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我儘王子に婚約破棄された男装令嬢は優雅に微笑む  作者: 木崎優
終章

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(それは……癪だな)

 顔が熱くなるのを感じ、アルミラは平静を保とうと小さく息を吐く。

 感情を抑え、表情を作るのには慣れている。前は壁に頭を打ち付けたが、予想もしていなかったあのときとは違う。呼吸を整えるだけであっさりと帯びた熱は引いた。

 そして表情を引き締め、どこか呆けた顔をしているミハイルを見据える。


「先ほども申し上げましたが、あなたは王です。そのような些細なことで心奪われるなど、あってはなりません」


 アルミラが必要以上に淡々と話すのは、動揺を悟られないためだ。

 国のために、ミハイルには他国の姫君か貴族の娘を娶ってもらう必要がある。


 赤くなった顔を晒してしまったので手遅れかもしれないが、それでも意識して冷たい眼差しをミハイルに向けた。


「それに、助けられるたびに恋に落ちるおつもりですか? 側妃も愛妾も認められているとはいえ、気が多いのはおすすめいたしません」

「いや! 違う!」


 いまだぽかんと目を見開いてミハイルだったが、さすがにこればかりは聞き逃せなかったのだろう。はっとした表情でアルミラに詰め寄った。


「私ですら抜け出せない穴から助け出せるのなんて、君くらいだよ」

「そうでしょうか。探せばどこかにはいらっしゃるかと――」

「いないよ。間違いなくいない」

「世界は広いですし、フェイ様のような女性もいらっしゃるかもしれませんよ」

「それは出会いたくないから、いなくていいよ……いや、そういうことではなくて――」


 一瞬想像しかけたのだろう。ミハイルの目がどこか遠くを見るように泳いだ。

 そしてすぐに気を取り直すように頭を振り、アルミラを見つめる。

 熱を帯びた眼差しに、アルミラは不快だと言うように眉をひそめた。


「私は君以外に心を奪われるつもりはない」

「……助けられたからとおっしゃいましたが、私は二度もあなたを人質に取りました。命が脅かされた回数のほうが多いのでは?」


 一度目は胴を抱きつぶそうとして、二度目は剣を突きつけた。

 どちらも笑って流せるような話ではない、はずだ。


「本気ではなかっただろう?」

「フェイ様が剣を引かなければ傷をつけるつもりではありました」

「だけど、君の剣は私を傷つけなかった」

「結果論にすぎません」

「口ではなんとでも言えるものだよ」


 視線を逸らさないミハイルの瞳の奥に期待めいたものを見つけ、アルミラは舌打ちしそうになる。


(顔に出たのは失態だったな)


 だが気を抜くわけにはいかないので、内心で自嘲するに留めた。


 アルミラは貴族令嬢であることに不満を抱いていたが、女性であることを不満に思っていたわけではない。

 恋物語に出てくるような騎士に守られるお姫様に憧れたこともある。


 だが親の求める典型的な貴族令嬢に向いていなかった。そのためアルミラにとって憧れは憧れにすぎず、無理だと悟っていた。

 そしてレオンが婚約者になったことで、その憧れも捨てたつもりだった。


 髪を切り、男装し、剣を学び――守られる必要などないくらいに強くなった。


 そもそも、アルミラの周りにいる男性はろくでもない男ばかりだ。守るとか守られるとか以前の話である。

 そしてミハイルに関しては日和見で自己保身が強いと評価していたため、フェイの前に立ちはだかったのが衝撃的すぎた。

 ミハイルよりも強い存在であるアルミラを守ろうとしたことに、不覚にもときめいてしまったのだ。

 しかし、アルミラの計画どおりにことが進めば、恋だのなんだのと言っていられるような関係ではなくなる。

 動揺したことを悟られないように――そして、ここまですれば淡い恋情など捨てるだろうと剣を突きつけた。


(……いや、そもそもあれが間違いだった)


 だというのに、最後の最後で失態を冒した。

 隙を作ろうという意図は確かにあった。だが、別の方法も選べたのにそうしなかったのは、動かされた心と、昔抱いていた憧れのせいだろう。


 ハロルドが杓子定規にしか人の心を測れないように、アルミラは予想外の出来事に弱かった。


 そしてその結果がこれである。ミハイルの執着を強め、ここまで追ってくるほどにしてしまった――とアルミラは思っている。

 だがミハイルは一途な乙女心の持ち主だ。たとえあれがなかったとしても、アルミラを探したことだろう。


 アルミラがいくら冷たい態度を取ろうとも、一度芽生えてしまった恋心を打ち砕くには至らない。


「私は、君に幸せになってほしい」


 手を取られ、握りこまれる。懇願するような眼差しに、アルミラは刺々しい視線を返した。


「ならば放っておいてください。国の平和が守られるのであれば、私は幸せです」

「……私が君を幸せにしたいんだ。私のそばで幸せを感じていてほしい」

「無茶なことをおっしゃいますね。あなたのそばにいれば否応なく貴族と関わることになります。貴族令嬢でありたくない私が、それで幸せになれると思いますか?」

「たとえ市井にいたとしても、君は根っからの貴族だよ。国を思い、民を思っている。……だから思うのだけど、君は……国を動かせる立場にいるほうが、ここにいるよりも性に合っているのではないかな?」

「……私に実権を与えるおつもりですか? そのようなことは他の方々が許さないでしょう」

「実権は与えない……ただ、私のそばで助言してほしい」


 ミハイルの手に力がこもる。射抜くように見つめられ、アルミラはどうしたものかと頭を悩ませた。


「君は以前、頼りにできる者を選ぶことができると、そう言ってくれたよね。……私は君を選びたい」

「私以上の適任はいくらでもいらっしゃいます」

「いないよ。君以上に信頼できる者なんて、どこにもいない」


 アルミラは頭の中でそろばんを弾く。

 実際にアルミラが動いて政治を行えば反感を買うだろう。だが、秘密裏に助言するだけで表立って動くのがミハイルならば、アルミラに向く反感は少なくなる。


 アルミラにとって市井にいることはそれほど重要ではない。

 貴族令嬢でなくなるのなら、なんでもいいと思っていただけだ。


 貴族令嬢に戻らず国を立て直せるのだとしたら――悪い話ではない。


(それに……この様子だと、色々と心配だ)


 恋を理由にここまで追ってくるミハイルと、恋に浮かれ婚約破棄を言い出したレオン。

 どちらも色恋に弱すぎる。


(他国の姫君を迎えて篭絡されても困る)


 女性一人のために滅びた国もあるほど、色恋沙汰は問題になりやすい。

 だから王が娶る女性は厳選される。そばに仕える女性もそれなりの身分が必要とされ、下手な相手では近づけない。

 

 だがもしもミハイルが色恋に弱いと他国に知られたら、手練れな姫君が送って属国化しようと企むかもしれない。

 ミハイルの恋心は罪を不問にしようとするほどだ。焦がれた相手の要望をなんでも呑んでしまうのではないか。


 思わずアルミラがそう考えてしまうほど、目の前に立つミハイルは危うかった。


「それに、その……君も私のことを……少しでもその気があるのなら……」


 顔を赤くさせながらもじもじとなにやら言っているミハイルに目もくれず、アルミラは思考に没頭している。


(それに私を諦めてくれそうにはない)


 どうするのが一番適切か。それだけを考えている。


「そういう意味でも……頑張りたいな、と――」

「陛下」


 そして、結論が出た。

 アルミラはミハイルの胸にそっと手を寄せた。



 感情の揺れ動きが悟られないようにと躍起になっていたが、一度顔を赤くさせてしまったので手遅れだ。

 どう見ても、ミハイルは期待している。もしかしたら、とすら考えているかもしれない。

 ならば、といつものように思考を切り替えた。


 アルミラは意地っ張りで負けず嫌いだ。

 諦めてくれない限り、どこまでも追われて好きだのなんだのと言われるだろう。そしてそのたびに感情が動くのを気取られれば、迫られるのに弱いといつかは知られてしまう。

 ミハイルに対して少なからず好感を抱いていることも、いつかは気づかれるかもしれない。


 そうなれば、今以上に求愛されることは目に見えている。


(それは……癪だな)


 押し負けるのだけは、どうしても嫌だった。


「口づけをくださいますか?」


 色恋に弱いミハイルを鍛え、ついでに自分の弱点も克服しよう――それがアルミラの出した結論だ。


 ぴしりと固まってしまったミハイルを見上げるアルミラの口元に、笑みが浮かぶ。




 それから数日もせず、新たな騎士が国に加わった。

 どこからか拾われてきた素性不明の騎士は、騎士団に所属する者全員を叩きのめした。


「あれって……いや、俺の気のせいだよな」


 そうぼやいたのは、叩きのめされた騎士の一人だ

 髪の色も声も違う。だがもしやと思ってしまうのは、かつていた騎士団長と似た戦い方をするからだろう。


 だが確信に至ることはなく、あからさまに怪しい仮面の騎士は王の護衛騎士に任命された。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー。仮面の騎士か… なるほど。 いい落とし所か。 何せお強いですからねー。
[一言] やはり…そうでしたか( ̄▽ ̄;) なんとな〜〜くそうではないかと。 でも、まさか…ホントにとは… でも、ホントに側にいるだけ?…甘々なし?(ㆀ˘・з・˘) ミハイルの押し次第で、そのうち変わ…
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