「もう食べさせてはくれないのかな?」
緊迫した空気の教室を後にしたレオンとレイシアが昼食の場として選んだのは、暖かな日差しに包まれる中庭――ミハイルとアルミラという先客がいる場所だった。
二人の訪れに真っ先に気がついたのはミハイルだ。押しつけられるようにして口にした照り焼きに思わずときめいていたところに、今もっとも会いたくない相手が視界に映り、うっかり抱きかけていたときめきも忘れてうろたえた。
そして目の前に座るミハイルの動揺に気がついたアルミラは視線を巡らせ、慌てて顔を逸らした。
「レオン様、ここは人が多いですし、もっと静かなところで召し上がりませんか?」
そしてアルミラとミハイルがいることにレイシアも気がついたのだろう。慌てて誘導しているが、どうやら遅かったようだ。レオンは一瞬鋭い視線をアルミラとミハイルに向けた後、レイシアを見下ろした。
「ここでいいだろう」
隣にレイシアがいるからか、昨日ほどの怒りは見せていない。余裕綽々といった様子で、空いているテーブルに突き進み、堂々と座った。
すぐ隣のテーブルにはミハイルたちが座っている。どうしてこんな絶妙な場所が空いていたのかというと、元々この席を使っていた生徒がいち早く危機を察知して逃げ出したからだ。
他の生徒よりも早く脱出しなければ、下手すると王子たちの間に挟まれての昼休みを送ることになる。休憩時間なのに心休まらぬときを過ごしてなるものかと、他の誰よりも早く席を立ち、去っていった。
その俊敏さは、レオンの気性の荒さを知るミハイルですら舌を巻くほどだった。
「しかし手作りの料理とはな。俺の元婚約者にも見習ってほしいものだ」
いそいそと広げられる弁当に、レオンの口角が上がる。
隣のテーブルとはいえ、距離はそこまで近くはない。それなのにはっきりと聞こえてくるのは、あえて聞こえるように話しているからだろう。ミハイルはレオンの嫌味がアルミラに届いていないかと冷や冷やしながら、アルミラの顔色をうかがった。
どうやらばっちり届いていたようで、アルミラの持つフォークがめきゃっと歪んだ。ミハイルは歪んだフォークに恐れおののき、芽生えかけていたときめきはあっさり霧散した。
「君の手料理を食べられるなんて、本当に、心の底から光栄だよ」
そして自分の命を守るべく、アルミラのご機嫌取りをはじめるミハイルだった。
その台詞はそこまで大きな声ではなかったというのに、レオンの耳にも届いてしまったようだ。ぴくりと眉が跳ねるのがミハイルにも見て取れた。
「レオン様のために朝から頑張りました」
レイシアが自分の作った料理の説明をし終えると、もじもじと恥じらうように微笑む。その可憐さは、レオンの目には恥じらっているように映ることだろう。
(あれが、レイシア嬢か)
ミハイルはレオンが懸想している相手を確認すると、すぐに視線を外した。自分の命を刈り取るかもしれないアルミラと、その元凶になりえるかもしれないレオンの様子に集中するためだ。
「俺のためになにかしてくれる、その心意気だけでかまわん」
「まあ、レオン様……お口に合うかはわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
甘やかな空気を出していそうなやり取りに、ミハイルははらはらしながらアルミラの動向を注視する。
だがすでに手遅れだったようで、アルミラの手にあったはずの林檎が消えていた。
「ミハイル殿下。林檎……のジュースはいかがですか?」
器の中に注がれた果汁とアルミラの手から滴る水滴に、ミハイルの意識が遠のきかけたが、すぐに持ち直し、にっこり笑って「いだたくよ」と返した。さすがは一国の王子である。
弟の元婚約者――正式に認められたわけではないので、公式的には現婚約者である――相手とこうして過ごすことは醜聞になる。
だが大抵の人は自分が一番可愛いもので、ミハイルもその例に漏れず、自分の命が一番大切だ。
そのため、大人しく器を受け取った。
ミハイルは搾りたての生ジュースで唇を濡らしながら、視線だけでレオンとレイシアの様子をうかがう。
笑みを絶やさないレイシアと薄く微笑んでいるレオン。その絵面は大変仲睦まじく見えた。
その様子にミハイルはわずかに眉をひそめ、空になった器をテーブルの上に置くと、抱いた感情を覆い隠しながら華やかな笑みを浮かべた。
「もう食べさせてはくれないのかな?」
これでもミハイルは気遣いができる男だ。婚約者である男性が異性と仲睦まじく過ごしていては、さすがに心穏やかではいられないだろうと思い、アルミラの意趣返しに付き合うことにした。
彼女の王にならないかという誘いに応えることはできないので、せめてそれぐらいはと考えての結果だ。
(それに、そのことを抜きにしても彼女の作った料理は美味しい)
思わずときめいてしまいそうな食事の礼として、付き合うのも悪くはないだろう。
そんなミハイルの心中を察してかはわからないが、アルミラの口元に笑みが浮かんだ。
「ミハイル殿下は甘えん坊ですね」
新しいフォークがおかずに突き刺さる。その勢いに、抱きかけたときめきはまたも霧散した。




