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「さて、逃げようか」

 魔導士と呼ばれる者たちがいる。彼らは魔法の才を持ち、常人では成しえない超常現象を引き起こす。

 王城でも何人かの魔導士を雇い、手紙のやり取りのような簡単なものから、果ては土砂崩れなどの災害の対処にも活用している。


 魔法の才を持つ者は希少で、基本的には魔導士組合が管理しているのだが、稀に魔導士組合の管轄から外れた者たちがいた。

 レオンもその一人だ。


 能力にも性格にも難があるレオンが次期王と(もく)されているのは、なにも正妃の子だからというだけではない。ミハイルもレオンも性格に難があるとはいえ、能力と面倒さを考えればミハイルに軍配が上がるのは明らかだ。

 だがそれでも彼らの父親である現王がレオンを後継者に選んだのは、ミハイルにはない才能――魔法の才があるのが理由の一つだった。

 魔法の才は様々なことに活用でき、運用方法も多岐に渡る。さらに組合の管轄に入っていない才持ちは非常に貴重である。


 レオンも幼少の折には組合のもとにいたこともあった。魔法の才は身のうちに潜む魔力を用いて発動する。そのためか感情に左右されやすく、感情を抑制する訓練を(おこな)ったりもした。結果は、現状を見ればわかるとおり、なにも身についていない。


 魔法の才があるとはいえ中級魔導士にしかならなそうな問題児に(さじ)を投げ、王のもとに戻した組合員を責められる者はいないだろう。


 そうして戻された王子を他国にやるのも、自国とはいえ他家の婿にするのも惜しみ、国という首輪をつけてその才を活用しようと考えるのは、そうおかしなことではないだろう。


 だがそんなこんなの妥協の積み重ねにより完成したのが、我儘王子レオンだった。


 我が道を突き進むレオンは、ミハイルの言葉を受け不快そうに顔をしかめた。


「俺に命令できる立場だとでも?」


 自分の兄が生きるか死ぬかの瀬戸際にいることには気づかず、一歩一歩確かな足取りでミハイルに近づいた。

 近づかれるたびに胴を締める力が強くなる。内臓か骨に深刻な傷を負いかねない状況に、ミハイルはどうしたものかと頭を悩ませた。


 前門の虎後門の狼――とは言えないが、まさに絶体絶命の危機である。前に虎も狼も揃っているのだから、決死の覚悟をしてもおかしくはない状況だ。

 だが幸い後門は空いていることをミハイルは知っていた。この教室に連れこまれたときに内装をしっかりと確認していたのだ。


「アルミラ」


 名を呼び、背に腕を回す。引き剥がせないとはいえ、なにかの拍子に剥がれてしまい万が一が起きたら祟られそうだという一心で、自分よりも小さな体を抱きしめる。

 さすがにこれはアルミラも予想外だったのか、ぱちくりと目を瞬かせた。


 だが説明している暇はない。眉をひそめるレオンを一瞥してから、ミハイルは持ち前の脚力(きゃくりょく)を発揮した。後ろに飛びのき、換気のために開かれていた窓にその身を投じた。

 腕にだけ力を集中させていたアルミラはその上下運動に即座に対応できなかったようで、これといった抵抗もせず、ミハイルと共に窓の外に体を投げ出すことになった。


「なっ――!?」


 一拍遅れて、レオンも反応する。窓が開いていることにはレオンも気がついていたが、ここは三階だ。まさか飛び降りるとは予想もしていなかっのただろう。

 なにしろミハイルに魔法の才はない。飛び降りたとしても、着地する(すべ)はないはずと踏んでいたのだろう。


 だがミハイルは優秀と呼ばれている男である。国一番の騎士とアルミラに劣るとはいえ、弱いわけではない。国で三番目に強いといっても過言ではない。

 余談だが、魔法の才はあるが剣の腕はそこまでではないレオンは、強いか弱いかの話題には(のぼ)らない。


 ミハイルもアルミラも――そしてついでにレオンも――凡人なレイシアに天上の存在と思われるくらいには常軌を(いっ)した存在だ。

 三階程度の高さならば無傷で着地することも不可能ではない。ちなみに、国一番の騎士は五階分の高さの崖から飛び降りて、無傷で着地した経験を持っている。もはや人外である。



「さて、逃げようか」


 地面に到達したミハイルはなんてことのないように体勢を整え、腕に抱えていたアルミラの顔を覗きこみながら柔らかく微笑んだ。


 婚約破棄から一日で起きた兄弟対決は、兄の敵前逃亡という形で幕を下ろした。

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