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我儘王子に婚約破棄された男装令嬢は優雅に微笑む  作者: 木崎優
一章

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10/88

「レオン様! 怖かった……!」

 目が節穴でできているような者が見れば、愛の逃避行と表現してもおかしくない逃亡劇を目の前で繰り広げられ、レオンの怒りは頂点に達していた。

 自分の命令に従わず、それどころか抱き合っての逃亡なのだから怒らないはずがない。レオンの目は節穴でできていた。


「俺を虚仮(こけ)にしたな……!」


 感情の(たかぶ)りによって魔力が暴走してもおかしくないのだが、レオンは自身を王と自負する人間だ。魔力もまた自分に従うと信じて疑わないため、意識せずとも魔力を制御するという器用なことをやってのけている。

 その器用さを別のことに回してくれと涙する者もいるほどに、レオンの魔力制御は常人の域を超えていた。


 だが魔力は制御できても自分の感情は制御できないのが、レオンという男だ。机を蹴飛ばし、荒々しく教室を出る。向かう先は言わずもがな、逃亡したアルミラとミハイルの落下地点だ。

 障害物も得物もない状態であれば、遠方から攻撃できるレオンのほうが有利だ。

 怒りの化身と化したレオンは、どうしてやろうかと頭の中で様々な状況を巡らせていたのだが、ある地点で足が止まった。


「いたいけな少女に足をかけるなど、なにを考えているんだ……!」

「あら、わたくしがそのようなことをした証拠がどこにありまして?」

「あの! 私は大丈夫なので穏便に――」

「君たちを庇う彼女を見て痛む良心はないのか!」


 冷めた目をしている数人の令嬢と、わめいている令息が一人。そしてその中心には、レオンが愛してやまないレイシアが座りこんでいた。


 レオンの婚約者であるアルミラは、レオンよりもほんの少し背が低いだけの男装の麗人だ。女性らしさをこれでもかと詰め込んだレイシアに心を奪われるのは、レオンにとっては当然の成り行きだった。


 しかもアルミラとの婚約を破棄したことを告げれば、照れるように頬を染めて俯く可憐さまで持ち合わせている。

 誰が相手だろうと、愛くるしいレイシアを守ると決めていたレオンは、アルミラとミハイルのことは頭の隅に追いやり、レイシアを囲んでいる集団に足を進めた。




「なにをしている」


 苛立ちを隠そうともしていない声色に、令息と令嬢たちの体が跳ねる。そしてこれまでになく苛立っているレオンを認めると、蜘蛛の子を散らすように走り去った。

 その場に残されたレイシアは、彼らの逃げ足の速さにぽかんと口を開けた。


「俺はなにをしているのかと聞いたのだがな」


 逃げていった方向に鋭い視線を向けるレオンを見て、レイシアは慌てて立ち上がり、レオンに縋りついた。


「レオン様! 怖かった……!」


 冷たい手を両手で包み込み、潤んだ瞳で見上げる。怖いのは目の前に立つレオンなのだが、さすがにそれを馬鹿正直に口にするほどレイシアも馬鹿ではない。


 そして庇ってくれた令息と、足を引っかけただけの令嬢にレオンがなにかしてはたまらないという一心で、機嫌を取るための言葉を重ねる。


「来てくれてありがとうございます。どうか今は私のそばから離れないで、一緒にいてくれませんか?」


 ふるりと体を震わせ小首を(かし)げる姿は、庇護欲(ひごよく)を駆り立てるには十分なものだったようだ。レオンはとまどうように瞳を震わせてから、そっと笑みを浮かべた。


「ああ、もちろんだとも。お前を怖がらせたあいつらは、もう二度と手を出せないようにしてやろう」

「いいえ! レオン様。私はあなたに人を傷つけてほしくはありません。殴られたほうはもちろんですが、殴るあなたの手も痛みます。私のために傷ついてほしくはないのです」


 ぎゅっと包み込んだ手に力をこめる。

 これがアルミラ相手ならば、レオンは砕かれるのではと戦々恐々としたことだろう。だがレイシアはただのか弱い少女だ。

 伝わるぬくもりと柔らかな感触に、レオンの表情が多少ではあるが和らいだ。


 レイシアがレオンの怒りを鎮めるのは、なにも彼女たちを思ってのことではない。庇ってくれた令息が咎められるのはもちろん嫌だが、レイシアがなによりも危惧したのはレオンが令嬢たちになにかして、その怒りの矛先がレイシアに向くことだった。

 彼女たちは間違いなくレイシアよりも高位の家の出だろう。そんな相手に目を付けられれば、ただの子爵家の娘にすぎないレイシアの命はもちろん、家自体が風前の灯火となってしまう。


 レオンが守ってくれる――と信じきれるほど、甘い夢には浸れない。夢見がちなレイシアだったが、ことこれに関しては夢見る少女ではいられなかった。


 レオンにとってこれはただの一過性の火遊びにすぎず、いつかは冷めてしまう、まやかしのような恋情だ。少なくともレイシアはそう思っている。

 なにせただの子爵家の娘で、可愛い顔はしているが絶世の美貌というわけではない。一体全体なにがレオンの琴線に触れたのか、当人であるレイシアにすら理解できていない。

 そのような不可解な現象に縋り甘え、なんとかなると全幅の信頼を寄せるのは難しいだろう。


「レオン様、どうか私から離れないでください。放課後も、休憩時間も、どうか一緒に過ごしてくれませんか?」


 だからレオンが飽きるそのときまでそばにいて、彼の問題行動を少しでも減らすことで、自分に(るい)が及ばないようにすることしかレイシアにはできない。


 常軌を(いっ)した天上の存在たちに巻き込まれた凡人の苦悩を知る者はいない。今は、まだ。

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