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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
序章
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第1話 台風と収穫

「暑いなぁ……」


 見上げれば真夏の太陽、山々の向こうには入道雲が見える。俺は炎天下、畑の草抜きをしていた。吹き出す汗が目に入る。


「やめだ、帰ろう! 死んでしまう」


 軽トラに乗り込んで家に帰る。周りの畑に人影はない。そりゃそうだ、みんな熱中症にはなりたくない。


「ふひー」


 家に帰って冷えた麦茶をがぶ飲みし、クーラー全開の部屋で一息つく。


 テレビでは高校野球をやっていた。夏の風物詩である。テンポよく進み、時には劇的な展開になるため、ちょっと観るはずが結末が気になり、試合終了後の校歌を聴くこともしばしばだ。今年は出身校が代表になっていたので特に気になっていた。2日前の1回戦で大差で負けたが。


「お昼食べる?」


 妻が問いかけてきた。


「うん、食べる。ありがと」

「じゃ、用意するわね」


 俺は41歳。妻は40歳。あんまり覚えていないが、妻は高校の部活の後輩だった。なんでもちょっと俺に憧れてたそうで。本当かどうか知らないが。


「はい、どうぞ」

「うまそう」


 妻が素麺を用意してくれた。夏はこれだね。暑さで食欲がなくても食べられる。


 高校野球を観ながら素麺をすする。観客席には沢山の生徒たち。ブラスバンド。チア応援団。青春だねぇ。


 高校生。もう20年以上前か。



 高校生活で特に思い出すことは無い。ゲームばっかりしてた気がする。当時はスマホどころか携帯電話すら無い。あるにはあったが、通話料が高額で一部の法人が使うくらいだ。パソコンも一般家庭には普及しておらず、家庭用ゲーム機が大人気。街のゲームセンターなども人は多かった。


 高校を卒業後、大学に進学。大学でもゲーム三昧の日々だ。それでも何回か彼女のいた時期はある。ただ俺の中身が残念なので長く続かなかった。なんせただのゲーマーだ。


 大学を卒業して地方の中規模企業に就職。携帯電話販売の代理店事業部に配属された。あんまり接客は得意じゃなかったけど仕事なので頑張った。1年ほどして法人営業に異動し、毎日社用車であちこちお得意さんを回った。


 時代背景もあってか事業は好調。お陰で毎日帰りが遅くなり、休みは何処にも行かず家でダラダラ過ごす。そんな日々が2年ほど続いた。しんどいけど何とかこなせてる。仕事があるのはいいことだ。そう思って日々頑張っていた。


 ある日、実家の母さんから連絡が入った。父さんが倒れたとのこと。


 ものすごい衝撃を受けた。記憶に残っている父さんは、毎日野良仕事に汗を流す健康体。その姿はとても頼もしく、倒れるなんて想像できない。直ぐに実家に帰ると上司に告げた。


 しかし……。


「かなり忙しいから抜けられると困る。身内が入院程度では皆休まないぞ」


 えー、でも心配じゃないか。ただ他の社員に負担がかかると心苦しい。うーん、難しいか。母さんには直ぐに帰れないと伝えるしかなかった。


 でももし父さんの症状が悪化して帰らぬ人となったら? その場に居合わせることができなかったら? 実家に帰って、棺桶に入った父さんが次に見る姿になるのか? 最後に会ったのはいつだ? その時どんな会話をして別れただろう。


 次の日、会社には行かず実家へ帰った。


「母さん、ただいま」

「あんた仕事は?」

「心配ないよ。それより父さんに会いたい」

「じゃあ昼から一緒に行こうか」


 父さんはベッドに横たわっていた。あんなに頼りがいのあった父さんが、なんとも……言葉が出てこない。


「父さん」

「おお、お前か……仕事はいいのか?」

「うん、それより父さん。俺、何というか。大学まで行かせてくれて、ちゃんと育ててくれてありがとう。えっと、自慢の父さんだよ」

「はは……何を言うかと思えば……おまえも自慢の息子だ」


 久しぶりに会えたのに、何ともこっぱずかしいやりとり。でも顔を見れてよかった。


 俺は会社を辞めた。そして実家に住み毎日のように父さんに会いに行った。


 3カ月後、父さんは他界した。俺が喪主を務めて、実家で葬儀を行った。葬儀場に頼らなくても、農家の屋敷は十分な広さだ。何より父さんをこの家から送りたかった。自慢の立派な家から。


「母さんお疲れ」

「正直あんたがいて助かった」

「いや、俺も段取りなんか知らない。近所や親せきのお陰だよ」

「これからどうする? また町に出て仕事を探すのかい」

「……いやここで農家をする」


 会社員を辞めて実家で過ごすうちに、色々と考えが変わった。


 それから5年。近所や親せき、農協。そして母さんの助けのもと農業を一から学んで実践し、懸命に働いた。農機や農地、納屋などの環境は揃ってる。あとはやるだけ。


「随分サマになってきたねぇ」

「母さんのお陰だよ」

「あとは嫁さんがいればねぇ」

「……うん」


 俺の生活スタイルでは出会いがない。これは都会のそれとはワケが違う。圧倒的に人が少ない上に年寄ばかり。若い女性と話す機会は農協職員。それも既婚者。


 そもそも田舎で農家で母親同居で、そんなところに来る人なんてこのご時世いない。もう日本人女性は諦めて、東南アジアあたりの人でも知り合いに紹介してもらおうか。


「これ(ニヤニヤ」

「何? 母さん」


 渡されたのは婚活パーティーのパンフレット。地元の商工会議所主催で、年1回行われるものだ。母さんは目を見開きニコニコしながら俺を見て頷いている。もーわかったよ、行くよ!



「あれ? もしかして先輩?」


 その婚活パーティーで知り合った、と言うより再会した1つ下の女性。なんと同じ高校で同じ部活だった。


「ええと、すみません。覚えてないです」

「うん、いっぱい部員いたからね。それに私、目立ってなかったし」

「あーでも、今日は目立ってますよ。とってもお綺麗です」

「え? ふふ、私ね、先輩にちょっと憧れてたの、だから今日会えて凄く嬉しい」

「それはありがとう……えっと、俺も君に会えて嬉しいよ」


 それから意気投合した俺たちは、すぐに付き合い始めた。俺が31歳。彼女が30歳。


 1年後結婚した。ウチが農家だろうが姑同居だろうが構わないという超レア物件。これはやはり俺の魅力が全てに勝ったと思いたい。妻曰く、よくわからない人より昔を知ってる人のほうが安心だという。母さんとも相性がよかったらしい。


 結婚して1年後に長女。2年後に長男が生まれた。母さんはメロメロだ。


 ああ、父さんに孫を抱かせてあげたかった。



 なんて思い出しつつ高校野球を観ていると、ニュースに変わった。台風が接近しているとのこと。直撃はしないが、ウチの地域は進路の東側にあたる。暴風は免れない。


「作物に被害が出るわね」

「どのくらい捨てるんだろう」

「私も手伝うから収穫できるだけしよ」

「すまないね」



 2日後、雷雨となった。風も強い。


 俺と妻は納屋で調整箱詰め作業をしている。納屋に溢れている作物は、昨日大急ぎで収穫したものだ。これを今日明日で全部出荷しないといけない。


「田んぼの様子が気になる」

「それフラグよ」

「はは、行かないよ」


 田んぼ、つまり水田はウチもある。水路は台風が発生した先週から掃除してるので詰まることは無い。コシヒカリは倒伏しやすい品種だが、それを見越して肥料調整したから倒れない自信はある。


 それより台風が過ぎ去った後の圃場の後片付け、という名のむちゃくちゃにされた作物の廃棄処分だ。労働力が大変な上に1円にもならない。むしろ大幅なマイナス。しかも台風一過で猛暑。心身ともにかなり堪える工程だ。何回か経験してるが今から気が重い。


 やれやれだぜ……。


「おや?」


 雨が弱まった、これはチャンス! 今収穫すればまだ商品としていける。明日には吹き返しの風で今日より風が強くなる。そうなる前に少しでも。


「収穫してくる!」

「もういいんじゃないの」

「最後だから、すぐ帰るよ」

「そう、気を付けてね。……あっ、ちょっと待って!」

「なに? 大丈夫だって、すぐ近くだよ。早く行かないとまた雨が降ってくる」

「……うん」

「じゃ行ってくる!」


 ビュオオオォーーッ!


 うわ。まさにザ・台風な風だ。


 軽トラに乗り込み畑へ到着する。せっかく長い期間かけて種から育てた野菜たち。少しでも救いたい! 強風の中、水の溜まった圃場へ入る。


 そして……。



「!」



 目の前が真っ白になった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 〉大丈夫だって、すぐ近くの畑だよ。 おおぅ・・・ それフラグです 解っちゃいるけど、切ないねぇ
[気になる点] 熱中症を気にしてすぐに家に帰り、クーラーに浸る人間が台風で作物が気になり見に行った人が、そのまま死んでしまうことが多いのを知って 「田んぼの様子が気になる」 「それフラグよ」 「はは、…
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