「あなたは王になるのよ」
「あなたは王になるのよ」
レオンは物心つく前からコゼットにそう言われて育ってきた。
ずっとずっとそう言われてきたのだから、当然そうなるものだとレオン自身も思っていた。
だがレオンが四歳のときに起きたある事件によって、状況が一変した。
「あら、レオンじゃない。コゼット様は元気?」
王城の一角で偶然出くわしたマリエンヌは、レオンににこにこと笑いかけながらそう言った。
だがレオンは常日頃からマリエンヌに対する悪口をコゼットから聞かされている。大女とか、いい子ぶりっことか、気に食わないとか、様々な言葉を口にしていた。
そのためどう答えたらいいのかわからず、黙って俯いた。
「嫌われちゃったかしら」
それでもマリエンヌは気を悪くした様子もなく、レオンの頭を撫でると柔らかく微笑んだ。
「もう少しお喋りしたいけど、ハロルド様……あなたのお父さんに呼ばれてるの。また今度、ミハイルも交えて皆でお話しましょう?」
それにも、レオンはなにも答えられなかった。
それから少しの間散歩を続けていたレオンだったが、一抹の不安がよぎりマリエンヌが消えた方向――王城にある物見塔に目を向けた。
(どうしてあんなところに?)
マリエンヌは側妃だ。夫と会うためにあんなところに行く必要はない。コゼットの目を気にしているのだとしても、私室でも好きなところで会えばいい。
湧き上がる不安に背を押されるように、レオンは物見塔に近づいた。
聳え立つ物見塔は子供の背丈では見上げるのだけでも一苦労する。だから、レオンがそれに気づいたときには、どうしようもない距離に迫っていた。
手を伸ばして、伸ばして、それでも届かなくて――
頬に走る痛みでレオンが我に返ると、亀裂の入った地面とぼろぼろになったそれが目の前に転がっていた。
「魔法の才なんて……なんてことを!」
そして、怒りを湛えた目で自分を睨みつけるコゼットの姿がそこにあった。
魔法の才が発現したことによって組合に行くことになった日、レオンの見送りには少数の使用人しか来なかった。
王になると言われて育ったのに、王になれなくなったとたん誰にも見向きされなくなったことに、レオンは憤り、組合で何度も癇癪を起こした。
たしなめても、なだめても、叩いても、脅しても、感情を抑えようとしないレオンに組合はすぐに匙を投げた。
魔法の才の危険性は組合も熟知しているが、制御できない才能は宝の持ち腐れにすぎない。返せばなにかしらの問題が起きるかもしれないが、それはもはや組合の管轄外だ。
組合は各国から支援を受けている。そのため、起きた問題によってどうして返したと詰め寄られようと痛くも痒くもない。それよりも癇癪を起し続ける子供によって設備が壊れるほうが問題だった。
扱えれば優秀な魔導士になるのにもったいないと惜しまれながらも使えないなら意味はないと、レオンは国に返された。
問題児という烙印を押されて戻ってきたレオンに、王はどうしたものかと悩んだ。魔導士ではない魔法の才は、扱えれば貴重な人材になる。
すでに部屋が一つ壊滅状態になったという報告は受けていたが、処分するにはあまりにも惜しかった。
「王になりたければ魔力程度制御してみせろ」
レオンが組合に行くことが決まった日に「王になるんじゃなかったの?」と聞いていたことを思い出し、王はそうレオンに告げた。
この時点で使い道が決まっていたわけではない。使えるようになれば、なにかしら役に立つだろう。もしも使えなければ、そのときは処分すればいい――そう思っての言葉だった。
それからのレオンは魔力を制御するために時間を使った。魔力を扱えるようになれば王になれると、そう信じて。
そして魔力がある程度制御できるようになってから数ヶ月後に婚約者が決まり、学園卒業後には王太子にすると王自ら宣言した。
コゼットと再会したのは、それから半月後のことだ。魔法の才を発現させて以来、レオンはコゼットと会っていなかった。
たとえ兄であるミハイルと比べられようと、婚約者であるアルミラに馬鹿にされようと、レオンは自分が王になるのだと信じ続けた。そうでなくては、父も母も、誰も自分を見てはくれないから、と。
だけどそれでもたまに甘えたくなるときがあった。王になれない自分でも見てくれるのではと期待してしまうときもあった。
だけどコゼットはレオンを甘やかしこそしても叱ることはなく、王は公務が忙しくレオンを一瞥することもなかった。
「レオン殿下は馬鹿ですよね」
親睦を深めるためと二人きりにされた茶会でアルミラにそう言われ、レオンはむっと顔をしかめた。
「泣きますか? 泣きますか? いいんですよ、泣いても」
レオンは意地っ張りで負けず嫌いな子供だ。期待に満ちた目でそう言われて、素直に泣けるはずがない。
「俺を馬鹿にしてるのか!?」
「だから、馬鹿だって言ってるじゃないですか」
「絶対にお前の前で泣くもんか!」
「それなら結構。音を上げるまで追い詰めてあげますよ」
「俺がお前程度に追い詰められるわけがないだろう! お前に音を上げさせてやる!」
もしもアルミラが慈愛溢れる人物だったら、もう少しまともな関係が築けただろう。
だがこの二人の相性が最悪だったせいで、歪な主従関係が成立してしまった。
そして、レオンの性根もまた、歪みに歪んでいった。なにをしても許される環境が、胸の奥に秘めた鬱憤を我儘という形で発散させる。
どこまでやれば怒られるかという行動は次第に、どこまでやっても王になる自分は許されるというものに変わった。
「あなたは王になるのよ」
そして幾度となく繰り返された母親の言葉を、信じて信じて、信じ続けた。
「ミハイルの代わりに」
自分を見てくれない母親から目を背けて。




