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「それは建前だよね」

 レオンとアルミラの婚約が政略によって結ばれたことは誰もが知るところだ。王命により取りつけられた婚約がそう簡単には破棄できないことも、誰もが知っている。


 アルミラは届いた手紙に目を通し、小さく息を吐いた。


 差出人はアルミラの父親だ。婚約破棄されました、王にもそうお伝えください――簡潔にわかりやすくしたためた手紙の返事もまた、わかりやすいものだった。


「無理か、まあそうだろうね」


 転移魔法により(すみ)やかに届いた手紙を丁寧に畳んで引き出しにしまうと、アルミラは今日のスケジュールを頭の中で組み立てはじめる。


 顔も見たくないと言ったレオンの願いを叶えるためにはどう行動するべきか。婚約を破棄したいという望みを叶えるためにはどうすればいいのか。


「あいつに覚悟はあるのかな」


 口元に笑みを浮かべ、逢瀬を重ねているであろうレオンの姿を脳裏に浮かべた。

 今頃はこれから訪れる苦難など想像すらせず、上機嫌にレイシアと過ごしていることだろう。


 アルミラはこれまでどんな我儘だろうと応えてきた。方法を問わずに。

 だからそう、今度の我儘にも、方法とそれにともなう被害を度外視すれば、いくらでもやりようはある。


 アルミラとレオンの婚約は政略的なものだ。

 優秀と名高い側妃の子を退(しりぞ)け、正妃の子を玉座に押し上げるために結ばれた。


「お義兄様にでも会いにいくとしよう」


 レオンの兄である第一王子は、年はアルミラよりも二つ上で、今年で学園を卒業する第三学年だ。

 金色の髪と青い瞳を持ち、兄弟とはいえレオンとは似ていない容姿の持ち主で、性格もレオンとは似ても似つかない。

 

(たしか首席を維持し続けての卒業も夢ではないと言われていたはず)


 交流をしたことはあまりないが、噂話程度ならばアルミラの耳にも入っている。

 弟であるレオンの成績がどうなのかは、語るまでもないだろう。教科書すら開かずふんぞり返っているという噂は、アルミラにも届いていた。


(だがとりあえずは――)


 スケジュールを組み立て終わったアルミラは、男子用の制服に袖を通すと自室を出た。もうすぐ授業がはじまる時間だ。


 これまではレオンを迎えに行くために早く出ていたが、もはやその必要はない。本日のスケジュールの一番初めは、ゆったりとした登校時間を楽しむというものだった。






「お前が時間ギリギリなんて珍しいな」


 授業開始の鐘の音が鳴ってもおかしくはない時間に現れたアルミラを見て、エルマーは苦笑を浮かべた。

 視線が一瞬交差したかと思えばすぐに外され、アルミラは持っていた鞄を机に置いた。


「世話のかかる相手を迎えに行かなくてすんだからね」

「そういえばその世話がかかるやつだけど、迎えに行ったらしいぞ」

「あいつにも人を思いやる気持ちが残っていたとは……喜ぶべきかな」

「そこは好きにしろ。悔しがってもいいだろうし、万歳して踊りだしても温かく見守ってやるよ」

「生とつきそうな温かさはいらないから、ひっそりと喜ぶことにするよ」


 アルミラが肩をすくめると同時に鐘の音が鳴り、教師が入ってきた。



 エルマーは侯爵家の次男として生まれた。彼の母親はアルミラの叔母で、アルミラの母親と親交が深かったこともあり、幼少期から遊び相手として公爵邸に足を運んでいた。

 そのため、エルマーはアルミラを妹のような存在だと思っている。数ヶ月しか変わらないのに妹もなにもないだろう、と当のアルミラが知ったら抗議しただろう。

 だがアルミラがそう思うことはエルマーにもわかっていたので、妹だなんだと口にしたことはない。


 妹のように可愛がっているアルミラに婚約者ができたと知った当初は、色々な意味で驚いたエルマーだったが、日が経つにつれ驚きはなんとも表現しがたい感情に変わっていった。


「髪、どうしたの?」


 髪が女性にとって大切だということは、幼いエルマーですら知っていた。それなのに、ほんの数日会わないだけで腰まであった髪が肩よりも短くなっていたのだから、そのときの衝撃は計り知れない。


「邪魔だと言われたから切った」


 むすっとした顔で答える従妹に、エルマーは言葉を失った。



 そしてまたあるときは、ふわふわとしたドレスではなく、男子の衣服をまとう従妹を見て眩暈(めまい)を覚えたこともあった。

 どうしたのかと聞けば、似合わないと言われたからやめた、とこれまたむすっとした顔で答えられた。


 もしもこれがレオンが自らの手で(おこな)ったのなら、素直に彼に対して怒りを抱けただろう。だがレオンは邪魔や無様といった暴言を吐いただけで、直接手を出したわけではない。もちろんレオンに対する怒りはある。だがそれ以上に、アルミラの行動が衝撃的すぎた。

 思い切った方法を取るアルミラに、エルマーはもはやなにを言えばいいのかわからなくなった。

 それでも一言ぐらいは言っておこうと、とりあえず思ったままを口にした。


「そこまでしなくてもいいんじゃない?」

「命令に従えと言われたからね。それに従っただけだよ」

「それは建前だよね」


 アルミラが両親から髪を伸ばせ、ドレスを着ろと言われているのは知っていた。エルマーからも言ってくれと頼まれたからだ。

 だがアルミラは、レオン殿下のご命令ですのでと言って一歩も譲らなかった。


「ドレスも長い髪も邪魔だったし、丁度いいやって思ったから」


 丁度いい、それをアルミラは婚約をしてから何度も口にしていた。


 朝から迎えに行くのも遅刻しなくて済むから丁度いいと言い、昼食を用意するのも豪勢な食事をつまみ食いできるから丁度いいと言い、そして今も。


「そろそろ付き合うのも面倒だったからな。丁度いい」


 そう言って、レオンとの婚約を破棄するために動いている。


 このときになってようやく、エルマーはレオンに対して素直に怒りを抱けた。

 可愛い妹分である彼女に割り切りと妥協を教えこませ、他の女性と懇意(こんい)にしてもなお、アルミラの中心にいることが実に腹立たしかった。


 だからといって直接抗議に行けば、あの癇癪持ちのことだ。ろくでもない結果にしかならない。

 そのためエルマーはなにもすることなく、ただアルミラの話を聞いている。


 そして抗議しないと同時に、女性同士のいざこざを解決するといった――これまでしていたこともしないことに決めた。


(あの甘やかされてきた坊ちゃんになんとかできるのかねぇ)


 これまでトラブルがあれば、レオンはアルミラに命令して解決させてきた。だがアルミラは今回の件を最後の願いと考えている。

 どれほど困ろうと、頼ろうとしても、アルミラが請け負うことはないだろう。

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