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我儘王子に婚約破棄された男装令嬢は優雅に微笑む  作者: 木崎優
一章

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14/88

(すごい。王子様だ!)

 レイシアとミハイルの精神をごりごり削るだけの昼食は、先に食べ終えたミハイルが席を立つという形で終わりを迎えた。


「午後の授業に備えないといけないから、このあたりで失礼させてもらうよ。今日はありがとう」


 ミハイルが口早に別れの挨拶をすると、アルミラの手がミハイルの手に重ねられた。


「それでは教室までお送りいたします」

「いや、君も備えないといけないだろう? 見送りはここで構わないから、私のことは気にしないでくれ」


 心からの言葉だったのだが、アルミラは笑みを崩さないままじっとミハイルを見つめている。鉄壁の微笑みを前に、ミハイルはたじろいだ。

 この笑顔の裏に隠されているのが殺意なのか好意なのか、判断がつかなかったせいだ。

 瞳をかすかに揺らしていると、アルミラが声を落とし、ミハイルにだけ聞こえるように喋りはじめた。


「ここに留まるのは少々――」


 わずかに曇った表情に、ミハイルは瞠目(どうもく)する。

 フォークは変形させるし林檎は潰すしで、本当にこれは女性なのだろうかと思っていた矢先に、まるで婚約者の逢瀬を見ていたくはないとでもいうような女性らしさを垣間見て、一瞬だが言葉を失った。


(ああ、そうか。私としたことが……これでも彼女はうら若き淑女だったな)


 婚約者との仲がよくなかったとはいえ、将来を共にすると思っていた相手が他の女性に入れあげ、婚約の破棄まで言い出した。

 それに傷つかないはずがないというのに、生命の危機にさらされていたせいで彼女の傷ついた心にまで気を配れなかったことを悔い、ミハイルは重ねられた手に視線を落とす。


 日和見でことなかれ主義で初心なミハイルは、少々ではあるが女性に夢を抱いていた。





 ミハイルの推測が当たっているかというと、あながち大外れというわけではないが、当たっているとも言いがたい。

 確かに婚約者という間柄でありながら他の女性に思いを寄せたことや、婚約破棄を言い出したことはアルミラの精神に影響を及ぼしていた。だが傷ついたかというと、そこはそれほどでもなかった。


 それもそうだろう。好意を抱きようもない相手がなにをしたところで、腹立たしくはあっても傷つくはずがない。

 ではどうしてこの場に留まりたくないと言ったのかというと、これ以上レオンの戯言を聞いていたら最後の願いも忘れて色々と潰しそうになるからだ。


(さすがに王族の種を減らすわけにはいかないからな)


 ミハイルがいればいいのではと一瞬悩みかけたアルミラだが、万が一ミハイルが子を作れない体だった場合、王家の血が絶えてしまうことになる。

 公爵家の令嬢として、王家に仕える臣として、それはしてはならないことだった。


 ミハイルに子供ができた暁には潰すかもしれないが、少なくとも今するべきことではない。

 明るい将来計画を頭の中で描くことで冷静さを保たせているアルミラの手を、ミハイルがすくいあげた。


「では、教室まで送ってもらおうか」

「ありがとうございます」

「送ってもらうのだから、礼を言うべきは私のほうだ」


 紳士的な対応でアルミラをエスコートするミハイル。片方が男装しているとはいえ、絵画に収めておきたくなるほどに麗しい光景だった。



 レイシアはそんな二人を横目に捉え、安堵すると同時に見惚れていた。


(すごい。王子様だ!)


 絵本の中から抜け出してきたかのような王子様ぶりに、目の前に座っているのも王子だということを忘れて心の中で感嘆の声をあげている。


「レイシア」


 不意に名前を呼ばれ、レイシアの頭が一気に冷めた。唯我独尊を地でいくレオンに他の異性に目を奪われていたことがばれたらどうなるか――想像することすら恐ろしかったせいだ。


「は、はい。どうされましたか?」


 きょどりながらも必死で笑顔を作るレイシアとは裏腹に、レオンは不機嫌さを隠そうともしない仏頂面だ。

 眉間に寄る皺と、細められた瞳。苛立っていることは一目瞭然で、どうやって機嫌を取るべきかとレイシアは頭の中で必死に考える。


「……兄上に媚を売るとは」


 一瞬自分のことかと狼狽(ろうばい)しかけたレイシアだったが、レオンの視線が二人が去っていった方角を向いていることに気づき、ほっと胸を撫で下ろした。


「見下げ果てたやつだ」


 吐き捨てるような言葉に、レイシアは小さく首を傾げた。


 レオンと一緒にいることは多いが、アルミラの話題が出ることはそう多くはなかった。つい先ほどまでそこにいたとはいえ、わざわざ愚痴を零すことに違和感を抱く。


(これは、もしかして、もしかしなくても……!)


 ちらつく光明に、レイシアは目の前が拓けたような錯覚に陥った。


「レオン様は、アルミラ様のことが気になるのですね」


 ここで言葉を間違えれば、レオンは即座に否定してしまうだろう。言葉を選び、レオンの逆鱗に触れないように細心の注意を払う。


「その、レオン様はアルミラ様を慕っているのではないでしょうか?」


 だが所詮は凡人。どれだけ言葉を選んでも適切な台詞が浮かばず、結局ド直球になった。


「俺が? あいつに? 馬鹿なことを言うな」

「なんとも思っていない方がどうされようと、気にはならないものです。一挙一動が気になり、他の男性とご一緒されているのを見て不快に思うのは、恋なのではないでしょうか!」


 目の前に垂らされた救いの糸にぶらさがろうと食い気味で詰め寄るレイシアに、レオンは目を瞬かせぽかんとした表情を浮かべた。


「恋……? これが恋だと? では、俺がお前に抱いている感情はなんだと言うつもりだ」

「ペットを可愛いと思うようなものではないでしょうか」


 レイシアが真剣な表情で返すと、レオンの眉間の皺がよりいっそう深まった。だがそれで圧倒されていては、なにも変わらない。

 胃が痛くなるような毎日に耐えきれるとは思えず、レイシアは必死にレオンを説得しにかかった。

 説得とはいっても、あの手この手を使えるほどレイシアは賢くない。ただ恋だ愛だと並べて、アルミラのことが好きなのだと言い聞かせるだけの、稚拙なものだ。


(元々婚約者なんだし、収まるべきところに収めるだけだから、いいよね)


 だがどれほど稚拙な説得だろうと、アルミラに地雷物件を押しつけようとしていることに罪悪感を抱き、レイシアは言い訳するように心の中で呟いた。



 大抵の人間は自分が一番可愛い。レイシアもその例に漏れず、自分の胃が大切だった。

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