぞこの国にいくらでもいる、たまたまミランダたちが近かっただけだ。確かに色々と手を尽くしてくれているが、それはどこの貴族でも変わらん。アーレンツ子爵家を見て違いがあったか」
「……そうだな、同じ騎士貴族だったからか、あまり変わらないと感じた」
「最初に話を持っていったのがロンベルク商会なら、同じように取り込まれる流れになっていた。そしてあそこの娘たちから選ばされていただろう」
確かに、その展開は容易に想像できる。
「だからあまりミランダたちの思惑に従うことは無い。お前は唯一無二なのだ、どこでも欲しがる人材なのだぞ。少しは意見を主張しても構わんと思うがな、それに応えられないならよそへ行くそぶりを見せればいい」
「いやぁ、そんな駆け引き出来ないよ」
「そうでなければここで生涯働くことになるぞ」
「……んー、まあそうか」
しかし、フリッツは何故そんなことを急に言い出したんだ。ミランダに従うことに同調していると思ったが。
「そこまでいいように使われる筋合いはない。おまけに将来の伴侶まで押し付けられるのはたまらん。お前に能力が無ければクラウディアなぞ興味も示さんぞ」
「ああ、それは感じた。俺自身は見てくれてないんだろうなって」
「能力抜きでお前を見ているのはミーナだけだ」
「は? なんだ、結局それが言いたいだけか」
「下らん貴族の都合でいちいち思い悩むことは無い。それだけだ」
「……フッ、ああ、そうするよ」
よく分からんが励ましてくれたみたいだ。
「ありがとう、フリッツ」
「もう少しうまい言い方があるだろうが、多少なりとも伝わったならそれでいい」
「いや、ちょっと視野が狭くなっていたのは確かだ。貴族と言う存在に呑まれていたのだろう。そうだな、俺は神をも超える男になる、誰の指図も受けないぜ!」
「はは、その意気だ」
いや、なんだか少し気が楽になったぞ。そうだよ、世界は広いんだ。見て回る時間はたっぷりある、まだ8歳だぜ。色々決めるには早過ぎる。
ミランダも選ぶのは俺だと言っていたし、態度保留でのらりくらりとやるか。悪いが男爵家は利用させてもらう、貴族社会を知るために、身の安全のために、そして俺の能力を解放するためにな。
その上で人として魅力を感じるなら家族となればいい。それだけのことだ。
まあ、ひとまず仕事はしっかりやるぜ!
「さて、次は……杖いってみるか」
合金は1本しかやってないからな。これも慣れておかないと。
斜めに構えて……あれ? 短いぞ。
「これ、途中から無いね」
「下の調節部は外してあるな」
「あ、そうなの」
「実を言うと杖はよく分からんかったから調べてみた。下部は長さ調節用で取り外しができるんだよ、従ってお前が持っている金属は全てトランサス合金だ」
「なるほどね」
下部の先端をよく見ると、前世でいうスチールラックの脚を延長するような捻じ込み式の加工がされてる。これはオスだな、外側にネジ山が見える。
はは、まさか魔法を放つ杖で、前世でよく見た延長ポールとは。異世界でも棒の長さを調節する発想は同じと言うことか。
さてやるか、これなら真っすぐに構えられる。確か弓の感じと同じだったよな。
キイイイィィーーン
よーし、よし。ここまで出来れば一気にいける。
キュイイイィィィーーーン
ギュイイイイィィィィィーーーーーン
出来たー!
「ふー」
「杖も慣れるのが早いな」
「同じトランサスだからね、コツを掴めば問題ないよ」
昼の鐘まで30分か、杖をあと3本くらいだな。
「貴族家の子供たちの剣技レベルや使用武器も聞いたぞ、12歳くらいなら剣技9、共鳴20%辺りがいい方なんだな」
「アデルベルトやランヴァルがその年だったか、なるほど、流石いい才能がある」
「皆の前で60%の共鳴を披露したんだが、やり過ぎだったようだ」
「8歳でそれは異常だ、共鳴の得意な者でもその域まで到達するのは20歳くらいだからな。ならばライニールの態度も変わったのではないか」
「お、よく分かったね」
そっか、フリッツも監視所の食堂でいたからライニールの物言いも知ってたんだ。
「ああいう者は力を示せば一発だ。転じてお前を慕うだろう」
「それはそれで面倒だな」
「子分にしてやれ」
「またまた、相手は貴族だぞ」
「そんなの関係ない、力あるものが上に立つ」
「はは、今日は随分と貴族へ手厳しいな、何かあったのか。それにあんたは近い将来クラウスの下について働くんだ、忠誠心を持ってもらわんと困るぞ」
「盲目的に従うのではない、言うべきことは臆せず言う、それが主を思う心だ」
「そういうもんか」
これはあれか、俺にもっと自信を持てと、そう言いたいのだろうか。商会長と職人、指導騎士と訓練生、貴族と平民、そんな関係に乗っかって、ある意味甘えていたのかもしれない。全て向こうに任せればいいと。
フリッツは俺を大人として扱ってくれる。ならばそういった目線で物事を見ろと。8歳と言う年齢にも甘えていたかもしれんな。
とは言え、この世界の知らないことは多い。魔物なぞは対応を間違えば命に係わる。少しずつ気づいたところからでいい、まだ人生は長いのだ。




