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最弱の魔王が最強の勇者を倒すまで  作者: NEO
着いたらそこは魔王城
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天才の供給過多

 輝く魔法陣。黄金の光糸を巧妙に組み合わせた模様の円陣。複雑に絡まり、それは摩訶不思議な運命の糸のようでもあった。魔法陣の放つ優しい光は、七人の少年少女を包み込んでいた。


 彼らは今まさにこの瞬間、この世界に出現した。否――――召喚された。

 こういう場面でのお約束、宮廷魔術師に、ではない。魔術師であることは変わりないが……。


 ごおおおおぉぉ。少年たちを包む光は、轟く風と共に掻き消えた。


 地上に降り立った少年たちは、異界に喚ばれたという奇妙な状況を、とうの昔に受け入れた様子だった。まず取り乱していないし、表情も納得したそれだ。まるで、どこかで心の準備をしてきたかに見える。


 彼らの内の一人の少年が、口を開く。彼の名は和樹という。


「こんにちは。ええと、俺は和樹といいます。ここは一体どこでしょうか」

「あ、こんにちは。ダニィルと申します。あの、ここはですね、魔王国のグルジオスにある、魔王様の居城でございます」


 平静を保つ彼らに反して、ダニィルは混乱しながらも返事を返した。


「へぇ。ダニィルさんね、了解了解。ここが、えーとなんだっけ、魔王国って言った? おいみんな魔王がいるらしいぜ」

「そうだにゃー、魔王も気ににゃるけど、なんで喚ばれたか。まずはそれをハッキリさせようにゃ」


「あれ? まさか亜人の方ですか? 文献には『異世界人に亜人は一人も確認されていない。人間だけだ』と記されていたのですが」

「あじん? どこがにゃ?」


 ダニィルの素朴な疑問に身に覚えのない歌那だったが、己の頭に付いている、()()を触って悟る。


「……!!! 耳がついてるにゃー! 念願の、耳がついてるにゃん!」

「歌那、何言ってるのよ。耳があるのは当ぜ…………! ホントだ、耳が付いてるわ!」

「え? なになに? 歌那に耳が付いてるの? どういうことなの?」


 二人の会話に興味を持った海里は、歌那を注視する。


「あ! 歌那、耳っていうか……猫耳ね! かわいい!」


 歌那の頭には猫耳が生えており、人間の耳は無くなっていた。それを見た雄太が、なるほど、という風に独り言を言う。


「神さまが獣戦士と言っていたのは、このことだったのか。ほう、歌那の願いを読み取ったんだろうな」


「もともと、ではないのですか? では、歌那様は、いままでは普通の人間であったと、そういうことなのですか?」

「はい、そうですよ。こっちの世界に来るときに変化したみたいです」

「ははあ、そんなことが。初めて聞きました」


 メモメモ、と小声で言いながら手帳に書き込む、好奇心旺盛な青年は本来の目的を忘れている。


「ところで、というかこれが本題なんですけど、俺らはどうして召喚されたんですか?」

「ご存知ありませんか?」

「いや流石に」

「そう、ですか。あなた方に全く動揺がなかったので、てっきり全ての事情をご存じだと思っていました。申し訳ございません」


「いやあ、いいっすよ。俺ら気にしないんで、大丈夫っす」


 ダニィルは深刻な表情で謝ったが、清治が軽薄な口調でまるで気にしていないようだったので、ほっとして流れた汗を拭った。

 軽佻浮薄な態度が彼を救った形になる。


「有難うございます。ではお教え致します。あなた方を召喚したのは、勇者が、召喚されたからです」

「勇者?」

「はい、勇者です。勇者パーティと言うべきでしょうか。彼らは、魔王国軍の敵です」


 この世界では、魔王国軍対勇者パーティという、対立構造となっているそうだが……アンバランス過ぎやしないか?

 あ、そうか。勇者パーティに加えて、彼らを呼び出した者がいるのか。それならば数もおかしくない。


「我々と、人間の幾つかの国は敵対関係にあります。太古の昔――とはいっても二千年前くらいでしょうか――から戦い合って来ました。未だ決着はついていません」

「二千年かー、スケールがでか過ぎて想像もできねえ。なんでそんなに長い間決着がつかないんだ? なあ和樹、分かるか?」

「うーん、双方ともに異世界から素質のある人間を喚べるからじゃないか? そのくらいしかもっともらしい理由がないしな」


「素晴らしいッ。その通りでございます、和樹様」


 ダニィルが嬉しそうに目を輝かせる。

 

「我々は、奴らに勝つ術を持ちません。良くても引き分けといったところでしょう。

 ですから――」


 彼はこう続ける。


「――あなた方には、魔王様の右腕として、勇者パーティを倒して頂きたいのです!」


   ◇  ◇


 太陽の熱視線が降り注ぐ。大地はグラグラと煮え立ち、今にも崩れ落ちそうだ。その熱量だけでなく光量も凄まじく、目が潰れてしまいそうなほどだ。



 灼熱の中、日比谷雄太は駆けていた。気持ち良さそうに汗を滴らせ、彼は誰も捕らえられないスピードで独走していた。


 彼のポジションはフォワード。チームのエースにしてキャプテンだった。サッカー界の注目を集める若き期待の星でもあった。まだ卵だったけれど、それは龍にも成長していただろう。


 そんな彼は、思いもしなかった。異世界(こんなところ)に来てまでサッカーをするとは。


「くそっ。彼を止めろ!」

「ムリですッ、キャプテン! 彼は止められません。速すぎます」

「何人使ってもいい! 止めろ! 団子になってもいいから、彼を走らせてはいけない!」


 キャプテンと呼ばれた男のオーダーを聞いたチームメンバー達は、我先にと雄太に飛びつこうとする。それは甘いものに群がるアリのように見えた。


「清治! 取って!」


 彼はそう司令を出し、上手にボールを浮かせた。ボールは、ぽーんと飛んでいくと、群がるアリたちの上を通り過ぎた。


「わあっ、ボールは何処だ!?」「上だ上! ほら見ろ」「ああっ届かないであります!」「え、上なのか!? どれ、ホントだ」「ぎゃひ、誰だいま足踏んだの!」「おらは踏んでねえ」「ボールが、ボールがあああ」


 アリたちはといえば、このようにてんやわんやである。転がるやつも出てくる出てくる。


 哀れな彼らをの上空を通過したボールは、依然二メートル程度の高さを保ったまま、正反対の、右側の端っこまで飛んでいる。


「了解!」

 飛び出したのは星ヶ丘清治、チャラ男だ。しかし、練習中の集中力は常軌を逸しており、エースにしてキャプテンの雄太すら超えるほどである。


 彼は高く跳ね、胸でトラップする。気味良く前へ押し出されたボールは、ちょうど清治の足元に落ちた。吸い込まれるような達人芸だ。


 見事なドリブルの後、神速のパスをゴール前まで迫っていたキャプテン雄太に送った。


「ナイスパス!」

「おうよ」


 雄太は左足でボールを掬うように蹴り、ふわっとしたフェイント混じりのシュートを放った。


「な、そっち!?」


 身を低く落とし、ゴールを守りきろうとする硬い意志の構えをしていたゴールキーパーは、素っ頓狂な声を上げ、ただボールを目で追った。


 ボールはゴールキーパーを嘲るようにゆっくり放物線を描き、ゴールの端に入った。もうほんの少しずれていたらゴールポストに跳ね返されていた。彼はそれほどまでに正確なシュートを決めたのだ。


「ナイッシュー!」


 彼らは爽やかにハイタッチする。こういう画が似合うのも、才能なのだろうか……和樹にはないものだ。自陣のゴール前で腐っている彼に、活躍するときは来るのだろうか。





 十分後。


「あー、久々にサッカーした気がするなー。向こうの世界から離れて大して経ってないはずなんだけどな」

「そうだね。やっぱりサッカーは楽しいってことがよく思い出せたよ」


 敵陣に頻繁に攻めていった二人が楽しそうに談笑する。

 その脇では、ディフェンスの役割を負った恵也が、和樹と似た感じで不貞腐れている。


「おいどうしたんだよ恵也。楽しかったよな、サッカー」

「楽しかったも何も……」


 彼は息も絶え絶えだ。


「オレは一度もボールに触ってないんだよなあ!」


 「俺もな……」


 和樹は和樹で虫の息で同調する。


「お前らもうちょっとは敵に攻めさせろよ。最初から最後まで何もさせてあげてなかっただろ」

「や、そんなこたぁねえよ。俺らは普通に試合してたぜ?」


「普通の試合じゃあな、十対〇には逆立ちしたってならないんだよ。お前らなんでそんな強いんだ、おかしくないか。なあ海里、どう思う?」

「どうって……うーん」


 海里は悩ましげに首を傾げる。どう思うとは、彼も難しい質問をする。


「みんな格好良かったよ!」

 彼女はぐっとサムズアップする。こころなしか誇らしそうだ。


「あ、だめだこれ通じないやつだ」


 憤慨する彼の近くには、人知れず歓喜する者が一人。和樹はその喜びを表に出さないよう、感情を押さえつけている。が、口の端がにやけているのを隠せていないぞ、和樹。大丈夫か? あの格好良かった、は返答に困って発信した当たり障りのないものだぞ?

 馬鹿なのか初心なのか。悩ましい。


「もうそれはいいとしてもだな、ここでサッカーすることについてなんでかなぁって思うんだよ」

「実力を測りたいからって言ってたじゃんか。ダニィル君が」


 意図を察せない清治。

 なぜ異世界にサッカーと全く同じ形式を採るゲームがあるのか、と恵也は言いたいのだ。


「みなさん、凄いですね! 矢張り、このゲームをされたことがあったんですね。このゲームは異世界からもたらされたものでして」

「なぁんだ、そんなことか」


 早々に疑問が解決してしまった恵也は不完全燃焼に終わった。


「雄太様と、清治様の身体能力の高さがわかりました。わたしは運動ができないものですから尊敬します」


「ほら見ろよ、オレの運動センスに言及してない。お前らが活躍し過ぎたせいだからな」


 声を小さくして不満を垂らしているが、当の雄太と清治は、全く聞いちゃいなかった。


「雄太様、でしたっけ。自分、ファンになりました! 握手して貰えませんか⁉」

「え、ああ、うんいいよ。はい」


 ギュッと手を握ると、ファンになったらしい彼は感動の面持ちで雄太を見つめた。


「あとで、自分にご指導願えませんか。最近伸び悩んでて」

「そう。練習なら付き合うよ」

「おめぇ、ずりぃぞ。抜け駆けするんじゃねえ。……雄太様、おらの練習をコーチしてくだせえ!」


 続々とくる『ファンになった』人々に応対し続ける雄太には、アイドルの才能もあるみたいだった。だが大変そうなのはここだけではない。



 雄太の隣にいた清治にも、人が詰めかけていた。


「清治様、おれ、感動しました! あの素晴らしいパスカット、どうやってやるのでしょうか! おれに教えてくれませんか」

「うん? いいよ、楽しそうだし」

「貴様! 抜け駆けは許さん! ……清治様、私めにも、お願いします」


 雄太の時と、ほとんど同じ光景が、そこにはあった。

 高校でそのモテスキルを発揮していた清治のアイドル性は疑いようがない。この件でその確信は更に深まったと言えるだろう。



 この、『モテモテ』とも言える(としか言えない)状況に対して、恵也の周りは閑散としたものだった。


「ちくしょう!」

 その言葉は、空虚に響いた。

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