ヒーロー、歓迎される!
「なるほど。メイリちゃんは薬草を摘みに入ったところを襲われたのか。それは災難だ」
あの後数分ほどあやしてあげると、恥ずかしそうに顔を上げて改めてお礼を言われた。その時にお互いの名前を伝え、今に至る。
あやしていた内に俺の体の痛みも引いてきた。やはり無理はできないな。
「はい……けどっ、ツルギ様に助けていただいたので私は平気です!」
「そうかそうか……ところで君の家はどこなんだ? よかったら俺が送って行ってあげよう」
またさっきみたいな奴らに襲われでもしたら大変だ。まあそうそうある事じゃないと思いたいが――。
あの3人の男たちは木に縛っておいた。縛るものがなかったので、男たちの衣服をロープ代わりにした。
その時に気づいたのだが……なんというか、とても汚い衣服だった。臭いもキツイし、とてもボロボロでまるでお伽の山賊のような身だしなみだった。
武器は全て粉々にして地面に埋めておいた。
万が一ロープから逃げてまた悪事に走らないとも限らない。だが、あの禿げた中年はロープすら千切れそうな膂力だったため、急いで警察などに連行する必要があった。また此処に戻れるように俺はさりげなく持ち歩いているハンカチをその場に置いた。
……これで『持ち物分かる君』を使えば戻ってこれるだろう。
とりあえずこの子……メイリの安全を考え家に帰らせることにした。あんなことがあったんだ。早々に気が休まる場所に送って行くべきだろう。
「えっと……森を抜けて、川を渡った先に村がありますけど、いいんですか? ツルギ様」
「“様”なんてつけなくていいさ。それに女の子を守るのはいつだって男の役目。俺に任せてくれ」
「は、はい! ツルギ、さん」
「ああ」
メイリは顔を赤くして俺の名前を呟いた。照れているのか? 可愛いものだ。
いや、実際に可愛いのだ。顔のパーツはそれぞれが整っており、黄色がかった茶髪を肩口で揃え、服は茶色の質素な布だったが、汚くはない。
腰には小さな袋がつけられており、そこに薬草が入っているらしい。 今時薬草とは、なかなか古臭いと思ったのは内緒だ。 煎じて飲んだりするんだろうか?
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
横顔をジッと見ているのに気づかれたが誤魔化す。
余計なことを考えるとダメだな。今はこの子を安全に送ることだけを考えよう。
……にしても、村か。……電話ボックスでもあればいいが。
☆
「あ、ここです。少し待っててくださいね」
そう言ってメイリは小走りで大きな木の門に走って行き、門の前で何かジェスチャーをしていた。恐らく、門番に開けるよう伝えているといったところか。
そうして数秒後に少しだけ開けられた門の隙間にメイリは入って行った。
その村の外観は見た限り、大きな木製の門に、左右には丸太をそのまま縦に設置し、柵のような形になっていた。その丸太の上の部分は尖っており、恐らく獣対策だと思われる。見えないが、多分村一帯をこの丸太で囲っているんだと思う。
数分もするとメイリは息を切らしながら帰ってきた。
「はぁ……はぁ……ツルギさん! ガジスさん……村長があなたにお礼がしたいそうです……ふぅ」
「いや、俺は――」
正直、この子を送った後はあの無法者3人を法的機関に突き出し、そうして俺の相棒を取り返しに行きたい、所だったが――そんな目で見られるとな。
「ダメ、ですか?」
「……まぁ、少しくらいなら」
メイリの顔に喜色が浮かんだ。そのメイリに俺は手を引かれてながら村の中に入った。
「さあさあ! 召し上がってくだされ!」
俺の目の前に広がっているのは、木製のテーブルの上に乗せられている数々の料理だ。まだ湯気が立っており、作りたての料理だった。……殆ど見たことない物ばかりだが。
「村長さん。この村に外部への連絡手段はありますか? 電話とか」
席には座っているが、とりあえず料理には手をつけず先に聞きたいことを訊く。
「でんわ? そのようなものはありませんが……週に一度商人の馬車が来ますな。その時に手紙を送ってもらう事なら出来ますが……有り様ですかな?」
「電話がない? ……田舎すぎるのか? いやそれにしても……」
門を潜った時、俺の目に移ったのは木の家に畑らしきもの、そして……耳がやたら長い豚のような生き物がいた。……俺が知らない動物だろうか?
人間もしっかりといた。だが、どの人も日本人には見えない。どちらかというと西洋人に近いだろうか。
その村人たちは似たような格好をしており、この目の前の村長が一番質のいい衣服を着ているように見える。村長と言ってもまだ見た目30代くらいの男性だ。この歳で村を切り盛りしているのだとすると、苦労を察する。
「ツルギ殿? いかがされましたか?」
「――いえ。少し考え事をしていただけです」
不思議そうに俺を見ていた村長にそう答えて俺は料理に手をつける。……む、食べたことがない味だが、美味いな。
「そのモイガのスープはメイリが作ったものです。お味はどうですか?」
「そのモイガ? が何かはわからないが、美味しいです」
そう答えると、隣に座っているメイリが小さな声で「やった……!」と呟いていた。すまんな。俺の耳が良すぎて。聞かなかったことにしよう。
「食べながらで申し訳ないが、改めてお礼を言わせてもらいます。我が村の子供を盗賊から救っていただき、ありがとうございます」
村長は座りながらテーブルに手をつき深々と頭を下げた。それを俺は手で制し、
「人として、ヒーローとして当たり前の事をしたまでです。頭をあげてください」
「……メイリはこの村で一番の器量良しのいい子なんです。この子を失ったら村人がどれだけ悲しむか……本当に、よかった」
薄っすらと涙を上がれている村長を見て、俺は思う。 本当に、ヒーローをやっていてよかったと。
「ここらで一番大きい都市ですか? それなら王都だと思いますよ。もっとも、馬車で一週間の距離なので、かなり遠いですが……」
とりあえず連絡手段がありそうな場所を訪ねてみたが……
「……王都?」
聞き覚えがない言葉に俺は首をかしげる。
「おや? 王都をご存知でないのですか?」
「ガジスさ……村長。ツルギ、さんは他国の冒険者なのでは?」
「ガジスでいいよメイリ。……確かに、王都を知らないとなると……何処か遠くの国からやってきたのですか?」
この会話。俺の中でとても大きい違和感がカチリと合い始める。
俺は考えてはいけない事を考え始めた。
いや、まさかそんなわけがない。そう自分に言い聞かせても、俺の中で一つの疑問は大きくなる。
“ここは、本当に日本なのか”
俺が事故を起こした場所は間違いなく日本だ。もしかすると、気を失った俺を誰かがあの森に運んだかもしれない。……そんなことをする意味もないし、かなり確率が低い考えだが。
俺の重くなった口が開くのを、言葉を紡ぐのを拒む。それを聞いてしまえば、本当の事になってしまうと恐れて。だが、訊くしかない。
「……村長さん。日本という言葉に聞き覚えは? 」
「ニホン? それはなんですか? ……ああ!ツルギ殿の国の名前でしょうか。恥ずかしながら、私は聞いたことがありませんね」
この答えだけなら、たた日本を知らない田舎の外国人的な反応だろう。
「……この国の名前は?」
「いやはや、ツルギ殿は本当に遠くからやってこられたのですなぁ。この国は魔皇帝様が治めている三大国家の一つ――マギーズ帝国ですよ」
「マギーズ帝国……」
聞いたことがなかった。
そもそも帝国なんて名の付く国なんて現代にはなかったはず、だ。
「マギーズ帝国の民は魔法が得意な者が多いのです。だからこそ、私が村長になったのですがね」
そういいながら村長は――手のひらに炎を浮かばせていた。