第10話 精霊石
ゴーーーーーン
昼の鐘が鳴った。
「昼飯いくか」
「うん」
玄関前のソフィーナと合流し食堂へ向かう。
「花の苗植えるのは昼からだな」
「エリーゼが食後にお祈りに行くからその後ね」
カウンターでトレーを受け取る。
「また猪か」
「これは夕飯も出てくるわね」
まあおいしいから続いても構わないが。厨房の冷蔵設備で保存は出来るけど場所を取るため一気に捌くのだろう。
カンカン! カンカン! カンカン!
魔物の鐘だ!
「地上だな、いくぞ」
食堂の住人が一斉に飛び出す。食事を机の上に置いたままだ。
「リオンはここでいろ! あ、食っててもいいぞ」
いや、そんな、こんな状況では食べ物が喉を通りません。
食堂には何人かの子供と年配の住人が残っているが何となく受け渡しカウンターの近くに集まっていた。
「やれやれ落ち着いてメシも食えんのぉ」
「魔物ってご飯食べないの?」
「食べないぞ魔素を吸収して動く力にしてるそうだの」
「へー」
小さい子供が聞き住人が答えた。そうか魔素を、じゃなんで人を襲うんだ? 食べる目的ではないのに。
「サラ、夜も猪かい?」
「そうだよ、それで終わりさ」
住人がカウンター越しに料理人に聞く。やっぱりそうなのか。もし毎日猪が来たら毎日食事が猪になるのか。それはそれでおなか一杯だな。
「おーい! 入り口を少し開けろ! そいつらを城壁の中へ入れてやれ!」
今のはフリッツの声だ、城壁の上で指示してるみたい。
「あとウルフだけだな!」
「そうだ! 2体だ!」
外から聞こえた、もうすぐ終わるね。
ドドン! ドン! ドン!
勝利の太鼓だ! 音が大きい、食堂の近くで叩いてるのか。
しばらくしてぞろぞろと食堂に住人が戻って来る。クラウスとソフィーナの姿も見えた。
「食っててもよかったのに」
「3人で一緒に食べるよ」
だから騒がしくて食べられないよ。
「全くこれだから経験のない冒険者は」
「まあそう言うなよ、俺たちだってああいう頃あったろ」
「そうだが明らかにこっちをアテにしてるのが気に入らん」
「まーな、お陰で料理が冷めちまった」
近くの住人が何やら機嫌悪そう。
「父さん何があったの?」
「魔物はレッドベア1体とガルウルフ3体で、そんぐらいなら西区の相手ではないが冒険者が引き連れてきたんだよ」
「どういうこと?」
「昨日から雨が降ってたろ。夜中は結構降ったらしくてな、近くの川が増水したんだ。まあ、ここの方が高いから多少増水しようが水は来ないんだが、水位が下がるとそれを狙って冒険者が探し物に行くことがあるんだよ」
川に探し物?
「精霊石よ。上流から流れてきたそれを拾いに行く冒険者がいるのよ。ほら、戦わなくて済むじゃない、魔物が出ても逃げればいいし」
「大方養成所上がりの駆け出しだろう。運が良ければかなりの稼ぎになるからな。それでお宝を見つけたが魔物から逃げきれないので村に引っ張ってきたってワケだ」
「さあ見つかったのかしらね」
「ほぼ間違いなくあるからな。俺たちだって向こうにいた頃は何回も行ったことあるだろ、雨上がりはみんな競争だったからな」
へー、そんな天気との兼ね合いもあるのか。精霊石ね。
「精霊石って上流にしか無いの?」
「いやそこらじゅうある。あるけどあるものは拾われるだろ? だから無い」
あるけどない。んん?
「精霊石はね、突然そこに現れるって言われてるわ。でも不思議と人のいるところには出てこないの。だから人があまり来ない森の中に落ちてるのよ」
「その森の中のも拾われるだろ? でもしばらくするとまた落ちてる、でもまた拾われる。だから出た後に先に見つけないと手に入らないんだ」
つまり早い者勝ちってことか。
「森のうーんと奥の方、山の方だったら精霊石は沢山落ちたままなのよ、でも魔物も多いから誰も取りに行かないの」
「それらが大雨で川に流されて下流域に滞積する。うまくいけば大量に精霊石を手に入れられるってワケだ。数が多けりゃいいのも混ざってる確率も高くなるしな」
なるほどー、そりゃオイシイな!
「いいものだといくらくらいするの?」
「そりゃ……そうだな、半年の稼ぎと同じくらいか、1個でだ」
「ええ!? すごいね精霊石!」
「おおーい、クラウス! お前そんなの拾ったことあるのかよ」
「大昔だ、ちゃんと仲間で頭割りしたぞ」
「いいなぁ、でもこればっかりは運だからなー」
近くの住人が話に入って来た。しかし1個で半年分って凄いな、一攫千金じゃないか。モノによって価値が違うということは精霊石って等級もあるのだろうか。
「高いのはどうして高いの?」
「含有成分、出力、感度、それぞれの値で価値が決まってるんだ。俺が見つけたのは希少な鉱物を含んでいたから高かったんだ。ああ、土の精霊石な」
「出力は大きい方が、感度は広い方が価値が上がるそうよ」
「そういうのってどうして分かるの?」
「鑑定スキルがあれば分かる」
出た! 鑑定スキル、ファンタジー定番だな。
「鑑定も色々あるみたいだな、ただ俺はよく知らん。さ帰るか」
「うん」
「おおーい! 残ってる者はそのままで聞いてくれ!」
食堂に突然声が響く、フリッツだ。隣に男性2人と女性2人が並んでいる、皆若いな、10代半ばから後半か。
「えーと俺たちはゼイルディク冒険者ギルドのマクレーム支部所属です! コルホル村西区の皆さん! お助けいただきありがとうございました! 今後は逃げずに戦えるよう腕を上げます!」
そのうちの男性1人が食堂に残った住人に向けて声を上げた。
「おう頑張れや!」
「無理しないでね、逃げる時は逃げるのよ」
「命あってだ、お前らは大事な担い手だからな」
「教官! しごいてやれよ!」
住人が口々に返す。
「よしいいぞ、もう行け」
フリッツがそう告げると4人は去っていった。女の子1人泣いてたな魔物が怖かったのか、或いはフリッツが怖かったのか、はたまた住人の反応が嬉しかったのか。いや精霊石をがっぽり拾えて嬉し泣きかも。
この世界は過酷だな、魔物との戦闘は命懸けだがそれを超えないと強くなれない。今ここにいる住人も幾度もの窮地を潜り抜けてきたのだろう。
食堂を出て家に向かう。
「村の周りにも町から冒険者が来るの?」
「まあな、近くの森は魔物を減らさないと畑に影響が出るだろ」
「村の住人も魔物討伐に行くのよ、畑仕事の手が空いた時にね」
「俺らもそろそろ申請しておくか」
「そうね」
ほう住人も魔物を迎撃するだけでなく討伐に行くこともあるのか。
「東区の鐘も精霊石狙いが原因なのかな」
「どうだろう、あっちは川までかなり距離があるからな。こっちは畑の向こうの森に入ってそこそこ歩けば大きい川に出る。だから大雨の後はこういうことちょいちょい起きるのさ」
「川が近いんだね、メルおっちゃん釣りできるじゃない!」
「かなり川幅があるから魚も多くいるぞ、まーでも魔物がうろついて釣りどころではないだろう」
やっぱりそうなるよね。
家に帰って居間に座る。
「うぐ、字の練習の途中だった……ま、まあ今日はこのくらいにしておくか」
「え」
「お! そういやさっきの魔物がウチの畑に入ったみたいで畝が崩れてたんだ、チクショウ! 直しに行ってくる!」
クラウスは出て行った、怪しい。
「畝が? そうだったかしら。リオンお勉強の続きする?」
「うん」
ソフィーナ字を書き、その意味することを伝えてくれる。ただやはり書いた時点で分かってしまう。俺は初めて知る風を装った。
小1時間くらい過ぎた頃、家の玄関が開く。
「こんにちは」
「いらっしゃいエリーゼ、じゃあ私用事あるから行くわね」
「行ってらっしゃい」
フリッツたちがお祈りから帰ってきたんだ、俺はどうしよう。カスペルに話を聞こうか、フリッツは朝食後に聞いたから連続は悪いな。
ブラード家に行くと納屋がとても賑やかだった。
「にーに! 今お花植えてるんだよー」
「リーナも手伝ってるのか、偉いね」
「うん!」
「リオン! 一緒にやらない?」
「俺はいいよ」
ソフィーナ、イザベラ、エリーゼのお花友達と、カトリーナ、アルマ、それにギルベルトの手を引いたエミーもいた。更にはミーナとセシリアもいる。これは女子密度が高くてとても入れる気がしない。
「カスペルに用事なら出てるからいないよ」
エミーがそう告げる、そうかーいないのかー。
ヒマだな、ちょっと西区をうろついてみるか。
食堂裏の搬入口へ行くと半分開いてた。扉から顔を出すと子供たちが遊んでおり、その様子を大人3人が座って見守っていた。
「おーリオン、遊ぼうぜー」
ケイスだ。他にエドヴァルド、ピート、ロビンもいる。いつものメンバーだ。
「何やってるの」
「冒険者ごっこだ、俺がリーダー」
それから小1時間一緒に遊んだ。ここ数日遊んでなかったからたまには混ざらないとね。冒険者ごっことはエアー魔物に対して俺たち5人パーティーが勇敢に戦い勝利する遊びだ。
「ふー面白かった! 俺帰るねー」
「僕も帰ろうかな」
「そうか、じゃ終わるか」
パーティーは解散のようだ。俺はすぐさま大人3人に近寄る。
「じーちゃん今からお話いいかな?」
そうカスペルはここにいた。他にフリッツと確かピートのおじいさん。
「いいぞ」
「ワシでも構わんぞ、エドも帰るようだし一緒に話してやろう」
フリッツもいいのか、ならば。
「じーちゃんごめん、先生にお願いする」
「構わんよフリッツの方が適任だしの。それに今話してたんだがフリッツもお前をえらく気に入っておる、教えがいがあるそうじゃ」
「リオンはとても頭がいいからな、多分エドより上だ」
「そりゃ随分と評価しとるの」
中身はおっさんだからな。
「ミーナも誘わないとマズイかな」
エドヴァルドと2人で聞いたのバレたらむくれるだろう。
「そうだな、ただどこに行ったか」
「ここ来る前にじーちゃん家でお花の苗植え手伝ってたよ」
「エリーゼと一緒だな、では行こうか」
ブラード家のお花組は解散していた。
「誰もいないや」
「家に帰ったのだろう、行けば分かる」
「そうだ書くもの持ってくる! ちょっと待って!」
急いで家に帰って筆記用具を持ってきた。
「ほほうリオンはやる気だな」
「でも字がそんなに書けないから覚えたいところを先生に書いてもらっていいかな」
「構わん」
「僕が教えるよリオン」
「エドは字が書けるの?」
「少しはね」
流石フリッツの孫。まあ彼の真面目な性格もあってのことだろう。
そして俺とフリッツとエドヴァルドはレーンデルス家に向かった。
「今帰った、エドとリオンも一緒だ」
「リオン! 来てくれたんだ!」
俺を見つけるとミーナが駆け寄ってきた。この感じカトリーナに似てる。もちろん張り付きはしないけど。
「これから2人に今朝の様な話をするがミーナも聞くか」
「もちろん!」
いい笑顔で返事をする。そしてフリッツを対面に3人座った。
「リオン凄いね字が書けるんだ!」
「ううんミーナ、覚えたい言葉を先生やエドに書いてもらって、それから覚えるんだ」
「さて何を話そうかスキルの続きでもいいが」
「先生、精霊石のことでもいいですか」
「構わんぞ」
スキルの続きでもよかったけど昼の精霊石の話を聞いたら興味が湧いてきたのだ。
「僕は紙を持ってくるね」
エドヴァルドは奥の部屋から紙と羽根とインクを持ってきた。机の上に広げた紙には細かくびっしり字が書いてある。
「凄い! これ全部エドが書いたの?」
「そうだよ精霊石についてまとめてるんだ」
おおおっ! 読める! 読めるぞぉ! 基本は箇条書きで所々追加したり横線で消して書き直したりしてるがとにかく情報量が多い。これは素晴らしい資料だ。
それにしてもエドヴァルドはここまで優秀なのか。それでいて鼻にかけない。その上、優しいし顔もいい、そりゃモテるわ。
「これ終わったら貸してもらえるかな、家で書き写すから」
「いいけど、いっぱい書き直してるから汚いよ」
「いや十分読めるから大丈夫」
「え、読めるの?」
「いやーそのー、か、母さんに聞くから、分かり辛いところは」
うお、文字数に興奮してついうっかり、あぶねぇ。
「文字が読み辛いならその都度教えてやる」
「ありがとうございます、先生」
これはとてもいい環境だな。
「では始めるぞ、まず精霊石の属性だ。火、水、風、土の4種類ある」
「リオンこれが精霊石、で、火、水、風、土だよ」
「うん……書けたよ」
「私も書く! おじいちゃん紙ちょうだい!」
「なんとミーナが字を書きたいと! 待っておれ、すぐ持ってくる」
フリッツは急いで奥の部屋へ消える。冷静な彼がちょっと取り乱してて面白かった。ミーナが文字を覚える意欲を示したため余程嬉しかったのだろう。しかしエドが習ってる時は興味を示さなかったのかな、兄と同じことをやりたそうなもんだが。
「待たせたな、さあこれが羽根ペンだ、ちょっと試しに書いてみろ」
「うん……これでいい?」
「これは、ミーナ、名前が書けるのか」
「お母さんに習ったよ、でもあとそんなに書けないよ」
「いいんだ少しずつで、このリオンの書いた字をそのまま写してみろ」
「うん……できた」
ほう羽根ペンをちゃんと使えるんだな。
「すまんなリオン、少しペースが遅くなる」
「いいんです、その方が俺も字を覚えながらできますから」
「よしでは続けるぞ」
そして精霊石の基本的な使い方や価値の基準などを教えてくれた。
「今回はここまででいいだろう」
「ありがとうございました、先生」
「おじいちゃん、ありがとう」
「リオン、いっぱい書いたね」
「ミーナもね」
やはりフリッツの話は分かりやすかったし字も覚えれて素晴らしい時間だった。あ、精霊石といえばちょっと聞いてみよう。
「先生、昼の冒険者たちはやっぱり精霊石探しをしてたんですか」
「あいつらか、そうだ。だから城壁に入れて逃がさないようにした」
「え! 逃がさないように、ですか」
「たまに来るああいう奴らは魔物を我々に任せて中央区へ走り去ることが多いのだ。今回は食堂に多く残っていたから良い機会だった」
なるほど助けるふりして閉じ込めたのか、それで説教。やっぱり怖いなこの男。
「精霊石で不思議なことがあるんですが人気のないところに突然現れるって、そしたら山奥とかは精霊石だらけになっているのですか」
「そんなことはない、範囲毎に数の上限があるため無尽蔵に増えてはいないぞ」
「へー、それなら大雨で流れた後はその流れた分、ええと範囲の上限に余裕ができるので、そこまではまた精霊石が現れて溜まっていくのですか」
「その通りだ」
なるほど補充されるのね、そこは無尽蔵と言える。
「流れなくても精霊石は何年か経てば自然と消える。もちろん消えた分もまた上限までは溜まることになる」
「と言うことは流れるにしろ消えるにしろ、または拾われたりして移動しても、一定範囲の上限の数をずっと維持してるんですね。精霊石自体は入れ替わっても」
「そうなるな。ただ現れるのも波があって上限まで達するのに時間がかかることもあるそうだ」
エドヴァルドが書き残してる。授業終わったのにごめんよ勢いで聞いてしまって。
「精霊石は何年かで自然と消えるため、それまでの期間も価値の基準のひとつとなる。ただ多くの場合は使い切ってしまうがな。その時の精霊石の状態は、エド」
「はい、精霊石が透明になり何も出なくなります。そこから約30日経つと消えます」
「その通りだ。その空になった精霊石に使い道はないのか?」
「えっと……ポーションに沈めておくと精霊石が消えた時の魔素が吸収されてポーションの品質が少し上がります」
「そうだ、よく覚えていたな」
そんな使い方もあるとは無駄がないな精霊石は。しかし消えるまでに使い切らないと勿体ないな。いや使える猶予が最初から少ない場合だってあるぞ。
「先生、精霊石は何年かで消えるなら拾った時にたまたま残り数日の精霊石で、それに貴重な成分が含まれてるとせっかく見つけたのに何かもったいないですね」
「そうだな。ただ何もしなければ数日で消えるが遅らせることもできる」
「そんな方法があるんですか」
ほー、それは重要な情報だ。
「消えるまでの時間減少速度を何もしない状態で100とすると日の光が当たらない状態にすれば10まで落とすことができる」
「おおー、かなりの効果ですね」
「それから空気に触れない環境に置くことでも100から10になるぞ。ただ両方やっても10よりは下がらないがな」
なんか生鮮食料品みたいだな。
「もちろんこれは完全に防げての最大値だから日常環境で実際にそこまではいかん」
「そうでしょうね、それでも水に入れておくとか布で覆うとかすれば幾らか効果はあるんですね」
「そうだな」
「ということは地中や湖底の精霊石は消えるまでの時間がゆっくり流れてるんですね」
「そうなるな。だから精霊石をしばらく使わない時は専用の収納箱で管理している、見せてやろう」
フリッツは奥の部屋に行き、麻雀牌入れみたいな収納ケースを持ってきた。
「これがそうだ」
「おー」
開けると中には精霊石がいくつも並んでいた。
ゴーーーーーン
夕方の鐘が鳴る。
「夕食だな、リオンもワシらと一緒に行くといい、家には伝えてあるんだろう」
「はい、紙を取りに帰った時に母さんに伝えてます」
「そこの紙や羽根は食後に立ち寄って持てばいいからな」
「わーい、リオンと一緒にご飯」
「食べるのはいつもの席だよ」
「一緒に食堂行けるのがいいの」
こりゃぞっこんだな、もちろん悪い気はしないけど。外に出るとミーナが手をつないできた、なるほどこれが狙いか。
「……えへへ」
いい娘だな。俺と一緒がきっかけとは言え字まで習う気になってるし。それも見せかけじゃなくてちゃんと覚えようと頑張ってる。応援するよミーナ。




