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「今この場で婚約を破棄させてもらおう!」

「お前が俺の婚約者か」


 どこか小馬鹿にするような口振りに、アルミラの顔がわずかにこわばった。


 今日は第二王子レオン・ハルベルトと、その婚約者になる公爵家の息女アルミラ・フェティスマの顔合わせの日だ。

 婚約者ができたとアルミラが知ったのは一週間ほど前のことで、父親の執務室で教えられた。それ以前にもちらほらとそのような話題が出てはいたが、はっきりと告げられたのがそのときだった。


 王子との婚約ということで、粗相のないようにと礼儀作法の見直しも行った。そうして顔合わせの場である王城に赴いたのだが、レオンは名乗ることすらせず、叩きこまれた淑女の礼をとるアルミラに、馬鹿にするような眼差しを向けてきた。


 アルミラの内心は燃え上がり、嫌味の一つでも言ってやろうかと構えた。しかし家族の顔が脳裏に浮かんだため、顔を引きつらせるだけに留めた。


 相手は腐っても王族。ここで怒りを爆発させれば、アルミラ自身はもちろん、教育を怠ったとして父親や母親、それから兄にまで(るい)が及ぶかもしれない。

 内心にくすぶる思いをひた隠し、アルミラはさようでございます、と丁寧に返した。


「いいか、俺の言うことにはすべて従え。わかったな」


 腕を組みながら横柄に言い放たれ、アルミラはさらに顔を引きつらせながらも頷いた。




 ――それから十年が経ち、レオンとアルミラは十六歳になった。


 そして、二人が王侯貴族が(つど)う学園に通いはじめたのが、三ヶ月ほど前だ。


 第一学年の教室が並ぶ廊下は、普段ならば昼食を終えた生徒が行き交っているのだが、今は閑散としている。

 だがしんと静まり返っていたのはわずかの間だけで、すぐに荒々しい声が響き渡った。


「お前の顔など、もう見たくもない! 今この場で婚約を破棄する!」


 黒い髪に赤い瞳、母親譲りの容姿を持つレオンは、幼少期の愛くるしい顔立ちは鳴りを潜め、今では立派な美少年に成長している。だが横柄な態度はそのままで、偉そうに命令するところも変わっていない。


 そして苛立った声の向く先は、婚約者となった日からここまで、彼の命令を聞き続けてきたアルミラだ。彼女は長かった髪を肩にもつかないほど短く切り、ドレスではなく男子用の制服をまとう、男装の麗人と化していた。



 二人の仲が盛大に拗れたのがいつなのかは、誰にもわからない。


 それはたとえば、レオンのボタンに絡まった髪をほどこうとアルミラが四苦八苦していたときかもしれない。


「まったく、女というやつはどうしてそう髪を伸ばしたがる。邪魔なだけではないか」


 吐き捨てるような言葉を受け、アルミラはその場で長かった髪を切った。



 あるいは、短くさっぱりとした髪でドレスをまとい、レオンと踊ることになったときかもしれない。


「そんな無様な髪でドレスが似合うと本気で思っているのか?」


 侮蔑を孕んだ声に、アルミラはドレスを着るのをやめ、代わりに短い髪によく似合う男子服をまとうようになった。



 もしくは、学園に入学してからひと月ほどが経ち、レオンの周囲を一人の少女がうろつきはじめたときかもしれない。



「そんな恰好をして、お前に女心というものはないのか?」


 苛立った口振りに、アルミラは女心を知ろうと女性に頻繁に声をかけるようになった。



 もしかしたら、最初からすでに手遅れだったのかもしれない。

 あまりにも二人の相性が悪すぎて、当の本人であるアルミラにすらわからなかった。


 売り言葉に買い言葉。そんな言葉が似合いそうな日々の積み重ねの末、ついにレオンは決定的な言葉をアルミラにぶつけた。


「かしこまりました」


 粛々とした態度でレオンの命令を受け止め、アルミラはこの十年間で何度も口にした言葉を吐き出した。

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