05
体調が回復し、久しぶりに姉と一緒に登校をした。
「それではまた放課後に」
「うん、また放課後に」
階段を上ったところで別れて教室に入る。
「あ、有川さん、おはよ!」
「うん、おはよう」
この子はなにかと話しかけてきてくれる子だ。
ちなみに、こうして話しかけてきてくれた如月さんを好きになって振られたわけだから、今度は簡単に好きになったりしないよう気をつけようと決めた。
「風邪、大丈夫だった?」
「本当は昨日来てたんだけど……腹痛でそこのトイレにこもっていたらHRの時間きちゃってさ」
「え、そうだったんだ……その前に教室に寄ってくれれば説明しておいたのに」
「あはは……なんのために来たんだろうって真剣に考えたよ」
とにかく、姉が風邪を引かなかったことが良かったと言える。
「かなた」
「え」
こうして唐突に現れなければならないルールでもあるのだろうか。
というか、私達はもう関わらない的なやり取りを交わしたと思うんだけど……。
「おはよ」
「は、はい、おはようございます」
「風邪治ったんだね、良かったよ」
「ありがとうございます」
私が寝ている間に姉とも口喧嘩になったということも聞いた。
姉が来ていないのはそういう理由かもしれないが、彼女が来た理由は?
「ね、あくまで友達として一緒にいてよ」
「でも、お金は返したと思いますけど」
「そういう強制力はいらない。僕は僕らしくかなたといるから、かなたは変に考えないで僕と一緒にいて。不安ならせいなも一緒でいいから」
その変に考えるな、というのが難しいのだ。
だって先輩らしくいるということはそれっぽいことだって平気でしてくるってこと。
可愛いとか言ったり、頭を撫でたりとかされたらチョロいは私はどうしても意識をしてしまう。
頻繁に自分のところに来てくれるというのも、他の人はともかくとして、私にとっては大事なことのように考えられてしまうわけだ。
「小暮先輩、それってどういうことですか?」
「うん? ああ、かなたがなんて言うんだろうね……そういう意味に捉えちゃうんだよ。僕は友達に可愛いって言っているつもりでもね」
「えっと……つまり、有川さんがチョロいということですか?」
なんか凄く恥ずかしくて自意識過剰な女みたいじゃん。
チョロいってそうだけど……他人に言われるのはなんか違う気がする。
「あー……そうなのかな? 他の子と同じようにはなってほしくないんだよ、あくまで有川かなたっていう友達がほしいんだ」
だからその友達止まりっていうのが辛いわけで、だから私は嫌なんだ。
格好良くて一緒にいて落ち着く相手から可愛いとか言われたらドキドキするじゃん。
でも、踏み込んでくるなって先輩は言っている、だったらそんなこと言わなければいい。
自分が追うのではなく追われる人間だからこっちの気持ちなんか分からないんだ。
「小暮先輩が可愛いとかって言わなければいいんじゃないですか?」
「え、可愛いのに可愛いって言っちゃ駄目なの?」
「駄目じゃないです。けど、有川さんが意識してしまうから問題が生じているわけですよね? でも、その原因を作っているのは小暮先輩の態度や言動だと思います」
なにこの子、凄くいい子……年上相手でもハッキリ言えるところが格好いい。
見た目は可愛い系なのに喋ったら格好いいとか最強じゃんか。
「それって生殺し状態じゃないですか。おまけに本当に大切な人ができた時に可愛いと言っても信用されないと思います。誰にでも言っているんでしょって不機嫌になられるのがオチですよ」
「うーん……でもさ、かなたは可愛いでしょ?」
「はい、可愛いです」
可愛いとかないない、可愛いならいま頃付き合っているって。
大切ななのは中身とかよく聞くけど、見た目が良くなければその中身に触れられることなく終わってしまうんだから残酷な話だよまったく。
「だったら――」
「それでもやめてあげてください。それさえなくせば有川さんだって普通に接してくれますよ」
「そ、そうですよ、それがなければ小暮先輩といるのは好きなんですから」
って、この子にばかり言わせてはならない。
言いたいことがあるのなら他人の口から言わせるのではなく自分で吐かないと。
そうしないと本当の意味で相手には届かないから。
「……嘘つき、すぐ逃げようとするじゃん……泊まってって言っても、落ち着いたとか言い訳して出てって風邪引く馬鹿だし」
「あれは……母とぶつかりまして、お風呂に入れなかったんです」
こちらにプライドがあったから本当にあそこで朝まで過ごした。
優しくされなかったのだって当然だ、だって熱が出ていることを言わなかったから。
土日もあそこで過ごして、部屋になんかいかなかった。
濡れてたし臭うしベッドを汚したくなかったからだ。
「というか……馬鹿馬鹿って言わないでくださいよ」
「だって馬鹿じゃん、あと勘違い女!」
「……誰だって意識しますよ」
まあ……私だってすぐに意見を変えるところを直した方がいいと思っているけど。
年上が怖いとか言っておきながらすぐにあの態度だからね、恥ずかしいのは自分だ。
「可愛いって言ったり髪を梳いたりしただけで?」
「わざわざ足の上に座らせたりとか……頬にキスとか」
「あー……いやまあそれは言い訳できないか……な」
「えぇ!? 頬にキスされたの!? それで友達としていてほしいとか最低ですよ!」
「あ、いや……可愛かったからつい……」
可愛かったからついでキスなんかされていたらこの先耐えられない。
「あ、今日は来たのね、かなた」
「あ、二上先輩、おはようございます」
最初と違って話しかけてくれる時に微笑んでくれるのが可愛いと思った。
いや、凄い小並な感想だけど美人なお姉さんが笑いかけてくれるってすてきだよねという話。
「まあ、もう戻るけれどね。後でまた来るからよろしく」
「分かりました」
いいなあ、二上先輩は変なこと言ってこないし、普通の心でいられるから。
「かなたのばか! なんでさゆみには普通に許可するの!」
「「それはあなたが悪いと思います!」」
「ぶぅ……えっと君の名前はなんだっけ?」
「あ、井上あすみです」
あれだけ話しかけてきてくれていたのに今更名前を知るなんて……知らなかったことは黙っておこう。
「あすみ、僕がいない間はかなたのことよろしくね」
「分かりました、ついでにあなたからも守りますね」
「いいよっ、僕は悪さしてないし! あ、戻らないと、また後でね!」
もう二上先輩だけ来てくれないかな、そうすれば井上さんに迷惑をかけることもなくなる。
彼女も「それじゃあまた後でね」と残して席に戻っていき、少しして担任の先生が入ってきた。
私はぼうっとそれを聞いて、これからのことを考えてため息をついていたけれど。
「かなた、猫って好き?」
「はい、好きですよ?」
「だったら付いてきて」
よほど見てほしいのかこちらの手を握って連れて行こうとする二上先輩。
当然のようにぶうぶうと文句を言いながら付いてきた小暮先輩と、にこにこと笑顔でいる姉。
「ほら、あそこよ」
「あ、猫ちゃん!」
なんかパンダみたいな子だった。
近づくとなぜか猫の方から近づいて来てくれて、体を擦り付けてくる。
「人懐っこいですね」
「ええ、ここら辺に住んでいる子はこうなの」
先程まで文句を言っていた小暮先輩もさすがにこれには敵わず。
でも、猫とか小動物と接する時はどうしてあんなに変な言葉遣いになるんだろう。
「かなたちゃん」
「うん?」
「わ、私も触りたいです」
「うん」
抱っこして手渡すと、おっかなびっくりといった感じだったが猫さんを抱いていた。
小暮先輩と意外とあたふたしている姉を見ている二上先輩の横に並ぶ。
「猫はね、どんな人間でも癒やしてしまうの。まあ、嫌いだったりアレルギーだったら無理だけれどね」
「そうですね、あれだけ文句を言っていた小暮先輩があんな感じですからね」
「ひとつ黙らせる方法があるわ、教えてあげる」
えっと、まずは後ろから抱きしめて……それから手で目隠し……って、
「な、なに?」
「あー、誰でしょうか!」
こんな物理的行為だったらいつでもできないじゃないか。
相手が油断していなければできないことだ、命を狙う暗殺者じゃないんだから必要ないけど。
「えっと、かなた?」
「正解! ……千空は凄いね」
「は? なに呼び捨てにしてるのさ、やっぱり生意気だよね」
二上先輩がしてくれたアドバイス、全部駄目なんだけど……。
自分でも分かったよ、先輩を呼び捨てにするとか有りえないって。
「まあいいや、かなたより可愛い猫ちゃんがいるからね」
「当たり前ですよ、私なんて可愛くないですし」
「あーもう……すぐ拗ねる」
「いえ、事実を言っているだけですが」
猫の方が可愛いに決まっている。
そうじゃなければここまで人気になったりはしない。
まあ人間のそれと『可愛い』の意味が違うかもしれないが。
「かなたちゃん、私は先に帰っていますね」
「え、なにかあったっけ?」
「今日はお母さんがいないので夕ごはんを作りをしなければなりません」
「あ、そっか、じゃあ私も帰ろうかな」
「大丈夫ですよ、私に任せてください!」
それなら出しゃばらない方がいいと判断して、いつもありがとうとお礼を言っておいた。
あれから姉との関係も戻すことができて嬉しい、やはり私には姉の存在が必要だから。
「かなた、私も帰るわね」
「はい、ありがとうございました」
「いいのよ、また明日も教室に行くから」
「待っていますね」
また彼女とふたりきりになってしまった。
意図してふたりきりにされている気さえしてくる。
別にふたりきりになれたからと言って嬉しさは全然ないけど。
「かなた、さっきのもう1回お願い」
「えっと、誰でしょうか! ってやつですか?」
仲がいい友達同士でやったら、多分だけどいい感じの遊び。
接触とかってなかなかできることじゃないし、傍から見ても仲がいいんだなと思われることだ。
「違うよっ、名前呼び」
「生意気、なんですよね?」
「いいから」
「あれは二上先輩に言われたから実践してみただけです」
普通の友達なら名前呼びくらいするかもしれないけど、少なくとも年上をそうしたりはしない。
それを許すのであれば普通の域を越えている、それだと矛盾が生じるからおかしい。
「あと、ふたりが帰ってから言うのはなんでですか? やましいことですか?」
「……じゃあいい」
「なら初めから言わないでください。猫ちゃんも行っちゃいましたし、私も帰ります」
毅然とした態度で接すればなにも怖いことではない。
というか、全部そういうつもりはないもの、軽いものだと考えるだけで良かったのだ。
それを彼女も言っていたのに私ときたら……まあこれからは直していこう。
「かなた、明日も行くからね」
「はい、待っていますよ」
「え……いいの?」
「はい、どんどん来てくれればいいです。教室でひとりにならずに済みますので」
井上さんは優しいけど友達とはまだ言えないだろう。
そういう点で、彼女達が来てくれるのは大いに助かる。
彼女は残念そうに「なんだ……利用されているだけか」と少し残念そうだった。
利用なんてしていない、来てくれたから助かると考えただけで。
「私は嘘は言っていないですよ、あなたといるのは嫌いではありませんから」
「それじゃ僕が嘘をついているみたいじゃん」
「そうですよ、可愛くない人間に可愛いなんて言うのはおかしいです」
同性に対しての可愛いとか1番信用ならないことだ。
別にブサイクだとか卑下しているわけではないけれども。
「ま、踏み込むことができませんから残念なんですけどね」
「踏み込むことはできるよ」
「踏み込むことは、だけですけどね」
報われないと分かっていながら努力できる真っ直ぐさはない。
やらないで失敗よりやって失敗した方がいいなんて考えられない。
「なら、僕を振り向かせてみせてよ」
「はい? え、だからそういうつもりで頑張れと?」
「うん、実はさっきのちょっとドキっとした」
だから生意気とか――いやないな、これも嘘だどうせ。いちいち真に受けるな自分。
「とにかく、これからはそういうつもりでお願いね」
「……小暮先輩がいいならいいですけど」
「千空でよろしく」
「千空先輩がいいならそうしますよ」
「うん! へへ」
無理だからしないけどね。
そういう意味で求めたりはしない。
でも、普通に友達としては一緒にいさせてもらう。
「送ってあげるよ」
「じゃあ送らせてあげます」
「生意気だなぁ……」
「そうですよ、知りませんでしたか?」
「ううん、知ってた!」
逆に千空先輩にとって必要な存在になってしまえばいいのでは?
大変なことだけど、私がいないといけない体にしてやる。
ふふふ、なかなか楽しくなりそうだ。