(おい、嘘だろ。ありえないだろ)
こんなことを言うような場面ではないことはミハイルもわかっていた。だがどうしても気になってしまい、話に集中できない。それではこの場にいる意味がないと、もやもやの原因を取り除いてしまおうと考えたわけだ。
アルミラとしてはこだわるようなことでもないので、本人がそれでいいのならそうしようと、深くは考えずに切り替える。
「戦争云々については憶測でしかないよ。ただ、あいつを一番有効活用できる場を考えた結果そこに行き着いた。手に余れば戦時中だろうと戦後だろうと処理できるのも利点だな」
「利点って……そんな理由で?」
信じられないとばかりに目を見開くレイシアと、顔を険しくさせているミハイル。
その中で、エルマーだけが机に突っ伏し続けている。
(おい、嘘だろ。ありえないだろ)
周りの真剣な空気すら意に介さず、一人悶々としていた。
ミハイルが話に集中できるようになった反面、今度はエルマーが集中できなくなっている。
「王の真意を汲み取れているわけではないから、本当はなにを考えているのかはわからない。だけど……そもそもあいつが次期王ってこと自体おかしいだろう? 人を覚えられない、話したことも忘れるような者に王が務まるわけがない。本当に国のためを思っているなら、次期王にするわけがないんだ」
(いやいや、だってアルミラだぞ。こんな、魅力の欠片もない奴にどうして……もっとこう、色々選べる立場なのに、なんでだよ)
完全に上の空で、端正な顔を歪めているミハイルと淡々と話しているアルミラとを見比べた。
アルミラの顔は整っている部類ではあるが、喋り方といい服装といい、女性らしさからはかけ離れている。
対してミハイルは多少気弱なところや、日和見なところがあるとはいえ優しそうな顔立ちはそういうのが好みな女性からすれば涎ものだろう。レオンという爆弾物件が身近にいたので近づこうとする者はいなかったが、学園を卒業し誰か娶らなければいけなくなったときにどうなるかは簡単に想像がつく。
「だからね、王は元々あいつを王にするつもりはないんじゃないかと思うんだよ。王太子の首ならなにかあったときの贄にするには丁度いいだろうからね」
「……だが、そのなにかがなければそのまま王になるだろう? ならば、やはり理由があってレオンを任命したと考えるべきでは?」
「あいつが王になるのは、王の死後だ。死後どうなろうとあの人は気にしないだろうね」
あっさりと告げられ、ミハイルの顔色が悪くなる。その様子をエルマーはちらりと隠れ見た。
先ほど感じたそれらしい気配は消え、真剣にアルミラの話を聞いている。見つめている目に少し熱がこめられているような気はしなくもないが、気のせいだと片付けることができる程度のものではある。
(きっと、なにかの間違いだ。俺の考えすぎだ)
そんなはずがないと自分自身に言い聞かせながら、浮かんだ可能性を必死に追い払おうとした。
「まあ、戦争になるとはっきりわかっているわけではない。しかし、あいつが罪人として囚われ、有事の際に使うということは……近いうち戦争を起こすと考えたほうがいいだろう」
至極真面目な話をしているはずなのに、エルマーの耳は右から左に流している。
戦争だなんだという話も十分衝撃的だが、それ以上にミハイルのアルミラに対する態度のほうが衝撃的すぎた。
そもそも、とくになにも告げられずに連れてこられ、よくわからない話を聞かされているのだから他の三人と比べてアルミラの話に対する腰の入れようが違うのも当然だ。
「だから、エルマーとレイシア嬢には私に協力してもらうよ。二人とも戦争は嫌だろう?」
そこでぽんと頭に手を置かれ、エルマーはようやく顔を上げた。
「エルマーは女性に顔が広いし、レイシア嬢は男性を虜にするのが得意だから人材としては悪くない」
「そんな、私なんて……!」
「謙遜はいらないよ。同級生の過半数以上を虜にしているんだから、君は自分の魅力に自信を持っていい」
あわあわと口を開くレイシアにアルミラは小さく微笑んで返した。
レイシアとアルミラの間にはレオンという共通点がある。そのため、この件に関して協力するのはそこまでおかしなことではないだろう。
だが、エルマーは違う。レイチェルを使って多少協力はしたが、それだけの関わりしかない。
「……どうしてそこで俺が出てくるんだ」
「従兄だから頼れと言ったのはお前だろう?」
「信頼して話せとは言ったが、頼れと言った覚えはないぞ」
「似たようなものだ」
しれっと返され、エルマーは再度机に突っ伏す。
エルマーとアルミラの付き合いは長い。そのため、こうなったら聞く耳もたないと知っていた。もはやなにを訴えたところで巻き込んでくるだろうと腹を括り、自らの不遇さに涙する。
「ミハイル殿下……あなたがどうするかは、自分で決めてほしい」
ミハイルは押し黙り、なにも答えない。
ただ伏せられた目が気まずそうに揺れている。
「……なあ、コゼット様がどうかしてくれるってことはないのか?」
「あの人には頼れない。現状を憂い世を儚んだら……城に火をつけるかもしれないからな」
「物騒すぎるだろ」
手を握りしめ黙っているミハイルを見かねて口を出したエルマーだったが、思いもよらない回答に口元を引きつらせた。
「伊達に悪女と呼ばれている人ではない、ということだよ。どうにもならなくなったら周囲を巻き込み破滅するくらいはやってのけるさ」
「お前の元婚約者よりも先にコゼット様を捕まえるべきなんじゃないのか……?」
エルマーの真っ当な疑問は黙殺された。
「あまり長話をしては不審がられるから、このあたりとしておこうか」
窓の外に目を向けてから、アルミラは三人に視線を巡らせる。
「まずは幽閉されたお姫様を助けに――と言いたいところだが、もうすぐ長期休暇がはじまる」
来週末には長期休暇に入り、各々の屋敷に帰される。
長期休暇は社交期なので、たいていの人は王都で過ごし茶会や舞踏会、年齢によっては夜会などの社交場に顔を出す。
それなりの家の出であるエルマーと公爵家令嬢のアルミラはもちろんのこと、レイシアの親も長期休暇中は王都に滞在して社交場に出入りする予定を立てている。
「だからとりあえずは、長期休暇を楽しむとしよう」
ゆるく微笑む姿にレイシアはきょとんと目を丸くし、エルマーは顔を引きつらせた。
そして、ミハイルだけが俯いたまま、黙りこんでいる。




