06
「有川さあああぁぁん!」
「うわぁ!?」
目をぎゅっ閉じて衝撃に備えていたが一切訪れなかった。
目を開けると、目の前の彼女は「っとと、危ない」と言って笑う。
来てくれるのはありがたいけど、もうちょっと安全な感じで来てほしかったものだ。
「そろそろ期末テストだから一緒に勉強しよ! 小暮先輩達も誘ってさ!」
「うん、いいよ」
「やった! じゃあ早速今日からね!」
それはまた急なことだ。
とはいえ、どうせやらなくてはいけないことでもある。
どうせなら誰かとやった方がやる気が出るため、ちょうどいいのかもしれない。
「あ、有川さん」
「あ、如月さん」
なんだか凄く懐かしい気がする。
告白して振られてからは一切話しかけてきていなかったから。
「わ、私もいいかな?」
「いいよ」
千空先輩は無類の女の子好きだから増えれば増えるほど喜ぶはず。
どうせなら姉が千空先輩に依存しすぎなくて済むよう色々な人と関われる機会を増やしたい。
「あの……あの時はごめんなさい、気持ちが悪いとか言っちゃって」
「大丈夫だよ、私こそいきなり告白なんかしてごめん。それでテスト勉強なんだけど、今日からやるみたいだから放課後に残っていてくれる?」
「う、うん」
ま、あの失恋ダメージをぶっ飛ばしてくれたの姉と千空先輩だからそのお礼もしたいわけ。
如月さんや井上さんがいれば必ず喜ぶ、困っていたらサポートすればいいはずだ。
さあ、早く放課後よこい。
と言っても、生きている限りは必ず前に進むわけだけど。
「来たよー」
「私も」
「私もです」
3対3でまるで合コンみたい。
ってまあ、行ったことはないし、これからも行くことはないだろうけども。
「ん? 君は誰だい?」
「あ、えっと……如月しずねです」
「僕は小暮千空」
「私は二上さゆみ」
「私は有川せいなです」
3人合わせて先輩ジャー、って言うかと思ったのに。
しかし今日の目標はやはり勉強をすること、こんなことをしているわけにはいかない。
一応、真面目組ふたりが声をかけてくれたことで勉強会が始まった。
「有川さん、ここって分かるかな?」
「あ、それはね、こうして……こうだね」
「あっ、そっかっ、ありがと!」
千空先輩や姉のためであったはずなのに私が助けられていた。
またこうしてお世話になった如月さんと話すことができるのは大きい。
それでやっていて途中に気づいたことだが、意外と私は理解できているみたい。
だから如月さんはよく聞いてくれて、その度に話しやすくなるといういい効果が出ていた。
「有川さんがいてくれて良かったよ」
「かなたでいいよ、頼ってくれてありがと」
「かなたちゃんは優しいね」
「いやいや、普通だよ普通」
やだな、すぐ勘違いしちゃうからやめていただきたいな。
それに一応ふたりきりというわけではないから絶対に千空先輩にからかわれる。
――かと思いきや、先輩は井上さんや姉、二上先輩とワイワイやっているだけだった。
「あ、私飲み物買ってこようかな。みんなはどうしますか?」
みんないちご牛乳ということで外の自動販売機に向かう。
バラバラではなくみんな同じなのがありがたい、考えてくれたのかもしれない。
「かなたー」
「あれ、来たんですか? じゃあ半分持ってください」
とまあ、本当にそのことのために来てくれたわけではないだろう。
その証拠になんか拗ねてような顔をしているから。
「それはいいけどさー、なんであの子とばっかり仲良くしてるの」
「あの子は私が告白した子ですよ」
「あ、そうだったんだ……ふぅん、でもなー」
買うことには変わらないからピピピと6回連打。
うぅ……600円も使うなんて普段なら有りえないことだぞ……。
後で払って貰えるのかな? でも自分から請求するというのもなんだか痛いような。
「はい、500円」
「え?」
「みんなの分払ってあげる」
「あ、ありがとうございます……って、私の分はないんですね」
「当たり前でしょ、僕が払うのはあなた以外の分だよー」
まあいいか、100円だけで済むんだから。
5つを渡して、結局自分の分だけ持って帰ることに。
とはいえ、ここではすんなりいかないのが常。
当然のように千空先輩に通せんぼされて困っていた。
「しずねのことどう思ってるの?」
「もう特に思っていないですよ。いまはただ仲良くしたいです、千空先輩が求めるみたいに友達として仲良く」
彼女は通せんぼをやめて歩き始めた。
別々に行動する意味はないため私も追う。
うーん、この人は単純に背が高いからなんか頼りがいのある背中! って感じがする。
あと歩幅が広いらどうしても差が出る、だからそのまま掴んでみた。
「っと、速かった?」
「そうですよ、合わせてください」
でも、いきなり掴んだりしたら危ないな。
今度からはやめよう、自分のせいで怪我されたら嫌だし。
「横にいて、そうすれば分かりやすいから」
「はい」
それに早くしないとぬるくなってしまう。
みんなのためにもいますぐ向かうのがベストだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「ちょうだい」
「はいよー、どぞどぞ」
「「ありがとうございます」」
分かったのは井上さんのコミュ力の高さ。
如月さんのちょっと……お、おバカちゃんなところ。
どっちも可愛くて、できることならこのまま友達になりたいと思える魅力。
「如月さん、井上さん、私と友達になってください!」
「やだなー、私はもう友達じゃないか」
「……でも私は酷いことを言ったし……」
「気にしないでよ、もう大丈夫だから」
ちゃんと好きになって考えて告白して振られた。
もちろんダメージがあった、けれどその翌日に吹き飛んでしまった。
だからもう気にしていない、いまさら出されるとこちらが困るくらいだ。
「じゃ、じゃあ……うん、分かった」
「ありがと!」
高校1年生女、冬になってようやく友達ができました。
くっ……ますます千空先輩に感謝しなければならないじゃないか。
「早く飲まないとぬるくなるよ?」
「分かってますよ……余計なこと心配していないで勉強してください」
どうすればお礼ができるんだろう。
結局こうして一緒にいたところで恩がただただ増えていくだけというか。
「なーに怒ってるの?」
「あ、いえ、すみません、ちょっと寒くてイライラしていました」
「寒くてイライラって聞いたことないけど……」
そりゃそうだ、適当に言っただけなんだから。
それに私、別に冬が嫌いなわけではない。
温かいごはんは当然のように全部美味しいし、お風呂は最高に気持ちがいい、出るの辛いけど。
「かなたちゃん、連絡先交換しようよ」
「うん、いいよ」
友達になってくれた上に連絡先までゲットだと? 今日は最高の日か?
「私もっ」
「うん、いいよー」
あっ、でもこれのせいでまた先輩に……。
困る、このままずっといいことばかりが起きると返せなくなってしまう。
「かなた、私も」
「じゃあこの際みんなでしませんか? グループを作っちゃいましょう」
「いいわね、そういうのも」
せっかく一緒に勉強したメンバー同士、仲良くしておけばいい。
……自分にばかりいいことが起きてしまうと本当に困るからなのだが、言う必要はないはず。
「お姉ちゃんもいいでしょ?」
「はい、入らせていただきます」
「ね、お姉ちゃんもそろそろ千空先輩だけじゃなくてさ」
「そうですね、他にもお話しできる方がいてくれたらいいですよね」
「そうそう!」
井上さんと如月さんなら信用できる。
というかここはもうしずね、あすみって呼んでいいんじゃない?
私達はもう友達なんだから怒られることもないはずだ。
「あすみっ、しずね!」
「「なに?」」
「あ……この方、私のお姉ちゃん」
妹となってくれたんだから姉ともなって!
そんなことを直接言うのは余計なお世話ってやつだろう。
押し付けになってはいけない、ただ近くにいてあげることがいいことに繋がる……はず。
「「知ってるよ?」」
「そ、そう……」
千空先輩も二上先輩も名前で呼ぶからそりゃ分かるか。
「あの! せいなさんって呼ばせていただいてもいいですか!」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! せいなさんはかなたちゃんと違ってお淑やか! って感じがしますよね」
「ふふ、そんなことありませんよ」
「こう、真っ白いワンピースとひまわりが似合いそうです!」
む……姉のことを随分べた褒めするじゃないですか。
なんか複雑、姉のことを褒められているのにこの気持ちはなんだぁ!?
ふっ、分かっていたさ、姉に近づくためだったと考えれば辻褄が合う。
「3人で帰りましょうか」
「「はい!」」
なっ、まさかの姉がふたりをお持ち帰りだと?
意外に大胆な性格なのかもしれない、まあ楽しそうだからいいか。
「あ、私もそろそろ帰るわ、今日は早く帰ってこいと言われているから」
おいおい……結局みんなで集まった意味があまりない気がする。
まるでしずねとふたりきりでしかやっていなかったみたいだ。
「千空先輩、こんなところで寝ると風邪引きますよ?」
どうりで静かだと思った、この人が寝てでもしていなければ静かなわけがないから。
「……あれ、みんなは?」
「もう帰りました。お姉ちゃんがあすみとしずねをお持ち帰りしました」
「うっそ!? へえ、それはいい変化だね」
分かる、驚きたくなる気持ち。
でも、千空先輩にとっては嬉しいことのようだ。
いまの彼女は物凄く優しい顔をしている。
それはやっぱり……お姉ちゃんのことが大切だから?
「……お姉ちゃんのこと、どう思っているんですか?」
「せいなのこと? あくまで友達かな。あ、チョロインだからもう僕のこと気になっちゃった?」
「そうかもしれませんね」
「だからって振り向いてなんかあげないけど、ねっと!」
安心してほしい、そんなことは望んでいない。
あくまで友達か、姉の本当のところを聞いてみたいけど……また喧嘩になっても嫌だからなあ。
「帰ろっか」
「はい」
外に出ると相変わらず寒い。
そして相変わらず歩幅が大きいから差ができる。
それはまるで私なんかいないかのよう。
別に構わないが、本当に相手にすらされていないんだなって今更思った。
「ねえかなた――って、なんでそんな遠くにいるの?」
「どうしました?」
だけどこの人、かなたかなたって私の名前は好きでいるようだ。
響きは確かに可愛いから気持ちは分からなくもない。
「僕に振り向いてほしい?」
「いいえ、別にいいですけど」
「嘘つきー」
「いえ、本当にそうですよ。ほら、こっち見てください、嘘をついているように見えます?」
「……見えない」
いまの私はチョロいんじゃないぞ、嘘だってついてない。
あくまで話せる人としていてもらいたいだけだ、それ以上はどうでも良かった。
「有川姉妹って手強いよ」
「お姉ちゃんのこと狙っているんですか?」
「や、別にそういうつもりはないけどさ。でも、こんなの初めてだなって」
「残念でしたね、あなたの魔法が効かない相手が現れて」
冷静に対応していればなんてことはない。
この人の言葉にはなにも詰まっていないから響かない。
それか単純に失恋したことで少しだけ進化した、というところだろうか。
「……その言い方はなに」
「ごめんなさい、怒りましたか?」
「僕のことなんてどうでもいいってこと?」
さて、どうしてこんなことになっているんだろう。
どちらかと言えば彼女の方が私のことをどうでもいいと考えているはずだけど。
「っくちゅん……うぅ、早く帰りませんか?」
「やだ」
「え?」
「僕のことが気になるって言うまで帰さない」
待って、本当にどうしてこうなった?
ここで仮に気になると言ったところで「僕は気にならないけどね」で終わりだろう。
しかし言わないと本当に帰られないと思う。
絶対に行かせないという意思が感じられる、表面上だけでもそうしておくのがベストかな?
「無理ですよ、叶うことのないことを追いかけられる強さはないですから」
いや、そんなことできるわけがない。
それをしてしまったら彼女と同罪になってしまうから。
その気がないのにそれっぽことは言えない。
この選択により嫌われるのだとしてもしょうがないことだと割り切れる。
「……そっか、かなたらしいね」
「はい、有川かなたですから」
「帰ろっか」
「はい」
まあもう帰っているんだけど。
依然として彼女が前を歩き、自分が後ろを歩くという形。
でも、先程と違ってその背中はえらく小さく見えた。
「僕はこっちだから」
「はい、また明日会いましょう」
「……本当に?」
「当たり前じゃないですか、だって私達は友達ですよね? だから、明日もよろしくお願いしますね、千空先輩」
この人の言葉が軽いのはいまに始まったことじゃない。
なぜなら、もう来ない的なことを言った後すぐに会いに来たからだ。
「かなた!」
「はい」
「……明日も行くから」
「はい、待っています」
うーむ、こっちが引くとグイグイくる。
ということはそれを利用すれば興味を引けるかもしれないわけだが……。
「ま、そんなのしなくていいか」
本当にないんだからそういう気持ちは。
あくまでフラットに対応すればいいと決めたのだった。