「私の勝利ですね」
豪華絢爛な花が咲き乱れる庭園を抜けて向かうのは、物見塔。
(あの性格の悪い王のことだ。マリエンヌ様が亡くなった場所を選ぶだろう)
レオンがどこに幽閉されているのかの情報を仕入れることはできなかったが、相手は人の嫌がることを率先してやりましょうを座右の銘にしていそうな男だ。
レオンが絶対に近づこうとしない場所を選ぶに違いないと、当たりを付けた。
そうしてほとんど足を止めることなく駆け抜けてきたアルミラだが、物見塔の前を陣取るかのように座るフェイに足を止めた。
舌打ちしそうになるのを堪えながら、気怠そうにしているフェイを睨みつける。
「そこをどいてください」
愛用の大剣を持ちながら立ち上がるフェイに向けて言う。
「ここの警備を任されてるんでね」
「そこにレオン様がいることをコゼット様が知ったら、悲しむとは思いませんか?」
「なら知らないままでいればいい」
フェイの身体能力は人外じみている。
ただの剣では彼の筋力についていけず、一振りするだけで歪むほどだ。
そのため、フェイの持つ大剣は強度を高めることを目的とした特注品で、本来の切れ味は失われている。
申し訳程度に剣の形をしているのは、騎士ならば剣を持てという声に従ったからにすぎない。
大剣という名の鈍器をフェイが構えるのを見て、アルミラは今度こそ舌打ちした。
アルミラも念のために剣を携えてはいるが、フェイ相手ではこんなもの木の棒に等しい。
フェイが平然とした顔で構えているので、一見するとただの分厚い剣にしか見えないが、その重さは尋常ではない。
一合でも打ち合えば腕が痺れ、最悪剣が折れる。当たりどころによっては腕の骨が折れる可能性すらある。
(まともに相手をするわけにはいかないな)
まるで普通のこん棒、ではなく普通の大剣のように振り下ろされた切っ先がアルミラの鼻先を掠めた。
(どうしたものか)
フェイに接近戦を挑むのは無謀すぎる。かといって、剣で切り合うわけにもいかない。
まず間違いなく勝てる相手ではないので、倒すことは目指さない。アルミラの勝利はフェイの横を抜け、物見塔を上ることだ。
フェイもそれをわかっているからこそ、剣を振るい続けることによって、アルミラの動きを制限している。
「フェイ様」
「ああ?」
「覚えていますか? 私が十歳のときのことを」
フェイの眉間に皺が寄る。そのときのことを思い出そうとしかけたのか、一瞬だが目線がわずかに上を向いた。
人はなにかを思い出そうとするとき、過去の映像を見るかのように視線が左上を向きやすい。アルミラはその一瞬の隙を見逃さず、距離を取る。
さすがにほんの一瞬で横を抜けることはできないが、それでもフェイの間合いから抜けることはできた。
「知るか」
フェイとアルミラの付き合いは長い。アルミラが口上で人を煙に巻こうとする癖があることを、フェイは知っている。それゆえに考えるのを放棄したのだろう。吐き捨てるような言葉に、アルミラはこれみよがしに口角を上げた。
「私が紹介状を持って訪ねたときに、フェイ様がおっしゃったことですよ」
ぴたりとフェイの動きが止まる。より具体的に提示されたせいで、そのときのことを思い出してしまったのだろう。
顔が引きつり、柄を握る手に力がこもっているのを見て取ったアルミラはさらに言葉を続けた。
「頼りにしてくれたのかと、それはもう嬉しそうにおっしゃって……私も弟子として嬉しくて思わず方々に報告してしまうほどで」
「なっ、おま……!」
勢いよく振り下ろされた大剣が地面にめり込む。羞恥心と怒り、どちらなのかは定かではないが、感情の赴くままに振るわれた剣がアルミラに届くことはない。
「おま、あれ、お前のせいか……!」
「人外のような男でもその内面は純情な若者なのだと、それはもう皆さま温かい目をされて」
今でこそ、そこそこ慕われる団長になったフェイだが、アルミラが弟子入りするまでは畏怖の目で見られていた。
フェイよりも後に入ってきた騎士からは恐れられ、先にいた騎士からは嫌われ遠巻きにされていた。
言葉遣いを注意しただけで叩きのめすのだから当然だ。
だがアルミラが弟子になってからというもの、少しずつだが風向きが変わった。酒を奢ると誘われたり、フェイを嫌っていたはずの騎士が「お前も大変だな」と肩を叩かれることもあった。
「弟子として師匠が嫌われたままではたまりませんからね。なにかあるたび、皆さまには報告させていただきました」
それがどうしてなのかをフェイが知ったのは、アルミラを弟子にしてから二年後のこと。
酒場で口を滑らせた相手に、フェイは「誰がそんなことを言ったのか」と問いただした。
だが慕ってくる小さな女の子を売ることはできなかったのだろう。誰も口を割ることなく今に至る。
「全員に生温かい目で見られたんだぞ!?」
「嫌われているよりはよいではないですか」
「そっちのほうがマシだ!」
「皆さん思いが通じるかどうか賭けたりと楽しそうでしたよ」
「不敬すぎるだろ!」
そういったあれこれを思い出してしまっているのだろう。羞恥で顔を赤くさせながら、感情に任せて大剣を振り回している。
当たりこそしないが猛攻であることは変わらないため、アルミラは避けながら思考を巡らす。
(後ひと息か)
怒りに我を失えば、フェイは警備のことを忘れアルミラを追ってくるだろう。
フェイはへらへらとした優男風の見た目に似合わず、短絡的で直情型だ。からかえば簡単に乗ってくるので、これまでアルミラは何度もフェイをからかったことがある。
その代償として訓練内容が厳しくなったりしたので、結局泣きを見るのはアルミラだったわけだが。
「ついうっかり、コゼット様にもその話をしたことが――」
「てめ……ぜってぇ、叩き潰す!」
塔の前を陣取られていては横を抜けるしかないが、追われている状態ならばどうとでも誘導できる。塔から少しでも離し、途中で方向転換すれば先に塔に到達するのはアルミラだろう。
分の悪い賭けではあるが、今のアルミラに取れる手立てはそれしかなかった。
(だが、中々きついな)
大剣が宙を薙ぐたびに空を切る音がする。掠めるだけでも致命傷になりかねない。
アルミラは逃げに専念しながらも迫る大剣に注意を払う。一瞬でも気を抜けば、追い付かれる。
大剣を振るうという手間を挟んでいるため追い付かれてはいないが、足の速さですらフェイのほうが上だ。
もしも剣を捨て捕まえることに切り替えられたら、その時点でアルミラの負けになる。
「コゼット様はそれはもうおかしそうに笑っておりまして」
なので、口を止めることはできない。冷静になる時間を与えないように言葉を重ねる。
喋る内容には事欠かないのは、アルミラが元々いじめっ子気質だからだ。幼い頃のアルミラの座右の銘は人の嫌がることは率先してやりましょうだった。
(さすがにそろそろ……)
気を抜けず、全力疾走した状態で喋り続ける。ただ走るだけよりも気力も体力も失われる。
そろそろ塔に向けて走り出すべきだろうと判断し、微妙に動きを変えた瞬間、音がした。
集中している状態でなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな、なにかが割れる音。
そして日の光を反射し、きらきらと光る破片が塔の上階から落ちてくるのが見えた。
(なにが――)
あった、と、そう考える前に風を切るような音が斜め上から聞こえた。
避けることはもう間に合わない。そう判断し、衝撃に備えようとせめて体に力を入れる。
だが、軽く体を押されるような感覚を受けるだけで、思っていたような衝撃は訪れなかった。
「フェイ、これはどういうことだ」
咎めるような厳しい声が聞こえ、アルミラは眉をひそめながら後ろを振り向く。
「そんなところにいたら危ないですよ」
質問に答えることなくへらへらと笑うフェイの前に、ミハイルが立っていた。振り下ろそうとした大剣はミハイルに触れるか触れないかの位置で止まっている。
「ミハイル殿下」
アルミラが呟くと、ミハイルはわずかに首を動かし、ほっとしたような顔でアルミラを見下ろした。
(私を庇った……?)
ミハイルはことなかれ主義の日和見で有名で、自分の命がなによりも大切だ。
アルミラの知るミハイルとはそういう男で、間違っても振り下ろされる大剣の前に出てくるような人物ではない。
「フェイ様、私の勝利ですね」
アルミラは強張りそうな顔を動かし、笑みの形を作る。そして、腰に差していた剣を抜くと前に立つミハイルに突きつけた。
「ミハイル殿下の命が惜しくば、剣を捨ててください」
「お前、それはねぇよ!」
至極真っ当な叫びをフェイが上げ、ミハイルの頬が引きつった。
「私が目的のためならば手段を選ばないことはご存じでしょう? ほら、剣を捨てないとコゼット様が大切にされているミハイル殿下に傷がつきますよ」
「だからって普通、自分を守ろうとしたやつを盾にするか!?」
「昔コゼット様に言われたことがあります。まるで王とコゼット様の間に生まれた子供のようだと……そんな私が、人の大切なものを盾にするのに躊躇すると思いますか?」
ミハイルがどんな表情をしているのかアルミラからはわからない。ただ首筋に剣の切っ先を当て、淡々と言葉を紡いでいく。
「……死にさえしなきゃ問題ないだろ」
返ってきたフェイの言葉にアルミラは舌を打った。本気だと見せるようにさらに剣先をミハイルに寄せるが、フェイが大剣を下ろす素振りはない。
(どうしたものか)
ミハイルは国のために必要な人材だ。とりあえず人質に取りこそしたが、本気で害するつもりはなかった。
フェイもそれをわかっているのだろう。今すぐミハイルを解放しないと巻き込むと言わんばかりに、ゆっくりと大剣を構えなおしている。
「二人共――」
焦ったようなミハイルの声が轟音に遮られる。
音のしたほうを見れば、城の一角から煙が上がっていた。
「コゼット様」
漏れ出たようなアルミラとフェイの声が重なる。
一瞬だけ二人の視線が交差し、すぐにフェイが城に向けて駆け出した。




