表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我儘王子に婚約破棄された男装令嬢は優雅に微笑む  作者: 木崎優
一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/88

「誰がそんなことを言った」

 二日あった休暇日が終わり、レイシアは寮の前で一人佇んでいた。それというのも、レオンが迎えに来るかもしれないからだ。


(来ないなぁ)


 だが中々姿を見せない。婚約破棄を突きつけてからの数日間だけとはいえ、毎朝レイシアを迎えに来ていた。

 そのため先に行ったら機嫌を損ねるかもしれないと粘っていたわけだが、そろそろ時間が怪しくなってきている。

 遅刻したら教師からの心証が悪くなり、成績に響くかもしれない。


 レオンの恋が冷めた後もレイシアの人生は続く。修道女はできればなりたくないが、貴族の家に嫁ぐことも難しい。

 そうなると、平民の商家や学者に嫁ぐのが一番現実的だ。だが貴族との繋がりを作るためだけの、愛のない結婚が虚しいものだということはレイシアも知っていた。

 夫となる相手に少しでも貢献し愛を育むために、レイシアはなんとしても好成績を修めた状態で卒業したかった。


(寮母さんに伝言を頼んでおけば平気かな)


 少なくとも時間ぎりぎりまで待っていた証拠にはなるだろう。くるりと踵を返そうとしたレイシアに、なにかが激突した。


「ごめんなさい! 大丈夫?」


 受けた衝撃により尻餅をついてしまったレイシアの前に、手が差し出される。見上げると、見知らぬ令嬢が立っていた。

 女性から優しくされたのは、レイシアにとって久しぶりのことだった。学園に入学したばかりの頃は話しかけてくる者もいたが、次第に数を減らしていき、ここ最近は嫌味以外言われなくなってしまっている。


「あ、はい。大丈夫です」

「ならよかった。ねえ、あなたのお名前は? 私はレイチェル・リディスよ」


 悪い意味で有名な自分を知らないことに、レイシアは目を瞬かせた。もしも名乗ってしまったら、彼女は毛虫を見るような目で自分を見るかもしれない。

 そう思うとどうしても名乗るのを躊躇ってしまうが、名乗らないわけにもいかない。


「私は、レイシア・フェルディナンドでございます」

「あら、フェルディナンド家の子なのね。そうだわ、ぶつかってしまったお詫びに今日のお昼をご馳走させてくれないかしら」


 にっこりと笑うレイチェルに、レイシアはぱくぱくと口を開閉した。


 もしもレイシアが噂話に詳しかったら、レイチェルがアルミラの従兄であるエルマーととても親密だということがすぐにわかっただろう。


「わ、私でよければ」


 だが、レイシアには噂話をするような友達は一人もいなかった。




 レイシアが学園で初めての友達ができそうになっている間にレオンがなにをしていたのかというと、寝ていた。


 レオンは元々朝に弱い。しかも寝起きの機嫌がすこぶる悪い。

 学園に入学したばかりの頃は寮で働いている使用人が気を遣って起こしに来ていたのだが、そのたびに怒鳴り、しまいには魔法で攻撃されかけ、いつしか使用人たちは必要以上の世話を焼かなくなっていた。


 それでもこれまで遅刻せず登校できたのは、毎朝アルミラが起こしに来ていたからだ。女人禁制の男子寮なのにレオンを起こすときだけは入室が認められるほど、レオンの寝起きは悪すぎた。


 婚約破棄をアルミラに突きつけてからの数日間は、心境の変化によるものなのか起きることができていたのだが、休日を挟み緩んだ状態で起きれるはずもなく、レオンはすっかり夢の住人と化している。



※※※



 渦巻く魔力は本人の意思を無視して周囲に傷をつける。

 平時ならば難なく制御できる魔力も、寝起きのレオンではうまく制御できない。そのため王城にいたときも、無理に起こされることはなかった。


 だがその渦の中をかいくぐり、寝台に歩み寄る者がいた。


「朝ですよ。起きてください」


 やんわりとした声で覚醒できるなら苦労はしない。わずかに意識はあるものの、瞼は重く、うなされるように呻くのみ。


「ほら、起きろ」


 ガツン、と額に受ける衝撃でようやく目を覚ます――それがいつものやり取りだった。


「……そんな恰好をして、お前に女心というものはないのか?」


 ずきずきと痛む額に顔をしかめながら、馬乗りになりながら胸倉を掴み、額を突き合わせている自分の婚約者に苦言を漏らす。体勢もそうだが、頭突きで起こすという荒業からしても、女かどうか疑わしくなってくる。


「私に女心を学べとおっしゃるのですね。かしこまりました」


 襟を掴んでいた手を離して粛々とかしこまる姿に、レオンは深い溜息を零した。


「誰がそんなことを言った」

「女心がないとは、つまり女心を知れということでしょう。ご命令つつしんでお受けいたします」

「いい加減歪曲して受け止めるのをやめろ!」


 髪を切れと言った覚えもなければ、男装しろと言った覚えもない。そう取られてもおかしくはないことを口にはしたが、そんな発想になるとは思ってもいなかった。

 痛む額と頭痛に頭を押さえていると、体に乗っていた重みが消える。


「そんなことよりも、早く支度してください。遅刻しますよ」

「ならば早く出ていけ。それとも着替えを見ているつもりか」

「ご冗談を。レオン殿下のお体には微塵も興味はございません」


 婚約者にあるまじき発言だが、レオンはこれはもうこういうやつだと認識しているので、余計なことは言わず溜息をついた。

 余計なことを言えば歪曲して受け止め、おかしなことになるのを何度も経験してきた。


(もしも興味を持てとでも言ったら、解体しようとしてくるかもしれん)


 レオンは自分の婚約者のことを正確に理解していた。



 それからというもの、女子生徒を紳士のようにエスコートする姿を見かけるようになり、レオンは何度も眉をひそめた。これまでにも女子生徒と話している姿をよく見かけはしていたが、紳士然と振る舞うことはしていなかった。間違いなく先日のやり取りが原因だろう。


(ああくそ、どうしてそうなる)


 それはこれまでに何度も抱いた感想だった。奇抜な振る舞いに苛々と舌を打つと、小さく袖を引かれる。


「どうされましたか?」


 心配そうに見上げる姿に、レオンはなんとも言えない表情を浮かべる。

 こちらを小馬鹿にしながら奇抜なことしかしない馬鹿力な婚約者と、ちまちまと愛らしく心配してくれる女性――どちらに心を寄せるかなど、考えるまでもない。



※※※


「……夢か」


 痛まない額に手をやりながら薄らと目を開ける。レオンがアルミラに婚約破棄を突きつけてからは、額が痛むことなく朝を迎えていた。

 レオンの視線が傷のついた家具と、壁に掛けられている時計に向く。時計の針はもうすぐ昼を差そうとしていた。

 慌てたところでどうしようもない時間に、レオンはレイシアの姿を一瞬だけ脳裏に描く。


(迎えに行ってやれなかったな)


 もっと他に心配するべき点があるのだが、レオンにとって学園生活も学業もどうでもよいことだった。

 学園に入学したばかりの頃は多少は頑張ろうという意識はあったのだが、それも今となっては消えうせている。


 だがここで行かないという選択肢は選べない。たとえ遅刻だろうとなんだろうと、行かなければさぼりとみなされ、王に報告がいくだろう。


 それだけはどうしても避けねばならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アルミラもたいがいひねくれてますね!!笑笑 巻き込まれる周りの人達(とくにミハイル)が災難です。笑笑どんまい。頑張って逃げて。笑
[一言] 兎にも角にも周りにいる人達が迷惑を被る話ですね!(笑) 面白いです! 更新頑張って下さい!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ