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最弱の魔王が最強の勇者を倒すまで  作者: NEO
着いたらそこは魔王城
8/23

名医と呼ばれるダメ人間

「雄太、最後の足跡の周りを見てみろ。ガラスの破片が落ちてる」と清治が注意を促す。

「本当だ。これはなんだろう」


 ガラスを見た後、二人が見上げると、天窓が割られていた。いまもなお、ばりぃん! と音が聞こえてきそうだ。激しく損傷している。


 最後の足跡をよく観察してみれば、そこにはガラス片があるだけではない。血が飛び散っている。そこは血溜まりというより、血が爆発したのかと訝しむレベルで飛散している。


 清治は、むー、と唸り「つまりだな……ここから……」と血の爆発地点を指差した。


「この窓まで跳び上がってー……どころか割ってどっかへ飛んで行ったと」

 そして悩んだ表情から唖然とした表情に変わった。


化物(バケモン)じゃないすかね……はは」


 皆も途方に暮れ、何も言えない。


 そうこう何もできていないうちに、一つの進展が自発的に起こった。


「…………ぐ……うんぬぅぅ……ぐぅ……」

 倒れていたダニィルが、地面をどんと叩き起き上がった。


「……魔王様ァ! ご無事で、す……か」

 そう言ったところで彼は力尽き、もとあったように倒れこんだ。「ぐふっ……うう」


 この行動で生存が示されたことで、彼の周りに皆が集まった。


「ダニィルさんが生きてる!?」

「じゃあ早く応急措置を施さなきゃいけないじゃねえか」

 などと慌てふためき、てんでなっていない。


 皆より驚きの硬直が続いていたジンが意識を取り戻し、彼らを退かしダニィルの下へ辿り着く。彼は脈をとったり流れた血の量を確認したりと、必要な情報を一瞬で調べると、きっぱりと言った。


「このレベルだと単なる応急処置じゃどうにもなりません。血を大量に失っていますし、今では流出も収まっています。わたしは回復魔法を使えませんから直ぐに回復術師に診てもらわなければなりません」


 彼は指示を飛ばす。


「わたしは医務室まで案内しますので、和樹様、恵也様で頭側を持ってください。雄太様と清治様は脚側、それと、女性の皆さんは胴体を持ってください。そっと丁寧に持ってくださるようお願いします」


 彼らが指示に従うと、ジンは近くの階段を降り、先導した。


「いつかなると思っていたので近くの医務室にはとびっきりの名医がいます。良かったです。備えあればなんとやら、ですね。その様子ならぎりぎり直せます、彼であれば、余裕ですよ」


 ひどく自信を持った口調ではあるが、不安なのだろう、一言一句を発音できているかもわからぬ程に早口だ。言葉を捨てているようである。


 コンコン、とノックをする。いや、どちらかというとガンガン、とハンマーで叩きつけている様な音だ。


「はいはーい、開いてますよー。外は大変みたいですねぇ、さっきから凄く音がうるさくて、昼寝もできませんでしたよぅ」

 という、医者にあるまじきことに、甚だしく気の抜けた声で応答した。これで凄腕なのか? と疑問を呈さずにはいられない。


 ジンが扉に手をかざすと、音もなく開いた。


 な、な……自動ドア、だと……!? ここに来るまでに科学の片鱗すらなかったのに自動ドア? 魔法か、魔法なんだな? やべえ、異世界舐めてた。

 …………はっ。違う、違う。違うます。これは私の声じゃあない。

 彼らがそんな顔をしていたという、ただそれだけのことだ。安心していただきたい。決して語り部に人格があるわけではないのだ。

 あくまで神の視点だ。


 話を戻そう。そんなこたあどうでもいい。どうだっていい、関係ないことで時間を浪費するのはよそう。



 閑話休題。


 医務室の中は清潔感たっぷりだ。汚れを許さない白がこれでもかと主張する。


 しかしだ……。


 汚れ過ぎなんだよ。見てくれよ……ほら、ああ見えないんだったな。説明するから聞けよ?

 まァず医務室の入り口。近代的、いやさ未来的なドアーがあったにも関わらず……衣類、コート類のものが散らばっている。


 少なくとも医者には全く似つかわしくない漆黒や、少なくともどころでなく拒絶しなければいけないだろうという、血を連想させるような真っ赤なコート。コートだけではない。

 靴も、ズボンも…………あまり言いたくはないがどう見ても下着にしか見えないものも転がっているのだ。しかも踏みつけられたあとや泥で汚れたあとなんかがある。きたなっ。


 さらに部屋の奥を見てみよう。診察用のベッドの上には大きめの紙皿に菓子が山積みとなっている。紙皿がこちらの世界にあるのも若干の不思議を覚えることだが、その上に乗っているのはなんと、『ポテチ』だった。

 他にも、ベッドの近くの机には、チョコが積まれている。

 ……おい。医者がそんなん置いといていいのかよと。

 

 ジンがポテチを見て言葉を失う。医者がその様子を見て嬉しそうにしている。……だからさあ。なんでそんな誇らしげなのよ。そこは恥じ入るところでしょうが。

 こいつは大分大雑把で雑多な部屋を作る才能を持っているらしい。その道のプロフェッショナルである。


 こんな堂々と部屋を汚す人間がいるのだな。自覚もあるようであるし。自覚が無いよりは自覚がある方がいい、とは言うものの、この状況を見てその文言を繰り返し口にすることができる人間は存在しないだろう。



「あのう……ベッドをどうにかしてください……」

 とジンさんが言う。さっきまでの慌てようは何処へやら、医務室の惨劇を目の当たりにしたことで消え去った。


「うん? あ、はーい。わかりましたぁ」


 彼はまたもや間抜けな声で返事をし、ポテチをよそった紙皿を机の上に置いた。


 なんというか、友達が家に遊びに来る直前に、部屋の荷物を急ぎクローゼットに押し込む小学生みたいだ。

 不覚、少々微笑ましく思ってしまった。


 ひどく阿呆臭い口調だが、彼は精悍な顔つきで長身、痩せていて引き締まった身体であるため、そのギャップが衝撃を与える。


「えぇーと、その怪我はねぇ……んー、大丈夫(だいじょぶ)、すぐ治るよ」

「今すぐお願いします、早くダニィル様を」

「おけおけ」


 彼はそう言うと、表情が一変して、途端真面目な顔になった。そんなものがあるとすれば、いわゆる『気』を纏っているようだ。雰囲気のガラッと変わった彼は、目に見えて別人物だった。


「遍く治癒の精霊よ 彼の傷を癒したまえ 傷口に 痛みに 蓋をして 彼を癒せ――」


 じつに真剣に唱える。目が見開かれている。


「――私の魔力を捧ぐ 傷に注いだ魔力(ちから)に 神秘を与えよ――」


 ひと呼吸おいて、また唱え始める。


「――遍く治癒の精霊よ 彼の傷を癒したまえ 傷口に 痛みに 蓋をして 彼を癒せ――」


 すると。

 ダニィルの大穴のような傷から光が溢れた。

 正確には、傷口の周りに、新緑の息吹にも似た、生命力が生まれた。それは傷口を優しく治癒し始めた。


 

 傷が塞がってゆく。

 傷が癒やされてゆく。




 いつしか傷口は白い綺麗な肌に戻っていた。


   ◇  ◇


「それにしても」と清治が言う。


 傍らには、傷がきれいに治ってすぅすぅと寝息を立てているダニィルがいる。


「魔法って、おそろしく凄まじいものだな。あんなに大きな傷を、ああも容易く治療するなんて」

「いえいえそんなぁ。これをすると著しく疲労しちゃって。今は治癒量が多くなかったので良かったですけどぉ、もっと大勢を治すときは、こっちが疲れて死にそうになるんですよぉ」


 いちいちセリフが緩慢であり、多少遅くなったくらいでは分かりにくいが、彼が疲れているというのは本当だ。体力は消費していないが、呪文を唱えるにあたって、たいそう魔力を削ったのだろう。

 魔法も万能ではない。と、皆がそこまで考えたところで、彼は断りを入れた。


「あとぉ、これ、魔法じゃありませんよぉ」

「ぇえ!? どういうこと?」

「これはぁ、精霊術と呼ばれるものですぅ。ぼくの言ってた呪文でぇ、精霊さんに、彼を治してくださいって。そうお願いしたんですよぉ」


 そうなのかー、と口にする清治に対して、彼は話をつづける。


「彼を治しているときぼくの周りに何か見えませんでしたかぁ?」

「おう、見えたぜ。変な気みたいなやつだろ?」

「それです、それ。それが、精霊さんですぅ」


「へー、あれがか。精霊術ねえ……それって俺でもできるのか?」

「誰でもできるわけじゃないんですけどねぇ、君みたいにぃ、たぁっくさんの魔力を持っているなら、使えるんじゃないのかなぁ」

「おおっ。じゃあ今度教えてくれよ!」

「いいですよぉ」


 とそんな約束を交わした二人を尻目に、和樹らはポテチを食べていた。ベッドに置いてあったものはとうに食べ終わったので、さらにさらに奥の部屋から取ってきてもらったのだ。


 新品のポテチは、その袋こそ現代のものとは違うが、中には長期保存のために気体(おそらく窒素)が入れられていた。

 どこにそんな高度な技術があるんだよ。


 まあ多分、こっちの世界に転生だとか転移だとかしてきた人が広めたんだろう。


 ポテチ自体は現代のものとなんら変わらない。様々な味が存在するところも一緒らしい。うすしお、コンソメ、のりしおなどなど。見ているだけでヨダレが垂れてきそうな完璧な完成度だ。

 パリッとした食感も素晴らしい。


 もとの世界のお菓子とあって、和樹たちもテンションを上げ食べている。楽しそうな彼らの話の内容を覗くというような野暮な真似はしないが、えらく盛り上がっている。そのくらいは言っていいだろう。



 無音でドアが開く。ジンが疲労を隠せぬ顔で入室した。


「ふうぅぅー。つ・か・れ・たあああ。

 ……あっ。失礼しました。魔王様が亡くなってしまったので仕事が増えてしまいまして。あと十分もすればまた行かねばなりません」


 彼はそう言ったあと、和樹を見た。


 はっと、何かを思い出したような感じだ。


「それと、短い時間ですが、和樹様にお願いしたいことがございます。お話してもよろしいでしょうか」

「いいですけど、そんなに(かしこ)まらないでください」


 和樹の言うように、ジンは膝をついて俯いている。かなり畏まっているのは瞭然である。


「先程、ダニィル様から伺ったのですが、和樹様は『魔王』の素質をお持ちだとか。ですから、次の、次の魔王候補が見つかるまででいいですので……魔王代理として、その仕事を引き受けて貰えませんか」

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